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フェリスは就寝前に窓から空を見上げた。


外に出られないので、日に3度ここから外を見るのを日課のようにして過ごしていた。



アガットが枕元の明かりを落としにきた。

「フェリスさま、消灯してよろしいですか」


「ねぇ、アイレさまがおっしゃっていたけど、わたしコルヌイエ伯爵家に嫁ぐことになるのかしら?」

「オルキディアさまは、信じて待つようにおっしゃっていましたよ」


「そうね、もしもよ__そうなったらあなたはアルモアダ領に戻りなさい」


アガットが驚いたようにフェリスを見た。

「なぜでしょう?」


「コルヌイエ伯爵は残虐ではないけど、かなりの色好みらしいの、あなたは美しいしまだ未婚だわ、狙われないとも限らない」


「そんな...」


「私、思い出したのだけど...去年の舞踏会でコルヌイエ伯爵に、今いる奥さまをお里に返すから婚姻してくれと言われたことがあるの」


「その後すぐにオルキディアさまとの婚約が成立したからそのことを、すっかり忘れていたけどね」


「私は、付いて行きますよ」

アガットがそう言って明かりを消した。


「ふふ...ありがとう。まあ、私がいてよそ見をするなんてあり得ないわね。もしそうなっても、あなたに魔の手が伸びないようにせいぜい着飾って頑張るわ」


「オルキディアさまが絶対そんなことさせないと思います」


「聖女さまが懇願すれば、陛下が王命を出さないとも限らない。サルマン辺境伯は有力貴族だし、さすがにそんな横暴なことはできないと思うけれど...」


(コルヌイエ伯爵か...お年はまだ40代だったはず。アイレさまのおっしゃる通り、もし婚姻となったとしても、きっと私にもすぐ飽きてお里に戻されるかもしれないわ...その後のことは、またお父さまが考えられることだわ。)


(そういえば、セルピエンテを地下廊下に落としてしまったけど、誰かが間違えて飲んだりしてないわよね...オルキディアさまが回収なさっているはず、今度聞いておかなくては。)


フェリスはこの貴人牢に移ってきて、久しぶりに眠りが浅かった。




フェリスは昨夜は眠れなかったせいで、明け方に強い睡魔に襲われた。

起床時間はとっくに過ぎていたが、曇っていたせいもあり、室内は暗くフェリスはまだ夢の中だった。





アガットはちょうど朝食を取りに行こうとしていたところだった。鍵を開ける不自然な音がしたかと思うと、ノックも無く急に扉が開けられて、男が部屋に侵入しようとしてきた。


アガットは必死で扉を押さえ、男が入ってこれないように抵抗した。


「困ります、どなたか存じませんが勝手に入ってこられては...」


「お前は、侍女だろう?もうすぐフェリス嬢は婚約破棄されるともっぱらの噂だ」

「私は、行く行くはフェリス嬢の夫になるものだ。妻の顔を見にきて何が悪い?」


「サルマン卿からは、何も聞いておりません」

アガットが男を締め出そうと、体重を乗せて扉を閉めようとする。



身なりからして貴族であろう男は、扉ごと軽くアガットを押しのけて、部屋の中に遠慮なく入っていく。


アガットが、男の前に回り込む。

「どなたか存じませんが、お帰りください。人を呼びますよ!」

身を挺して男の侵入を止めようとする。


「サルマン卿は、留守なのだろう?私はネルケ・デル・コルヌイエだ。お前ごときが歯向かえばどうなるかわかっているのか」


「コルヌイエ伯爵...?」

アガットが青ざめた。


名乗られた以上、一介の侍女にはもう打つ手がなかった。


助けを呼びたくても、この場を離れるわけにもいかず、大きな声を出しても、誰かが来てくれる保証もない。

アガットは懸命に取れる手段を頭の中で模索した。

相手に否があっても、下手なことをすれば、アルモアダ伯爵家にも自分の家族にも累が及ぶ。



コルヌイエがズンズンと遠慮なく、寝室エリアへ足を踏み入れた。


フェリスはまだ眠っていた。


はちみつのような艷やかな髪が、真っ白なシーツに広がる。

横向きで寝ているフェリスの髪の幾筋かが、こめかみから顎のラインをなぞり、首筋から鎖骨を通って胸の膨らみの輪郭を取り、背中の方に流れている。


閉じた瞼の縁には、存在感のある長い睫毛(まつげ)が緩くカーブしている。


華奢な手首がナイトドレスの袖から覗いていた。


薄いブランケットが、フェリスの体のラインを晒している。


コルヌイエは、フェリスの全身を(くま)なくじっくり見ながら、足音にも注意を払いフェリスに一歩一歩近付く。


フェリスが人の気配に気付いて、ベッドに肘をついて気だるげに上半身を起こした。


ブランケットが腰の位置までずり落ちて、琥珀色の(つや)やかな髪が、肩から腰にかけての(なま)めかしいラインに沿うように広がる。



コルヌイエ伯爵の喉が鳴る。


「まるで女神だ、美しい。これが私のものになるなんて...もうこのまま連れて帰りたいくらいだ」

コルヌイエの視線がフェリスを舐めるように見る。


フェリスは、寝ぼけていた頭が急激に覚めた。


目の前の、熊のような大きな男を見て、コルヌイエ伯爵だと思い出し身震いした。


「ネルケ・デル・コルヌイエだ、美しい人。夜会で一度だけあなたと踊ったのを覚えておられるか?」



フェリスは無言でベッドから出て、窓際に置いてある、椅子の背に掛けておいたガウンを素早く手にした。



始終コルヌイエの視線が張り付くのを感じて、戦慄が走る。


コルヌイエに背中を向けて、ガウンを羽織ってから対峙(たいじ)した。


コルヌイエの目は、今や強い欲と執着を孕んでいる。

フェリスは貞操の危機を感じた。



「私は、アルモアダ伯爵家の娘です。先触れもお約束もなくこんなところに乗り込んでこられて、アルモアダ伯爵家を軽んじておいでではないですか?」


「こんなところで無体を働かれて貴族の娘としての価値を失うなら、ことの終わりには自害をいたします。一度だけの慰み者にするのでないなら、正式に手順を踏んでくださいませ」


コルヌイエが、フェリスの凛とした態度と震える声を聞いて舌なめずりをした。

「もちろん、正式に手順を踏もう。あなたが婚約破棄されると聞いて、我慢できずに顔を見にきてしまったが次に会う時は初夜だ」


「フェリス、去年からずっと待ち続けたんだ。もう少しくらい待つさ。楽しみは先にとっておくタイプなんでね。では今日は失礼するよ」



コルヌイエが楽しそうに、くっくっ…とこみ上げる声をおさえるようにして、部屋から出ていった。



フェリスはコルヌイエが部屋から去った後、すぐにその場に崩れ落ちた。



アガットが駆け寄ってくる。

「申し訳ございません、コルヌイエ伯爵はなぜか鍵をお持ちでした。勝手に入り込まれて為す術もなく」

「大丈夫、ちょっと急で怖い思いをしたけど....」



その場でしゃがみ込んだフェリスの視界に、見たことのある靴が目に入った。

顔を上げるとオルキディアがいた。








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