医者
僕が医者を目指したのはとある病気を治す為だった。
時は遡って10年前、僕にはソフィーという幼馴染の女の子がいた。小さな島に住んでいた僕たちは外界の事など知らずに生きていた。2人は仲良く毎日遊んでいたが、僕は健気に遊び、笑い、それでも時折見せる女性的な仕草に僕はソフィーに惹かれていた。
ソフィーは背が僕より高かった。同じ年齢なのに一緒に遊んでいると弟と揶揄われた事も少なくなかった。
だが、そんなお姉さんに見えるソフィーはよく転んでいた。お転婆なのかドジなのかわからなかったが小石でも躓く姿が目に入った。山に遊びに行っていた頃はそんな所を見かけた事はなかったから気にならなかった。
とある日、約束した日にソフィーは来なかった。
どうしたのか気になって家まで行ってみたがどうやら中は騒がしい。近くには島の診療所から来ている医者の自転車が置いてあったから風邪でも引いたのだろうかと気にしない事にした。島で風邪が流行しては医者が1人しかいないから事態が深刻になり兼ねない。僕はその日は大人しく帰宅した。
約束した日、実はソフィーは家から出て僕との待ち合わせ場所に向かっていたという。だが急いでいたからなのか途中にある山から転げ落ちてしまったのだと。幸い軽傷で済んだがソフィーは一度島を出て精密検査を受ける事になった。遠くに行く。僕はただ、ただソフィーの帰りを待つ事しかできなかった。
1年後。ソフィーは帰ってきた。元気そのものだったがどうやら少し痩せた様子だった。
そしてソフィーは僕に話す。
「私ね、珍しい病気なんだって。筋肉がどんどん無くなってくらしいの。だからよく転んでたみたい」
笑ながら話すソフィーの顔は僕には笑顔と恐怖が含まれているように感じた。それでも島よりもずっと発展している外界なら治るのではないかと思ってそのままの言葉で話してしまった。
「治らないの。原因がわからない病気だから治し方がわからなくていつか死んじゃうんだって」
笑いながら話すソフィーの顔はもう笑顔よりも恐怖が勝っていた。僕はソフィーのそんな顔は見たくない。だからソフィーの病気を必ず治せる薬を作り出す為だけに医者になる事を告げた。
「無理だよ。それに君は勉強、あんまりだし」
何としてでも見返して治してやろうと半月後、僕は島を飛び出した。寝る暇など僕にはない。こうしている間にでもソフィーの身体は筋肉が落ちていって死へと向かって行く。1年間という短い期間であったが勉強と資格、試験を何度も挑み、研究所へ助手として仕事に就ける所まできた。
「君は天才だ。何がそこまで君を突き動かしているんだ」
僕は研究所の所長にその病気について話した。治らない病気、原因不明、全て知った上で研究所全体で謎の病気についての研究を進めた。筋収縮については症例はあるが、タイミングやペース等が全く異なるケースである上に参考にはならなかった。
僕はその後3年研究を進めた。ソフィーには幾度も手紙を書いていたが、そのやり取りが途絶える事を一番恐れていた。だがいつそうなったとしてもおかしくはない。だから僕は研究を辞めなかった。
5年が過ぎた頃、研究所全体は諦めていた。原因が不明である上に費用は馬鹿にならない。それに症例自体が少なすぎるせいで被験者の数もいない。だがソフィーを研究の被験者として実験する事だけはしたくなかった。
そして島を出て10年が過ぎた。ソフィーからの手紙は来なくなった。あれから一度も帰っていない。だが、その症状が見つかった。
それはただの急速な老化現象だった。原因はわからないがあらゆる動物には寿命がある。1週間しか生きられない命もいれば、100年以上も生きているような生き物もいる。ソフィーから手紙が来なくなったのが2年前という事を見て24歳。人間の平均的な寿命で見ればずっと短いが、それでも人と流れる時間が違ったのだ。同封された写真にソフィーが写っていないと思っていたが、中央にいる高齢者がソフィーだった。
寿命が来るのを止める事はそれはもう神にも匹敵する。誰もが羨む不老不死。
そんなものを10年も研究していた僕は絶望して研究所を後にして島へ帰った。そこにソフィーの姿はなく、僕は泣き崩れた。