氷のお城
ひだまり童話館企画「つるつるな話」参加作品です
森にすむ小人のピノは、新しい挑戦をしていました。
「よーし、ここまで来たらきっと大丈夫だ」
仲良しの小鳥の背中に乗り、森の北の方まで来るとそこにはもうだれも住んでいません。だからここなら心置きなく挑戦ができると思ったのです。
ピノは持ってきた大きな翼を両手に持つとそれを広げました。それから小鳥の背中に立ちあがり息をいっぱい吸って、そして空に飛び出しました。
「それっ!」
小鳥のように、両手に持った翼をパタパタと動かし、ピノはふわりと飛びました。
「ん~~~!」
だけど、ピノは小鳥ではありません。小人です。空を飛べるはずがありません。
ほんのちょっと風が吹いただけでバランスを崩してしまいました。
「あっ、ダメだ」
小鳥はすぐにピノを背中に乗せようとピノのそばまで助けに来ました。
「わあっ、あっ」
ピノは小鳥の背中に乗りましたが、今度は風が強く吹いて、小鳥ごと風にあおられてしまいました。そしてピノを乗せた小鳥は森の上からひゅるひゅると落ちていきました。
小鳥とピノが落ちたところは、なんだかとても明るいところでした。
「あれ、ここなんだろう?」
ピノは近くに倒れている小鳥のところへ行こうと立ち上がりましたが、あたりを見てびっくりしました。
そこはまるで、氷のお城のようだったからです。
「わあっ」
歩き出そうとしていたピノは、氷の床で滑って転びました。そのまま周囲を見渡してしばらくポカーンと口を開けてみていました。
その時です。冷たい声がキーンとピノの耳に響きました。
「誰なの!?」
女の子の声にも聞こえますが、氷の中で響いて何重にも聞こえてきます。ピノはびっくりして、小鳥のそばへ行くと、小鳥の羽に隠れるように顔を引っ込めました。
すると向こうから、女の子が歩いてきました。つるつるの氷の床でも転ばないで滑るようにやってきます。
「あなた、誰。勝手に私のお城へ入ってくるなんて、悪い人ね!?」
やってきたのは、小人のピノよりずっと大きな女の子でした。きれいだけど青白い顔をしていて、ピノのことをにらんでいます。
「僕、ピノって言うんです。あの、ごめんなさい。飛ぶ練習をしていたら、落っこちちゃったの」
「そんなことを言って、私のことをいじめに来たんでしょう」
「え、いじめたりしないよ」
「うそだわ。だって、このお城は誰も入ってこられないのよ。つまりね、あなたはここに入ってきたけど、出ることができないの、一生ね!」
女の子の冷たい言い方に、ピノは怖くてびくびくしてしまいました。
「ででで、出られない?」
「そうよ。だって、誰にも入ってきてほしくないんだもの。だから、出入り口がないのよ」
「出口がない? でも、僕入ってこれたのに」
「そうよ。あなたは悪い人だから悪い魔法を使って入ってきたんでしょう? でも、もう出て行かれないわよ。ほら、出口はないし、窓はあんなに高いところだもの。あなたはもうここから出られないのよ」
確かにこのお城は氷でできているので、壁だってつるつるしていて登れないでしょう。
「でもいいわ。あなたが私にいじわるしないなら、ここにおいてあげる」
女の子はピノと小鳥をむんずとつかみ、それから氷の机の上に置きました。
ピノは女の子のことがとても不思議でした。
だって、誰にも入ってきてほしくないってことは、誰とも話をしたくないはずです。だけど、ピノのことは嫌がっていないみたいです。
「ねえ、おいてくれてありがとう。あの、名前を聞いてもいい?」
「名前・・・?」
「僕はピノだよ。小鳥さんはチチって呼ばれてるんだ。君はなんで呼ばれてるの?」
ピノがもう一度名前を聞くと女の子はとても困った顔をしました。
「私は、誰にも呼ばれたことなんてないわ」
女の子はプイっと向こうを向いてしまいました。それでピノは気づきました。名前を聞いたら女の子が傷ついたのです。ピノは女の子が「いじわるをしないなら」と言ってたのを思い出しました。もしかすると今の質問は彼女にとって「いじわる」だったかもしれません。
「あ、じゃあ・・・ノノって呼んでも良い?」
「え、なんで?」
女の子はちょっと嫌そうなこわばった顔をしました。
「なんでって、可愛いかなって思って。僕のピノのノと同じ音だし」
「ピノのノと同じ? しかたないわね、あなたが呼びたいならそう呼んでも良いわよ」
女の子は真っ赤になって、ちょっと困ったような顔をしていましたが、それでもノノと呼ぶことを許してくれました。ピノはほっとして笑顔でお礼を言いました。
ノノはピノのことを興味深そうに眺めました。
「あなた、私のお城まで来て、いったい何をしていたの?」
「僕、飛ぶ練習をしていたんだ。空を飛んでみたくて」
「バカじゃないの? 小人は空を飛ぶことなんてできないわ。そう決まっているじゃない」
「う、うん。そうだよね」
ピノだってわかっているのです。だけど時々、やっぱり空を飛んでみたくなるのです。それで自分で翼を作ってみたのでした。
「ノノは? このお城は自分で作ったの?」
「そうよ。私は氷を作ることしかできないもの。あなたみたいに、できないことをしようとするんじゃなくて、自分にできることをしてるんだわ」
ノノは胸を張って答えました。
「うん、すごくきれいなお城だね。それに大きいし、キラキラしていてすごいよ・・・だけど、どうして出入り口を作らなかったの? 自分だって外に出られないじゃない」
ピノが聞くとノノはあっちを向いてしまいました。
「だって・・・私が氷を作ると、みんなが私のことをいじめるんだもの。氷は冷たいから嫌い。寒いのは嫌いって、文句ばっかり」
「そうかー、それは寂しかったね」
ノノは強気な顔をして答えましたが、本当はとても悲しかったんだと言うことがピノにはわかりました。
自分にできることを一生懸命したのに、嫌いだとか文句を言われたら誰だって悲しくなるでしょう。
「でもいいの。みんなが嫌いなら、もう氷は作らないから。だから出口なんていらないんだわ」
「そうかなあ。氷はとってもきれいなのに」
ピノがボソっと言うと、ノノは向こうへ行ってしまいました。
少しすると、ピノはすっかりお尻が冷たくなってしまいました。それに外は少し暮れかけているようです。
「ねえノノ。僕もう帰らなきゃ」
「えっ、帰るなんて、できないわ。あなたはずっとここにいなきゃダメよ!」
「でも、お家でお母さんが待ってるし、帰らないと心配する」
「ダメよ、ここにいなさい! 帰るっていったって出られないんだから」
ノノは威張って言いました。
「でも、君は誰にも会いたくなくて出入り口のないお城を作ったんでしょ? 僕がいたら迷惑なんじゃ」
「いいのよ、居ていいから」
ノノは誰にも会いたくないはずなのに、ピノが帰ってしまうのは寂しいのかもしれません。ピノは困ってしまいました。
「ねえ、じゃあ、ノノもお城を出ればいいじゃない。一緒に行こうよ」
「えっ、嫌よ。みんなに嫌いって言われるのは嫌」
その気持ちもよくわかります。でも、ピノだって帰らなければなりません。
「ねえ、じゃあ、明日もまた来るよ。そしたらその時、一緒にお城を出よう?」
「出れないわ、あなたも出られないし。私だって出られないのよ」
「なんで? ノノの作ったお城なんだから、ノノは出られるんじゃないの?」
「出られないわっ、出入り口はないもの。私だって出られないのよ!」
ノノが泣き出してしまったので、ピノはとても困りました。もしかするとノノは本当は外に出たいのかもしれません。だけど、外に行きたくない気持ちもきっと本当なのです。
ピノはノノのそばへ行き、その手に触りました。冷たい手でした。
「ねえノノ。明日またここへ戻ってくるから、そしたら一緒に外へ出よう。大丈夫、君の作る氷はとても美しいもの。自信をもって?」
「う、美しい・・・?」
「うん。本当だよ。こんなにきれいなお城が作れるんだもの。それで、良いじゃない」
ノノは泣き止んでピノを見ました。
ピノの温かい素朴な笑顔に、ノノの心の中の氷がとけるようでした。
ピノは立ち上がると小鳥に乗りました。
「じゃあ、明日必ず来るからね。ここから出る準備をしておいて」
「えっ!?」
ノノが驚いている間に、ピノを乗せた小鳥は飛び上がり、高い高いところにある窓から外へ出ました。
「ピノっ、ピノー!」
ノノはひとり置いて行かれたと思って、叫びました。
初めて心をひらいた友だちが行ってしまったから心配になったのです。しばらくの間、ノノはピノを呼んでいました。でもすぐに気づきました。
「ピノは絶対、明日も来てくれる。だから・・・外へ行く準備をしなくちゃ」
ノノは外へ行く決心ができました。小さなピノが背中を押してくれたのです。
ピノがノノの氷を美しいと言ってくれたのです。だから一度だけ、ピノを信じることにしました。
でも心配もありました。だって、この氷のお城には出入り口はありません。ピノは小さいから小鳥に乗って窓から出入りできるかもしれませんが、ノノは出られないのです。
誰にも会いたくないと心を閉ざして作ったこのお城は、ノノを外の声から守ってくれました。だけど、自分が外に出られなくなっていたのです。どうしたらノノは外へ出られるのでしょう。
明日ピノがやってきても、ノノは外へ出られないかもしれません。
心配を胸に、ノノは朝が来るのを待ちました。
次の日の朝、ノノはピノを待っていました。ピノは本当に戻ってくるでしょうか。きっときてくれるはずです。でも、戻ってこなかったら立ち直れないくらい悲しいことになるので、あんまり期待しないようにしようと考えたりしました。
「ノノー」
「あ、ピノ!」
お日様が十分にあったかくなる時間、ピノがノノを呼ぶ声が聞こえました。ノノは心が跳ねるような気がして、パッと高いところを見ました。そこからピノが小鳥に乗って入ってきました。
「おはよう、ノノ」
「ピノ、おはよう」
ピノはノノのところまで下りてくると、小鳥から降りました。そしてノノの手をピノの小さな両手で握りました。
「ノノ、今日は一緒に外に出よう」
「でも・・・どうやって?」
ピノは、ノノが「行きたくない」と言わなかったのでほっとしました。
「大丈夫。今日は僕の友達のヒノを連れてきたんだ。彼が氷を溶かしてくれるよ」
「ヒノって?」
「火の鳥なんだ。ヒノー!」
ピノが大きな声で叫ぶと、お城の外から「はい!」と聞きなれない声が聞こえました。それに氷のお城の外が妙に赤く見えます。
「あ、氷が」
それから少しすると、氷のお城に水が流れ始めました。それは氷のお城が少しずつ溶けているのだとわかりました。
「ヒノ、頑張って」
ノノの隣でピノが何やら応援しています。
そうこうしているうちに、氷のお城にはノノが通れるくらいの穴が開きました。
「出入り口だよっ、ほら、ノノ、行こう!」
「え、ええ」
外に出るのは少し怖いと思いましたが・・・ノノは、いったい誰が氷のお城を溶かしたのかを見たくて、自分の足でゆっくりと歩いていきました。
氷のお城の外には、真っ赤な火の鳥がいました。
ピノは外に躍り出ると、その火の鳥へと駆け寄り、首に抱き着いていました。
「ヒノ、ありがとう!」
「いいえ。お役に立ててよかったです」
落ち着いた声の主は、火の鳥のヒノのようです。
ノノとは正反対の、火を出すことしかできない鳥です。
ノノが顔を出すと、ヒノは頭を下げました。
「こんにちは、ノノさん。こんなに美しいお城を溶かすのは心苦しかったのですが、少し穴を開けさせてもらいました」
「美しい、お城?」
「はい・・・あの、美しい氷のお姫様にお目にかかれて光栄です」
ヒノの挨拶にノノはとても嬉しくなりました。
嫌われたらどうしよう、嫌なことを言われたらどうしよう、と思っていたのです。でも、今まで知らなかっただけで、お城の外にはこんなに心の優しい人もいたのだと知りました。
純粋な氷の姫と、純粋な火の鳥。
この世界は混じりけのない美しいものがまだまだあるのです。純粋だからこそ、心無い一言に傷つくこともあることをピノは知りました。
そんな純粋な存在をずっと大事にしていきたい、小人のピノは空を飛ぶよりも、そのほうがずっと素敵だと気づいたのでした。