第2話 俺がやりました。
「くそ野郎が…。どうやって近づけばいいんだ」
燃え盛る炎の塊、炎帝をなのる大男を見上げる。
近づけば肌がひりひりと焼け、呼吸すら厳しくなる。
扉を開けた瞬間に灰に化した仲間を踏みつけ、炎帝は近づいてくる。じりじりと後ろに下がるのも限界だ。壁も炎を吐き出している。
氷のスキルで燃え死ぬのを防ぐので精いっぱいであった。
「アニク…ルーカス…ソフィア…」
炎帝は仲間を踏みつけた瞬間、にやりと笑った気がするのだ。
絶対に負けるわけにはいかない。たとえこのゲートの仲だけの仲間であったとしても、彼らは俺の仲間だった。
当然だが、勝てるつもりでゲートをくぐっている。死ぬために南極まで来たわけではない。
数千人を飲み込んだゲートであろうが自分ならいけると信じてここまできた。
それ以上に、あと数か月でゲート崩壊を起こすかもしれない、とプレイヤー協会を通じて泣きつかれたのだ。協力しないわけにはいかなかった。
ゲート崩壊。
ゲートの規模にもよるが発生後数か月から1年ほどで起こる現象だ。誰にもクリアされなかったゲートは解放され、ゲート内の魔物が解き放たれる。過去数度起きているゲート崩壊は、すべてが大きな被害を与えていた。
ゲートの難易度が高ければ高いほど、被害も大きくなる。
ゲートの内容は入場してみないとわからないが、ゲートの色からある程度察知することができた。難易度が低い物から赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と虹色に難易度が高くなる。
しかし特殊ゲートと呼ばれる難易度の読めない『無色」のゲートや入場後ゲートの色が変化するゲートなど、一概には言えない。
この第一ゲートもまた最初は赤いゲートであったが故に、死者が増えるまでは初心者の挑戦するゲートとなっていた。ボスを倒さなければゲートの情報を持ち帰ることはできない以上、誰も内容がわからないまま挑むことが積み重なり、ついには誰も挑戦しなくなった。
最弱ランクの赤ゲートが、死者が増えるにつれて橙、黄、緑と変化していく、前例のないゲートとなっていた。このようなゲートを『遷移ゲート』と呼ぶことにしたらしい。
「魔力は…まだ足りているな」
ステータス画面の『MP』を見て、肩をなでおろす。MPが尽きたら手の出しようがない。じりじりと消耗する『HP』を残り少ない『HPポーション』で賄いながら耐えるしかない。
入場した直後は赤ゲートのような難易度だったのだが、橙、黄…ゲートの難易度へと次第に強くなっていった。
おそらく、プレイヤーたどりついた最奥の難易度がゲートの色に反映していたのだろうと思われる。
プレイヤー協会から支給された回復系アイテム『ポーション』を持てるだけ持ってきているとはいえ、連戦続きでだいぶ消耗していた。
「俺が倒さなきゃ誰がクリアできるんだよ」
「大丈夫。俺ならできる」
自分自身に言い聞かせ、自己暗示をかけていく。こうでもしないと膝から崩れ落ちそうだ。
実際、この難易度でクリアできるプレイヤーはほぼいないといっていいだろう。魔物に魂を売った『魔人』はさておき、一般のプレイヤーではまだレベルが低い者が多かった。
手探り状態で5年、普通の暮らしをしていた人々がいきなりゲームのような世界で戦えと言われて戦えるものか。プレイヤー人口も多くなく、最近ではプレイヤーに登録する人口よりも死者の方が多いとも聞く。
プレイヤー協会所属はある程度指示に従う必要があったが、協会に所属していないプレイヤーが命を懸けることは少ない。俺だって、あいつがいなければ息苦しくて協会所属なんてしていなかっただろう。
俺が協会に持ち上げられることになったのは、レベルの高さや戦闘センスではなく、協会の指示によく従う駒で、珍しいスキルをもっていたというだけだ。
スキル『虹写し』
一時的に他者のスキルをコピーし、使用することができる能力。覚えられるスキルは一度に7つだったが、協会の協力のもとかなり条件の良いスキルをコピーさせてもらっていた。
一時的にとはいえ、1年はそのスキルを使うことができ、不要になったら上書きすることができる。レア度でいえばSSRだろう。
俺がいつまでも『ギルド』に入らず協会でぐだぐだしているのは、協会がスキルの役に立っているからだ。ひっくり返って寝ていても強いスキルを提供してもらえるのだから居座りたくなる。
協会の駒になっていたのは、自分でスケジュール管理をして下調べをして…考えたら気の遠くなる前準備をしなくて済むからであった。まあ、簡単に言えば面倒くさがりである。
ただの気まぐれでコピーした氷のスキルがここまで役に立つとは思わなかったが、神様の気まぐれということだろう。そして初めて使うスキルを難なくこなすセンスの良さ、さすが俺。
「うお!」
現実逃避すること数秒。炎の大剣がほほをかすめていく。『身体強化』で反射神経を上げていなければ、半分になっていただろう。
お気に入りの工房で作ってもらった長剣を『インベントリ』から出すと、氷をまとわせ円を書くように振る。周囲の炎は水蒸気と化したが炎帝には届かない。
炎帝の大剣と打ち合うことしばらく。
「ん?なんだこれ」
HPを確認するためにウインドウを開いたときのことだ。
ウインドウ下部。スキルが並んでいる場所に、見慣れないものを見つけた。
『スキルバーストの使用が認められています』
氷のスキルのちょうど下あたりに出現し、その隣にはYES、NOとボタンまで表示されている。
『スキルバースト』なんて聞いたことが一度もない。なんとなくイメージできなくはないが、一体何故このタイミングで現れたのだろうか。
このゲートが特殊だからか、それともこの氷のスキルになにかあるのか。
それでも――。
この何もできない状況で、迷うことなどない。
YESだ。
ポチ…。
この場に似つかわしいかわいらしいタップ音とともに、
『スキルバーストを使用します』
俺を中心とした空間から吹雪が吹き始め、それはごうごうと音を立て始める。
炎の壁は吹き飛び、床はスケートリンクのように凍り付く。炎帝はこちらに近づくこともできないまま、氷像へと化した。
おお、すごいなんて喜ぶも束の間。
え、これ。止まらないの?
すでにすっかり凍り付いた炎帝を見上げながら、情けない悲鳴を上げた。
「ス、スキルバーストを停止!ストップ、ストップ…!」
容赦ない吹雪が俺の体を冷やしていく。
指先から凍り付いていくのを感じながら、プレイヤー『ゼロ』は意識をゆっくりと失った。