第8話「ニートしてたらドア破壊されたんだけど何か質問あるw?」
王都は、今日も平和だった。
少なくとも、表面上は。
街の中心では、先日の死霊騒動を収めた勇者チョコレートの名が、あちこちで囁かれていた。
「働かずに街を救った英雄」
「屁理屈で魔王軍幹部を仲間にした天才」
「寝てるだけで世界が動く男」
その評判は、王都の貴族街から庶民の市場まで、じわじわと広がっていた。
だが、それを快く思わない者もいた。
王都の外れ、石畳の路地裏。
褐色肌に金髪をなびかせた女が、壁にもたれていた。
ビスケット。元王都衛兵トップ、現・反乱軍の残党。
「寝とるだけで英雄?ふざけとるがや……」
彼女の目は、王都の中心にある白い石造りの建物を睨んでいた。
その最上階に、チョコレートの部屋がある。
「部下が鬱になったくらいでクビとか、意味わからんがや。あたいは結果出しとるのに、なんで追い出されなかんの?」
彼女は大剣を背負い、静かに王都の通りを歩き始めた。
その頃、チョコレートの部屋では、いつも通りの朝が始まっていた。
チョコレートはベッドに寝転がり、布団にくるまっていた。
キャンディは窓辺で短剣を研ぎ、クッキーはキッチンで死霊たちに指示を出していた。
「今日の朝食は、エジプト王家の料理人による“蜂蜜とナツメのパン”と、
中世イタリアの修道士が作った“ハーブ入り卵スープ”です」
「……朝から重いな……」
チョコレートは寝言のように呟いた。
そして、扉が爆音とともに蹴破られた。
「チョコレート!!」
ビスケットが大剣を肩に担ぎながら踏み込んできた。
「寝とるだけで英雄とか、王都も落ちたもんだがや!」
死霊たちが一瞬ざわめき、キャンディは即座に短剣を構えた。
クッキーはちらっとだけビスケットを見て、料理を再開する。
(ドアを蹴破られるまで、キャンディが気付かなかったなんて…、こいつ)
キャンディは即座に短剣を構え、ビスケットに切りかかった。
だが、ビスケットは余裕の笑みを浮かべて大剣を片手で受け止める。
「ほう?そんなチンチクリンな刃物で、あたいに勝てると思っとるんか?」
ビスケットはニヤリと笑い、剣を弾き飛ばすように振るう。
キャンディは後ろに下がり、距離を取る。
「おいおい、今ので勝てんってわかったやろ?やめときゃええがや」
ビスケットは肩に大剣をのせて、挑発的に言う。
「……バカにして……」
キャンディの二度目の攻撃は、はかなく終わった。
短剣は大剣に弾かれ、
ついでにビスケットの蹴りがわき腹に入り、キャンディは食器棚に突っ込んで気絶した。
「うそだろ……」
チョコレートは驚愕する
何せ、あの死霊軍団を無双したキャンディだ
それをこうもあっさり倒すなんて…
「おい、誤解するなよ。」
ビスケットは剣先をチョコレートに向ける
「な、なにがだよ。俺は勇者だぞ?手を出して許されるわけ」
「違う。その話じゃない。」
ビスケットはキャンディを見る。
「こいつ、重症だ。本当は動くのもきつかっただろう。更に戦い方だ。大きな剣より短剣のが威力が弱い。ぶつかれば短剣が負ける。だから、こちらの空振りを誘って、その隙に切り込むのが常套手段なんだ。だけど、こいつはそれをしなかった…。」
敵のビスケットがキャンディの敗北を弁明する不思議な構図
「……え?」
「お前があたいの近くにおったから、焦ったんだろ。
負傷してて、戦い方も不利で、蹴られたときもお前に飛ばんように計算してた。できた娘だがや」
敵なのに、キャンディの敗北を冷静に分析して弁護する――
それが、ビスケットという女だった。
「……表出ろや」
チョコレートは静かに怒った。
「朝食準備して待ってますね」
クッキーは他人事のように料理を続けていた。
外
「そもそも何の用だったんだよ?」
チョコレートが聞く。
「なあに、あたいも元ここの衛兵のトップでね。魔王軍と戦って功績も上げたがや。
けどよ、部下がみんな鬱になって辞めちまってよ。責任取れって言われてクビ、島流しさ」
「……それ、パワハラだったんじゃ……」
「違うがや!あたいはちゃんと指導しとった。部下が弱すぎただけやろ?
結果出しとるのはあたいや。なんであたいが悪者になるんだよ、意味わからんがや!」
「それで反乱軍?」
「そう。王都の貴族どもに復讐してやろうと思ってな。
けど、反乱軍の部下もまた鬱になって辞めてって、今残っとるのはガムだけや。あいつもよく発作起こして気絶しとるけどな」
「……ギャグみたいな話だな」
「笑えんがや」
部屋に戻ると、キャンディはまだ気絶していた。
クッキーは朝食を並べ終えていた。
「おかえりなさい。朝食、冷めてますけど……」
「……なんだこれ。見た目は……普通にうまそうだな」
ビスケットは警戒しながらパンを一口かじる。
「……うまっ!?なにこれ!?死霊料理って、もっとこう……内臓とか目玉とか……」
「違います。これは、エジプト王家の料理人が作った“蜂蜜とナツメのパン”です。
死霊たちは、私のために働いてくれてるんです」
「……あたいの部下より優秀じゃねぇか……」
クッキーは、少しだけ誇らしげに微笑んだ。
チョコレートは、布団に戻りながらぼそりと呟いた。
「……俺の部屋、なんでこんなに人増えてんの……」