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北上くんは懲りることなく、教室内の野次馬に対して「たとえ原因があったとしてもなあ、嫌がらせして良い理由にはならねえんだよ、ばーか!」と、口汚くも真っ当な意見を唱える。
そして、再び聖嶺ちゃんに向かって。
「ったく、子どものいじめみたいなくだらねえことしやがって。どうせお前らが揉めてるのも、子どもみたいな理由なんだろ。喧嘩すんな。仲良くしろ」
聖嶺ちゃんは物凄く苛立っていることが分かるオーラを全開にして、北上くんを憎々しげに睨みつけていた。彼の同類だと思われてしまったのか、私もついでのように睨まれる。怖い。
北上くんはというと、全く動じることなく聖嶺ちゃんに近づき、はあ、と聞えよがしな溜息を吐いた。剰え一方的に親し気な態度で彼女の肩に手を置き、言う。
「――――まあ、お前の気持ちは分かる。かく言う俺も小学生の頃、同級生と喧嘩して一度だけ、前後の見境もなくなるほどキレ散らかしたことがあってな」
ろくに聖嶺ちゃんの事情も聞いていない癖に何が分かるのか。余程指摘したかったけれども、彼の語りが饒舌で口を挟む隙がなかった。それは聖嶺ちゃんも同様のようだ。
すると北上くんは、自分の話に興味を持たれていると勘違いしたのか、得意げに話を続ける
「あの頃『カース・オブ・ビースト』、通称『カースビ』って呼ばれてたカードゲームが流行っていたの、覚えてるか? まあ販売は続いているから、今でもプレイしてる奴いるかもしらんけど」
実際私達が小学生の頃に子供たちの間で流行していたし、実際に遊んだことがなくても名前だけは聞いたことがあるカードゲームだ。モンスターの攻撃力とか守備力を計算してバトルする類のジャンル。
「で、その『カースビ』のなかに、〈 魔女の甘言 〉っていう恐ろしい補助カードがあるんだよ。そのカードを使うと、相手の場のモンスターを1体、自軍のモンスターとして使用できるっていうものなんだけどな」
百華ちゃんの下駄箱への嫌がらせ云々から、北上くんの小学校時代の思い出に話題が切り替わって困惑必至。でも、主に男子生徒中心とする周囲の反応は、思いの外興味ありげなものに変わっていた。
確実に半数以上の男子はかつて遊んだ経験があったり、もしくは現役プレイヤーだったりして、懐かしさや追求心が掻き立てられている様子。北上くんの話のなかに出てくるゲーム用語やカード名に敏感に反応している。
「その〈 魔女の甘言 〉の何が恐ろしいって、カードの効果で相手から奪って使用したモンスターが敗れた場合、そのカードは自分の墓地に捨てることなんだ」
負けたモンスターのカードを捨てる山が、自分のものか相手のものかは、一見大した問題ではない気がする。カードゲームのルールはよく知らないけれども、一度敗れたカードは特別な方法で復活させない限り、どっちみちその対戦の間再使用が出来ないことくらいは認知している。
でも、北上くんの言いたいことは単純な話ではないようだ。
「だから迷子になっちまうんだよ、カードが。〈 魔女の甘言 〉を使われると、自分のモンスターカードが迷子になることがあるんだ。相手に使われたカードを返してもらい忘れたりしてな」
「それを悪用したトラブルも結構あったって話だよね」
少し離れたところから様子を窺いつつ北上くんに共感したのは、桐矢くんだった。部活仲間という間柄だから、この場では比較的直接声を上げやすかったのかもしれない。桐矢くんが加わったことで、彼と一緒に昼食をとっていたグループの男子達も、心当たりがある様子でそれぞれ頷いている。
「察しが良いぜ、桐矢。俺はまさに、それを悪用された被害者だったんだ。たちの悪い手口でレアなカードをパクっていく同級生がいてな」
注目されている手応えに気分を良くした北上くんの語りが、より流暢になる。
「そいつは〈 魔女の甘言 〉を使って相手場のモンスターを一端自分の戦力にした後、何らかの方法でそのカードを自分の墓地に送る流れになるように仕向ける。その後、ゲームの勝敗がついたと同時に山札をカード用ケースのなかに入れて、全部ごちゃごちゃにしちまうんだ。で、本当は相手のものなのに最初から自分のだったって言い張る」
「それで目ぼしいカードに狙いをつけて、あわよくばお持ち帰りする寸法だね。当時噂はあったけれど、実際に被害に遭った人間のケースは何だかんだで初めて聞いたよ」
桐矢くんは自席から適宜リアクションしているけれども、私には何が何だか分からない話の流れになっている。聖嶺ちゃんの顔を窺うと、彼女も眉間に皺を寄せたまま、面倒臭そうに会話を見守っていた。
「俺はそいつに、当時のレアカードを持ち逃げされそうになったんだよ。中レア程度のモンスターだったけど。でも俺みたいに、親戚や知り合いの不要品カードを譲ってもらって、やっとこさデッキ組んで遊んでた人間にとっては死活問題だったんだ」
何せデッキ自体がしょぼすぎて、そのカードを失ったら周りの連中とまともに遊べなくなるからな、と北上くんは思い出を噛み締めるように語る。
ゲームのルールや窃盗の手段に関してはさておき、切実な事情があり大事にしていたカードを持ち去られることに対して、当時の北上くんが怒りをあらわに抵抗したのだということは理解した。
ところで、彼の話には一点気になることが。
「持ち逃げされそうになったってことは、実際には未遂で済んだってこと?」
質問をしたら北上くんのペースに巻き込まれているような気がして癪なのだけれども、つい尋ねずにはいられない私だった。
「そうだよ。死ぬほどキレ散らかしたら、そいつも最後には観念したよ。でもかなり長時間の戦いだったな。俺の最終手段はギャン泣きだった。当時小6だったけど、周りが引くほど泣き叫んだよ。『その〈水晶の中の悪魔〉は俺のものだ! 返せふざけんなー!』ってな」
当時の興奮が蘇ってきた様子の北上くんは、息を荒げながら両手を挙げたりなんかしている。持っていた紙袋を落としてしまうほどの勢いだ。
その拍子に流石に彼も我に返り、「あ、やべっ」と言いながら慌てて袋を拾い上げた。
「相手は余程驚いたんだろうけど、しかしよく返してもらったね」
「まあな」
私がコメントすると、北上くんはまた少し得意になる。
「何はともあれ俺は、『カースビ』から諦めない心というものを学んだんだよ」
学ぶのは自由だけれども、彼の体験は完全にゲーム外での出来事だ。カードの制作者もそこまでは想定していなかったことだろう。