第三章
スターの秘密 第三章 石枝隆美
九
幾島さんに連絡することにした。
「あの、幾島さんってサッカー観戦が好きなんですよね?ワールドカップ今年ありますね。楽しみですか?」
ネットで幾島さんについて調べ、答えやすいような内容を送った。彼からの返事は一週間なかった。
連絡とか取るの好きじゃないって言ってたから覚悟していたが、本当になかなか来ないと、既読無視されるんじゃないかと不安がよぎる。私はもう一度送りたい気持ちを我慢して、連絡を待った。
その三日後、
「楽しみです。」とだけ返事があった。なんだか素っ気ないなと思ったが、とりあえず返事が来たことに安堵した。私はめげずに「サッカー私も好きなんですよね、今度一緒に行きませんか?」と、勇気を出して送った。
十
テレビ局の社食でお昼を食べながら、真梨に相談した。
「真梨〜、脈なしなのに振り向かせるのって大変だよぉー」
「知華、あんまりしつこくすると嫌われるよ。恋は駆け引きが大事なんだから、押してばっかりじゃダメよ。」
「でもさ、こっちから連絡しないと自然消滅しちゃいそうなんだもん。」
「そうゆう時は、嫉妬心を煽るんだよ。違う俳優さんの名前出して、話題にするとかさ、テクニックが大事ね。」
「真梨って恋愛上級者なんだね。私、今まで猪突猛進の恋しかしてこなかったなー。」
「まあ、熱意が相手に伝わって恋が実るケースもあるけどね。でも幾島颯斗はちょっとスカしたやつだね。」
「スカしてる?」
「だって知華がアタックしてるのに、楽しみですだけ送るってどうゆうこと⁉︎もうちょっとなんかあるんじゃないの。」
「うーん確かに。」
十一
サッカーの誘いの返事が来る前にしつこいかもしれないが、待ちきれないので、幾島さんが出演している侍がタイムスリップするドラマの感想を送ることにした。
「この間の幾島さんのドラマ見ました。ファンタジー要素の強い内容なのに、幾島さんが演技されると、現実感がリアルに伝わってきて、さすがプロだなと思いました。原作は小説だそうですが、原作を意識して役作りされたんですか?」
返事はやはりすぐに返ってこなかった。しつこくて嫌われたかなとヤキモキしながら返信を待っていたら、三日後に来た。
「原作はファンタジーが強く出ていたけど、台本では演じやすいように計らってくれたのか、現実感ある内容で、セットや、撮影現場もリアルなものを用意して頂いたので自然な形で役作りできました。」
律儀に私の質問に答えてくれたが、サッカーの観戦のことはどうなったのかなと思った。もう一度聞いてみようか、でもこれで断られたら、さすがの私でもこたえる。サッカーの観戦を誘ったことは忘れることにした。
十二
そんなこんなで、幾島さんとの関係は発展もせず、私はテレビ局の仕事に追われていた。しかし、幾島さんから予期せぬうちに連絡が入った。
「あのさ、俺のこと、芸能人として好きなの?」私はいきなりの質問にびっくりしたが、素直に返事をすることにした。
「私は幾島さんのことを芸能人という括りでは見ていますけど、芸能人だから、有名だから、好きというわけではありません。幾島さんの演技や人柄をテレビで拝見して、とても心が揺さぶられ、好きになりました。」
その夜、私がテレビ局から電車で帰っていると、また返信があった。
「俺がテレビで見せてる顔と俺は違うよ。結局顔が好きなんじゃないの?」
「確かに顔は好みです。好きになったきっかけは顔かもしれません。でも私は幾島さんのテレビでの顔も幾島颯斗の一部分だと思っています。その部分を見て、私は好きになりました。もっと幾島さんの事を知りたいと思っています。」
「じゃあ、お試しで付き合ってみる?」
私はびっくりして顔が熱くなった。
「はい、よろしくお願いします。」
「サッカー観戦行く?」
覚えてくれてたんだと思った。いきなりだったから、返事しづらかったんだろうなと反省した。
「行きます。今週の日曜どうですか?」
「おっ日曜なら撮休だから、ちょうど空いてるよ。」
「じゃあ、日曜の十一時頃、どこかで待ち合わせましょう。人混みじゃない所がいいですよね?」
「うん、人混みは見つかったら困るから、なるべく閑静な場所がいいかな。」
「なら国際美術館前広場にしましょうか。あそこなら人も少ないですし、待ち合わせに最適だと思います。」
「いいね、じゃあ日曜日にまた。」
十三
日曜日になり、私はワクワクして、顔がやりニヤけてしまうのを抑えきれないまま、待ち合わせ場所まで来た。十一時まではまだ二十分近くあった。鏡で化粧が落ちていないか確認し、髪を整えた。約束の時間の十分過ぎに、目深に被った帽子でキョロキョロと辺りを見回しながら歩く幾島さんと思わしき人物がやってきた。
「ごめん、待った?」
「大丈夫です。それよりお久しぶりですね。」
「あぁ、飲み会以来だね。今日はどこに行こうか。」
「私、幾島さんの最新作の映画が見たいです。」
「恥ずかしいなぁ、感想とか言わなくていいからね。」
「え?なんでですか。生の声聞きたくないですか?」
「聞きたいような気もするけど、あんま気遣って褒められると落ち込むからさ。」
「へぇーそんな一面もあるんですね。でも幾島さんの演技は本物ですから、大丈夫ですよ。」
「ありがとう。」