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6-2


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 探してどうするのか。事実を知ってどうするのか。

 理性の自分が諭してくるけれども、穏やかならぬ胸の内が、私を行動へと駆り立てる。

 これ以上踏み込んだら自分が嫌な思いをすることは、既に悟っていた。

 それでも私は、一関くんが指さした先を辿って、北上くんと百華ちゃんの行方を追った。

 そして。筋書でもあったかのような形で出くわす。一般教室棟の西側最奥には現在使われていない教室がある。他の教室の前とは些か異なる静けさのなか、二人が扉から出てきたタイミングだ。


「……あっ」

「おう、律子」


 百華ちゃんは少し驚いたような顔をして、何かに怯えるように身を小さくした。一方、北上くんの方は至って平然としている。朝の誰も立ち入らない教室で、二人きりになるような状況に甘んじておきながら、だ。

 ああ、彼は何も分かっていないなこれは、と改めて確認した一幕だった。

 同じ部活でそれなりに仲が良くて、一緒にお昼も食べたり下校したりもするから、多少は特別なのかなって、馬鹿みたいな勘違いをしていたよ、私。

 でも、北上くんにとっては同じなのだろう、百華ちゃんも、私も、他の女の子も。

 胸裏にそんな鬱屈を抱く私はというと。

 笑っていた。

 胸の中がざわざわと搔き乱されて、一体どんな顔ができるだろうかと思っていたにもかかわらず、自分でも意外なほどへらへら笑っていた。


「おはよう百華ちゃん、北上くん」


 挨拶だって難なくできる。

 百華ちゃんの「……おはよう」と口ごもりつつ北上くんの後ろに隠れる動きがそこはかとなく気にはなったけれども、それすらも気づいていないふりをする。

 だから当然北上くんは空気を読むこともなく、聞かれてもいないのに、言わなくてもいいことを打ち明ける。


「律子、見ろよこれ」


 彼はそう言うなり、ブレザー代わりに着ているパーカーのポケットから耐油紙製と思しき小さな袋を取り出した。


「クッキーだってさ。今日の部活の時にでもみんなで食おうぜ」


 しれっとそんなことを言うけど、その包装から察するに手作りじゃん。何か思わないの?という指摘は置いておいて、私は頷く。


「そう。良かったね。百華ちゃんにもらったの?」

「あの……!」


 北上くんに聞いた質問に、百華ちゃんが身を乗り出して答える。


「これは、昨日とこの間のお礼をしたの……! 迷惑かけっぱなしだったから……っ」

「律儀だよな。聖嶺の奴も見習って、俺にそのくらいしていいと思う」


 未だに根に持っている北上くんだ。暢気な口調で図々しいことを言う。


「あんまりしつこく言うと、冤罪だった時に立場悪くなるよ」


 こればかりはいつものノリで釘を刺さざるを得ない。でも、一言それを言うだけで少しだけ平常心が戻ってきた。


「それよりも、はい」


 私は彼に、フードコンテナの入った手提げ袋を手渡す。


「昨日はありがとうね。すごく美味かったよ」

「だろ? ていうか、わざわざ洗ってくれたのかよ。お前も律儀だな」


 持ち上げると北上くんはどや顔で答える。


「何ならまた作ってやるよ。2日前までならおかずのリクエストも受け付けるぜ」


 社交辞令のようなことを言っているけれども、彼は本気だ。作ると言ったら作る。相手の好きなおかずを作って、喜ばれて、満足するところまでがいつもの彼の目算なのだ。

 ある種の押しつけ。でも、その押しつけに温かさを感じる自分もいるのだ。

 だからこそ。


「ありがとう――でも、もう大丈夫」


 私は敢えて拒む。


「手間かけさせちゃうの悪いし。普段はお弁当持参するし。もし持参しない日があっても、これからは学食で食べることにするよ。流石に菓子パン続きじゃまずいもんね」


 本当は、あわよくばその温かい押しつけを受けていたい気持ちすらあるけれど、尤もらしい理由で突き放した。

 そうしないと見えてしまうからだ。心の狭い自分が。

 北上くんが何か言おうとしたところを遮って、「お疲れ、また部活で」と言って、私は踵を返して立ち去る。


 一刻も早く背を向けたかったのだ。


 北上くんにも。百華ちゃんにも。自分にも。


 ――――その温かさを独り占めしたいと思っている、心の狭い自分にも。


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