貴方に捧げた愛の花。
物語をお楽しみ頂ければ幸いです。
貴方がこの魔法を見て初めて笑ってくれた時から、この魔法は貴方の為だけのものとなった。
---だから、最後に。
私の想いを目一杯つめた魔法を貴方に。
私が初めて彼に出会ったのは、とある貴族が開いたパーティーだった。
大勢の令嬢令息が賑やかに談笑している中でポツンと1人立っていた。
凛とした佇まいで、他の令嬢や令息から話しかけられても反応していないところを見ると1人でいることを自ら選んでいる人だと分かった。
その日のパーティーは、何事もなく終わった。
私がただ1人でいる彼を見かけて、1人が好きな人なんだな、と思っただけだ。
次に彼に出会ったのは、私と彼の婚約を結ぶ話が出た時だった。
両親に連れられて顔を合わせた婚約者があの時の彼で、少し驚いた。
両親に2人で少し庭園を歩いておいで、と言われて2人で庭園を歩いた。
相変わらず凛とした佇まいで、真っ直ぐに前を見据える目をしている彼を見て、やはり彼は1人が好きなのだと思った。
庭園から彼と共に両親の元へ戻った後、彼と私の婚約は滞りなく決定された。
彼との婚約に思うところは特になかったけれど、1人が好きな彼には婚約なんて気の毒だと思った。
2度目の彼との出会いも何事もなく終わった。
3度目は、両親と共に彼に会いに行った時だ。
私は別に会う必要性を感じていなかったのだが、両親が婚約者との仲を大事にしなさいと言うので従った。
その日は非常に心地よい天気で、両親の提案もあり、彼と共にピクニックをした。
ピクニック中、彼は持ってきた本を集中して読んでいた。
その日もやはり、何事もなく終わった。
4度目、5度目、ーーーと出会いを重ねても彼と私の関係は何も変わることはなかった。
彼と私の関係性がほんの少しだけ変わったのは、ある日、彼が気まぐれに呟いた一言からだった。
その日も暖かい日差しの中、涼やかな木陰で彼はいつものように本を読んでいた。
ただ、いつもと違ったのは本を読んでいた彼が、ふととても小さな声で「こんな魔法もあるのか。」と呟いたことだった。
私の生まれた国では、魔法というものはとても神聖なものとされていて、決して人々の娯楽に使われるようなものではなかった。
私はそのような存在である魔法に興味がなかったが、彼が呟いた"このような魔法"という言葉に興味を持った私は、彼が読んでいた本のタイトルをそっと盗み見た。
その本は、他国の著者が書いた本で、様々な魔法の活用法について記されている本だった。
魔法が神聖なものとされる我が国ではあまり人前で読むことは出来ないもの。
街の小さな本屋の片隅にひっそりと陳列されて埃を被ってしまうようなもの。
仮に読んでいたとしても悪とされるようなことはないが、変わった人であると周囲に認識されるもの。
それが分かっていた私は、こっそりと入手したその本をこれまたこっそりと毎晩寝る前に読んだ。
遂にその本を最後まで読み終えた時。
私は深く深く息を吐いた。
とても面白かった。
魔法という存在を、その単語を今までどのような目で見ていたのか思い出せなくなるくらいに。
私が生まれてから今までに聞いたこともないような心躍らせる魔法が並んでいた。
どくどくと早くなる鼓動と興奮から浅くなる呼吸を落ち着けるために、深く深く深呼吸しなければならないくらいに。
とても、とても面白かった。
こうして寝る前の習慣となっていた読書を終えた私は、本に書かれていた魔法の花を咲かせる方法を試した。
勿論、魔法にはそれまで一度も触れたことが無かったので、習得するまでに大変時間を要したけれど。
そして、迎えた魔法を習得して彼と出会う初めての時。
初めて彼と出会ってから10度目の出会いの時。
私は、いつものように本を読む彼に話しかけた。
「見て欲しいものがあるの。他の人には秘密よ。」
今思えば、初めて習得した魔法を誰かに見せたくて仕方なかったのだ。
魔法に少しでも理解がある、あの本を否定しなかった彼なら、と。
彼を引きずって周囲の護衛や侍従から見えにくい位置に行くと、私は彼と私の周りに花を降らせた。
量はあまり多くなかったし、花もそこまで大きくなかったけれど。
真っ白で小さな魔法の花は、青空と草木の色にとても映えた。
そして、私に引きずられてここまで来た、金色の髪と何よりも美しい夜の闇を思わせる色の瞳の彼にも。
「これはーーーーー、美しいな。」
彼は、そこで初めて笑った。
私は、彼のその美しい瞳が柔らかく細められ、その真っ白な頬がうっすらと色付いた、その表情に心を奪われてしまった。
それから私は、彼の誕生日や祝い事に呼ばれる度に、彼と2人周囲から隠れては彼の為に花を降らせた。
その度に嬉しそうに微笑む彼のその表情に心が満たされた。
彼と私の関係が変わったのは、確かにあの時だった、ーーーーーーーーーーーーーけれど。
再び彼と私の関係が変わったのは、学園で、彼が彼女に出会ってからだった。
彼と彼女は、2人揃って誠実で、真面目だった。
互いに婚約者を持つ身だったので、心では惹かれつつも決して互いの婚約者を蔑ろにはしなかった。
寧ろ、婚約者以外のものには決して心を向けないようにすべきで、少しでも向けてしまったならばそれは恥ずべきものであると思っている節すらあった。
だから、彼も彼女も誠実だった。
決して、表情にも、仕草にも、空間にさえ、彼らはその一切を晒さなかった。
それでも、私は気づいてしまった。
彼の、彼女の心の在処に。
彼が彼女を想う心に。
彼女が彼を想う心に。
彼らが無いものとするその想いに。
彼と私の関係はこれまでと一切変わらなかった。
けれど、私と彼の関係はそれまでと大きく変わってしまった。
そうして過ぎて行く時間の中で、遂に、私は私の心を決めてしまった。
卒業式。
彼と私と彼女とーーーーーーーーーーーーーー、そしてその他大勢の学生が卒業する日。
私と彼の最後の日。
私は、彼と彼女の上に、真っ白で小さな、それはそれは美しい花を降らせた。
2人だけの上に降る美しい花。
それは、2人の関係が、神が望む尊ぶべきものである、という証。
魔法が神聖なものであるこの国にとって、魔法の花による祝福は神が望むものとされる。
態々神の真似をする人間などいないのが普通のこの国では、私が魔法の花を降らせたことに気づく人はいないだろう。
2人の上に降った魔法の花。
つまり、それは、彼と彼女の関係を神が望んでいるということ。
つまり、それは、彼と彼女が、彼らの婚約者との関係を気にすることなく、2人の関係を望んで良いということ。
周囲が騒がしくなる。
私は再度、彼らの上に魔法の花を降らせた。
真っ白で、小さな、貴方の金色の髪と美しい夜の闇を思わせる色の瞳に映える魔法の花を。
私の、貴方への想いを目一杯つめた、貴方に捧げる、貴方の為の、最後の、魔法の花を。