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「お久しぶりね、フェリスさん」
アイレは、ピンクのオフショルダーのドレスを着ていた。メイドを一人お供に連れてきている。
フェリスは、立ち上がって出迎えた。
「アイレさま、ご無沙汰しております。ご機嫌いかがですか?」
メイドが、不躾に室内を見回す。
「アイレさま、このようなところアイレさまが、足をお運びになるのにふさわしい場所ではありませんわ」
メイドが簡素で殺風景な、鉄格子の嵌った窓を見て言った。
「まあ、そんな言い方は控えてリラ」
アイレがメイドのリラをたしなめる。
「フェリスさん急にごめんなさいね、なんの連絡もなく」
「とんでもないですわ、こんなところで申し訳ないですがお掛けになりませんか?」
フェリスが椅子を勧める。
飾り気のない普通の木製の椅子を見て、アイレが眉をひそめる。
「クッションもなくてお尻が痛そうだわ、でも立ったままだと話しにくいものね、座らせていただくわ」
「このような、椅子を聖女さまに差し出すなんて非常識でしょう」
メイドのリラがフェリスに強く意見した。
アガットが鋭い目付きで、メイドのリラを睨んだ。
フェリスがアガットを横目で見て、苦笑する。
「お客さまに、お茶をお出しして」
フェリスがアガットに指示するが、アイレがすぐに断った。
「そこまでの長居はしないわ」
「あら残念です、毎日退屈で」
フェリスが心底残念そうな顔をした。
「その様子では、こちらにキディは来てないの?」
「そうですね...?この部屋に移ってから、日付の感覚があまりありませんが....こちらには一度もお見えになっておりません。王都に行かれているのでは?」
「そうおしゃっていたけど、あまりにお戻りが遅いので実はこちらにいらしているのかと」
(一応、まだ私が婚約者なのに...ここに来ていたとしても問題ないでしょう。)
フェリスは顔には出さなかったが、少しだけ癪に障った。そして、そんな自分に驚いた。
前回は持つことが許されなかった感情だ。
(私...アイレさまに対して、オルキディアさまからの寵愛が対等だと感じて、嫉妬しているわ...)
「オルキディアさまは、仕事でお戻りが遅いだけではないでしょうか。信じてお待ちになってはどうでしょう」
「なによ!余裕ね。お前の次の嫁ぎ先はコルヌイエ伯爵のもとだと言うのに_」
「アイレさま!」
隣からリラが諌める。
「なぜ、私がコルヌイエ伯爵のもとに嫁ぐのでしょう?」
「ごめんなさい、忘れて。余計なことを言っちゃたわ」
アイレの機嫌がよくなった。
「そうそう2週間後に、星祭を開くの。領民みんなで楽しむのよ」
フェリスが不思議な顔をした。
「星祭とは、いつも9の月にしていたという祭りですか...2ヶ月も前倒しにして開催なさるのですか?」
「領民でもないのに、よく知ってるわね」
「こちらに嫁ぐ前に、大まかな行事は頭に入れております」
「フフフッ...至るところにキャンドルを灯そうと思って。素敵でしょう?」
「ええ、とても」
フェリスがにこやかに笑った。
「じゃあ、あなたも参加する?」
「私はここから出られないと思います」
フェリスが寂しそうに言った。
「大丈夫!私が、ここからこっそり出してあげるわ」
「ご自由な身のアイレさまが羨ましいです」
フェリスがつい独り言を漏らした。
アイレの瞳が揺らぐ。
「私は、不自由でもキディの婚約者でいられるあなたが羨ましいけど。そういえばあなた、キディが好きなの?だって、2人は政略結婚になるのでしょう」
フェリスは去年まで、参加していた夜会を思い出す。
隣国に留学している兄が、帰国した時のパートナーとして一緒に参加していた。
後にも先にも一度だけ、オルキディアにダンスを申し込まれたことがある。
周りの令嬢の羨望の眼差しを一身に受けるなか、一曲だけ踊ったことが鮮明に思い出された。
その後は誰とも踊らず、王太子殿下らとの会話に興じていたから、フェリスは特別感に胸が高鳴った。
「...サルマン卿は、夜会などには、めったにお姿を現さなかったけれど社交界でも人気でした。お慕いしていたのは私だけではないです。そうですね、普通のことのように多くの女性がお慕いしていたと思います」
聖女は王家主催の夜会には、参加することもあるが顔を出す程度で、ほとんど姿を現すことはない。
「それより_アイレさま、お耳の方はもうすっかり良くなられたのですね....」
「そうなの、まあ一時的なものだと侍医から聞いていたけど、討伐後に治癒の力を使った後から調子が戻ってきたの。あなたがここにいてのんびりしている間に、私は何度かフォルクと討伐に行っているのよ」
アイレが目を細めてフェリスを見た。
「ふふ...じつは面白いイベントを準備しているの。当日のお楽しみよ。私、聖女として王都に行く前からキディが好きなの_あなたには今回も渡さないわ」
「でも私ね、あなたのことも、気に入っているのよ。キディのことがなかったら私たちいいお友だちだったと思うわ」
アイレが席を立った。
「じゃあ、また来るわ」
フェリスも一緒に、立ち上がった。
「なんのお構いもいたしませんで、失礼いたしました」
立ち去るアイレの後ろ姿に頭を下げた。




