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【短編】「君を愛することはない」? では逆に全力で愛しますとも! お望み通り好きにやらせて頂きますね?

作者: 望月 或


あれもこれもと付け足ししていたら、こんなに長くなってしまいました。。

お時間のある時にお読み頂けたら幸いです。

ありふれたお話ですが、宜しければどうぞ最後までお付き合い下さいませ。






「ララーナ、落ち着いて聞いて欲しい。ウルグレイン伯爵から縁談の申込みが届いた」

「……はあぁっ!? ウルグレイン伯爵って、一年間で四人の縁談相手に逃げられたっていう、あのウルグレイン伯爵のことぉ!?」

「そうだ。うちには娘がいて爵位を持っているから、恐らく……とは思っていたが、ついにきてしまった」

「イヤッ!! そんなの絶対にイヤよぉッ!! 逃げて来た令嬢達の噂を聞いたけど、顔を合わせていきなり『君を愛することはない』って睨みつけられて、その後ずっと放ったらかしにされたっていうじゃない!? 姿は見たことないけど、そんな冷酷で人でなしなヤツと結婚したって幸せになれるワケがないじゃない!!」

「うーむ……。でもなぁ、ララーナ。お前を手放すのは非常に心苦しいが、王族との関係が深いウルグレイン伯爵家との結び付きはワシらにとって利益が多いんだ。この好機を逃す訳には……」




 姉と父の会話を、私は雑巾で床を磨きながらしっかりと聞いていた。

 その会話の内容は、私にとっても好機だ。

 この流れからすると、姉のことだから、きっとあの台詞を言ってくれるはず……。


 さぁ姉よ、早くその台詞を言っておくれ……!!



「だったら、あそこで這いつくばって床磨きをしている欠陥品を嫁がせればいいのよぉ。アレでも一応このランブノー男爵家の娘でしょぉ?」

「あぁ、あの欠陥品がいたか。うむ……確かにそうだな」




 よっしゃキタァーーッ!!

 そして父よ、期待通りの肯定をありがとう!!



 私は浮き立つ心を顔に出さないよう必死に抑え、代わりに姉の嬉しがりそうなショックを受けた表情を作り頭を上げた。

 姉は案の定、そんな私の顔色を見て意地悪くニヤリと笑う。私を虐めるのを生きがいにしていると言っても過言ではない彼女らしい、醜く歪んだ顔だ。



「由緒ある我がランブノー男爵家の血筋は、貴重な回復魔法を持って産まれてくるのだが、あの欠陥品はそれを一切持たずに産まれてきたからな。魔法のマの字も使えやしない。アレを手放しても痛くも痒くも無いな」

「そうよぉ、あんな欠陥品なんてウチにはいらないわぁ。回復魔法を使えるアタシだけで十分じゃない? ねぇお父サマ、お母サマぁ?」

「えぇ、そうザマスね。アタクシには、アタクシによく似たアナタだけがいれば十分ザマスよ。――あぁ、どうしてあのような欠陥品がアタクシのお腹から産まれてきたのかしら? 本当不思議でならないザマスわ」

「そうだな。ララーナには、ワシらの意のままに操れる貴族の婿を探そう。そうすれば、我がランブノー男爵家は末永く安泰だ。クックック……」

「ふふ、もうお父サマったらぁ。顔が良くて優しくて頼りになって器量の良いヒトじゃないとイヤよぉ?」



 わー、本人の目の前で言いたい放題だわー。

 でもこれでようやくこの家から出られる!

 家中の掃除をさせられたり罵詈雑言を浴びせられたり殴られたり蹴られたりご飯を貰えなかったりから解放される……!

 やったねっ!!


 ――っと、待て待て。嬉しがるのは早いわ私。

 相手との婚姻を確実に確定させる為に、この喜びは胸に秘めて、思いっ切り悲痛な顔を作って、と――



「フフッ、今の話聞いてたでしょぉ? アンタは女を女として見てない冷酷なウルグレイン伯爵の五人目の縁談相手になるのよぉ」

「…………」

「――プッ、アハハハッ! そーんな悲しい顔したって結論は変わらないわよぉ? 最後にアンタのそんなマヌケ面が見られてホンット満足だわぁ。ププッ」

「早速先方に承諾の返事を出そう。早馬でな。――ユーシアよ、今すぐこの家から出てウルグレイン伯爵家に向かえ。決して伯爵に迷惑を掛けないように従順にしていろ。戻って来ることは許さんぞ。ランブノーの名に泥を塗ったら容赦しないからな」

「流石にその使用人の服じゃ行かせられないザマスね。この家の質を疑われてしまうザマスわ。ララーナのお古のドレスを一着あげるから、それを着てさっさと出て行くザマスよ。欠陥品のアナタに対してこーんなに優しい母を、一生敬っていくザマス。だからアナタを日常的に叩いていたことは、絶対に人に言ってはいけないザマスよ。――まぁアナタの戯言なんてだーれも耳を貸さないでしょうけど。オホホホッ」



 ……母のザマス口調、最後まで慣れなかったな。それももう聞くこともなくなるし、とても清々しい気分だわ。

 よし、善は急げですぐに支度をしよう! 今まで何も買って貰えなかったから特に持って行く荷物も無いし、さっさと部屋を片付けてこの家からオサラバだ! イヤッホーーッ!!




 ――そして私ことユーシア・ランブノーは、地獄のような家から晴れて開放され、ルンルン気分でウルグレイン伯爵家に向かったのだった。





 **********





「ユーシア・ランブノー、二十一歳……か。姉のララーナ・ランブノーの代わりに来るのか」

「はい、御主人様。姉のララーナは病弱の為、故郷の空気と違った土地には来られないとの言い分です」

「フン、社交場で何人もの貴族の男に盛大な色目を使っていた女が何を言ってるんだか。大方、ララーナ・ランブノーがこの縁談を拒否したか、回復魔法を使える娘を両親が手放したくなかったんだろう。そして、妹のユーシア・ランブノーを身代わりにした……。彼女は社交界には一切出ていないな。情報も極めて少ない」

「左様でございます。彼女は回復魔法を持たずに産まれてきたようで、それ以外の魔法も使えないとのこと。それを恥と見た両親が彼女を役立たず扱いし、家から出さなかったようです」

「彼女が悪い訳ではないのに、全く愚かな話だ。――まぁ、来るのは姉でも妹でもどちらでもいい。誰が来ても俺は愛する気はないからな」

「――御主人様……」

「ウルグレイン家の跡取りが必要なのは分かる。俺ももう二十八だしな。だから縁談に関しては、文句も言わず拒否もせず貴方に任せているだろう? ヴァルター」

「…………はい」

「だが、その者を愛さないのは俺の勝手だ。それが嫌でその者が出て行こうが俺の知ったことではない。一生それで構わないという者がいたら、俺はその者と結婚しよう。――俺はもう……“あんな思い”は沢山なんだ……」

「御主人様……」





 **********





 ウルグレイン伯爵家の応接室で、初めて伯爵を見た瞬間、私の頭の天辺から足の爪先まで電撃が貫いたような衝撃を受けた。

 スラッとした長身で、短く切った無造作に流れるサラサラの金色の髪、晴れ渡る澄んだ空色のような蒼の切れ長の瞳、形の良い鼻、唇――

 誰がどう見ても上級の美形に入る顔つきだった。


 こりゃあ姉が伯爵の顔を一目見たら、「アタシが嫁げば良かったわぁ!」とハンカチを噛み締めて悔しがるに違いないわ……。


 光り輝くウルグレイン伯爵の姿に目と口をあんぐりと開けていると、テーブルを挟んで向かい合わせで座っている彼が不機嫌そうに私を見返して言った。



「ジークハルト・ウルグレインだ。このウルグレイン伯爵家の当主をしている。ユーシア嬢、遠路はるばる来てくれたところ申し訳ないが、君に最初に伝えておきたいことが何点かある」



 その台詞を聞いて、私は惚けた顔を引き締め、ソファに座り直した。

 きっと、“あの言葉”を言うんだろう。



「君を愛することはない。愛する気もない。ここに嫁ぎに来てくれたのは有り難いが、俺は君に一切関わらない。君は君でここで好きに過ごすといい。婚姻届はまだ出さない。二ヶ月間、様子を見ることにする。ここを出て行きたいのであれば止めはしない。勝手にするといい」

 


 ほいキタァーーッ! なるほど、これが“例の台詞”ね!?

 別に私はそれで全然構わない。ならお言葉通り好きにさせて貰うまで!



「分かりました。では逆に、私は全力で伯爵様を愛しますとも! 心の底から伯爵様に愛を貫き通しますとも!!」

「…………はあぁ??」



 私のとびきりな笑顔に乗せた宣言に、ウルグレイン伯爵は美形な顔をポカンとさせ、言っては悪いがマヌケ面で言葉を失っていた。



「…………なぁ、俺の話をちゃんと聞いていたのか? 俺は君を――」

「はい。勿論バッチリと聞いていましたよ? 別に私を愛さなくて一向に構いません。好きになってくれなくてもいいです。愛人や恋人が何人いようとも問題ありません。けれど私は伯爵様を愛します。とことん愛して、とんでもなく巨大な愛を捧げます。私の勝手にしていいと仰ったのは伯爵様ですから」

「……っ!! 俺は縁談相手がいるのに愛人や恋人を作るほど節操無しじゃない!! ――あぁもう、本当に勝手にしてくれ!! 失礼する!!」



 ウルグレイン伯爵は聞いていられないと言った感じで、怒ったように叫んで立ち上がると、口を手で隠してズカズカと大股で応接室から出て行ってしまった。扉を開けっ放しで。



「……あらら、耳まで真っ赤になっちゃって。私の盛大な告白に照れちゃったのかしら」



 私はクスリと笑うと、これからのことを考え始めた。

 まずは彼の一日の行動と嫌いな物、嗜好等、彼に関わるもの全てを調べなきゃ。

 彼がストレスを溜めないように、気持ち良く生活出来る為に。私が出来ることを全てしよう。



「よしっ、まずは聞き込みね。このお家の執事さんや使用人さん達と話してみよう。――まだ奥さんでも何でもない、ただの小娘な私なんかと話してくれるかな……」

「そんなに御自分を卑下なさらないで下さい、お嬢様」



 穏やかで落ち着く声音と共に、優しそうな白髪のお爺さんが微笑みながら姿を現した。

 手を胸に当て、キリリと締まった姿勢のそのお爺さんは、シワ一つ無い執事の制服を着ていた。

 私は慌ててソファから立ち上がる。



「あ……。し、失礼いたしました。私――」

「大丈夫です、存じておりますよ、ユーシアお嬢様。わたくしはこのウルグレイン家の執事をしております、ヴァルターと申します。遠慮せず、何なりとお申し付け下さいませ」

「あ、ありがとうございます」



 微笑しながら優雅で完璧な一礼をしたヴァルターさんに、私は思わず見惚れてしまった。

 本物の執事さんを初めて見たからだ。

 うちはケチって屋敷の清掃全般をほぼ私に任せて、執事さんを雇い入れてなかったからなぁ……。


 そう言えば、私がいなくなった後の家の掃除どうするんだろ? あの人達が自ら掃除するなんて考えられないし、使用人さんを追加して雇うしかなくなるだろうな。

 タダ働きがいなくなった訳だしね。そこはざまぁみろだわ。



「扉が少し開いておりまして、御主人様とお嬢様の会話が耳に入ってきまして……。勝手に聞いてしまい大変申し訳ございません」

「えっ!? ――そ、そんな……全然大丈夫ですよ?」

「ユーシアお嬢様は、これまでの縁談のお相手とは違うようです。あんなに真っ赤になって慌てた御主人様を初めて拝見しました」



 クスクスと可笑しそうに笑うヴァルターさんに、私はどういう態度を取っていいのか分からず、同じように微笑み返した。



「あの……ヴァルターさん、早速ですが伯爵様のことについて色々と教えて下さいますか? ――あっ! 勿論、時間が無ければ後日でも全然――」

「ふふ、構いませんよ。早く御主人様のことが知りたいのでしょう?」

「……っ。はい……!」

「ではそちらのソファにお掛け直し下さいませ。お茶とお菓子を持って来させますので、是非とも沢山召し上がって、どうぞお寛ぎ下さい」

「あ、ありがとうございます……!」



 そして私は、お茶菓子をこれでもかと持って来てくれた使用人さんを交えて、ウルグレイン伯爵について沢山の話を聞いた。

 二人とも、私の拙い質問にも笑顔で親切に答えてくれて、涙が出そうになるほど嬉しかった。

 ウルグレイン伯爵が子供の頃からここに務めているのもあって、ヴァルターさんが色んな情報を知っているのも心強かった。



「――ここ最近、御主人様の仕事がお忙しいこともあって、食事を召し上がらない回数が増えているのが気になりますね」

「そうなんですね……。軽くつまめるものとかは……?」

「御主人様は好き嫌いが激しいのです。甘いものが苦手ですし、辛いものも駄目ですし、サンドイッチも、パンがボソボソして好きじゃないと仰っていました」

「全く、御主人様の偏食にも困ったものです。このままこの状態が続けば、御主人様が倒れてしまわないかって心配になっちゃいますよ」

「ふーむ……」



 私は唸り、そしてあることを思い出した。



「本当にありがとうございます、お二人とも。伯爵様について沢山知ることが出来ました。――ヴァルターさん、これから町に出掛けても大丈夫ですか?」

「え? 今から……ですか? こちらに来たばかりでお疲れでしょうし、本日はゆっくりとお休みになられて、外出は明日にされた方がいいのでは……」

「大丈夫です! うちでは掃除で一日中――ンンッ! 日頃から身体は鍛えていましたので、全く問題無しです!」

「……うーむ……。気は進みませんが、お嬢様がそこまで仰るなら……。では護衛を付けて――」

「あ、護衛もいりませんよ! 一人で大丈夫です。まだウルグレイン家の一員じゃありませんし、私なんかの為に人員を割かないで下さい。何かあれば一目散に逃げますよ。私、逃げ足だけは速いですから! では行って参りますっ!」



 私は笑いながら二人に言うと立ち上がり、ペコリと頭を下げて応接室を飛び出した。


 嵐のように走り去る私に、ポカン顔を浮かべている二人を残して。





 **********





「失礼いたします、御主人様。軽食をお持ちいたしました」

「軽食? 甘いものかサンドイッチか何かか? 悪いが俺は食べない――」

「そう仰らず、一口でも召し上がってみては如何でしょうか。ユーシアお嬢様が厨房に入り、御自分で作られたものなんですよ。日中、元菓子職人の御婦人に習ったそうです。完璧な味にするのに一週間掛かったと仰っていました。わたくしどもも味見させて頂きましたが、とても美味しかったですよ。甘過ぎずサッパリとしていて、使用人達に大好評でした」

「ユーシア嬢が……? ――! こ……れは……」

「御主人様? どうされたのですか?」

「……レモンクッキーと、ダージリンティー……?」

「おや? 召し上がっていないのに、よく味を御存知で……? ダージリンティーは、ユーシアお嬢様の御希望で二番摘みを御用意しました。いつもお飲みになっているものとは味が異なるので御注意下さいませ」

「…………」



(……!? 一口かじるだけで終わるかと思ったのに、クッキーを全部召し上がった!?)



「……あぁ……。そうだ、この味だ……。この紅茶も……。そうか、あれは二番摘みというものだったのか……。――はは、無知とは良くないな……。淹れた者で味が変わるから、あの味はもう一生飲めないものだとずっと信じ込んでいた――」

「御主人様……?」

「ヴァルター。ユーシア嬢に、俺の母上のことを教えたか?」

「いいえ。御主人様の御両親に関しては一切教えておりません。それは御主人様自らが伝えるべきことですので」

「……そうか……。――分かった。ユーシア嬢に、その……美味しかった、と伝えてくれ」

「……! はい、畏まりました」



(俺が子供の頃、母上の友人の店で買ってくれたクッキー……。そして、母上が俺にいつも淹れてくれた紅茶。まさしくこの味だった。何故ユーシア嬢がそれを知っている? このことを知っている者は、俺と母上しかいないのに――)





 **********





 クッキーのことをヴァルターさんから聞いて、私は思わず飛び上がって喜んでしまった。

 まさか全部食べてくれるとは露程も思っていなかったからだ。その上「美味しい」の言葉も貰えるなんて!

 はしゃぐ私を、使用人さん達は温かな目で微笑みながら見ている。この家の使用人さん達は、本当に優しい人達ばかりだ。

 ランブノー家にも二人ほど使用人はいたけど、皆私に対してとても意地悪だった。

 擦れ違いざまの悪口は当たり前、足を引っ掛けられ転ばされたり、失敗の押しつけや掃除の押しつけは日常茶飯事。


 あぁ……この家の使用人さん達の爪の垢を煎じて飲ませたい!!




 そして私は、陰ながらウルグレイン伯爵のサポートに走った。

 彼の健康状態を毎日ヴァルターさんから聞き、お疲れのようなら疲労回復効果のある香を彼の部屋に焚き、クッキーと紅茶も用意して。

 彼の仕事で、私にも出来る仕事は回して貰って処理して。少しでも彼に休息の時間が取れるように。



 擦れ違う時は、ニコリと笑顔を向けて話し掛けずに通り過ぎた。

 だって、一切関わらないって言われているしね。私から関わって嫌な気持ちにさせたくないもの。



 けれど最近、擦れ違う度に、ウルグレイン伯爵が何とも言えない表情でこちらをジッと見てくるのが気になっている。それも私がいなくなるまで。

 まぁ、見てくるだけで何も言ってこないので、私の方も笑顔のまま何も言わないで通り過ぎている。



 ヴァルターさんと使用人さん達は、嫌な顔一つもせずに私のことを手伝ってくれるし、こんな私なんかと話し相手になってくれるし、ここの生活に十二分過ぎるほど満足している。

 着ていた一着しか服を持っていなかった私に、皆さん泣きながら服を沢山買ってくれて。事ある毎にお菓子を沢山くれて。


 ここには罵声を浴びせてくる人も、殴って蹴ってくる人もいない。まるで極上の天国にいる気分だ。



 ――あぁ、最高に幸せだなぁ……。





 ##########





 そんな毎日が幸せな生活が三ヶ月目に入った頃、ウルグレイン伯爵が前から歩いて来たので、いつもの通り笑顔を向け擦れ違ったところ、何と彼が私に話し掛けてきた。



「君は……本当にそれでいいのか?」

「え?」



 何を言っているのか分からず、私は思わず足を止め、首を傾げて問い返してしまった。

 ウルグレイン伯爵は見上げる私と目が合うと何故か顔を赤くし、怯んだかのように少し後退る。しかし小さく首を振ると、思い切ったように口を開いた。



「……っ。君は、今までずっと俺の為に尽くして……。俺は君を愛さないと言ったのに、それでいいのか!? 今までの御令嬢達のように君は見返りを求めないのか!?」



 ウルグレイン伯爵は、どうしてか泣きそうな表情で私を問い詰めている。

 私は首を傾げたまま、またもや問い返してしまっていた。



「人を愛するのに見返りは必要なのですか? 私はそんなもの求めません。愛する人が、健やかに幸せに暮らせているのなら、傍にいられなくともそれで十分です」

「…………っ!!」



 ウルグレイン伯爵は、大きく衝撃を受けたように綺麗な蒼色の瞳を見開き、私を見つめた。



「それに……伯爵様は私を助け出してくれました。その御恩に報いたいのです」

「あれは……ヴァルターが縁談相手を決めたのであって、俺は何も――」

「いいえ。伯爵様は確かに私を助けてくれました。一生を賭けても足りないくらいの恩なのです」



 私の表情はきっと、自然に笑顔になっていたと思う。 

 ウルグレイン伯爵の瞳が大きく揺らぎ、やがて顔に掌を置くと下を向き、震える唇を開いた。



「……出て行ってくれないか……」

「え?」

「ここから出て行ってくれ。そうしないと、俺は君を――」

「…………」



『どうして?』

『私、悪いことしましたか?』

『何か余計なことを言ってしまいましたか?』



 様々な疑問が頭の中を駆け巡って口から飛び出ようとしたけれど、私はそれを慌てて喉の奥に押し込んだ。

 訊いたところで結末は変わらないからだ。冗談ではないことは、ウルグレイン伯爵の深刻な様子で分かる。



「……分かりました……。今まで本当にありがとうございました。どうかお元気で――」



 私は何とかその言葉を口から捻り出すと、ウルグレイン伯爵にクルリと背を向けて、振り返らずに自分の部屋に走った。

 そして、少ない自分の荷物だけを持って伯爵家から飛び出す。ヴァルターさんや使用人さん達にお別れの挨拶は言えなかった。


 ――会ってしまったら、その場で泣き崩れてしまいそうだったから。





 ##########





 賑わう町の通りを一人、トボトボと歩く。


 ……あぁ、これからどうしよう……。

 ランブノー家には絶対に帰りたくないし、ここで安い家を借りて仕事を探そうかな?

 お金を稼いでお店で物を沢山買って税金をしっかり納めれば、伯爵領も潤って、ひいてはウルグレイン伯爵の為にもなるよね?



 ……うん、大丈夫だよ。だって独りじゃないもの。

 だから大丈夫――



 ぼんやりとした脳で今後のことをあれこれ考えていると、一際大きい声で話す町の人達の話が耳に入ってきた。



「おい、聞いたか? また近くの山で暴れたらしいぞ、あの例の超巨大な魔物」

「あぁ、聞いた聞いた。暴れる度にウルグレイン伯爵が出向いて抑えてくれてはいるけど、倒すまではいかないらしいな。あの伯爵が倒せないなんて、それだけ凶悪で強力な魔物ってことだ……。この町に下りて来たらと思うとゾッとするぜ」

「だよな……。アイツさえいなくなってくれれば、このウルグレイン領は安泰なのに」

「あの、すみません。その魔物が住んでいるって山はどこですか?」



 突然会話に入ってきた私に、町人さん達は心底驚いたといった感じでこちらを勢い良く見た。



「おぉ……ビックリさせんなよ、嬢ちゃん。魔物が住む山を知りてぇのか? ほら、あそこに見える山だよ。絶対に近づくんじゃねぇ――」

「あそこですね? 教えて下さってありがとうございました!」



 私は町人さん達にペコリと深く頭を下げると、山に向かって走り出した。



「おい嬢ちゃん、山に行くのか!? 野次馬なら止めときな!! 危ねぇぞ!!」

「――あぁ、行っちまった……。猫のように足速ぇなぁ。しかし無謀過ぎるぜあの嬢ちゃん……。なぁ、ウルグレイン伯爵に伝えに行った方が良くねぇ?」

「あぁ、そうだな。急ごう!」



 町人さん達の会話が風に乗って耳に流れてきたけれど、私はその時既に魔物のことで頭が一杯で、彼らの会話はすぐに脳内から忘却された。





 **********





「御主人様!! ユーシアお嬢様に『出て行ってくれ』と仰ったのは本当ですか!? 使用人の一人がたまたまその場にいて、お二人の会話を聞き、慌てて私のところに伝えに来ました! それを聞いた使用人全員が、御主人様の言葉に怒り心頭に発しておりますよ!?」

「……あぁ……。本当だ……」

「……!! ――そんな……何ということを……! 御主人様、お嬢様にどこに帰れと仰るのですか!? ランブノー家に戻って、また酷く虐待される日々を繰り返せと!? 御主人様も御存知でしょう!! お嬢様の身体中に、無数の人為的な打撲創や傷痕があることを!! ここにお嬢様が最初に訪れた時、可哀想なくらい痩せ細っていたことを……!!」

「……っ! ――分かってる……分かってるんだっ!! けど彼女がこのままここにいたら、俺は彼女を絶対に愛してしまう!! 俺はもう、あんなに辛くて苦しい思いはしたくないんだ……!!」

「……確かに御主人様は幼い頃、大切に愛していらした“彼女”を亡くしました。御主人様に襲い掛かる魔物から、身を挺して庇って、“彼女”は……。けれどもうあの頃とは違いますよ、ジークお坊ちゃん。お坊ちゃんは大人になり、とても強くなられた。それこそこのウルグレイン領を守れるくらいの。なら、女性一人護るくらい簡単なのでは?」

「……ヴァルター……」

「ジークお坊ちゃん、“勇気”を出して下さい。心の奥底に根付く“怖さ”を断ち切るくらいの“勇気”を。今のお坊ちゃんならきっと出せる筈です」

「……俺……俺は――」



 コンコン……バタンッ!!



「お話中失礼いたします! 今、町の者達がこの屋敷を訪れて、一人の若い女性が例の魔物がいる山に向かったと……! その女性は、栗色のフワフワした腰まで届く髪で、同じく栗色の瞳だと――」

「……! まさかユーシア嬢!? 馬鹿なッ! 何故その山に!?」

「町の者達が申すには、山にいる魔物が町に下りて来たら困る旨を話していたところ、突然その女性がその山の場所を訊いてきたとのことです」

「ユーシアお嬢様……。その魔物を倒しに行かれたのですな。奴を倒せば、御主人様が喜ぶと思って――」

「……っ!! ――馬鹿だ、大馬鹿者だアイツはッ! 魔法も何も使えないのに丸腰で、あんな細い身体で……! 自殺行為にも程がある!! 本当に――くそッ!!」

「お待ち下さい、御主人様! 貴方様は一度お嬢様を突き放しています。貴方様が助けに行って彼女に期待を持たせるのは酷というものです。中途半端な行動はお止め下さい」

「…………ッ!!」

「お嬢様救出はわたくしが参りましょう。わたくしなら今からでも間に合う――」

「俺はッ! 俺はユーシアを愛しているんだッ!! ――あぁそうだよ! もう手遅れだったんだ!! 俺は既に彼女に心を奪われていたんだ!! あの笑顔がもう二度と見られなくなるなんて絶対に嫌だ! 俺が行くッ! 俺が必ず彼女を助けるッ!!」

「御主人様……! ――あぁ、行ってしまわれた……」

「ヴァルター様、良かったのですか……?」

「――ふふっ。えぇ、きっともう……大丈夫だと思いますよ」





 **********





 目の前にいる超巨大な魔物に、私は「うひゃ~」と情けない声を出していた。

 その魔物は、闇に堕ちた暗黒竜だった。かなりの大きさで、相手から見て私はゴミクズみたいに見えているだろう。



「これは……ウルグレイン領だけじゃなくて、この世界の為にもやっつけた方が絶対にいいわ。人類の脅威の存在よ……。闇に堕ちて暗黒に染まってしまった竜は、“死”でしか安らぎを与えられないものね。早く楽にさせてあげたい……けど」



 私は唸り声を響かせる暗黒竜を見上げて溜め息をつくと、さっきからカタカタと震えが止まらない自分の拳を見つめた。



 ……誰にも――家族にも言っていないが、実は一つだけ魔法が使えるのだ。

 しかしその魔法は、幼い頃試しに一回だけ使った日を境に、もう絶対に使用しないと心に決めていた。


 使えばきっと、あの時感じた凄まじい“恐怖”が蘇るだろう。

 けれど、暗黒竜を倒すにはこの魔法しか――



 その私の躊躇が、暗黒竜に絶好の攻撃の機会を与えてしまった。



 咆哮を上げながら鋭い爪を持つ前足を勢い良く振り下ろされ、私はそれを目を見開いたまま見つめてしまっていた。



 駄目だ、間に合わない――




「ユーシアッ!!」




 聞き覚えのある声で名を呼ばれたと同時に、フワリと身体が宙に浮いた。

 瞬間、私のいた場所の地面に、暗黒竜の鋭利な爪が深く突き刺さっていた。



「本当に馬鹿だ、君はッ!! 阿呆だ、大馬鹿者だッ!!」



 私をお姫様抱っこして助けたのはウルグレイン伯爵だった。

 え? 彼がどうしてここに……?

 ……あ! そう言えば、あの町人さん達が伯爵に伝えに行くとか言っていたような……。

 それを聞いて来てくれたの? 私を助けに……?



 ――いや待てよ、たった今悪口言われたよね? 馬鹿だ阿呆だ大馬鹿者だって……。

 えぇっ? わざわざここまで悪口言いに来たの? 私泣いていい? いいよね??

 いやでも助けてくれたし、泣く前にお礼はちゃんと言わなきゃ――



「え、えっと……。伯爵様、助けて下さってありがとうございました。もう大丈夫ですので、降ろして――」

「本当に無鉄砲で考え無しだな君はッ!! 丸腰で一体何が出来る!? 奴は非常に硬い皮膚と鱗を持っていて刃が入らず、しかも属性魔法も能力低下魔法も一切効かない。町に下りないように弱らせるのが精一杯なんだ! そんな奴に、君はどうやって立ち向かおうとしていたんだ!?」



 ……ん? ウルグレイン伯爵、怒ってる……? その理由は分からないけれど……。

 彼の手が微かに震えている……?



「あの……勝算はあるんです。ただ私に“勇気”が無くて……。ほんの少しでいい、今の私に“勇気”が持てたなら――」

「ユーシア……?」



 無意識に唇を強く噛み締めていたらしい。

 ウルグレイン伯爵に人差し指で唇をなぞられ、私はハッとして彼を見上げた。



「……“勇気”、か……。――俺も……さっきまで“勇気”が持てなかった。けれど、今は違う。――ユーシア」

「あ、はい……?」



 ……あれ? ウルグレイン伯爵、何時の間にか私のこと呼び捨てにしてる?



「君を愛している。それを自覚するのが怖くて君を遠ざけたが、俺はもう逃げないと決めた。“あんな思い”をもう二度としないように、君を生涯護り抜く。一生君を片時も離さない」

「え……」



 ……あ、あの……。

 すぐ近くで獲物を殺せなかった暗黒竜が怒りの唸り声を上げていますよ!? 今にも暗黒の炎ブッ放してきそうですよ!?


 そんな緊迫した状況で“愛の告白”ですかぁっ!?

 真剣な表情でそんな熱い台詞言っちゃって一体どうしちゃったんですか伯爵様ぁ!?



 ――あっ、そうか! 私が彼にずっと一途だから、愛せないと言った手前申し訳なくて同情しているのか……!

 嘘の告白なんかいらないのに……しかもこんな状況で!

 全くもう、時と場所を考えてよね!?



「あ、あの、伯爵様? 同情でしたら全くいりませんから……。私が勝手に伯爵様を愛する宣言しただけですから、本当にお気になさらず……。それよりも暗黒竜が――」

「違うっ! 同情なんかじゃ決して無い!! 俺は本気で君を愛しているんだっ!!」


 ウルグレイン伯爵は私の言葉を遮り鋭く叫ぶと、悔しそうに眉間に皺を寄せ、ギリッと歯噛みをした。


「――あぁ、そうだよな……。君が俺を信じられないのは十分分かる。当たり前だよな……俺の最初の言葉がアレなんだから……。それに君に対し、俺の今までの態度……。今は物凄く後悔をしてるんだ。本当に……本当に悪かった。――あぁ、一体何をすれば君に信じて貰えるのか……」



 何をする前に目の前で怒り狂う暗黒竜に気付いてあげてーーっ!?



「は、伯爵様……? そのお話は後にして、まずはあのご立腹な暗黒竜を――」

「分かった」



 ウルグレイン伯爵の即答な肯定に、私はホッと胸を撫で下ろす。

 しかしその刹那、私の肩と膝裏に回されている腕の力がグッと強くなったと思ったら、彼の顔が下りてきて唇を重ねられていた。



「…………っ!?」



 目と鼻の先には、ウルグレイン伯爵の端正な顔が。しかも唇の感触を一通り確かめた後、サラリと深い口付けに変わったーーっ!?

 首を振ってもウルグレイン伯爵の胸をグイグイ押しても唇は離れず、助けを求めるように暗黒竜を見上げると、彼(?)は『えぇー……』というドン引きの表情を浮かべていた。



 ですよねぇーーっ!? 私も第三者の立場ならそんな顔をすると思います!!

 “愛の告白”に続いて、こんな場所のこんな状況で口付けですか!? しかも深ーいヤツを!?


 何考えてんですか伯爵様ぁーーっ!?

 



 私にとって長い時間が過ぎ、ようやくウルグレイン伯爵が唇を離してくれた時は、私の顔は酸素不足で真っ赤になり、息は乱れに乱れまくっていた。

 気持ち良さは確かにあったけど、そんなキスが初めての私にとって、息継ぎが分からなかったのだ。


 ぐぅ……っ。突っ込みたいけど苦しくて喋れない……っ。


 そんな息も切れ切れな涙目の私を見つめ、ウルグレイン伯爵が満足と恍惚を半分に割ったような顔つきで、ポツリと呟く。



「反則級に可愛い……。今すぐ襲いたい……」




 ――ヒイィッ!? 襲われる相手が二人(一人と一匹)に増えたぁッ!?




「……は、伯爵様……。ど……どうして――」

「このキスは愛していないと出来ないだろ? それを証明したかった。まだまだし足りないくらいだ。これで本気だと信じてくれたか? まだ信じられないようなら、信じるまで何度でもするが?」



 えぇーーーっ!?

「分かった」の返事は、「何をすれば信じて貰えるのか分かった」って意味だったんですか!!

 いやいや本当にそんなことをしている場合じゃ……!! ヒェッ! 顔! 顔近づけないで!? 何でそんなに嬉しそうなの!?



 ちょっ! 暗黒竜さん身体ブルブル震わせてプッツン手前ですよ!?

 今まで辛抱強く待っててくれてありがとうございます!?



「しっ、信じます! 信じますから――そ、そのお話はまた落ち着いてからで……。今はあの暗黒竜を何とかしないと――」

「竜……? あぁ……そう言えばいたな、そんな奴。すっかり忘れていた」



 伯爵様ぁーーっ!? 人類脅威の存在を忘れないでっ!?

 ほらぁ!! そんなこと言うから暗黒竜さんついにブチ切れちゃった!!

 めちゃくちゃお怒りの咆哮を上げていますよ!? 折角終わるまで待っててやったのにそりゃ無いよって感じですよね!?



 あ! 口を大きく開けた! 暗黒の炎がくるっ!! それを吐かれるとマズい……っ!!



「――ユーシア、俺の首に腕を回してしっかり掴まっていろ。跳ぶぞ」



 ウルグレイン伯爵の鋭い言葉に、私は慌てて彼の首にしがみつく。

 満足そうに頷いたウルグレイン伯爵は、膝を曲げ身体を屈ませると、それをバネにし一気に跳躍した。

 同時に腰に差してあった二本の短剣を素早く取り出し、暗黒竜の口の中目掛けて立て続けに投げた。

 暗黒竜は物凄い速さで飛んでくる短剣に気付き、唸りながら口を閉ざす。短剣は口元の皮膚に弾かれ、下へと落ちていった。



 彼の武器は短剣なのだ。両利き使いで、素早い動きで二本の短剣を目に見えぬ速さで繰り出す。


 ……あの頃は短剣を振るうのに精一杯で、動きもたどたどしかったのに。

 本当に立派になったなぁ……。



 傷を負わすことは出来なかったが、ウルグレイン伯爵の機転によって炎の放出は免れた。

 あの炎が解き放たれていたら、この山は一瞬で火の海と化していただろう。やはり早急に暗黒竜をやっつけないと……!



「……ジーク、お願い。私を地面に降ろしたら、私の身体をしっかりと抱いていて。私の中にある“恐怖”に呑み込まれないように。貴方の“勇気”を私に少し分けて……!!」

「……っ!!」



 地面に着地したウルグレイン伯爵は、大きく目を見開いて私を見つめる。やがて真摯に頷くと、私をそっと地面に降ろした。

 そして、カタカタと震える私の身体を後ろから強く抱きしめてくれた。



「ありがとう」



 私は彼に向かって微笑むと、瞼を閉じ小さく演唱を開始した。

 身体の震えが止まらない。冷や汗が止まらず、喉もカラカラだ。

 けれど、()()()()彼の温もりが、私の“恐怖”を和らげてくれている。

 彼の為に、私は出来る限りのことをやりたい……!



 ……だから! 愛するジークの為に、私はこの魔法を使うッ!!




「“完全粉砕せよ(パルヴァラゼイション)”ッッ!!」




 その瞬間、暗黒竜の身体が黄金色に光り、パンッと音を立てて全身が粉々に砕け散った。

 それはサラサラとした黒い砂となり、突然吹いてきた風に乗って天空に舞い散っていく。




 吹き荒む風の音に交じって、暗黒竜の安らかな咆哮が聞こえた気がした――




「……ユーシア、今の魔法は何だ……? 君は魔法が使えなかった筈では――」



 ウルグレイン伯爵が目と口をポカンと開けながら私に訊いてくる。

 バッチリ見られてしまったし、もう隠す必要は無いか……。



「……ランブノー家は代々、回復魔法を持って産まれてくるのですが、何故か私はその正反対の破壊魔法を持って産まれたんです。それは家族も誰も知りません。子供の頃に興味本位で一回だけ使ったことがあるのですが、その凄まじい破壊力に酷い恐怖を抱き、もう二度と使わないと決めていました」

「そうだったのか……。辛い思いをさせて悪かった。けれど、君のお蔭でウルグレイン領――いや、この世界から危機は去ったんだ。他の場所で暴れないように、何とかここで引き止めていたんだが、どうやって倒そうか考えあぐねていたんだ。町の者達もこれで安心して暮らせるよ。君はこの世界の救世主だ」

「そんな、救世主だなんて言い過ぎですよ……」

「謙遜するな、本当のことだ。“勇気”を出してくれてありがとう、ユーシア」



 ウルグレイン伯爵は微笑み、私を正面からギュッと抱きしめ直すと、額と両頬にキスをしてきた。そしてクイッと顎を持ち上げられたと思ったら、唇にもキスをされた。



 ……んんっ!? 何だかウルグレイン伯爵のスキンシップが激しい……。

 今までの素っ気無いツンケンな態度はどこへ行ったの!?

 そしてチューが長い……長いって!! ちょっ……問答無用で深いヤツに進化するのは止めて!? まだ息継ぎの仕方が分からないんだって……っ。



 そんな心の声も空しく、唇と口内をじっくりと堪能された私は、息も絶え絶えになりウルグレイン伯爵の胸にクタリと寄り掛かった。

 彼は上機嫌で私の髪を頭上から撫で、そこに顔を埋める。



「あぁ、心底可愛いな……。すぐにでも襲い掛かりたい」



 脅威になる存在がまだここにいましたーーっ!!



「さっき俺が君に言ったことは真剣だ。俺は君を本当に愛している。だから俺と結婚して欲しい……ユーシア」

「伯爵様……」



 私は真面目な表情のウルグレイン伯爵を見上げた。



「その前に教えて下さい。貴方が最初に『愛することはない』と仰った理由を」

「……あぁ……」



 ウルグレイン伯爵はバツが悪そうに頭を掻くと、ポツポツと話し始めた。



「俺には五歳の時に大切な子がいたんだ。本当に可愛くて、大好きで、俺は暇さえあればその子とずっと一緒にいた。子供心にその子を愛していたんだ」

「……伯爵様に、そんなお人が……」

「けれど俺が七歳の時、森でその子と遊んでいた俺に、突然魔物が襲い掛かってきた。恐怖で身動きが出来なかった俺を、その子が身を挺して庇ってくれたんだ」



 ……ん? どこかで聞いたことのあるような……。



「その子は命を失い、俺は生き残った。俺は自分を責め、悲しみと苦しみで一杯になった。その時決めたんだ。こんな辛い思いをするなら、もう誰も絶対に愛さない、と」

「伯爵様……」



 私は胸の前でグッと握り拳を作ると、ニコリと笑顔を作った。



「伯爵様が私を愛すると仰るのなら、私は貴方より先には絶対に死にませんよ。辛い思いはもう二度とさせません。向かい来る魔物は粉砕魔法でやっつけますし、健康にも気を付けます。勿論伯爵様もですよ? 貴方がヨボヨボのお爺ちゃんになって天に召される姿をちゃんと見届けますから安心して下さい! そして、天国でその子と仲良く暮らして下さい。私は貴方が幸せならそれで十分ですから」



 私の言葉をウルグレイン伯爵は驚いた顔つきで聞いていたけれど、やがて潤んだ蒼い瞳を細め、フッと吹き出した。



「君は本当に……愛しくて堪らないな。俺は叶うなら、君と同時に天に召されたいよ。――あぁ、言い忘れていたが、その子は『猫』だ。君の髪のようにフワフワした栗色の毛を持つ、とても利口な猫だった。天ではその子と一緒に暮らそう。君も絶対に好きになる筈だ」

「…………!!」



 『猫』っ!? ――じゃあやっぱりその子は――



「そうだユーシア。君に聞きたいことがあったんだ。君の実家のランブノー家にはもう未練は無いか?」

「え……?」



 未練? 何でそんなことを訊くんだろう?



「はい」

「ランブノー家が――君の家族がどうなろうとも?」



 私はその問いに一瞬息を止め、家族の顔を思い浮かべた。

 ……真っ先に浮かんだ顔は、どれも私を侮蔑する醜く嗤う表情だった。



「――はい」

「……分かった。――ヴァルター!」

「はい、ここに」



 ウルグレイン伯爵の呼び掛けと同時に、ヴァルターさんが風のようにヒュンッと現れ、私は心臓が飛び出るほどビックリしてしまった。



「集めておいたランブノー家に関する例の書類をまとめて出しておいてくれ。俺はユーシアを我が家に送り届けた後、ランブノー家に向かう。貴方も同行して欲しい」

「畏まりました」



 ヴァルターさんは優雅に一礼すると、また風のようにサッと消えていった。

 ヴァルターさん……貴方一体何者っ!?



 それにしても、ランブノー家に関する書類……か。家族の性格からして、何となく察しはつく。

 けれど私は何も口に出さなかった。

 何故ウルグレイン伯爵がその書類を集めていたのかは気になるけど――



「では俺達もウルグレイン家に帰るか」

「え? 私も一緒に帰っていいんですか? 伯爵様に追い出されたのに?」

「なっ……あ、当たり前だ! 君は俺の奥さんになるんだから! ――いや、本当に悪かった……。俺の気持ちばかりを優先して、君の状況や気持ちを考える余裕が無かった……。どうか許して欲しい……」

「ふふっ。ちょっとした仕返しですよ。そうですね……。私の前に縁談でいらした四人の女性の方達に心から謝って下さい。それで許します」

「……っ!」



 ウルグレイン伯爵の蒼い瞳が大きく見開かれ、やがてその顔をくしゃりと歪ませた。



「――あぁ、分かった。真剣に謝る。今なら、俺がどんなに愚かで大馬鹿者な言動をしてきたのかが分かるよ……。あの御令嬢達にも本当に悪いことをしてしまった……。彼女達から罵声を浴びせられても仕方ない……」

「その想いを謝罪に込めれば、きっと許してくれますよ。でも、ビンタ一発――いや数発は覚悟しておいた方がいいかも」



 私が微笑みながら言うと、ウルグレイン伯爵は眉尻を下げ、泣きそうな表情で「あぁ、そうだな」と苦笑した。

 耳が真っ赤になっているけど、それに突っ込むのは止めておいてあげた。



「ユーシア。帰る前に……もう一度いいか? 俺に御令嬢達の前に立つ“勇気”を与えて欲しい」



 ウルグレイン伯爵の熱の籠もった視線に私は彼が何をしたいのか察し、静かに頷いた。



「ありがとう。心から愛している、ユーシア――」



 彼は嬉しそうに顔を綻ばせると、私を腕の中に閉じ込め頬と頬を擦り寄せてくる。そして顔のあらゆる場所へ唇が落とされ、最後は深く唇が重ねられた。


 ……う、うーん? ウルグレイン伯爵ってこんなにくっつき甘えたさんだったっけ?

 ――あぁでも、彼が子供の頃はそうだったかな。頻繁に抱っこされて撫でられまくって頬擦りされてたな……。




 ――そう。

 私の中には、ウルグレイン伯爵が五歳から七歳まで飼っていた『猫』の“魂の欠片”が入っているのだ。

 人間に虐められているところをウルグレイン伯爵が助けてくれて、そのままウルグレイン家の飼い猫になった。

 その家での暮らしは本当に幸せそのもので、いつ死んでもいいと思えるくらいだった。


 けれどウルグレイン伯爵を庇って命の灯火が消える瞬間、泣きじゃくって己を責める彼に、彼女は強い未練を残してしまった。

 その深い未練は彼女の魂の一部分を切り離し、同じ刻に産まれた私の中に入ってきたのだ。



 ウルグレイン伯爵のことを思い出したのは、彼と初めて会った時だ。身体に電撃が走ったような衝撃を受け、私の中で彼女の記憶が全て蘇った。

 そして、私は彼女の願いを叶えようと決めた。彼女には、今までずぅっと支えられてきたから。


 家族に嫌なことをされ、味方が一人もいない事実に孤独を感じて泣いている時、いつも心の奥底から、



『痛いのは辛いよね。孤独は悲しいよね。私もよく分かる。でも大丈夫だよ、私がいるよ。独りじゃないよ』



 と、温かな声が聞こえる気がしていた。自分の中に確かにある優しい気配の存在に“励まし”と“勇気”を貰い、どんなに辛く嫌なことをされても耐えられたのだ。



 だから、次は私が彼女に恩を返す番。

 ウルグレイン伯爵を幸せにしたいという彼女の願いを、私が叶えるんだ。

 彼を愛し、沢山の愛情を注いで、彼の幸せの為に出来ることをしようと決めた。見返りなんて全く考えていなかった。


 そんな訳だったから、彼が私を愛してくれるなんてこれっぽっちも思っていなかった。

 私の中にいる彼女には気付いていないはずなのに……。



 彼女は、自分のことは彼には絶対に伝えないでと言っている。彼の中で自分のことは完全に吹っ切れたみたいだし、温かな『想い出』として心に残して欲しいって。

 彼が“勇気”を出して、前を向いて、貴女を愛してくれて良かった。自分は大好きな二人が幸せになる姿を、貴女の中でずっと見守っているからね……って。




 ……ありがとう。私も君のことがすごくすごく大好き。

 今まで支えてくれてありがとう。

 “勇気”を与えてくれてありがとう。



 そしてこれからもよろしくね、『勇気(ブレイヴリー)』――





 **********





 バタンッ!!



「なっ!? ノックも無しにいきなりワシの書斎に入って来るとは何事だ!? 無礼だぞ!!」

「あぁ、それは失礼した。何分急いでいたものでな。――ふむ、丁度いい。全員ここにいるようだ。お初にお目に掛かる。俺はジークハルト・ウルグレイン。貴さ……貴殿の義息になる。今まで挨拶もせず申し訳なかった」

「う、ウルグレイン伯爵!?」

「あらまぁ……。これは……かなりの美男子ザマスねぇ」

「やだホント、すっごくイイ男じゃない! それならアタシが嫁げば良かったわぁ! 今からでもあの欠陥品と代わって――」

「あぁ、それは真っ平御免だな。拷問されても死んでも御免だ」

「……はあぁっ!?」

「おっと失礼、つい口から本音が……。おま……貴女と話している時間が勿体無い。愛しの奥さんが俺の帰りを待っているからな」

「おやおや。お嬢様を追い出した御本人が掌を返したような変わり様ですね。それと“未だ”に婚姻届を提出されていらっしゃらないので、まだ『奥さん』では無いかと。えぇ、三ヶ月も経っても“未だ”に」

「…………ヴァルター? 十分反省しているからチクチクこないでくれ……。心臓に突き刺さって抉られる――あぁ失礼、こちらの話だ。ではさっさと終わらせようじゃないか」



 バサバサッ



「……この書類は……? ――ッ!?」

「気付いたようだな。貴様達が今までやってきた不正の証拠やその証明書類だ。男爵領の税金の搾取、偽造、捏造……よくもまぁこれだけ今まで見つかりもせずやってきたものだ。ある意味感心するよ」

「……こっ、こんなモノ嘘だ!! でっち上げだ!! 偽物だッ!!」

「おっと、それを破っても意味は無いぞ。それは全て写しだからな。本物はウルグレイン家に厳重に保管してある。破りたければ勝手にするんだな」

「…………ッ!!」

「ランブノー男爵夫人、自分は関係無いって顔をしているけどな、お前も同罪だよ。夫の不正に積極的に加担していたのだからな」

「ま、まぁ……っ!」

「それと……そこの女」

「は? あ、アタシのこと……?」

「そうだ。お前は社交場で貴族の男に色目を使って男の屋敷に入り込み、そこで窃盗をし、他の男達にも同じ行為を繰り返していたな。その証言と証明書類も勿論あるぞ」

「なぁ……っ!!」

「ど、どうしてこんな――」

「我がウルグレイン家は代々諜報を得意としてきたからな。隠密行動はお手の物だ」

「……っ!?」

「貴様らは全員“罪人”だ。それによって家族だったユーシアが侮蔑や非難の目を向けられるかもしれないが、旦那である俺が――そしてウルグレイン家が一丸となって彼女を全力で護る。だから貴様らは安心して牢獄へ入るといい」

「グッ……! ――なぁ、キミはワシの義息なんだろ? “家族”じゃないか。なら見逃して――」

「ユーシアを長い間迫害し続けてきた貴様らゴミクズどもと“家族”になった覚えは毛頭無い。まぁ、彼女と会わせてくれたことだけは感謝するが」

「……クソッ!!」

「おっと。逃げられるとでも?」

「邪魔するなッ!! 離せ畜生ッッ!!」

「抵抗する……か。――ヴァルター、俺は今まさにこのゴミに殺されそうだ。だからこのクズに必死に対抗しなきゃいけないが、これは正当防衛になるよな?」

「はい。わたくしめが証人となります」

「よし」



 ボキボキッ!!



「ギャアァァァッッ!!」

「何だ? 両手の指を全て粉々に折っただけなのに大袈裟だな。その汚らしい手がユーシアを何度も何度も殴っていたんだろ? そんなクソみたいなもの無くても全く構わないじゃないか。勿論、彼女を蹴っていたこの醜い足もな」

「や、止め――ギャアアァァァァッッ!!」

「あぁ、虫け……ランブノー男爵夫人も抵抗するのか。じゃあこちらも必死で対抗しなきゃな」

「ヒッ……!! あ、アタクシは何もしてな――ギョエェェェッッ!!」

「あぁ、そこのクソむ……女もか」

「ヒイィィッ!! ち、近寄らないで――イ゛ヤ゛アァァァッッ!!」

「おい、そこの使用人A」

「――は、はひっ?」

「もう一人使用人Bがいるだろ? さっさと連れて来い。逃げたら容赦しない。必ず捕まえてブチのめす」

「は、はいぃぃっ!!」



 バタンッ!!



「つっ、連れて来ましたぁー!」

「クソザコAB揃ったな。貴様ら、この家の金品を定期的に盗んでいただろ? それがバレた時ユーシアに罪を擦り付け、暴力を振るわれる彼女を嗤いながら見ていた……。チッ、腸が煮えくり返るな……許されるならこのクソ害虫どもをズタズタに切り裂いてやりたいところだ」

「ヒェッ……なっ、何でそのことを!?」

「あっ、バカ……!!」

「認めたな。まぁ、調べはついているから言い逃れは出来ないが。貴様らも“罪人”確定だ。……ん? 抵抗するのか? じゃあこちらも必死で対抗するしかないな。まずは両手、そしてユーシアを転ばせた両足もだ」

「えっ、何も抵抗してな――ノオォォォッッ!!」

「ひ……やだ……ヒョエェェェッッ!!」



(阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこのことですな……。ジークお坊ちゃんは普段は穏やかで優しい方なのに、お怒りになられると口が悪くなり、男女関係なく容赦が一切無くなりますからな……)



「ユーシアに罵声と怒声を浴びせた貴様らの口も八つ裂きにしてやりたいところだが、裁判の場で口が聞けないのは互いに困るからな。非常に不本意だが、これぐらいにしておいてやるよ。――ヴァルター、家の前で待機している憲兵を呼んでくれ」

「畏まりました」

「貴様らが大切にしていた爵位は剥奪確定だ。平民になり、終身刑か島流しか強制労働か……。裁判の日が楽しみだな? ――あぁ、全員激痛で気絶してるか。泡まで吹いてみっともない」

「御主人様、()()()は滞りなく。あとは憲兵にお任せしましょう」

「あぁ、そうだな。ヴァルター、俺はこれから四人の御令嬢達に謝罪に行ってくる。その後婚姻届を提出してくるよ。その間ユーシアを任せた」

「ふふ、畏まりました。気を付けて行ってらっしゃいませ」





 ##########





「なぁヴァルター。俺の奥さんはブレイヴリーの生まれ変わりだと思うんだ。――いや、絶対にそうだ」

「何です藪から棒に。どのような根拠でそう思われたのですか?」

「まず、レモンクッキーとダージリンだ。いつも母上が俺に買ってきてくれたレモンクッキーが唯一食べられる甘味であることは、人間では母上しか知らなかった。だが、いつも俺と一緒にいたブレイヴリーはそれを知っていた筈だ。ダージリンの味もそうだ。俺はまだ小さかったから、母上が二番摘みだと言ってもよく分からず、頭に残らなかったんだと思う。けどブレイヴリーは利口だからな。ちゃんと母上の言葉を覚えていた」

「ほぉ……」

「それに、俺の話を聞く時、小さく首を傾げてジッと俺の目を見つめるところ、そしてあのフワフワな栗色の髪は、ブレイヴリーの毛と同じ最高の触感だ。ユーシアは栗色の瞳だが、光が当たると黄金色になる。それはブレイヴリーの瞳の色と同じだ。あと丸まって眠る姿もそっくりだ。可愛過ぎて悶絶しそうになった」

「……よく見てらっしゃいますね……。それにいつ寝姿を見たのですか……。お二人、別々の部屋で就寝されていますよね……?」

「それは機密事項だ。でもそうか……そうだよな。夫婦なんだし、夜はもう一緒に寝てもいいよな……。――よしそうしよう、早速今日からでも」


(……。要は覗きに行かれたのですね……)


「確信したのは、ユーシアが暗黒竜に魔法を放つ前に言った言葉だ。無意識だろうが、俺を『ジーク』と呼んだ。その愛称は、母上とヴァルターが、俺と二人きりの時にしか呼ばないものだ。勿論ブレイヴリーはその愛称を知っている……」

「成る程……。そう考えますと、確かに信憑性は高いですな……」

「だろ? けど、どうしてユーシアは俺に『ブレイヴリーの生まれ変わりだ』と言ってくれないんだ? 俺が喜ぶことは分かっている筈なのに――」

「それは、きっと……“彼女”を通してではなく、ユーシア様自身を見て欲しいから……でしょうかね?」

「……っ! ――ははっ、そうかそうか。そんなこと心配しなくていいのに。ユーシアを愛したのは、ブレイヴリーの生まれ変わりだとまだ気付かない時なのに。本当に可愛くて愛しいったらないな、俺の奥さんは。なら、その心配を吹き飛ばすくらいにグズグズに甘やかせて、溶けるくらいに愛してあげよう。今までの辛さや苦しみが消えて無くなるくらいに……。フフッ。あぁ、今日の夜が愉しみだ――」



(……あぁ……。余計なことを言ってしまったか……。申し訳ございません、奥様……)










この後ユーシアは、盛大にクシャミをして突然訪れた謎の強大な寒気に困惑することでしょう。。



伯爵と執事のオマケの会話 ↓



「……なぁヴァルター。気になっていたことがあるんだが」

「はい、何でございましょう?」

「貴方は俺の縁談相手を、ウルグレイン家の名に恥じぬよう、しっかりと吟味して選んでいた筈だ。しかし今回は“あの”ランブノー家の長女を選んだ」

「…………」

「長女は縁談を嫌がり、両親も長女を嫁に出したくなかったので、次女であるユーシアが縁談を受けることになった。……貴方はその流れを見越していたのではないか? ユーシアのことを調べ、彼女の環境から虐待を受けていると推測した貴方は、彼女を救うことも含めてランブノー家の長女に縁談を申し込んだ。ユーシアに直接縁談を申し込まなかったのは、ランブノー家の体裁の配慮と、姉ではなく妹が選ばれたというやっかみで、ユーシアへの虐待が酷くなるのを防ぐ為だったんだろう?」

「……さぁ、どうだったでしょうか? わたくし歳なもので、最近物忘れが酷くて困っております」

「……フッ。――本当に、貴方には昔から敵わないな。俺の大事な奥さんを救ってくれてありがとう」

「……(微笑)」



ヴァルターさんは最強です。



前回に引き続き、この作品も少しでも楽しんで頂けたなら最高の喜びです!


お戻りになる前に、広告の下にあります☆マークで評価を頂けたら嬉しいです。

長いお話を最後までお付き合い下さり、心からありがとうございました!




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[良い点] 水渕成分様の活動報告より来ました。 爽快で読みやすく、とても面白かったです! 冒頭の「まだだ、まだ笑うな」状態で悲しい顔をするユーシアに、絶対面白くなる展開を確信しました。 辛い境遇に…
[良い点] 「thanks20th」企画から拝読させていただきました。 読んでいてとても楽しかったです。 心に傷を負っているのに明るく、思いやりのあるヒロイン。 そして、執事のヴァルターさん。渋すぎの…
[一言] 初めまして。とても面白かったです! できることなら、続きというか、ジークとユーシアのその後の甘々な一日とか、子供の頃のジークと猫の話とか、執事さんの話…などの番外編みたいなのを読んでみたいで…
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