彼女の死際を見たい
海を潜る彼女の姿は、凛と咲く華の様に美しかった。揺蕩う金色の髪と、黒色の水着、白く細い身体は、絶望の様な不安めいた何かを思わせた。彼女がゴーグルも何もかもを外して、沈み行き、死ぬ姿を思い浮かべた。
彼女は、僕の友人とジェスチャーを交わし、柔らかい笑みを浮かべた。
僕は、喪失感を覚え、疑問を抱いた。彼女は本当に幸せなんだろうか。
海水が少しゴーグルに入った気がして、僕は、目を逸らした。
最近の彼女は、昔の様な笑顔を浮かべている気がして、罪悪感を覚えて、ボートから手を離した。
小学生の頃、自分の友人が彼女を虐めていたことを知り、しかし、彼等の前では助けず、二人切りの時だけ、ごめんね、と言う、そんな汚い自分を思い出し、嫌悪をし、海中を呆然と眺めた。
僕は一人で貝を視ているフリをした。
昔と何も変わっていない自分を、否定し、しかし、惨めさに唇を震わせ、自分の心に同情を求め、許しを請い、感情を緩めて、顔を上げる。
また潜った。
彼女は僕のことをどう思っているのだろう。好きでいてくれたらいいのに。
彼女達を一瞥だけして、岩に張り付く貝を引き剥がした。
初めて所有欲を知った。彼女の顔に浮かぶ楽観的な笑いを見て、その表情に嫌悪を抱いた。悲観的な笑顔が無いことに対する喪失感は、今この瞬間に天変地異でも起こってくれないかな、とすら思わせた。そうして、彼女は流されて、苦しみもがき、しかし、死んでしまう、その死に際を一瞥したい。別に死ななくても良くて、狂気を生む状態で、しかし、冷静に諦め行く姿表情を見たい。
彼女は昨晩、一人廊下の端で泣いていた。僕は、一人で夜空を見上げた。その記憶を思い出していた。
昔から、華の散り際こそ一番美しいと思っていた。勿論、咲いている間も美しいと思うのだが、それはその様な華だからで、僕はその様な煌びやかな華を好きにはなれない。
彼女から向けられた手の平に、僕は泳ぎ寄った。
このまま海底まで静かに沈んで、暗闇で自分すらも見失って、死んでしまいたい。
そんな事を考えながら、けど、私は無邪気な笑顔を作った。目の前で、好意を向けてくる男に、一切の感情はなく、けど、好意は嫌悪に変わることも知っていたから、愛想良く愛想良く、演じた。偶然目のあった彼に手を振って利用する為に、呼び、同時に、彼を使ってしまうんだ、と自分に苛つきを覚えた。
彼が寄って来て、けど、作り上げた楽観的な笑顔を見せたく無い、と二人を残して、少し潜った。
顔を上げたくなかった。その笑顔を見られていたら、と考えるだけで、このまま浮上出来ないところまで潜って、死ぬ、それか、彼に心配さて、目を覚ました時、不安な表情を浮かべさせて、それを見たい、と思ってしまった。
二人が空気を吸いに上がる姿を見て、なんの感情も抱かなかった。彼が女の人に向けていた笑顔を思い出し、嫉妬を知った。
髪の色が違うという理由で虐められていた私に救いをくれた。
「僕もあるよ。怖いこととか悪いことをして、胸の中が痛くなる時。そういう日は夜寝れなくなって、いつも……泣きそうになるんだけど、それがあるから、僕は生きてるって気がするし、なんだろ、その苦しみがあるから、まだ僕は生きてていい様な気がするし……。あれ。ごめんね、なんか、良くわからない話して……ごめん」
その言葉の意味を考えた次の日から、人の前に出るのが苦ではなくなった。ほんの少し、無愛想になったらしい。けど、それは彼が近くにいる時と、家族の前だけで、クラスに一人になると途端に崩れた。やっぱり何も変わっていなかった。
苦しみを希望に生きてる。
別に、誰に許容してくれと頼んだわけでも無いし、布教もしない。けど、殆どの人は、これをおかしいと言う、気持ち悪いと言う。否定をしてくる。
彼が与えてくれた考えを、彼だけが分かってくれる。
眩い光から、目を逸らした。
彼を利用した私はどう謝罪すればいい、してしまえば、もう彼に依存することは出来なくなるのか、あぁ、それならやっぱり死んでしまいたい。けど、死ぬなら最後に彼と二人で話して死にたい。
私は水面に顔を出した。彼にだけ苦しげな表情を見せた。手で顔に水を当て、好意を向けてくる男に、笑顔を向けた。
大学生デビューは失敗だ。笑顔なんて作らなければよかった。彼だけがいればよかったのに、どうして、そんなことをしてしまったのだろう。そう考えているうちに、笑顔ではなくなっていた。
これが恋愛感情などでは無いとして、もし、彼が望むのなら、彼のものにでもなろう。もし、彼が望むのなら、私はなんでもしよう。依存し合える方法を考え続ける。
好意を向けてくる男を視界にすら入れないよう様に、目を閉じて、彼の胸に肩を預けてみた。彼は肩に触れてくれた。
このまま二人で沈み死んでしまいたい。