第1話「ニートしてたら異世界に強制召喚されたんだけど何か質問あるw?」
神殿の奥深く、静寂を破るように荘厳な声が響き渡った。
「勇者よ、我が世界を救いたまえ!」
その瞬間、天井の高みに刻まれた古代文字が淡く輝き始め、空気が震える。神殿の中央に描かれた巨大な魔法陣が、まるで命を得たかのように脈動し、淡い金色の光が柱となって天へと伸びていく。天井のドームには星々のような光点が浮かび、まるで夜空が神殿の中に広がったかのようだった。
神官たちは一斉にひざまずき、祈りの言葉を唱える。空気は張り詰め、神聖な緊張感が場を支配していた。
やがて、魔法陣の中心に、ひとりの人影が現れた。
その姿は、神官たちの期待を裏切るものだった。
黒髪。細身。虚ろな目。
その男――チョコレートは、異世界から召喚されたばかりの、見るからにやる気のない存在だった。
「……あー…………」
彼は召喚の光が消えると同時に、まるで重力に逆らう気力すらないかのように、地面に寝転がった。神殿の床は冷たく、硬く、石の感触が背中に伝わるが、彼は気にする様子もない。むしろ、その冷たさが心地よいとすら思っているようだった。
神官たちはざわついた。
「これが……勇者?」
「いや、でも……ステータスを確認してみよう」
ひとりの神官が、神殿の祭壇に置かれた魔法の水晶に手をかざす。水晶は淡く光り、チョコレートのステータスが空中に浮かび上がった。
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**ステータス表示:**
- 役職:ヒキニート
- 魔力:0
- 体力:E
- 知力:B
- 口達者:S
- やる気:測定不能(最低値)
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「……これ、勇者じゃなくて、ただの社会不適合者では?」
「いや、“異世界から来た”ってだけで勇者枠のはずだが、それにしても見たことがない役職だ!」
神官のひとりが、どこか言い訳のように呟いた。
チョコレートはその場で寝返りを打った。石の床の上で、まるで自宅の布団の中にいるかのように。
「……働きたくない……何もしたくない……息を吸うのもめんどくせ~…」
その声は、神殿の高い天井に虚しく反響した。
神官たちは頭を抱えた。
「普通は『ここは何処なんだ?』とか『家には帰れるのか?』とか『俺はどうなったんだ?』とか、最初に召喚された人はパニックになるのが普通なのだが…」
「見てみろ、あの顔…、俺たちを…、いいや、社会そのものをなめ臭きった顔だ!!!」
神聖な召喚の儀式の末に現れたのは、世界を救う希望ではなく、社会からドロップアウトした男だった。