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「ん〜……」


フェリスは、肩に担がれた。

いまだかつて、荷物を運搬するように担がれたことはなかった。



オルキディアはフェリスを肩に担いで地下廊下を、迷いなくどんどん進んでいく。


地下廊下は、天井に一定間隔ごとに明かりが点っていて、周りは土壁になっている。


オルキディアも貴族の令嬢を人(さら)いのように、肩に担ぐのは初めての経験で、内心愉快に感じていた。


(さら)いになりきって、悪ノリして悪人らしい陳腐なセリフを言ってみる。


「大人しくしないと、ノアの身を保証しない」


フェリスは身動(みじろ)ぎをしていたが、急に大人しくなった。


オルキディアは、ノアの名前を出して大人しくなったフェリスの反応が気に食わずに、付け加えた。


「ここは、今のところ私と両親しか知らない隠し通路だ」


フェリスの体が硬直した。

「んー、んんー…」

フェリスは聞いてない風に、声を出して誤魔化した。


オルキディアがフェリスの反応に、含み笑いをする。


担がれているフェリスに、オルキディアが笑った振動が伝わる。


(隠し通路って、他人に明かしていいものじゃないわよ。うちにもあるけど他家に嫁ぐ私には、存在は知らされたけど、実際にどこにあるか全く秘匿されていたわ。これって後々、確実に消されるってことじゃない。)


(それに私を捕縛して生かして連れて戻るなんて、毒の製法を、拷問して口を割る気だわ。兄しか知らないということを言わないようにしなきゃ。)


地下廊下の行き止まりまで進み、目の前の扉を開けると、家令のマルスが控えていた。

「見つかってようございました」

「例の部屋の支度は?」

「万全でございます」


オルキディアはフェリスを担ぎながら、次は階段を上がって行く。


(担がれて階段を上がられるの、初めてだけど怖い…)

フェリスが、オルキディアの背中の衣服を掴む。


かなり上まで登った。


階段は、どうやら塔の最上階につながっていたようだ。


家令が鍵を開けて、扉を開けるとオルキディアがフェリスを担いだまま部屋の中に入る。


部屋には小さな窓が一つあった。窓には鉄格子がはめ込んである。


床に白の絨毯が敷いてあり、ベッドと椅子とテーブルのセットに、洗面所とクローゼットがあるだけだった。

部屋の広さのわりに、物がほとんど置いていない殺風景な感じだった。



オルキディアが肩に担いでいたフェリスを、横抱きに変えてからベッドに下ろした。


フェリスが、上半身を起こし乱れたスカートの裾を整えて、足首を隠すようにして座る。


オルキディアが、そんなフェリスの仕草を見おろしながら、詰め襟の一番上のカギホックを外し、首元を緩めて、袖口のボタンを外して軽く袖を(まく)くる。


カギホックを外したことで、顔の輪郭から鎖骨に至るまでの首のラインが露になる。太すぎず細すぎず、バランスが取れている。


オルキディアが、不意に天井を仰ぎ見た時の、首の血管が浮き上がって見えてフェリスは思わずぼ〜っとなって見てしまった。


オルキディアが、手を伸ばしてフェリスの猿ぐつわを下にずらす。


オルキディアの前腕が間近で見えた。くっきりと血管が浮き出ている男性らしい手で、筋肉質であることを感じさせる。

フェリスは、急に恥ずかしくなって目を伏せる。



「騒いだり、死のうとしたらノアとアガットの命の保証はない」

オルキディアは、酷い脅しをかけてきた。



(なによ…一人、人質が増えてるじゃない....)


「私は、何も知らないわ。拷問する気なんでしょうけど...何も喋らないわよ」


オルキディアが前傾姿勢になり、ベッドの真ん中に座っていたフェリスの太ももの横辺りに、手をついた。ベッドに片膝だけ乗り上げる。


急にベッドに上がってきた、オルキディアの首筋が嫌でも目に入り心拍数が上がる。



「フェリ、女性の拷問の仕方を知っている?どうかな、喋らずにいられるかな?」


オルキディアの鼻の頭が、フェリスの鼻に当たりそうなほど間近に迫る。



フェリスは、自分のつばを飲み込む音が、自分の耳の奥で大きく鳴ったのがわかった。


「......つ、爪を()いだり...するのでしょう?」

言いながら、想像してしまい爪を隠すように手のひらを握り込む。



(このドキドキは、怖さゆえよね...どっちにドキドキしてるかわからなくなってきた。しっかりしなくてわ。)



フェリスから少し顔を離して、オルキディアが微笑む。


微笑むオルキディアの瞳が潤み、急に妖しい色気を纏う。


(ここで、そんな妖しく微笑むなんて...)


フェリスは、オルキディアは拷問好きなのだろうかと恐怖を感じる。



フェリスの怯えに気付いているのかいないのか、オルキディアが低くて甘い声で、安心させるように優しい口調で告げる。


「フェリには、そんな方法はとらないよ」

フェリスは、それを聞いてホッとした。


(拷問好きなんて失礼のこと思って悪かったわね...もしかして...セルピエンテのことは、見逃してもらえるのかしら...)


不意に、オルキディアの睫毛がフェリのこめかみに触れるほど耳元に近付いた。

そこで、オルキディアがまばたきをすると、くすぐったくてフェリスは身をよじる。


「ふふ...そうだね、フェリのはちみつのような声が、鳴き枯れるほどの責苦にしようかな」


「…………」


フェリスの体が硬直した。


(やっぱり酷い拷問を受けるんだわ....しかも私だけ特別プログラムが用意してあるような口調だわ。)


フェリスの瞳が、潤む。

唇を強く引き結んで、泣きたいほどの恐怖を耐える。


オルキディアは、フェリスの果実のような唇を親指でなぞって(ほぐ)すと、謝った。


「ごめん、嘘だよ。フェリを拷問なんてしないよ」

今度は幼い子に言い聞かせるような、ただ優しいだけの口調になる。


オルキディアが、フェリスの頭を軽く撫でてベッドからおりた。


「さて、マルスここで食事をとるから準備を頼む」


「...かしこまりました」

マルスは思った。いくら婚約者とはいえ、今のでも未婚の貴族令嬢には軽い拷問だろうと。


マルスは、フェリスがノアと長い時間姿を隠していたことへの罰にしては(いささ)かやり過ぎな気はしたが、主人の機嫌がなおってホッとしていた。


「しかし、あんな愛情の示し方をなされるとは....この塔に入れるのはフェリスさまの御身を守るためだと聞かされたが...」

マルスは階段を下りながら主人の、行き過ぎの執着を意外に思った。





フェリスとオルキディアは、家令のマルスが持ってきた軽食を食べていた。

塔の最上階なのでさすがに何品もは運べない。

サンドイッチとスープと水を持ってきた。


小さめのテーブルで、二人で向き合って食べる。

家令のマルスが近くで、控えていた。


「フェリは、ノアに特別な感情をもっているのかな?」

全て完食したオルキディアが、ナフキンで口元を拭いながら聞く。


「まさか!この間の討伐のときに馬に乗せてもらったんです。そのせいでご迷惑を掛けてしまったのでお詫びに行っただけです」

フェリスは、食事の手を止めて抗議した。


そんなフェリスの様子を観察するように、目を逸らさず見て告げる。

「君はそうでも、城内は異様なまでの速さで君とノアの逢瀬が噂になっている。何時間も二人で一緒に姿を消しているとね」


(これは、私とノアさんが男女の関係になったと言う噂が流れているのね…)


フェリスは、グラスの水で喉を潤す。


ノアに抱きしめられて、密室という名の床下に閉じ込められていたので、言い逃れできる状況ではなかった。


「オルキディアさまにとって、いえサルマン領にとって不名誉な噂が流れたのは、全て私の不徳の致すところでございます。私が責任をとります」



オルキディアの目が、鋭利な刃物のように鋭くなった。


オルキディアは、急に行儀悪くテーブルに両肘を付いて、組んだ手の甲に顎を載せたが、均整の取れた体つきはそんな仕草ですら、計算されているように美しかった。


しかし、漂う雰囲気と発する声は、尋常じゃなく恐ろしい。


「ふーん、聞こうか。フェリの_フェリス・ロロ・アルモアダ伯爵令嬢はこの件をどうやって収束させるのだろう」


フェリスは、喉がカラカラになった。


(目で、射殺されそう…貴族としてのけじめを求められている...つまり__ここでこの一言がやっと生きてくる。)


(今回は、前回よりオルキディアさまを身近に感じたわ、怖いところもあったけどやっぱり今回も好きでした。政略結婚にあるまじきことだけど...)


フェリスは、けじめのために心の中で思いを告げた。


「私が至らないという事で、婚約破棄してください…」


(とうとう...告げたわ。あとは、ほとぼりが冷めたら、次の嫁ぎ先をお父さまが用意してくださるわね...)


「聖女アイレさまなら、領民たちも納得すると思います」


オルキディアが、顔を(ゆが)めた。


姿勢を正すように座り直す。

「フェリ、君も貴族なら政略結婚を途中で破断するとどうなるかわかっているだろう?多額の慰謝料が発生することになるが…コルヌイエ伯爵のもとにでも行く気かい?」


「コルヌイエ伯爵のもとにですか?」

フェリスが首を(かし)げる。


(面識は、あるけど...なんで今名前があがるの?)


「知らない?コルヌイエ伯爵がもうずっと君に執着しているって、社交界ではけっこう有名な話だよ、彼なら慰謝料ごと君を引き受けそうだが…」


(そうなると、オルキディアさまに婚約破棄されたら、コルヌイエ伯爵のもとに行くことになりそうね....)


フェリスは貴族の娘らしく、覚悟をした。


(今から心積もりしておかなくては。)


フェリスの目付きが変わったのを見て、オルキディアは前回の時に感じた、フェリスの貴族然としたところを再確認した。



「ここではっきりさせておくが、私は君を手放す気はない」

オルキディアの口調が、有無を言わせない口調に変わった。


「え、アイレさまは...?」



「聖女アイレさまが、私の妻になるべくいろいろ画策していることはわかっているが、残念だが今のところは、どれも罪に問えるほどの内容ではないんだ」


「そうではなく、アイレさまをお好きなのですよね?聖女を日蔭者にはできませんよ」


オルキディアが眉を顰める。

「私と聖女アイレさまが親しかったのは、アイレさまが王都に出向く5年前までのことだよ。しかもアイレさまは厩番(うまやばん)の娘だ、当時そんな感情を向けたことはない」



「では、今はどうですか?聖女さまになられたのだから、二人に身分の壁はありません」

フェリスは食い下がった。

ここで言うわけにはいかないが__散々、前回二人の仲の良さを目の当たりにしてきた。



「君は王家の回し者か何かか?」

オルキディアが呆れたように言う。



この一言で、フェリスの頭に血が上る。


「オルキディアさまは、アイレさまに、キディと呼ばせているではありませんか!」

言い切ったあとで、フェリスが肩で息をする。


オルキディアが、フェリスの癇癪に目を丸めた。


(しまった...感情的になってしまった…)



「当時3歳だった聖女アイレさまが、私の名前をきちんと呼べなかったのだよ。その時そう呼んで良いと許可をした。私が4歳の時だ」


「やはり、聖女アイレさまが私を愛称で呼ぶのを気にしていたか?」

オルキディアが、フェリスの顎を指で支えて、上を向かせ瞳を覗き込む。


フェリスが首を振って、オルキディアの手を払った。


「気にします、当然です。でも私にはそれについて何も言う権利はありません。政略結婚とはそういうものしょう、子ができたら私の役目は終わりです。わかってます、私と婚姻を続けるお積もりなら、その役目が終わるまでは、どなたもご寵愛なさるのは止めて欲しいのです」


「落ち着きなさい、フェリ」


「いいえ、私は落ち着いております。私の祖母が申しておりました。見た目に惹かれて蟻のように、花に群がる男たちも、手に入れてしまえばすぐに飽きて、真に愛する女のもとへ行くと。政略とはそんなものだとわかっております」


オルキディアが椅子から立ち上がり、フェリスのそばに来て腕を掴む。

「フェリ、君は今混乱している」


「離してください!私と婚姻してアイレさまをお迎えになっても構いませんが、3年後まで待つようにアイレさまを説得してください」


「二度も同じ人に殺されたくない__」


(しまった、頭がおかしいと思われる。)


「すみません、たしかに混乱しているようです。取り乱してしまい申し訳ございませんでした」


オルキディアがフェリスを少しの間抱きしめて、背中を呼吸に合わせるように優しくトントンとした。


「フェリ、君の両親は愛人を持っていないだろう?私の両親もそうだ。私もそんなつもりはない。誰かの言葉に惑わされず、私を信じて欲しい」


「......マルス、アガットが心配しているだろうからここに呼んであげて」

オルキディアは、家令のマルスの方を向いて指示をした。



フェリスはアガットが来てくれると聞いて、オルキディアを見上げたまま、つい口元が(ほころ)んだ。


オルキディアが、フェリスの表情が柔らかくなったのを見て思わず抱きしめる。


「アガットに妬いてしまいそうだな...」

吐息混じりに(つぶや)いた。










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