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7の月18日の夜にオルキディアが、ノアを伴なってフェリスのもとを訪ねた。
オルキディアがアガットの淹れた紅茶に口をつける。
「明日の星祭は、聖女アイレさまがぜひ君と一緒に参加なさりたいと仰せでね、私は広場にある騎士の詰め所にいるから、そこで一緒に同席させてもらうつもりだ」
フェリスは、椅子が足りないのでベッドに腰掛けていた。
「オルキディアさまでなく、私とですか?」
(なにか企みがあるに決まっている...オルキディアさま、きっとなにか手立てを講じていらっしゃるわよね...)
(信じろっておっしゃったし…)
フェリスはあえて何も聞かずに了承した。
「畏まりました」
不意に以前聞いてみようと思ったことが、頭に浮かび質問する。
「オルキディアさまは、なぜここに私を移したのですか?」
オルキディアは、手に持っていたティーカップをソーサーに戻した。
「_フェリス、私が君をここに閉じ込めた理由は至って単純だ。根拠の無い噂話やそれを妄信する者たちから守るためだ」
「噂って...私がコルヌイエ伯爵を部屋に連れ込んでいるとか...ですか?アイレさまが教えてくれました」
(オルキディアさまは、私に対する悪意ある噂が広がるってここに移した当初から見抜いていらしたの?)
ノアが、オルキディアの顔を伺いながら口を挟んだ。
「フェリスさまの噂は、揉み消しても揉み消してもきりがないんです。例えば、西の奥の部屋で全く人目につかない生活をしていて、それをいいことにオレやコルヌイエ伯爵と...その、淫らなことをしていると噂が流れていたり__」
「サルマン卿が贈ったドレスが気に入らなくて、買い直して散財している...とか」
「時々、西の奥の部屋まで行って扉に汚物を投げつけたりしている使用人もいるようなんです」
「最初の討伐に付いて行かれた時、アイレさまが治療に当たられている中、フェリスさまが椅子に腰掛けられていたので、騎士からの評価が下がってしまって、後から、未来のサルマン卿夫人だと知って騎士の中には反対の意を唱えている者もいます」
アガットも、知っていたようで黙って聞いていた。
「そう....」
オルキディアが、ノアが噂について語るのを止めることなく許していたのは、聞かせた方がいいとの判断だったのだろうか....とフェリスは考えた。
「フェリス、星祭は明日だ....窮屈だろうがもう少しだ。この部屋で、私を信じて待って欲しい」
「オルキディアさまが、そうおっしゃるなら」
7の月の19日の夕方、星祭当日にアイレが訪ねてきた。
しばらくすると、ノックの音が部屋に響く。
「アイレさまかしら?」
アガットが扉を開けると、町娘風の可愛らしいワンピースとブーツを履いたアイレがいた。
「フェリスさんも、アガットさんも準備できているみたいね。まずはキディと中央広場で待ち合わせたから行きましょう。」
「私がフェリスさまと二人で祭りを楽しむのは心配なのね、女性だけだと変な人に絡まれたりすると心配だからって。私の護衛がいるけどそれじゃ心配って」
(そう言って同行できるように言ってくださったのね)
「でもね、そこまで言うから、最初はここから一緒に行くのかと思ってたけど、星祭の警備の指揮を取ることになるから、朝から中央広場に行くって。それで祭りが始まる時間に広場で待ち合わせたの。多分時間をやり繰りしたんじゃないかな、私と星祭を楽しみたくて」
「お忙しいのですね」
3人で階段を下りて地上に向かう。
塔の入り口を出ると、外にはグラスに入ったキャンドルが等間隔に置かれていて幻想的な雰囲気になっている。
「騎士の方々と、庭園も飾り付けたの。素敵でしょう」
歩道に沿うように、夕闇にキャンドルの灯りが灯っている。
「きれいね」
フェリスが感嘆のため息をこぼした。
そのまま城門に向かうと、アイレ付きのメイドのリラが待機していた。
「アイレさま」
「何かしら?」
リラがアイレに耳打ちをする。
「あら、それはいけないわね」
アイレが、フェリスとアガットに向き直る。
「フェリスさま、広場にある会場は街の中心地です。この道をまっすぐ行ったところです。私ちょっと行かなければいけないところができましたので、ごめんなさい、ここで失礼しますね」
アイレとリラが慌ただしく城内に戻っていった。
フェリスとアガットはアイレの背中を見送った後、周りを見渡した。
「フェリスさま、きれいですね。しかしこのキャンドルの設置大変だったでしょうね」
「そうね、素敵ね。私とあなたで中央広場に向かうのは、不安ね。私てっきり聖女さまの護衛がいると思っていたのよ」
「私もです、このまま戻りますか?」
騎士だろうガタイのいい人が3人、城門に向かって歩いてくる。
「アガット、彼らと一緒に行きましょう。騎士さま3人なら安心だわ」
「フェリスさま、そんな...え?」
フェリスの行動力に、アガットは自分の目と耳を疑う。
ちょうどすれ違う時に、フェリスは声をかけた。
「こんばんわ、伺ってよろしいですか?星祭のある広場の場所はどこかしら?」
「なんだ、知らないのか?」
騎士の一人が親切に教えてくれる。
「南ですよ、南。俺ら今から警備で行くんで一緒に行きますか?」
「いいのですか?」
「ついでだ、一緒に行こう」
騎士っぽい体格の男たちが、祭りの中心地に向かって歩いていくのに便乗する。
「南ですって、とりあえず彼らに付いていきましょう」
「大丈夫ですか?」
アガットが心配そうな目をする。
「ふふふっ...アガットったら、オルキディアさまの領地の騎士の方々よ、大丈夫だと思うわ」
アガットがのんきな主人に、ため息を付いた。
二人は騎士たちの後を付いていく。
騎士の一人が振り返って質問してきた。
「二人は城のメイドにしては、品があるな...アルモアダ伯爵令嬢の侍女かなんかか?」
「そんなものです」
アガットが曖昧に答える。
「二人とも別嬪だな」
騎士の一人が、ガハハと気安い感じで笑いかける。
「しかし、アルモアダ伯爵令嬢の身の回りの世話は大変だろう?」
「男グセが悪いらしいじゃないか?かなり淫乱で、部屋に男を引きずり込んでいるって聞くが、結婚まで待てなかったんだろうかね」
「なんですって...」
フェリスがアガットの袖を引っ張る。
「そのおかげで聖女アイレさまが領主夫人になるって話が浮上しているらしいが」
「それは...」
我慢していたアガットが言い返そうとするのをフェリスが、目で制する。
「その噂、不思議ですね。フェリスさまはオルキディアさまが人知れず匿っていらっしゃっていて、どなたともお会いになっていらっしゃらないんですよ」
フェリスが侍女のふりをして答える。
「そうなのか...?」
騎士3人が目を丸めた。
「そういえば少し前にフェリスさまのもとに様子を伺いにいらっしゃった時、その噂にオルキディアさまが心を痛めていらっしゃいました。ただ、騎士の皆さま方が、そんな噂話に惑わされるわけはないとオルキディアさまが、おっしゃっているのを私、耳にしましたわ」
「そうだな...あくまで噂だ」
騎士の3人がしどろもどろで答えている。
15分ほど歩くと祭りの中心部と見られる場所についた。
中心に近づくほど、人で溢れかえっていた。
「ここだ」
「ありがとうございました」
フェリスと、アガットは騎士に頭を下げた。
「じゃ。侍女どの気をつけて楽しんでくれ」
そう行って騎士3人は巡回に向かった。
広場の中心に、彫刻の像がある噴水があり木々がうえてあり憩いの場のようになっている。
周りにお酒や軽食がつまめるように準備してある。
多くの若い男女が、楽しくおしゃべりしながら飲み食いをしている。
半数以上がお酒入って陽気に過ごしている。
フェリスは、近くにいた女性たちのおしゃべりの内容に耳を澄ました。
「今夜、オルキディアさまのお相手の発表があるらしいよ」
「聖女アイレさまって噂だけど...実は、隣の領地の伯爵令嬢って言う話もあるよね」
「オルキディアさまのお相手か〜羨ましいなぁ」
「まぁ、私らには全く手の届かないお人だし...今夜は、フォルクさまも来られるかな〜」
3人の女の子たちは、討伐のときに手伝いにきていた人たちだった。




