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家令のマルスがアガットを連れてきたが、アガットの顔は般若のようだった。


対面するなりフェリスはお小言をくらった。

「フェリスさま、私の忠告を聞かないからこんなことになるのです」


「だいたいご自分の価値を軽んじられております、最近のフェリスさまはどうしちゃったのですか?」


「いつもお淑やかに、微笑みを絶やすこともなく、部屋で本を読まれたり、庭園の散策をなさったりして、慎ましく過ごしていたフェリスさまはどこにいっちゃたんですか?」


フェリスは、アガット(ぶし)を聞いてやっと人心地(ひとごこち)が付いた。


アガットのお小言がまだ続きそうだったので、オルキディアが間に入る。

「私は、騎士宿舎に戻る。アガット、フェリも疲れているだろうから、湯浴みの支度をしてあげなさい」


オルキディアが、フェリスに優しい眼差しを向ける。

「フェリ、ゆっくりおやすみ」

「オルキディアさま、おやすみなさいませ」




オルキディアは、家令のマルスを伴って部屋を出た。



外から施錠する音が聞こえる。



「フェリがここにいることは、聖女以外の誰にも知られないように」


「.....聖女さまを疑っていらっしゃるのですか?」

マルスが驚いて顔を上げる。


「時がくれば話す、疑問に思うこともあるだろうが今は何も聞かずに、ただ粛々と私の指示に従って欲しい」


マルスが頭を下げた。

「かしこまりました、地下牢のノアの両親はどういたしましょう」


二人は、塔に沿ってある長い螺旋階段を下りていく。


「ノアの話を聞いた後は、解放してやってくれ。私は今から地下廊下に戻ってフェリスの落とした毒を回収して、騎士宿舎に行ってノアを尋問してくる」


「フェリには、悪いがセルピエンテの毒の入手は王太子殿下からの依頼だったからな」


マルスは初めて聞く話だった。

「そのような任務を請け負っていらっしゃったんですか…」



「王太子殿下から、内々に命じられたこの婚約の裏の目的だ。毒薬の入手方法は別に計画していたのだが....フェリスの勘違いに乗じて奪取した__もう少し別の手段を講じればよかったよ、可哀想に」


「フェリスさまから、毒の製法を聞き出すのではないのですか?」

マルスが、興味本位で質問した。


「いや、フェリスは知らないだろう。アルモアダ伯爵も他家に嫁ぐ娘に製法を伝授しているとは思えん。毒を渡せば研究室で勝手に成分分析するだろうが、殿下は毒そのものより、解毒薬を作っておきたいのだろう」


急遽(きゅうきょ)、私の裁決が必要なことがあればお前に一任する。私は引き続き王都に行っていることにしてくれ。さて、あえて隙だらけにしてある城内に、暗躍しているものが誘われて尻尾を出すといいのだが...」


家令のマルスが、思い出したように付け加えた。

「実は、アイレさまと使用人一同より9の月に催していた星祭を前倒して今月に開催したいと申し入れがありましたが...」


「ほぅ_今度は、誕生会ではなく星祭の前倒し....9の月まで待つと、私とフェリスの結婚式が先にくるからな...」


「もう一つご報告が。7の月19日から30日に変更した結婚式の招待状の返信が届きはじめております。変更後の返答は、皆様概ね出席の返事を頂いておりますが__7の月20日にアイレさまの誕生会をなさるから結婚式を変更とおっしゃったので、てっきり私はアイレさまをご寵愛なさっているとばかり...」


「......あちらさんは誕生会を星祭に、変更したんだろう。アイレの方から言い出さない限りこのことには触れるな。それと、この機に乗じてこちらも仕掛けることにしようと思う、アイレの作戦が成功したと見せかける。フェリスの不貞で婚約破棄されそうだとそれとなく噂を流せ、揉み消すのはあとだ。」


「かしこまりました」


「お休みは、こちらの塔のフェリスさまと同じフロアでよろしいですか?」


「頼む」


オルキディアはそのまま、地下まで階段を下りていき、マルスは地上階から執務室へ戻った。




フェリスは湯浴みを終えて、ナイトドレスに着替える。

「アガット、ここって貴人の入る牢屋よね?」


アガットが、フェリスの洗い上がりの髪の水分を、厚手の布で優しく拭き取っていく。

「さあ、どうでしょうか?しかし窓が小さいのと鉄格子が嵌っているところを見るとそうかもしれませんね」


フェリスは小さな窓から外を見た。

外は真っ暗で星の光が瞬いて見える。


「オルキディアさまは、どうして私をこの部屋に連れて来たのかしら?」


アガットが、オイルの瓶を手にとって蓋を開けて手に垂らす。瓶は繊細なガラス細工が施されていて、すべてのもが過不足なくこの牢屋もどきに揃えてある。どれもが、見ただけでかなりの高級品だとわかる。


「オルキディアさまが、フェリスさまをお迎えに行かれる前に、保護するためだと密偵と家令に話しているのを小耳に挟みましたが...」


「保護...今度、お会いしたら伺ってみようかしら」


フェリスは疲れていたようでベッドに入って、十分もしないうちに眠りについた。




ノアの騎士宿舎に与えられている部屋は、3階の一番角部屋だった。


形ばかりのノックがあって、扉が開いた。

「オルキディアさま」

ノアが頭を下げる。


「いいよ、そういうのは。で、全部話すんだろう?」

オルキディアは、椅子に掛けた。

ノアが、余裕のオルキディアを前に苛ついた。


「柔らかくて、いい匂いがして頭がおかしくなりそうでしたよ。後でバレると面倒くさいんで先に言っときます。フェリスさまを邪な目で見ながら、長い時間抱きしめてました。フェリスさまの意識が戻るまで」


「オレ、フェリスさまを、(さら)って逃げるつもりでしたよ、本気で。オレなら、オルキディアさまさえ目をつぶってくれたら、隣国でも逃げ切れる自信がありましたからね」


「でも....」


「彼女の貴族然とした一面を目の当たりにして、オレ腰が引けて...なんで手に入るって自惚れたんだろう...申し訳ございませんでした」


ノアは、一思いに喋ったら少し胸の重荷が取れた気がした。


「ノア、初恋か?」


「はい......アイレの誘いに乗って、任務を放棄してしまうくらいには夢中でしたね」


「なら、今回は咎めない。罰は失恋だ」


「う...辛い」

ノアが少しだけ涙目になる。


オルキディアが、全く意に介さず次を促す。

「で__?」


ノアが、小さく舌打ちして話し始める。

「アイレのやつが、オレに睡眠薬の入った小瓶を渡してきた。フェリスさまと夜まで姿を隠せと。その時に菓子を口に放り込まれました、催淫剤入りですね。相手がフェリスさまじゃなければ、抑え込める程度の軽いやつです。アイレが出て行ったのを見計らうようにして、多分同業者でしょうね、封筒を受け取りました。中は確認してません。これです」


ノアが、真っ白の封筒を手渡す。封はされていなかった。

オルキディアがノアに封筒を戻すと、ノアは、中を改め読み上げる。


「フェリスに手を出すな、妹の命が惜しくば...差出人は書いてないですね…当然か」


「その脅迫状の差出人は、おそらくコルヌイエ伯爵だが、証拠がない」


「お前の妹のことを知っているのは、私を除いてアイレしかいない。この脅迫状でアイレが関わっていることは証明できるが、フェリスがお前に(さら)われたと証拠を突き付けて、明るみにできない以上この件での追求は難しいな」


「ノア、お前はフェリスの護衛兼密偵からは外す。コルヌイエ伯爵の方を探ってくれ」


「かしこまりました」

ノアが頭を下げる。



「じゃ、失恋祝いでもしよう。上等の酒を持ってきている」

オルキディアは玄関に置いていた持参した袋から、酒の瓶を取り出して見せる。


「なんで、振られた相手の男と呑めると思ったんですか?!」







塔の最上階の生活は、代わり映えしない日々で食事が3食運ばれてきて、オルキディアの好みだろうドレスを着て過ごすうちに、穏やかな日々が過ぎて、時間が戻った日から20日が経とうとしていた。



フェリスは朝食後に、紅茶を飲みながら本を読んで時間を潰す。

基本的にはこの部屋から出ることはできないので、マルスの差し入れた本を読んだり、小さな窓から外を眺めたりして過ごしていた。


「アガット、私はもしかして死ぬまでここにいるのかしら?」

フェリスは読んでいた本を閉じた。


「フェリスさまとノアの噂は、依然として消えていませんからね。マルスが話しておりました。しかし、そろそろこの部屋から出られるといいですね」


「アガット、あなた意外とここの生活が苦じゃないようね」


「ここ最近のフェリスさまの行動を考えたら、ここは心の平静を保てますからね。ここにいらしてからは以前のように大人しくしてくださっているので」

「以前…ね」


扉をノックする音が聞こえる。

「どなたかしら?」


「マルスさんでしょうか?」

アガットが、扉の方に向かった。


扉の向こう側から、聞き慣れた声が聞こえた。

「私よ、アイレよ」


アガットは嫌な顔をした。

聖女アイレが関わると、厄介事に巻き込まれると学んでいた。


「アイレさま?なにかしら...アガット入っていただいて」


「よくここがわかりましたね。城内とはいえ少し離れたところですのに...本当に入って頂いてよろしいのですか?」

「オルキディアさまが教えたのではないのかしら?」

フェリスは、ここに連れてこられて以降、一度もオルキディアと顔を合わせていなかった。


アガットが扉を開ける。





















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