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ここまで話し終えた北上くんは、黙ってその場に残ってくれていた聖嶺ちゃんに向き直り、さながら総括のように声をかける。
「まあそんなわけだから、お前も返して欲しいカードがあるなら、姑息な手段に訴えるんじゃなくて、堂々と主張すると良いぞ。どうしても譲れないものに関しては、ギャン泣きも許されるだろうさ」
「――――何の話だよ。さっさと帰れっての」
最後の最後まで北上くんに苛立っていた聖嶺ちゃん。捨て台詞を吐いて彼の足を一発踏みつけたのち、自席へと戻って行った。グループの女子達が、彼女を労いながら迎えている。そのなかの声に「あいつ、うざいね」「マジ意味分かんないんだけど」という、北上くんへの明らかなディスりが聞こえたけれど、順当なので庇わない。
桐矢くん達も、もう北上くんへは注意を向けておらず、自分達のグループで懐かしのカードゲームあるあるにまつわる雑談に興じている。
百華ちゃんは暫くおろおろしていたけれども、仕方がなく気まずそうに食事の続きを始める。ちなみに珠里ちゃんは、北上くんの思い出話が始まったあたりで完全に興味を失っていて、黙々とお弁当を食べていた。
他のクラスメイト達も銘々自分達のことをし始め、いつもの昼休みの雰囲気が戻りつつあった。
この場に残されて立ち尽くす北上くんと私。
「……やめてよ、北上くん。事情も知らないのに他人のことに首突っ込んで、引っ掻き回さないでよ」
私が念のために釘を刺すけれど、彼には聞き入れる気配もない。
「あいつ、俺に最後までお礼言わなかったぞ。信じられねえ」
この期に及んで聖嶺ちゃんからの謝辞を求める北上くんの図太さは、ある意味脱帽するレベルだ。そもそも下駄箱の件は、未だに犯人不明なのに。
聖嶺ちゃんの態度も、都合の悪いことに触れられて苛立っているのか、北上くんの失礼な振る舞いに苛立っているのか判別がつきづらいので、印象としてはグレー。百華ちゃんと揉めている件は、本当のようだけれども。
いずれにしても外野の人間がこれ以上議論する余地はないので、私は食事の途中だったことを告げ、北上くんと別れる。
つもりだったのに。
北上くんが「待てや」と言って、咄嗟に私の手首を掴んだ。
不意打ちのアクションに戸惑う私へ、彼は持っていた紙袋を押し付ける。受け取るとそこそこに重量があって、中身を確認すると想像通り、お弁当と思われるフードコンテナが入っていた。
「喋ってたら渡すの遅くなっちまったけど、お前のために作ってやったんだぞ」
「いや、頼んでないよ!」
まさかの手作り弁当の差し入れだ。ありがたいけれども、私は昼食を持参していたし、急に手渡されても正直戸惑いの気持ちの方が大きかった。ついでに難癖をつけると、その袋、さっき床に落としていませんでした?
「私、自分のお昼ご飯持ってきてるもん」
「お昼ご飯って? お前、菓子パンはご飯じゃねえからな」
そこに珠里ちゃん達がいたから目印になってしまったようで、北上くんは私が昼食をとっていた席を特定して近づき、食べかけのコッペパンを覗き込んで糾弾する。
「ほらな。そんなことだと思ったよ。二日も続けて甘いパン食うな」
「ぎゃー! プライバシーの侵害!」
先程のようにクラス中の注目を集めるほどではないにせよ、近くの席の生徒がこちらを見てくすくす笑う程度には、北上くんの声が響く。決して褒められる食事内容ではない自覚があるので、改めて指摘されると恥ずかしい。
狼狽し頭を抱える私の反応で満足した様子の北上くんは、見るからにどや顔をする。
「まあそんなお前のために、俺が作った弁当だ。せいぜい味わって食いな」
受け取ってしまった以上、形だけでもお礼を言わないと北上くんはうるさそうだと案じたが、本人は何を求めるでもなく平然としていた。あからさまに偉そうな口ぶりで言い残すだけで、ひらひらと手を振りながら彼は去る。
一方的に手渡されたお弁当を持ったまま、呆気に取られて取り残された私に、珠里ちゃんが食事の手を止めてにやにやと言う。
「やったね、律子。手作り弁当イベントだよ」
「出来れば私が作る側でありたかったよ」
こっちにも見栄ってものがあるんだよ、と複雑な胸中をコメントする私。
百華ちゃんは、「北上くんって、お弁当とか作れるんだね……」と感心したように驚いていた。
いつまでも立ち尽くしているわけにもいかないので、ひとまず私も席に着く。北上くんからの差し入れを残すわけにはいかないので、コッペパンは一端袋の中にしまった。こちらは後でおやつ代わりにでもすればいいだろう。
ありがたいような、申し訳ないような、一周回って迷惑なようなそんな思いが心で渦巻くなか、フードコンテナの蓋を開ける。落とした衝撃で、多少偏って混ざってしまって見た目が崩れた部分はあったけれども、とてもバランスの良い内容だった。ひじきご飯に、卵焼きや唐揚げ、切り干し大根やきんぴらごぼうなどのを合わせた和食中心のお弁当。隙間にはミニトマトや細く切った胡瓜が詰められていて、食品数の多さに圧倒される。そしてめっちゃ家庭的! というのが率直な印象。
「……美味しそうだけど、これはガチすぎて引くね」
お弁当の中身を覗き込んだ珠里ちゃんが苦笑していた。
北上くんはそういう人だ。がさつなのに多才で、スイッチが入ると全力で物事をこなす。
このお弁当に関しては、全力を自分のために向けてもらったのだと実感する。まんざらでもないし、むしろ嬉しく思う気持ちが抑えきれない。卵焼きの甘さを味わうとともに、私の頬は緩むのであった。