第5話 スタッフー!!
よく、博物館のスタッフは了承したな。
何故かあっさりガラス越しのキスが認められ、あの女が近づいてくる。
俺は動けない。そしてタイムリミットは1分。
目を閉じることもできないまま、恐ろしい女を見続けるしかなかった。
「あれ…?」
ふと立ち止まるあすか。
「ゼロ様と目が合った…?」
首をかしげる姿は、かわいらしいと思う。ノノハちゃんには負けるが、清純派アイドルだったらそれなりの人気が出ただろう。
清純派には程遠いが。
「ゼロ様…私の初めてを捧げます。ずっと大切に守っていました。受け取ってください」
いや、重いわ!
熱狂的な信者?の女にガラス越しのキスを送られ…。
『凍結を解除します』
は?今このタイミングで!?
砕け散る氷と共に、俺は前へと倒れた。
そして、前方のガラスに顔から激突。凍結されていた影響か、痛みは感じなかった。
しかしそれよりも。
俺は衝撃に目を見開いた。
あの女の唇と俺の唇が、奇跡的に重なっている。もちろんガラス越しに。
幸いなことに割れることのなかった展示ケースは、温度管理の為非常に寒かった。白い息でガラスが曇り、相手の表情は見えない。
「さ…寒い」
震える声と全身がガタガタと震えだす。
凍っていたときは何も感じなかったので、油断していた。
寒さ耐性を持っていないのだ。炎帝のゲートでさえ、いい感じに中和されていたからスキルを使用できた。
その上、どっと押し寄せる疲労感。
なんだ、これは。
「俺…は…」
一見するとキスのショックで気を失ったように見えたのかもしれない。俺の平和のために反論させてほしい。
けして俺は、キスのショックで気を失ったわけではない。
英雄ゼロの氷が砕けた。
朝の情報番組で中継されていたこともあり、すぐさま情報が拡散された。
悲しいかな、様々な動画配信サイト、SNSで、キスのシーンが切り取られる。
ゼロ様復活!
あすかちゃん、ガラス越しのキスとかやば。
うーわ、タイミング神ってる
大量のコメントが押し寄せ、とあるサイトはダウンしたらしい。
そしてその場にいたあすかも興奮で気を失い、救急車で運ばれることとなる。またその日東京中央博物館は、急遽閉館を決めた。
俺が目を覚ましたのは、氷が砕けて1週間後のことだった。
よくある目を覚ますと白い天井ではなく、俺は悪夢に襲われ飛び跳ねる様に起きた。その勢いで天井に激突。プレイヤーの身体能力をなめてはいけない。一つ上の階は地震のように揺れただろう。
「いてて…」
頭を抱えることしばらく。
冷静になって周囲を見渡すと、ドラマで見た貴賓しつのような病室にいた。果物が乗せられたかごに、果物ナイフ。テーブルの上に積まれた漫画…。
「この漫画…」
俺が毎月のように買っていた月刊誌の漫画だ。それも…。
「ん?125巻?は?」
俺の知る限り、20巻までしか発売されていなかった気がするが…。他にも覚えのない巻数の漫画たち。1年凍っていただけとは思えない。
「そんなわけ…ない…よ…な」
それにあの悪夢。
恐ろしい女にキスを迫られ、襲われた。
「いや、あれは夢だ。それも生中継されていたとか、ないない」
首と手を振り、悪夢を振り払う。
炎帝を倒した俺に怖いものなどない。まあ、倒したとは言い難いが、あのゲートで起こった出来事を知る人間は俺だけだ。黙っていればいい。
そうあの女の…。
「うわー―!!」
何故か鮮明に思い出し、千賀零は頭を抱えて叫んだ。ああ、これは悪夢だ。