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わんだふるライフ

作者: 天霜 莉都

その昔、魔術師は人手を補う為に使い魔を従えていた。

その時、魔術師に作られた種族が獣人である。

獣人は色々な動物を基に作られた新たなる種族であり、見た目も人と何ら変わりなく作られた。

変わっていると言う点では、耳と尻尾は獣のままだと言う事ぐらいだろう。

それから長い月日が経ち、魔術師はその姿を消し、使い魔とされていた獣人は魔術師から解放された。

そして、色々な騒動が世間を賑わせた後に、ようやく獣人達にも人としての権利を与えられるようになった。

もちろん、住民登録の際は名前、性別、歳、種族を書く事になる。

種族は、基となった動物の種類を書く事になっている。

理由としては、その動物独自の特技などがある。それに応じて仕事を振り分け、使い魔としてではなく一人の人として生きられる世界にした。

今では、昔の事が無かったかのように獣人も人間も共存関係を結んでいる。

そして、この世界は今、絶賛不景気。

その不景気に、風来坊な親父がなぜかカフェを始めた。

獣人の女の子がかわいい服を着て接客するカフェ、『わんだふるライフ』。

あくまでカフェなので、メイド喫茶などと違い普通のカフェなのである。

時折、何を勘違いしているのか店員にいかがわしい事をしようとする客もいるから、結構大変だったりする。

まぁ、その対策は店に入る前にドでかく注意書きの立札を立ててあるから、最近はめっきりとなくなった。

問題は、それだけじゃなかったりするけど・・・。

「あのくそ親父、朝起きたら書置きして、旅に出やがった。店立てるだけ立てといて、あとは人任せかクソ親父は!!」

そう、一番の問題は親父にある。

風来坊な親父だから仕方ないと思っているけど、自分で始めた事を人に押し付けていくとは最悪だ。

愚痴りながらカウンター席に腰掛、俺はコップに入っている水を飲み干した。

「そうですね。でもお店も軌道に乗ってきましたし、鈴さんがしっかりとしていますから、それで託されていったのではないですしょうか?」

彼女は、『わんだふるライフ』の人気店員の睡蓮。

種族は日本狼と珍しいタイプであり、すでに絶滅してしまったとされる日本狼を使って作られた獣人なのだ。

睡蓮は容姿端麗、才色兼備とどれをとっても申し分ないくらいパーフェクトだったりする。

それと、絶滅してしまったとされる日本狼の獣人タイプなので、時折学者先生とかが来る事もあって、人間国宝的な扱いをする人もいるが睡蓮はそれが嫌いらしい。

年齢は21歳で、色々な大学を飛び級で制覇しているすごい人なのにも関わらず先祖の恩とかで、『わんだふるライフ』で働いてくれている。

前に『先祖の恩とかよくわからないけど、睡蓮は何でも出来るから自分の好きなことをすればいいと思うよ』と言ったら、睡蓮が即答で『ご先祖様の事もありますが、私は自分の意思でここにいるのですよ』と言われた事がある。

とは言え、睡蓮とは幼い頃から一緒だったので、俺にとっては三つ違いの姉のような存在である。


「睡蓮に言われると、気が楽になると言うかなんと言うか。とりあえず、ありがとう」

睡蓮と俺の関係は意外なもので、先祖が日本狼種の獣人達の危機を救った事がきっかけらしく、何の危機を救ったのかは睡蓮も知らないらしい。

なので、救ってもらった事への感謝を忘れない為に、代々俺の家に尽くしてきたらしい。

まぁ、親父を見ていると、時代劇にでも出てきそうな世直しをして回っているご老公みたいな人が、先祖なんじゃないかとも思えてくる。

「今日も睡蓮さんフィーバーで、忙しかった一日でした~」

そうそう、忘れていたけれど『わんだふるライフ』のもう一人の店員の朋華。

朋華は、一番多いとされる犬の獣人タイプ。

犬種は、ゴールデンレトリバー。

睡蓮ほどではないけれど、頭はいいほうだ。

年齢は20歳で、公園で行き倒れている所を睡蓮に拾われて『わんだふるライフ』で仕事をする事になった。

もちろん、朋華の両親は二人とも生きているが地方に住んでいるらしく、朋華が一人で上京してきたらしい。

何で行き倒れていたのかは、今でも不明。

「朋華君、本日の日本語分からないちゃんは何人いたか報告せよ」

日本語分からないちゃんとは、店前に置いてある立札をきちんと認識していない人達の事である。

「サー、三人でありますサー」

ちなみに、このやり取りは閉店後の楽しみみたいなものでもあり、対策に効果が無ければ次の策を考えなければいけないと言う意味では、結構重要だったりもする。

「ふむ、三人か・・・。朋華君、学者先生は何人来たかね」

学者は、サンプルが欲しいだけなので、それなりのお値段で毛の一本を提供すると言う事になっている。

もちろん、朋華が本物の学者かどうか匂いで判断するようにしている。

朋華が言うには、学者は独特の匂いがするとか。

「サー、団体様で五名が二組でしたサー」

「二組ね・・・」

売り上げを計算をしながら、本日の学者の数と、日本語分からないちゃんの数を帳簿に書いておく。

「ところで朋華、クローズの看板立てて注意書きの立て看板回収したか?」

「あ、まだでした」

朋華は、急いでクローズの看板を持って出入り口のドアに掛けにいく。

「ん・・・?・・・!!・・・はわぁ」

朋華は出入り口のドアを開けたまま、その場に尻餅をついた。

とりあえず、ドアの前に何かがあってそれを観察していたら足でも摑まれたといった感じだろう。

尻餅をついた朋華を見た睡蓮が、心配そうに朋華に駆け寄った。

そして、睡蓮は朋華が驚いたモノをまじまじと観察している。

「鈴さん、熊の獣人が倒れているので、お店の中にお連れしても良いでしょうか?」

そう言いながら睡蓮は、脈を計ったり外傷が無いか隅々まで調べている。

「睡蓮の判断に任せるよ」

危険かそうでないかは、睡蓮が判断するのが一番適している。

「はい、分かりました」

そう言うと、睡蓮は素早く熊の獣人を抱えて店に入ってきた。

睡蓮が抱えて来た熊の獣人は意外と小さく、大きさ的に子供だということが分かった。

睡蓮は、熊の獣人を固定型の長椅子に寝かせると、厨房に消えた。

「ところで、朋華はいつまでそこに座ってるんだ?」

俺の問いに、朋華は恥ずかしそうに答えた。

「そ、その腰が抜けて、立てないのです・・・」

仕方なく俺はカウンター席から立ち、朋華を軽く抱き上げて自分の座っていたカウンター席の隣に座らせた。

「鈴・・・お、お手数掛けました」

すでに飲み干してしまった水の代わりを探しにコップを持って厨房に入ると、睡蓮は残り物の食材で何かを作っている。

「睡蓮、熊公に食べさせるもの作ってるのか?」

睡蓮は中華鍋を振るいながら、次々と食材を入れていくがどれも野菜ばかりだ。

「おなかが空いているみたいでしたので、簡単な野菜炒めとおにぎりを作ってる最中です。もちろん私達のは、別に分けておいてありますから安心してください」

睡蓮の作る料理はどれもおいしいが、野菜炒めは飽きの来ないように工夫ががしてあり、さらに栄養バランスもきちんと考えてあるのだ。

「朋華が腰を抜かして動けないと思うから、何か持っていくものがあれば持っていくけど」

睡蓮は少し考えながら、野菜炒めを大小四つのさらにそれぞれ入れていく。

「この野菜炒めとおにぎりを、一番大きいお皿以外のを持って行って貰えますか」

多分、一番大きい皿はあの熊の獣人に食べさせるものなのであろう。

睡蓮に言われた通り二つのトレーに分けて、野菜炒めとおにぎりをそれぞれ乗せてそれをカウンター席に運んだ。

「今日は、裏メニューの野菜炒めセットですか」

そう言いながら、朋華の尻尾はうれしさを表現している。

「朋華、待て」

「ワン」

獣人とはいえ根っこが犬なので、時折悪ふざけをして朋華をからかったりもしている。

「って、何やらせるんですか鈴は」

まぁ、すぐに正気に戻るから、悪ふざけ程度で済む。

「冗談だよ」

朋華は犬扱いがあまり好きではないらしいので、すぐに『冗談』と言っておけば大抵は大丈夫だったりする。

朋華をからかっている内に、睡蓮が両手にトレーを持って厨房から出てきた。

野菜炒めとおにぎりだけなのだが、大きい皿に大盛り状態なのでトレーも二つに分けてある。

おにぎりの方は結構な重さになると思うけど、睡蓮は軽々持ち運んでいる。

そして、熊の獣人の寝かせてある長椅子前のテーブルに置き、睡蓮は積み上げてあるおにぎりの一番上のを一つ取ると、熊の獣人の目の前に置いた。

熊の獣人は、弱弱しくおにぎりに手を伸ばした。

でも、熊の獣人の手がおにぎりに触れた瞬間、おにぎりはすでに消えていた。

余程、空腹だったのだろう。

熊の獣人は、起き上がるときちんと長椅子に座りなおした。

「おなか空いていたのでしょ?あなたの目の前にあるのはあなたの分だから、好きなだけ食べていいのですよ」

そう言いながら睡蓮は、ウーロン茶の入ったコップを熊の獣人のテーブルに置いてあげている。

「・・・いただきます」

熊の獣人は、礼儀正しく手を合わせて食前の挨拶を済ませると、物凄い勢いで野菜炒めとおにぎりを平らげていく。

熊の獣人は、声の質や背丈から推定すると少女といった感じだろう。

でも、見た目で年齢は分からないから、どうとも言えないが・・・。

「あの~わたしも食べていいですか?」

俺の思考を裂くように、朋華は聞いてきた。

「本当に忠実なワンコだな」

なんだかんだ言っても、朋華は俺の言いつけは守ってしまうと言うちょっとかわいらしい所もあったりする。

「朋華ちゃん、先に食べて」

そう言いながら睡蓮は、熊の獣人のコップにウーロン茶を注いでいる。

「いただきます」

朋華は、礼儀正しく手を合わせて食前の挨拶をする。

それを見ながら、俺も手を合わせて軽く会釈をした。

おにぎりを一つ手に取り熊の獣人の方を見ると、大盛り常態のおにぎりと野菜炒めがきれいに平らげられていた。

「食べ終わったようだし聞くが、どうして店の前に倒れていた。それが言えないなら、せめて名前と種類ぐらいは教えて欲しい」

そう言いながら俺は、おにぎりを頬張った。

熊の獣人はコップを手に取り、喉を潤すと上目遣いで俺を睨み付けている。

どうやら、熊の獣人は俺に敵意があるらしい。

「名前だけでも教えていただけると、あなたを呼ぶ時に呼びやすくなりますし、店の前に倒れていた理由も気にので鈴さんは聞いているんですよ。それと、鈴さんはこう見えても優しい方ですから安心してください」

睡蓮が気を利かせてくれて、間に入ってくれている。

それはいいとして、『こう見えても』って睡蓮は言っているが、自分がどう見られているのかが少し気になる所だが、そんな事は後回し。

「名前、雪。種類・・・ツキノワグマ」

ツキノワグマ。

雪は、確かにそう言った。

ツキノワグマは、獣人になる時に独特の月の模様が無くなってしまった為に、その代わりになるモノを身に着けている。

そのモノは『魔術師の遺産』と言われていて、かなりの価値があると言われている。

その為、そのモノを狙って襲撃する者も出て来た為、獣人保護法と言うものが作られた。

しかし、この獣人保護法にはツキノワグマが個々で所有する、『魔術師の遺産』を強奪する事や所有者を殺め手に入れる事を禁じているだけなのだ。

つまり、誰も所有していない『魔術師の遺産』があったとしたら、それは奪ってもかまわないと言う事になる。

「人・・・信じられない」

ツキノワグマ達は『魔術師の遺産』を守る為に、人との共存は控えている。

その為、ツキノワグマ達だけの村というのが存在している。

村にはめったな事がない限り、人を入れることは無い。

それに、『魔術師の遺産』は個々で所有しているもの以外のは、まとめてある所に保管しているといわれている。

それに村から出る事は一切なく、村を出るのは村を捨てるか緊急時のみ。

雪はどちらかというと、村を捨てるような感じの獣人ではない。

だとすれば、緊急時。

「雪、何かあったんだな」

「!?」

俺の言葉に、雪は驚きを隠せないようだった。

朋華は何も気にせずに、のん気に食事をしている。

睡蓮も食事をしていたが、急にその手を止めた。

「少し気にはなっていたんですが、雪ちゃんから微かに血の匂いがしていたんですけど、転んだりした時に、怪我したのだろうと思ったので後回しにしていたんですが、雪ちゃんの驚きからするとただ事ではないと思ったので、口を挟んでしまいました」

雪から微かに血の匂いがしたという事、人間不信になる事。

村には少なからず人間が数人居るはずだから、人間不信になる事は無いはず。

だとすれば、何者かが襲撃した可能性がある。

考えられる目的は、『魔術師の遺産』しかありえない。

「森、燃やされた。みんな、火消しに行った。火消すの、雪も手伝った。でも、人、不意打ちしてきた。みんな、雪を逃がす為にやられた」

雪の話をうまくまとめると、襲撃者達はあらかじめ森に火を放っていた。

それも、村からそれほど遠くない場所に。

そして、森が燃えている事を察知した村の者達が火を消しに行ったが、数人で消せるような火ではなかった為に村の者達総出で火を消す作業をした。

その隙を狙って、村を訪れ『魔術師の遺産』を盗み出そうとしたが、『魔術師の遺産』は見つからなかったのだろう。

最終手段として、不意打ちを仕掛けて何人かの村人を人質に、『魔術師の遺産』の在り処を聞き出そうとしたのだろう。

だけど、村人は口を割らなかった。

そして、一人ずつ村人を亡き者にしていった。

それでも、口を割らない村人に襲撃者達は目的を変更したのだろう。

保管された『魔術師の遺産』ではなく、個人が所有する『魔術師の遺産』を奪う事に。

それに気付いた村人が、雪だけでも生き延びるようにと逃がした。

っと、いった感じだろう。

「睡蓮・・・明日は臨時休業だ」

自分の中に、沸々と湧き上がる何かを感じる。

多分、湧き上がるモノは怒りという感情なのだろう。

「わかりました。鈴さん、私達はどうしたらいいですか?」

睡蓮は、俺がこれから何をしようとしていることが分かるのだろう。

それでも、睡蓮は俺に従う。

「行っても無駄かもしれないけど、雪の暮らしていた村に先に行ってくれ。足なら珠美が非番な筈だから、何とかしてくれる」

珠美は、仕入れの時にいつも世話になっている猫の獣人。

昔からの付き合いらしく、急を要した事でも対応してくれる頼れる一人である。

「え、ちょっと待って。一体何をするの」

朋華には悪いが、聞く耳を持っている暇は無い。

睡蓮は、電話の子機を片手に準備を進めている。

俺は、エプロンをカウンター席に置き店を後にした。

その足で、自宅の倉庫に眠っているあるモノを取りに行く。

そのモノとは、護身用の刀だ。

普通の刀とは異なる部分が多い事から、刀鍛冶が作成したものではないと言われている。

それもそのはず、刃が存在しない刀のだから。

消耗品であるといわれている刀の原因、刃毀れを無くす為に刃を無くした。

もう一つ理由もあって、『自らを守り、相手をも守る刀』。

それ故に、刃を無くした。

「あまりここには近寄りたくはないけど、今はここを役に立てる時だしな」

自宅の倉庫は、人や動物などが寄り付かないように特殊な造りになっている。

もちろん、『魔術師の遺産』に属する代物であるのは間違いない。

だから、倉庫には限られた者しか近寄れない。

今は、俺ひとりとなってしまった。

親父は、この倉庫の存在を知らない。

母が唯一、この倉庫の存在をしていて俺に託していった人だから。

その母も、今はもういない。

母からは、色々な事を学んだ。

そして、また一つ母から学んだ事が役に立とうとしている。

倉庫の入り口にそっと手を触れると、倉庫の中から鍵の開く音が聞こえた。

「とりあえず、目的の刀を回収してから探してみるか」

この倉庫には、母が集めた物以外に先祖代々から集めた物や資料などが大量にある。

その中でも、『魔術師の遺産』と呼ばれる物に関しての資料は計り知れないほどある。

刀は分かりやすい場所に置いてあるからすぐに回収出来るが、資料に関しては何処を探したらいいのか良く分からない。

『魔術師の遺産』の資料は正式名称の順に並んでいる為、名称すら分からない物を探すとなると計り知れない苦労という事なのである。

「そういえば、母さんは調べ物の時に赤い本のような物を使っていたような気がする」

うろ覚えではあるが、母が赤い本のような物を片手に資料を探していたような気がする。

とりあえず、目に付く赤い物を手に取るが、それらしき物は見つからない。

どうやら、少しばかり焦っているのかもしれない。

冷静さを失いつつあるのが、実感できる。

とりあえずは、心を落ち着けてからもう一度周りを見直す事にしよう。

目を閉じ大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

それを数回繰り返すと、少しだけ思考などがクリーンになっていくのが分かる。

うろ覚えではあるが、もう一度だけ赤い本のような物について思い出してみる事にする。

素材は、多分石。

色は、赤・・・違う、赤かったのは発光している時の色だ。

だとすると、本当の色は灰色だ。

目を開き、それらしい物を探してみる。

足元にそれらしき石版を発見し、それを手に取る。

使い方も今一覚えてないが、母は石版の上に手を載せて何かと話している感じだった。

とりあえず、やってみないとわからない。

石版の上に、手を載せてみる。

すると、何処からか声が聞こえた。

『マスター、何かお探しですか』

石版は、赤い光を放ち始めている。

どうやら、使い方は間違っていないようだ。

「『魔術師の遺産』の一つで、ツキノワグマの獣人が持つ物について訊ねたい」

石版は時折光を強弱させながら、いかにも検索をかけている様子を見せている。

『該当の項目は、存在します。ですが、ツキノワグマ種の保有する『クレセントムーン』については、ツキノワグマ種が絶滅、または子をなせなくなった状況のみ情報を提示できます』

少なくとも、雪は生き残っているから絶滅ではない。

子をなす事も出来る。

「第三者に襲撃され、『クレセントムーン』が強奪された。取り替えそうにも、『クレセントムーン』の事を詳しく知らないツキノワグマの少女が一人のみ残された場合に、情報を引き出す事は出来ないのか?」

『情報提示は、可能です。それに、『クレセントムーン』は純血種のみ持つ事が許されている物になりますので、子をなせないと見なし情報を開示します』

なるほど、純血種のみにする事で、『クレセントムーン』に隠されている何かを守ろうとしているのかもしれない。

「奪われた『クレセントムーン』を取り返す場合、どうしたら奪われた物の場所が分かる事が出来る」

場所が特定できるような機能がついていれば、苦労が少なくて済む。

『『クレセントムーン』には、共鳴が存在します。共鳴は、所持者が念じる事で発生させる事が出来ます。共鳴を発生させると、『クレセントムーン』が振動し近づいていくとその振動は強まり、離れると弱まります。振動しないぐらいに離れている場合は、『クレセントムーン』自体が発光し他の『クレセントムーン』が存在する方位に光が差します。』

石版に片手を乗せながら、もう片方の手で携帯電話をいじる。

もちろん、今聞いた事を睡蓮に知らせるためにメールにすべて書き込む。

「『クレセントムーン』を持っているもの同士が、互いに見える距離になっても振動のみなのか?」

さすがに接近してるのに、それに気付かないと言う事があったら探すのも困難になる。

『それに関しては、大丈夫です。『クレセントムーン』は、目視で確認できる位置に光の柱が立つ様になっています』

一番重要な情報が、聞き出せたかも知れない。

すぐさま、携帯電話に打ち込んで睡蓮にメールを送信した。

「ちなみに、ここにもクレセントムーンがあったりするか?」

色んな物が積み重なっているから、『クレセントムーン』あってもおかしくない。

『ここには、半数以上の『クレセントムーン』が所有されています。もちろん、管理保管する為にツキノワグマ種から預かっているのです。20個のみ、ツキノワグマ種の村で保管されています。』

つまり、探せば色々な『魔術師の遺産』が出てくると言う事になる。

だとしたら、逆に『魔術師の遺産』を回収する為の道具があってもおかしくない。

「もしかしたら、『魔術師の遺産』を回収する為の道具もあったりするか?」

まぁ、なんとなくあるような気がしていたから、睡蓮達を先行させたに過ぎないが。

なければ、倉庫にある『クレセントムーン』を使うまで。

『存在します。乗り物タイプと、小型ナビタイプ、その色々存在します』

形は違えど用途は同じものが何個か存在するという事は、色々な状況を想定して作られたのかもしれない。

少し気になるのは、乗り物タイプ。

昔に作られたものであれば、型遅れのスペックが悲惨のものに違いない。

「とりあえず、乗り物タイプを今回使いたいと思うのだけどバイクとかあったりする?」

小回りが利いて、それでなるべく早く移動できる代物といったらバイクぐらいしかない。

『存在します。只今、最新バージョンに更新中です』

最新バージョン?

一体何処のデータを取り込んでいるのか分からないけど、その時代に合わせた物に変わると言うのも少しばかりハイテクな気がするが、そのハイテクさが『魔術師の遺産』の情報公開されるのを拒んでいるのかもしれない。

だとすれば、俺の家にあるこの倉庫と俺のような人間は、『魔術師の遺産』を守らないといけない立場という事がなんとなく想像出来る。

守らなければいけない為に、一部の情報を引き出す事も可能という事なのかもしれない。

っと言う事は、踏み入れたら厄介なモノに足を踏み入れてしまった事に今更ながら気付いてしまった。

後悔先に立たずとは、この事に違いない。

『最新バージョンに書き換え完了。移動開始します』

とりあえず、バージョンが新しくなったようだ。

見た目は気にはしないが、中身の問題が解決できればとりあえず良しとしよう。

「ちょっと待て、移動って倉庫内を移動させるのか」

さすがに倉庫内を移動できるスペースなどあるわけがないわけで、倉庫内を移動するとしたら色んな物をなぎ倒していくという事になりかねない。

『乗り物などの移動には、物質転送システムを使用する為、倉庫の外に待機させる形となります。それと、乗り物に関しては日本刀『斬一式』を専用の部位にセットする事でシステムが起動します。『斬一式』がなくとも普通の乗り物程度には動かす事は出来ますが、『斬一式』を用いる事によって性能以上の性能を発揮させる事が出来ます』

『斬一式』とは、俺の持っている刀の事を言っているのである。

『斬一式』には、対となる刀『白銀狼』が存在する。

『白銀狼』は、『斬一式』と違い両刃の刀になっている。

二本とも独特な刀となっているが、実際は二本を一緒に使わないと本来の力が出せないとされている。

その為、わざと離れさせている。

『斬一式』を倉庫で眠らせ、『白銀狼』は睡蓮に携帯させている。

そうする事で、使用する際に本来の力を弱めさせている。

今回はさすがに、どうこう言っている暇は無い。

『それとバイク自体が、『魔術師の遺産』になります。あとオートパイロットモード設置の為に、いくつかの『魔術師の遺産』を使用しました。前マスターの要望であり、了承を受けていますが一応報告しておきます』

確かに、オートパイロットモードがあれば多少は楽が出来るかもしれない。

「他には、何かあるか?」

入り口に向かいながら、確認する。

『バイクに関しては実際に見て、扱った方が早いと思いますので私からは以上です』

とりあえず、報告以外にも何かがあると考えるのが一番のようだ。

石版を、入り口近くに積み上げられている本の上に置き倉庫から出た。

外に出ると、目の前にバイクが置いてあった。

独自のフォルムではあるが、古臭さを一切感じないスーパースポーツタイプになっている。

バイクの右後部には、刀を納める箱らしき物が付いている。

だが、ふたが閉められていて、何処から刀を入れるのかが分からない。

仕方なくキックペダルで、エンジンをかける。

静けさを裂くように、エンジン音が響きだす。

『システム起動、各部異常なし』

フューエルタンクのあたりから、ホログラムの小人のような者が現れた。

『少し頼りなさそうなマスターだけど、こちらに選ぶ権利が無いから従ってあげる』

しかも、見た目はかわいいが性格的にかわいくないときた。

『ん?『斬一式』を持ってるのね。ボックス開放してあげるから、さっさと『斬一式』を入れちゃって』

どっちが立場が上なのか良く分からないが、とりあえずボックスに刀を入れる。

すると、ボックスが自動的に閉まった。

『スキャン開始、データ比較完了。モードZに移行します』

すっかり忘れていたが、バイクに乗るのにヘルメットが必要だが肝心のヘルメットを俺は一個も持っていない。

『こっちの準備は終わったけど、そっちは準備終わってるの?』

バイクに急かされる乗り手というのも何か変ではあるが、今はそんな事どうでもいい。

「急だったもんだから、ヘルメット用意してない」

言い切ってしまったけど、無いものはどうしようもならないから仕方ない。

『今日は、前マスターが使っていたフルフェイスのヘルメットとジャケットを出すから、次までに用意しておいてよね』

ホログラムの小人のような者が、手を軽く上げて何かを唱えている。

唱え終わると、足元で音が聞こえた。

足元を見ると、そこにはヘルメットと皮のジャケットが転がっていた。

『そのヘルメットにマイクとヘッドフォンが仕込んであって、私のタコメーターとかの下にある空間に携帯電話入れとけば『キャッチ』のって言うだけで電話出来るし、メールなら読み上げるから。それと、目的地は何処?』

バイク相手に話しかけているのに、何とも普通に人と話している感覚とは少し複雑だ。

「目的地…分からん」

すっかり目的地の事を忘れていた。

『使えないマスターですね。とりあえず、キーワード的なものを』

軽く拳を握り締めるも、事実だから仕方ない。

「キーワードなら、『クレセントムーン』と強奪された物でどうにかならないか?」

さすがに『クレセントムーン』で検索をかけると、雪の持っている物まで対象となるからそれを回避する為に強奪された物も付け加えた。

『検索完了。該当するもの多数あり。ですが、纏まってので特に問題ないです』

どうやら、目標物は発見したみたいだ。

皮のジャンパーを着てヘルメットを被り、バイクに跨る。

ハンドルを握ってから気付いたが、スタンド上げるのを忘れていた。

『携帯電話セットしてください。あと、スタンドはこっちで上げますから』

言われるがまま携帯電話をタコメーター下の空間に、携帯電話を差し込む。

『セット完了。移動中の目標物追尾に、コントロールをセット。オートパイロットモード&不可視モード同時起動します』

どうやら、俺に運転させてはくれないらしい。

オートパイロットはありがたいが、到着まではハンドルをただ握ってるだけしかない。

『振り落とされないように、ちゃんと摑まっていなさいよ』

ホログラムの小人のような者は、消えた。

そして、バイクは、ウィリーをして発進する。

ちなみに、発進時にウィリーするのは下手な証拠。

もちろん、好意的にやっているのは別だが。

そして、今のウィリーは好意的にやってるみたいだ。

「もう少し、安全運転で頼むぜ」

ヘルメット越しで聞こえるか分からないが、とりあえず口に出しておく。

『これは、ほんの挨拶。それに、私自身の名前すら知らないでしょう。少しばかり長い旅路になりそうだから、話し相手ぐらいにはなってあげる』

やっぱり、上から目線だ。

『私の名前は、ラフィルエ。このバイク、大鷲の擬似人格で最初から存在していたわけではなく、前マスターから付けられた機能の一つです』

大鷲とは、いかにも日本生まれのバイクというような名前だ。

でも擬似人格の名前が横文字なのかは少し気になる所ではある。

『マスターは、前マスターとは違って普通の目の色と髪色みたいね』

平均的な日本人の目の色である茶と、黒髪の事を指しているのだろうけど実際目の色はコンタクトでごまかしているに過ぎない。

「目の色はカラーコンタクトを付けるように言われてるから、実際の色は青だよ」

目の色については、簡単にしか母から聞いていない。

なんでも、魔術師家系で一人目の子供は目の色が青であると言う事が決まっている。

もちろん、二人目以降はこれと言って目立つものはないらしいが母に関しては特別だったらしい。

『銀髪青眼の魔女、響の子が以外にも普通だとは少しがっかり』

何にがっかりしているか分からないけど、実力は見てから言って貰いたいもんだ。

「母さんの銀髪は、特別なんだよ」

何が特別なのかというと、魔術師の再来と言う意味。

なんでも母は幼い頃に魔術師として開花して以降、髪色は銀髪になってしまったという。

しかもその銀髪は魔術を使う時にきれいに輝く為、見る者を魅了してしまうという。

『確かに、歴代のマスターの中でも扱いが荒いでしたけど、強さでも飛び抜けていたのは確か』

母は、意外と物の扱いはきちんとしていて丁寧に扱うことが多かった人だった。

でも、ラフィルエの言う母は扱いが荒いと言った。

つまり、物に気を使っている余裕がない位に、追い詰められた状況が多かったという事なのだろう。

『そろそろ、移動中の目標物を目視確認出来る範囲に入ります。不可視モード解除し、追尾を続行します』

どうやら、思ったより早く見つけたみたいだ。

「ラフィルエ、現在地を随時、睡蓮にメールで教えてくれないか」

もしかしたら、辿り着けていない可能性がある。

位置さえ分かれば、あとで合流するとも可能だろう。

『その事なら、とっくにやってるけど?』

二手三手先を読んで行動してくれるのはありがたいが、せめて報告はして欲しい。

多分、相手はそれなりの人数だろう。

車で移動してるだろうから、どう止めるかがより早く解決出来る方法になるだろう。

『目標物を運ぶ、ワゴン車発見。『クレセントムーン』の共鳴開始します』

確か目視で確認出来る位置にいる時に、共鳴を行うと光の柱が立つ。

つまり、それを知らないという事は、目晦ましに使用することが出来るという事。

『光の柱発生まで、カウント5』

5…4…3…2…1…

予想以上に大きな光の柱が、ワゴン車を中心して立った。

「周りの被害状況は、どうなってる」

さすがにこんな大掛かりな事になれば、少なからずそれなりの被害が出るはず。

『安心しなさい、被害は0です』

確かに深夜帯であるが、人がいないと言う事はありえない。

「どういうことだ?」

光の柱にどんどん近づいて行きながらも、理由が気になる。

『光の柱は、発生すると独自のフィールドを形成して、『クレセントムーン』を持つ物を閉じ込めることが出来る。もともと、防御用に考えられた物だから、解除方法を知らない人にとっては檻でしかないと言う事。もちろん迷子とか捜すのに役に立つのは、探している者達が探されている者に対して、その場から動かないで欲しいと言う意味でも使用される。光の柱は、『クレセントムーン』を持つ者以外に見る事も出来ないし干渉する事も出来ない。一般人には見えなくなるだけで、特に変化もない。ただ、それだけの事』

それにしても、絶対に使わないと思っていた母から習った剣術を使うかもしれない状況になるとは、予想外かもしれない。

まぁ、人の役に立つ事をするのだから別にいいとしよう。

『ヘルメットは、絶対に外さないで。さすがに記憶操作は面倒な事になるし、『クレセントムーン』を取り返せば後の事は専門の人達がどうにかしてくれるから、あとは顔を覚えられなければいいだけのことだから』

専門の人達と言うのは、きっと警察の事を言っているのだろう。

『クレセントムーン』を奪った者達は、既に殺人という罪で捕まることは確定している。

だけど、雪は警察が『クレセントムーン』を取り返してくれるのに時間がかかるのを知っていた。

そこで、名の知れている『白銀狼』の睡蓮を訪ねて来たというのが、この事件に干渉する事になったきっかけと言った所に違いない。

頭の中できっちりと整理がつくと同時に、光の柱に突入した。

さすがに『クレセントムーン』を奪った者達に、「返してください」と言ってすぐに返してくれる分けはないだろうし、銃を使われたら結構厄介だから早めにケリをつける事にしよう。

光の柱の中心と思われるところに到着すると、一台のワゴン車が止まっていた。

ワゴン車は、フロントとリアのバンパーに傷が見られるぐらいで他に傷らしい傷が見当たらない。

薬莢も転がっていない所をみると、頭の切れる者がいる可能性がある。

諦めがいいだけかも知れないが、ここは最悪の方に備えるのが得策だ。

バイクはうまい具合に、ワゴン車の対角線上に止まっている。

「ラフィルエ、『斬一式』を」

『ボックス開放』

『斬一式』を、収納しているボックスが開いた。

『外に漏れる音声の変換をしてるし、いざとなったらこっちでサポートするから』

俺は、『斬一式』手に取り軽くうなずいた。

バイクを降り、『斬一式』を片手に持ちながらゆっくりとワゴン車に近づく。

ワゴン車の窓は、外から車内を見えないようにする為のフィルムが張られている為に中の様子は全然分からない。

俺が突起に反応出来る距離である2メートルの間を開け、ワゴン車の前で止まる。

「あなた達が奪っていった物を、取り返しに着ました」

ラフィルエの言った通り、発せられた声は普段の声より高くなっていた。

ワゴン車の反応はというと、全然ない。

刀の鍔を親指で軽く押しいつでも抜けるようにして、少しずつ間合いを詰めて行く。

何事もなくワゴン車にたどり着く。

スライドドアに手を掛けてみる。

でも、反応は特にない。

思い切ってドアを開け、後ろに飛ぶ。

だが、ワゴン車の中には倒れている人がいるだけで、特に変わった所は見られなかった。

恐る恐るワゴン車の中を覗き込むが、意識を失った男が五人いるだけで特に何もない。

『クレセントムーン』が入っていると思われる、カバンを手に取る。

カバンを持て、バイクの所まで下がる。

『カバン内部をスキャン』

カバンを開ける前に、ラフィルエにスキャンされてしまった。

『カバンには、『クレセントムーン』の他拳銃が人数分入ってる』

さすがに、拳銃をカバンの中に入れたままと言うのも何だから、ワゴン車の座席の下に忍ばせておく事にした。

『斬一式』と『クレセントムーン』の入ったカバンをボックスに入れ、バイクに跨った。

「取り返す物は取り返したから、光の柱を解除してくれ」

ラフィルエは、フューエルタンクのあたりから現れる。

『了解、展開中の光の柱を解除します』

ラフィルエは両手を広げて、何かを唱えている。

ラフィルエが唱えているのを見ていると、突然頭に痛みが走る。

今まで感じた事のない感覚に危険を感じ、バイクを走らせた。

『光の柱解除完了。って、勝手に走らせんな馬鹿』

「それはさっきいた場所を見てから、言って欲しいもんだな」

さっきまでいた場所には、同系統の槍が惜し気もない位に刺さっている。

『50本の槍!?精密すぎるだけじゃなく、不完全なレプリカにする事で一度のみの使い捨てタイプ』

50本の槍はさっきまでいた場所に、隙間なく刺さっている。

「さすがです。噂も、時には信じてみる物ですね」

声は、反響しているのか色々な所から聞こえる。

『微かに魔力の反応があると言う事は、あの槍は設置型のトラップですね。そして、この声はかく乱していると見せかけたモノ』

要するに、『クレセントムーン』を奪っていった者達を倒した本人で、魔法関係に大きく関わる人間であると言う事だけは分かる。

「どんな噂かは知らないが、不意打ちと覗きは感心しないな」

槍を仕掛けていった人物は、既にここにはいない。

それだけは、確実に分かる。

「噂?それは、君が『魔術師の遺産』が絡むと、現れると言う事だよ。蒼き瞳の魔術師よ」

蒼き瞳の魔術師。

それは、母の別名である。

「残念だけど、俺はお前さんの言っている蒼き瞳の魔術師の紅響じゃない」

母の別名は、銀髪青眼の魔女から始まって蒼き瞳の魔術師などの違う呼ばれ方が数多く存在している。

多分それも受け継がれているモノの一つなのだろうけど、中には銀髪青眼の悪魔とも言われているモノもある。

「何だと!?人違い?そんな分けない、光の柱に出入り出来るのだから、貴様が蒼き瞳の魔術師だろ!!」

どうやら、頭に血が上っているようだ。

「ラフィルエ、コンタクト外すから、それまで揺らさないで時間を稼げるか?」

『この場に止まって、物理と魔法シールドを展開すれば、多少は時間稼ぎになります』

俺の付けているコンタクトは母が俺の為に作ってくれた物で、これを外すと魔力の流れなどが見えてしまう。

「何、ごちゃごちゃ言ってやがる!!」

それにしても、どんどんとボロが出てくる相手に少しあきれながらも、フルフェイスヘルメットのシールドを上げてコンタクトを外す。

『対魔、対物シールド展開』

コンタクトを外すので現状を見る事は出来ないが、ミシミシとシールドが壊れかけている音が聞こえる。

ようやくコンタクトを外し終わり、頭上を見るとシールド全体に亀裂が走っていた。

「よく持ちこたえた」

フルフェイスヘルメットのシールドを下ろし、ハンドルを握り締める。

『この場を放棄します』

対魔、対物シールドが砕け散り、無数の槍が俺を目掛けて降ってくる。

ラフィルエがうまく槍をかわしてくれるおかげで、魔力を中継しているポイントが見つける事が出来そうだ。

武器なら頭上から降り注いで地面に刺さり、朽ち果てていくだけの槍が大量に存在している。

ハンドルから手を離して、足のみでバイクに摑まっている状態する。

危険であるのは分かているけど、この方法が今は一番手っ取り早い。

朽ち果てていく槍を地面から引き抜き、相手の声を届けていると思われる媒体を見つけ出し槍を投げる。

「何処に向かって攻撃をしている」

まぁ、相手には言わせておけばいい。

もちろん、直接的に媒体を破壊する訳ではないから、すぐに相手に気付かれる事はない。

先ほども言ったかもしれないけど、コンタクトを外す事で魔力の流れを見る事が出来る。

俺が投げた槍は、術者と媒体を繋ぐ魔力の流れそのモノに槍を刺したに過ぎない。

刺さった瞬間に切れるのではなく、じわじわと侵食して流れを断つ。

多分、目とメインの魔力中継媒体はビルの屋上と言った所だろう。

だとすれば、拾い物の槍では足場くらいにしかならない。

だけど、アレをやるのは危険だからやりたくはないけど、そうも言ってなられない。

「ラフィルエ、『斬一式』を」

ボックスが開き、『斬一式』を手に取りバイクから飛び降りる。

「馬鹿め!!」

待っていたと言わんばかりに、槍が俺に降り注ぐ。

どっちが馬鹿なのかはすぐに分かる。

『斬一式』を素早く抜き、全ての槍を弾く。

「数に頼りすぎてるから、槍が脆いな」

深く息を吸い込み、頭の中をクリーンにする。

アレとは、風を操る魔術の一種で母からみっしりと仕込まれた技でもある。

意識を『斬一式』に向ける。

そして、風が集まってくるイメージを思い浮かべ、そのまま『斬一式』を地面に突き刺した。

風は『斬一式』を中心にして、竜巻を発生させた。

もちろん、これはあくまで自らを守る為の風の壁でしかない。

『ちょっと、私がいること忘れてない』

ラフィルエの存在は、忘れていない。

その為に、最小限に抑えて竜巻を抑えている。

起こした竜巻のよって、近くに刺さっている槍を巻き上げていく。

狙いは、空中に何かしらの物体を置く事にある。

良い具合に巻き上げたのを確認して、『斬一式』を地面から引き抜く。

『斬一式』を地面から引き抜く事で竜巻は収まり、槍は重力に引かれて落ちてくる。

街灯を足場にして、俺は宙に舞った。

そして、槍を足場にして空に駆け上がる。

「何!?」

どうやら、声を届ける媒体をメインに切り替えたようだ。

まぁ、少しの時間でも静かになったお陰でこっちは集中する事が出来たからよしとしよう。

「破壊は趣味じゃないから、魔力の流れを断たせてもらうよ」

相手にとっては、明後日の方向に刀を振っているように見えるかもしれないが、俺から見ると媒体と術者を繋ぐ太い魔力の流れが見える。

その流れを、『斬一式』で斬りつける。

「覚えていろよ、蒼き瞳の魔術師・・・」

覚えておく気は、微塵たりともない。

むしろ、すぐに忘れたいぐらいだ。

魔力の流れは切れ、媒体とされた物は術者が直接触れて再び媒体としない限り、機能する事はなくなる。

それはいいとして、落下のすることを考え忘れていた事に今更気付いた。

「さて、どうしたものか」

とりあえず、破壊されている部分はラフィルエに物質修復系の魔法があるだろうからなんとかなるから良しとして、この落下を食い止める為に『斬一式』を振ったとすると、更なる修復箇所が増えて、すぐに撤退する事は出来なくなるだろう。

滞空時間は意外とあるから、何とかなるだろう。

竜巻は、真ん中ががら空きで風は巻き上げるだけだから意味がないし、『斬一式』を振って勢いを殺したとしても、地面に物凄い傷を残してしまうから修復に大量の時間が取られる。

『落下の最中だけど、電話』

このタイミングで電話と言うのも、何とも間が悪い。

「キャッチ」

間が悪いと思っても、一応は電話には出る。

「鈴さん、無茶しましたね」

下には、珠美の車が見える。

そして、睡蓮から電話と言う事は、何とかなるかもしれない。

「言い訳はあとにして、アレを」

「はい」

車から、睡蓮が出てくるのが分かる。

睡蓮は『白銀狼』を、俺に向かって振り抜いた。

すると、『白銀狼』からかまいたちが発生する。

もちろん、これは指示した通り。

あとは、『斬一式』からかまいたちを起こすだけの事。

だけど、相殺させると周りに被害が出る。

なるべく鋭くして、『白銀狼』のかまいたちを真っ二つにすればいいのだが力が強いと睡蓮が危うくなるし、同じだと周りに被害が出る。

だから、鋭く弱くする事で落下の勢いを何とかすると言う事なのだ。

イメージは、完璧。

ギリギリの距離に来るまで、待つ。

「鈴さん!?」

どうやら、考えている事が睡蓮にも分かったらしい。

睡蓮が『白銀狼』で放ったかまいたちは、思ったより速い。

だが、対応できない速さではない。

『斬一式』を構え、振り抜く。

『斬一式』から放たれたかまいたちは、『白銀狼』から放たれたかまいたちを裂く。

成功したのはいいが、思ったより『白銀狼』のかまいたちが速過ぎた為、少し高さが残ってしまっている。

足の骨一本ぐらいは、覚悟した方が良いかもしれない。

「諦める事は悪い事ですよ、鈴さん」

体に、温もりを感じる。

「俺には、睡蓮がいないと駄目みたいだな」

睡蓮にお姫様抱っこされながら、俺はそう言葉を漏らした。

「言葉には、気を付けて下さい。変な誤解を生みますよ、今の言い方ですと」

睡蓮の足が地面につくと、睡蓮はすぐに下ろしてくれた。

フルフェイスヘルメットを取り、新鮮な空気を吸う。

周りの状況を、軽く見てみる。

「睡蓮のお陰で、思った以上に壊れている部分は少ないみたいだ」

それにしても、少し疲れた。

『斬一式』を鞘に収めると、今まで張っていた気が一気に抜け落ち、その場に尻餅を付いてしまった。

「鈴さんはこのまま、珠美さんの車で家まで帰ってください。今頃、朋華ちゃんが家で待っていると思うので、帰ってあげてください。私は、このヘルメットと鈴さんの着ているジャケットを着て、雪ちゃんに『クレセントムーン』を返してきます」

睡蓮に言われるまま、ジャケットを脱ぎ珠美の車に乗り込み目を閉じた。

頭の中の整理は起きたらするとして、今はゆっくり眠りたい。

さすがにこれぐらいで疲れるなんて、鍛え方が足りないのかもしれない。

平和に過ごして欲しいと願っていた母には申し訳ないが、いつまたこのような事が起こるかもしれないから魔術と剣術の練習をしないといけない。

そんなことを思いつつ、意識は薄れていった。

そして、同日の昼に目を覚まし、食事をしながら昼のニュースを見ているとツキノワグマの村の事がニュースになっていた。

内容は、男性五人が森に火をつけて、消火に当たっているツキノワグマの獣人を次々と襲って金品を盗んで逃げた。

しかし、その集団は少し離れた町で事故を起こして、そのまま捕まったと言う。

まぁ、ここまでは良かったが、問題はこの後の部分だった。

盗まれた金品は、フルフェイスのヘルメットと皮のジャケットを着た何者かがバイクに乗り、唯一の生き残りであるツキノワグマの少女に直接返されたと報じられた。

コメンテータ達は色んな憶測で盛り上がり、事を収集するには無理な領域になってしまっている。

それはいいとして、画面越しに見る雪は思ったより元気なようでよかった。

そういえば、無意識に握りつぶしてしまったカラーコンタクトの代えが倉庫にあると思う。

さすがにコンタクト無しだと、近所のおばちゃん達にどんな妙な噂を流されるか分かったもんじゃない。

テレビを消して、玄関で靴に履き替え外に出ると、誰かにぶつかった。

何ともタイミング悪い。

ぶつかった相手に目を向けると、見たことのない人だった。

「あの、ここに大切な物を取り返してくれる人がいると聞いたんですが」

帽子を深々と被った少女は、そう言いながら上目遣いで俺を見つめている。

どうやら、雪を見つけた時から俺の運命の歯車は狂い始め、過酷な運命へ俺を誘おうとしているのかもしれない。

「とりあえず、話を聞いてからどうするかは決めさせてもらうよ」


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