5-2
何はともあれ。
百華ちゃんも合流し、どこか別の場所で昼食をとっているのであろう、空いている近くの席の生徒の椅子を拝借して、三人で食事をする。
珠里ちゃんと百華ちゃんはそれぞれお弁当を持参していた。百華ちゃんのは、SNS映えしそうな綺麗な彩りのお弁当だった。珠里ちゃんは、おにぎりとスープとサラダをそれぞれ専用のケースやジャーに入れて持ってきている。
私はというと、今日も購買で買ったパンを食べる。あんバターのコッペパンだ。親には学食で何か食べたら良いのにと言われるけれども、友達が教室で昼食をとるのに、自分だけ一人で学食に行くのは嫌なのだった。
二人の食事が可愛かったり、栄養を意識していたりするなか、菓子パン一つというちょっと投げやりな昼食は恥ずかしい感じがしないでもないけれど、楽だし甘いものが好きだからという安直な理由でその選択に甘んじる私だった。
そういえば北上くんにも、「甘いパンは食事じゃねえ」と駄目出しされたっけ。
でも、今日は別々の場所で昼食をとっているし、ばれないばれない――――
という心の声が、まさにフラグになるなんてね。
狙っていたのかと突っ込みたくなるタイミングで、彼は現れる。
お弁当箱が入る程度の小さな紙袋を持参しているので、どこかで昼食を食べようと移動した道すがらなのかもしれない。
ポケットに手を入れながらだるそうな足取りで、「あー、どうもどうも」と言いながら私達の教室に入ってきた北上くんは、入り口からぐるりと室内を見回して呼びかける。
「滝沢聖嶺ってのはどいつだ? おいコラ、聖嶺ー」
昨日の出来事と結びつけて、北上くんの意図を察し、私は血の気が引いた。トラブルの予感しかしない。
慌てて諫めようと彼のもとへ駆け寄ったのと同時に、教室の一角から棘のある声が上がった。
「――――うちだけど?」
聖嶺ちゃん本人だ。かなり怪訝そうで、なおかつ苛立っている様子で進み出てきた。
「ていうか、あんた誰? うちの名前、気安く呼んでんじゃねーよ」
尤もな言い分だ。北上くんと聖嶺ちゃんは、ほぼ初対面。北上くんは誰かれ構わず下の名前で相手を呼ぶ変な癖があるけれど、聖嶺ちゃんがそれを失礼だと思うのは宜なるかな。
「俺は五組の北上だよ」
北上くんは名乗るが、「知っていて当然だろ」と言わんばかりにふんぞり返った態度だ。今日は一段といきっている。自然と教室中から視線が集まるほど、今の彼は悪目立ちしていた。
「ちょ、ちょっと北上くん……! 何の用なの。それに、面識のない相手にその態度は良くないよ」
いたたまれなさに耐え兼ねて睨み合う二人の間に割って入り、私は北上くんを窘める。
が、彼がそんな小言を聞き入れるわけもなく。
「何だうるせえな、律子。俺は今、この聖嶺に言うことがあるんだよ」
「お前に聖嶺って呼ばれる筋合いはねーんだよ! 言うことがあるも何も、そもそもうちはお前のこと知らねーかんな!」
私は聖嶺ちゃんのこの喋り方が日頃からちょっと怖くて苦手なのだけど、今この状況においては北上くんが相手の神経を逆なでするので仕方がない。
「ふざけんなお前。他人の下駄箱にごみなんか詰めやがって」
北上くんは高姿勢を崩すことなく負けじと言い放つ。
「で、それを俺が片づけたんだよ。本来は散らかした奴が片づけるべきだろうが。なのに、お前はお礼の一つも言いに来ない。しょうがねえから俺が自ら出向いてやってるんだよ」
犯人が誰かは定かではないけれども、いずれにせよ被害者に謝るなどの過程をすっ飛ばして、どうして北上くんにお礼を言わなくてはならないのか。よりにもよってそれが“言うこと”かい、と突っ込みたくなるけれども、北上くんはそういう人だ。常人では考えられないほどの図々しさを持ち合わせている。
「何の話さ。下駄箱とか、知らんし」
聖嶺ちゃんは一蹴する。彼女が犯人であってもなくても、妥当な反応だと思う。何しろ彼女の仕業である証拠がないし、実際にクロだった場合でもこの場では白を切るだろう。
だからいい加減退いたらいいのに、北上くんはしつこい。
「知らんし、じゃねえんだよ。お前、あいつと揉めてるんだろうが」
「やめなよ北上くん!」
百華ちゃんを指さしてまでがなり立てる北上くんを、私は堪らず止めに入る。いくら何でも、それは彼が踏み込んで良いことではない。本当に彼女たちが揉めていたとしても、現段階で聖嶺ちゃんを嫌がらせの犯人と断定するべきではない。何より下手に刺激することで、百華ちゃんが聖嶺ちゃんから必要以上の恨みを買ってしまったらまずい。
不安を更に募らせた顔色に変わる百華ちゃんを見て、私も内心かなり動揺していた。
が、教室内の空気には、私が想定していなかった違和感が生まれていることに気づく。
今の状況なら、聖嶺ちゃんに対して厳しい視線が集まるのが自然だと、私は思っていた。真偽はさておき、彼女が加害者的な扱いをされている状況だから。
けれども周囲からは、「ああ、百華ね」「じゃあ、嫌がらせされる側にも原因あるよね」と、何故か立場上被害者の百華ちゃんを揶揄するような声が、こそこそと上がっていた。言っているのは一部の生徒ではあるけれども、もれなくその全員が女子。全体としての数は多くなくても、複数そんな声が聞こえてくると、まるで百華ちゃんがえらく嫌われている子みたいな印象になる。
そういう子だったっけ? と、昨日まで彼女とまともに交流したことがなかった私の頭のなかは「?」でいっぱいになった。