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04.縁の糸を切る神様(4)

 見つめ合ったまま黙りこくっているわたしたちをよそに、伯父さんは「あーあ、大福が。潰れてへんかな」と言いながら、進藤くんが落とした紙袋を拾い上げた。

 進藤くんは落とした大福には目もくれず、唖然とした表情を浮かべている。

 

「小桜さん、なんでこんなとこにいんの。……もうおれに関わらん方がいい、って言ったのに」


 彼はそう言って、怒ったように口をへの字に曲げる。

 たしかによく考えると、ほとんど知らない同級生が、いつのまにか家に来ているなんて、進藤くんの立場にしてみたら怖すぎる。一歩間違えればストーカーだ。わたしはしょんぼりと下を向く。


「そ、そうだよね。いきなり押しかけてごめんなさい」

「……あ、いや。ちゃうねん、そ、そういうことじゃなくて」


 落ち込むわたしを見て、進藤くんが慌てたように言う。伯父さんは笑って、隣の座布団をぽんぽんと叩いた。

 

「真紘、ええから座り。一緒に豆大福食べよ」


 進藤くんはムスッとした表情のままだったけれど、素直に腰を下ろした。ウキウキと袋から豆大福を出した伯父さんは、お皿に載せて差し出してくれる。


「これ、ほんまに美味しいから。小桜さんも、よかったらどうぞ」


 白い粉を纏った大福には、たくさんの黒豆がぎっしり入っていた。私は「いただきます」と両手を合わせてから、豆大福に齧りつく。お餅はもっちりしていて弾力があって、餡子の優しい甘みと、ほんのり感じる塩味との組み合わせがたまらない。


「……美味しい! これ、とっても美味しいです!」

「でしょう? 真紘も、昔からこれが好きなんですよ。誕生日に何が食べたいか聞いたら、ケーキよりふたばの豆大福がいいって……ほんま渋い味覚の子どもやで」

「……どうでもええやろ、おれの話は」


 幼少期のエピソードを掘り返されたのが恥ずかしかったのか、進藤くんが気まずそうに頬を掻いている。


「ちょっとお茶淹れ直してくるわ。座ってて」

 

 そう言って伯父さんが席を外し、わたしと進藤くんは二人きりになった。

 冷めたお茶を啜りながら、そうっと彼の表情を窺う。もぐもぐと豆大福を頬張る彼は、わたしの方を見ようともしない。やっぱり、怒ってるのかな。


「あの、ごめんなさい」


 私が言うと、彼は一瞬だけこちらに視線を向けて、またすぐに逸らした。

 

「……なんで、小桜さんが謝るん」

「……進藤くん、怒ってるのかなって。勝手にこんなところまで来て、迷惑だったよね」

「別に、怒ってへん。たしかに、帰ってきたら小桜さんがいるから、びっくりしたけど……」


 そこで言葉を切った進藤くんは、申し訳なさそうに続ける。


「……感じ悪くてごめん。おれの愛想がないのは、元からやから」

「真紘は昔から、他人と目合わせんのが苦手やもんなあ。それが、こんなに可愛い女の子ならなおさら」


 急須を手に戻ってきた伯父さんが、からかうような口調で言う。わたしが思わず「えっ」と言うと、進藤くんは真っ赤な顔で伯父さんに噛みついた。


「伯父さん、余計なこと言うなよ! べつに、そんなんとちゃうから!」


 進藤くん、そんなに大きい声出るんだ。意外な一面を見たような気がして、少し嬉しくなる。


「すみませんね、小桜さん。真紘は人見知りやから最初は無愛想やけど、慣れたらよう喋る子やから」

 

 伯父さんはニヤニヤしながら進藤くんの前に湯呑みを置き、わたしにも温かいお茶を注いでくれた。豆大福には、香ばしいほうじ茶がよく合う。


「……そんなことより。小桜さんは、なんでこんなとこまで来たん」


 進藤くんは照れ隠しのように声を張り上げると、話題を変えた。すっかり目的を忘れて豆大福を堪能していたわたしは、はっとして居住まいを正す。


「あの、わたし……どうしても、あのときのことが気になって」


 訊きたいことが、たくさんある。わたしと店長との縁が、どうしてあっさり切れたのか。進藤くんはあのとき、わたしに何をしたのか。彼が持っていた刀は何なのか。

 進藤くんはむすりとしたまま、ふたつめの大福に手を伸ばす。

 

「……世の中には、知らんままでいた方がいいこともあると思うけど。小桜さんはストーカーと縁切れて、バイトも無事辞めれて、万々歳やろ」

「でも……気になるの。進藤くんがわたしを助けてくれたなら、ちゃんとお返しがしたい」

「ええよ、そんなん」


 面倒臭そうにひらひらと片手を振る、進藤くんの返事はそっけない。諦めずにじいっと見つめていると、わたしの圧に負けたのか、彼は溜息混じりに言った。


「……おれは、小桜さんの悪縁を切っただけ」

「悪縁を?」


 それきり口を噤んだ進藤くんの代わりに、伯父さんが答えてくれる。

 

「真紘には、〝縁〟を切る力があるんです。他人の縁が見えて、それを不思議な刀で切ることができる」


 わたしは短く、息を呑んだ。突拍子もなさすぎて、到底理解しがたいことだ。それでも、もしかするとそうなのかもしれない、と予想していたことでもあった。

 進藤くんはわたしの目の前で、無言で右手を広げる。すると、瞬きをひとつしているうちに、彼の手の中に日本刀が現れた。


「……えっ!? どこから出てきたの? それ……」

「おれにもわからん。出てこいって念じたら勝手に出てくるし、消えろって念じたら消える」


 進藤くんがそう言うと同時に、さっきまで手の中にあった刀が、煙のように消えた。すごい。まるで、昔見たファンタジー映画の魔法みたいだ。


「あの刀、他の人には見えないんだ……よかった。銃刀法とか大丈夫かなって思ってたの」

「気にするとこ、そこなん? 小桜さんって、ちょっと変……」

「小桜さんは、さっきの刀が見えたんですね」


 伯父さんの言葉に、わたしは「はい」と頷く。すると、伯父さんは眉を下げて笑った。

 

「なるほど。普通の人には、見えへんねんけどなあ。たまーに、見える人がいるんですよ。小桜さんにも縁切りの素質があるんかもしれへんな」

「……ない方がいいやろ、そんな素質」

「縁が見えてるって、どういうことなの?」


 わたしがそう尋ねると、進藤くんは頬杖をついたまま、じいっとこちらを見つめてくる。もしかすると、わたしと誰かを繋いでいる縁を見ているのだろうか。すべてを見透かすような黒い瞳は、やっぱりとても綺麗だった。


「……おれにとっては見えてて当たり前のもんやから、見えてない人にどう説明したらいいんかわからん。こう、光の糸みたいなんが、人と人とのあいだで繋がってたり絡まったりしてるような感じ……」


 言われて、想像してみたけれど、あまりピンとこなかった。わたしが首を捻っていると、進藤くんは「まあ、わからんやろな」と大福を頬張る。さっきからずっと食べてるけど、ほんとに好きなんだろうな。

 

「伯父さんにも、縁が見えてるんですか?」 

「いやあ、私にはどうも、才能がなかったみたいで。父方の祖父は、真紘と似たような力を持ってたみたいやけど」

「なくてもええやろ、そんな力……とにかく。おれはあのとき、小桜さんに巻きついてる悪縁を切った。胸のあたりを絞めつけてて、苦しそうやったから」


 そうだ。進藤くんが刀を振った瞬間、わたしの胸苦しさは嘘のように消えた。あれはやっぱり、彼がわたしの悪縁を切ってくれたからだったのだ。


「悪縁って、そんなに物理的なダメージを与えてくるものなの……?」

「まあ、そういうこともありますよ。病院行ったら、〝ストレス〟の四文字で片付けられるでしょうけど」


 なんとなく、想像できる。わたしもあのまま病院に行っていたら同じようなことを言われて、「ストレスの元を断ち切ってください」なんてアドバイスを受けていたかもしれない。

 わたしに絡みついていた縁を思い出したのか、進藤くんは苦々しそうに眉を寄せた。


「よっぽど陰湿な男やったんやろな。まあ、綺麗に切れたならよかったわ」

「うん。ほんとにありがとう……」


 わたしは進藤くんに向かって、深々と頭を下げる。

 この神社に来て、進藤くんに逢えて、彼に助けてもらえて、本当によかった。あのままだとわたしはきっと、もっと恐ろしい思いをしていたかもしれない。店長のねばついた視線を思い出して、またゾッと背筋が冷えた。

 ぱっと顔を上げたわたしは、進藤くんに駆け寄り、彼の両手を取る。ぎゅっと強く握り締めると、彼は目に見えて狼狽した。


「な、な、な、何?! なんなん!?」

「進藤くん、やっぱりこのままじゃ、わたしの気が済まないよ。何か、お礼できないかな?」

「いや、べ、べ、べつにいいって言ったやろ」

「わたしにできることなら、なんでもするから……」

「あ、あのなあ! あんまりそういうこと、気軽に言わん方がいいって!」


 わたしの剣幕に、進藤くんは真っ赤な顔でしどろもどろになっている。すると、ニコニコしながら一部始終を見守っていた伯父さんが、口を開いた。

 

「小桜さん、よかったらこの神社でアルバイトしませんか」

「え?」


 わたしと進藤くんは、揃って伯父さんの方を見る。伯父さんは相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま、続ける。


「長く手伝ってくれてた学生さんが、今年の春に卒業してしもて。人手不足で困ってたんですよ。無理にとは言わへんけど、どうでしょう」

「いや、小桜さんにそんな迷惑かけるわけには……」

「やります」


 進藤くんが言い終わる前に、わたしは即答していた。

 助けてくれた進藤くんに対して恩返しをしたい気持ちもあったし――それにわたしは、この短い時間のあいだに、糸霧神社のことが好きになっていた。もう少し、この場所のことと――進藤君のことを、知りたいと思ったのだ。


「ちょうど、夏休み前にバイトを探そうと思ってたんです。あ、履歴書が必要なら用意しますが」

「いやいや。こっちがお願いしてることやし、かまへんよ。いやあ、助かるわ」

「ふつつかものですが、これからよろしくお願いします」


 そう言ってわたしは、畳に三つ指をついて深々と頭を下げる。伯父さんがのほほんと「なんか、うちにお嫁に来たみたいやなあ」と言うと、進藤くんが盛大にお茶を吹き出した。

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