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第三話 一縷の望み



 先日、ようやく私のファンを名乗る女の名前を知ることができた。変な勧誘付きでだが。


「いやいや、いきなりサポートなんて言われても。私にはスポンサーがいる……」


 と、一時間前の勧誘を突っぱねてしまった私は実家へ戻っていた。こんな怪しげな女が社長でましてや新しくできたらしい会社にサポートされるつもりはない。

 結局は金目的か。いや、ほかの選手ならいざ知らず、お金の気配のない夏海をサポートするメリットはないはずだ。


「あの子、本気なの?」


 シンプルな名刺に書かれていた会社名とロゴ、ようやく知れた彼女の名前を見ながら考える。

 鈴井冬香(すずいふゆか)。年はおそらく私より下だろう。しかも起業するなんて、いや最近は珍しくも何ともないのか。ともかく、彼女の意図を知らない限りはサポート以前に信用に値しない。


「ともかく後で詳しく聞かなきゃ。勝手に逃げてしまった手前申し訳ないけど」

 

 鈴井冬香の勧誘を聞いた瞬間の悪寒に従ってしまい、夏海は脱兎のごとくあの場から離れた。向こうは「いい返事待ってまーす」と前向きな態度だった。


「一晩経てば冷静になるわよね。……ただいま」


 やや重いため息と共に実家の扉を開けると、今から母が慌ててこちらにやってきた。


「夏海!」


「ちょっとどうしたの。試合結果はネットでも見られるでしょ」


「そうじゃなくて! あんたが出て行った後に鈴井さんって人に会ったのよ。夏海のことで大事な話があるって」


「あいつマジか」


 実家にまで押し寄せてきたのかあの女。てかなんで実家の住所知ってるんだ。これは本格的にストーカー、言い逃れなんてできないレベルだ。


「で、あいつはなにをしようとしてたの? 投資話かなんか?」


「なんてこというのよ。自分の問題でしょ!」


「え?」


 母はたいそうご立腹な様子。話が見えない。鈴井冬香が詐欺を企てようとしていたのではないのか。すると母はこんなことを言い放った。


「あんた、スポンサー全部契約打ち切りだって聞いたわよ」


「……は?」


 



ーーーーーー

ーーーー

ーー



 夏海に名刺を渡してからと言うものの、気の休まらない日々が続いてしまっている。恋煩いとはこんなにも辛いものなのか。ずっと絶えず変化していく彼女への情は行き着くところまで行ってしまった。つまり「奉仕」へと。


 本当にここまで時間がかかった。貯金は減ってしまったが、夏海さんのためを思うとはした金に過ぎない。できればお金で時間が買えればいい。そうすれば、きっと彼女は最高のテニスをしてくれるはずだ。


「来るよね、夏海さん。来てくれなきゃわたしだって……」


 ふとスマホが鳴った。反射的に通話表示をタップする。


「もしもし!!」


「鈴井、冬香よね」


 愛しい人の声だ。機械に通された似たような声であっても舞い上がってしまう。


「今夜、会えない?」


「はい!? わ、わかりました。いまから最高級ホテル予約しておきますねっ」


 声がうわずってしまった。予想外のところからフックを食らってしまった。まさか本人から夜の誘いが来るなんて。お店の用意になにかあったときの用意をしなければ!


「変な勘違いすんじゃないわよばか。実家の最寄り駅にスタバあるからそこへ来て。(とつ)ったんなら場所知ってるでしょ」


「い、今すぐ向かいます! ふふ、でもカフェでデートってのもありかも」


「話、聞かなかったことにするけど」


「あ、いえ冗談ですって〜! ちゃんとしますから〜」


 通話が終わり、わたしは心根の暴れようを深呼吸で収めていく。彼女とのお話は毎度緊張してしまう。一方的に好き好きアピしてるときはタガが外れていたので緊張する暇もなかった。


「ふう〜、よしっ。お仕事頑張りますか」


 ぺしぺしと頬を二回たたいて、身支度を整えていく。OLスーツに身を包み、黒のトートバッグに書類を詰め込み、最後にメイクを整えていく。彼女会うときはいつものよりしっかりめに。


 そして最後にピンクベージュのウィッグを被った。



ーーーーーー

ーーーー

ーー



「あ、夏海さーん!」


「来たわね。ほら座りなさい。注文しておくから」


 スタバアプリでモバイルオーダーで彼女の分のドリンクを注文する。その間、本題の話を鈴井冬香に投げつけた。


「で、私のスポンサーが本当に契約解除になったこと、なんであんたは知ってたのよ」


 鈴井冬香は見透かしたような目でうなずいて、ビジネスバックらしきものからタブレット端末を取り出した。私の方に画面が動き、二つの会社のロゴが表示された。私が契約していたスポンサーのだった。


「実際に探りました。夏海さんと契約していたのは、中規模のスポーツメーカーのメトロスポーツと、駄菓子メーカーの株式会社リンリン。メトロスポーツはウエアとシューズの提供のみですが、リンリンは資金提供を受けてますよね。ふたつともそこまで大きな会社ではありません。スポンサー契約による広告費用を回収できないうちには、いずれは切ってしまう可能性が高い。実際、どちらも最近は芸能人の広告を使うようになりましたし」


「……その二つは知り合いが担当だったから契約できただけで。その二人から申し訳ないって謝られたわ。別にそんなことしなくてもいいのに」


「それは、なんといったらいいか」


 悪いのは会社の利益にできなかったこちらのほうだ。悔しいことに、目の前の女が出てこなかったら冷静になれただろうか。間違いなく選手生命が終わっていた。あの名刺に一縷の望みをかけるしかなかった。


「だからあなたの話を聞きたいの。なんで私を応援してくれるのか」


 それから私は彼女に頭を下げた。サポートお願い、というわけではない。彼女には謝罪をしなければならなかった。


「昨日はごめんなさい。私の勝手な思いこみであなたを拒絶してしまった」


 顔を上げたあとの彼女の慌てふためいた様子に思わずくすりとしてしまう。続けてこう言った。


「あと両親に言ってくれたんだっけ。私を応援して欲しいって。身近な人の応援が何よりの力になるって」


「……差し出がましいことしたのは自覚しています。それでも必要なことだと思ったのです」


 この三日で両親と長い話をした。今の状況とこれからのことを。当初、父は反対していたようだが、再度話をしたときに殊勝な態度をとっていた。納得はしてないが、好きなようにやれ。そんな感じだった。


「ちゃんと私のこれからのことを考えてくれてたのね」


「……あたり、まえです」


 鈴井冬香は切なげな目線を向けて言った。


「あなたは私を狂わせたんです。一度や二度の失敗で落ちぶれるなんてわたしが許さない。それでもしあなたが諦めるのなら、わたしが諦めさせません。だからーー」


 彼女は目をぎゅっとつぶったあと、意を決したように言った。 


「わたしのサポートを受けてください。あなたを望む場所へ連れていくお手伝いをします。そのためだけに会社を作りました」


 目を背けたくなるほど眩しい目だった。

 一年前に私の目の前に現れたときに、鈴井冬香はこんな考えを持っていたのだろうか。実際図々しい彼女も、相手の人生に踏み込む図々しさまでは持ち合わせていなかったのだろう。

 どんな心境で会社を作りサポートしようと考えたのかわからない。だから私は彼女に尋ねた。


「最後に一ついい?」


「はい」


「あなたの目的を聞かせて」


 一瞬、目が点になった鈴井冬香は、それから不適な笑みを浮かべていた。


「ーー究極の推し活です」


「いいじゃない。エゴむき出しで嫌いじゃない」


 思わず口角があがった。最後に真意を聞きたかっただけが、返ってくる言葉に背筋がふるえた。彼女は本気だ。私を勝たせるためだけの覚悟がある。なら手を差し出すのはこちらの方だ。私は右手を差し出した。


「鈴井さん、あなたのサポートを受けさせてください。これからテニスで勝っていくために」


 鈴井冬香は華やかな笑顔で私の手を両手で握り込んだ。それからカフェでかしましい光景が繰り広げられていくのだが、ともかく当面はプロテニスプレイヤーとして活動できそうだ。


 彼女と勝ち進んだ先になにが待ち受けているのかまだわからない。

 でもきっと、四年前のあいつとの対峙は避けられないだろう。日本女子テニスのナンバーワン。

 その名前はーー。


「待ってなさいよ、加藤五十鈴」


「はいっ!!??」


 ものすごい音を立てて冬香は立ち上がった。周囲がしーんと静まりかえる。注目浴びてしまうことに気づかないほど、冬香は顔が赤く染まっているようにみえた。


「鈴井さん?」


「あ・・・・・・ごめんなさい。あはは、ちょっとびっくりしちゃって。いい目標です。では当面は打倒、加藤五十鈴ってことで」


 それから改めて契約書の書面を渡され、後日正式に契約する運びとなった。

 家で契約書を読み込み、一部のおかしな項目以外はまともな書面だった。これは後で問いつめる必要がある。

 就寝する間際で私は思う。


「なんか、わくわくしてきた」


 彼女との出会いはそれだけでもよかったのかもしれない。


「打倒、加藤五十鈴!」


 再度胸に誓い、まどろみの奥深くへ落ちていった。

 翌日、とんでもないニュースがくると知らず。






”女子テニ世界ランキング十位、突如無期限活動休止発表”


”加藤五十鈴、怪我が原因か。本人からの声明はなし”


”専属コーチ、ただ困惑。契約解除金が支払われた模様”


”突如姿を消した加藤五十鈴いったいどこに。テニス業界の闇を暴く”



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