4「家族」
お待たせしました。
久しぶりのセレナ視点です。
それから2年の時が流れて、私は9歳になった。背が急に伸びて、今やこの歳の平均身長を上回っている。
そして、父が無理なお願い(脅迫)でもしたのかおじさんが師匠となってくれることとなり、あれから二年間ほぼ毎日稽古をつけてもらっていた。
最近やっと、師匠が手加減をしている状態なら一本取れるようになった。でもまだ足りない。もっと鍛錬を積まなければ。
因みに王太子だとか言う例の婚約者とはまだ一度も会っていない。
互いの予定が合わないーーというのは建前で、実際は母が流したデマのせいで私の社交界での評判が悪いらしく、相手は婚約を破棄したがっているらしい。
それにしても、例の王太子。直接会って真偽を確かめてもいないのに、なぜ噂話を信じるのだろう。自分で確かめなければ、本当のことなどわからないのだ。驚くほど聡明だなんだと持て囃されているが、こんなことも理解できないなんて、ただの子供である。まあ実際子供なのだから仕方ないのだけれど。
そんなこんなで、私も別に婚約を白紙に戻したって構わないが、父と陛下が反対しているから、未だに相手もわからない人と婚約し続けている。
そういえば、以前森で助けた少年は、たまに練習場に来て一緒に訓練するようになった。正直なところまだ相手にはならないのだが、訓練もめげずにやるし真面目だから少しずつ腕を上げてきていると思う。
そして、やはり性格は天使ではなかった。
悲しい。見た目だけであった。詐欺に遭った気分だ。
「おねーね、きいてる?」
その声で思考の世界から引っ張り出される。
5歳になったシェリーは最近おままごとにハマっている。そして現在魔物役を任命されていて、ちょっと退屈だったので他に意識を飛ばしていたのだ。
「ごめんごめん。ねえシェリー、そろそろおままごと辞めない?お姉ちゃん疲れちゃった。」
「ううっ…」
私は眉を下げて少し涙目になる妹の顔に弱い。何より可愛い。美しい。天使。こっちは本物だ。
あまりに可愛くて抱きしめて、そのままくすぐるとキャッキャと笑いながら仕返しをしてきた。しばらく2人で笑い転げていたら、扉の向こうからうるさいわよ!と怒鳴られる。
最近、母の様子がおかしい。以前から私のことを虐げてはいたものの、シェリーのことは愛しているように見えた。しかし今ではシェリーにまでも強くあたっている。
それに父が出張などで家にいない日は、夜になっても家に帰らず朝帰りをすることも増えた。
父は最近仕事が忙しくなり、帰りが遅くなる日も増えてあまり私達に構ってくれなくなったものの、帰りが早い日にはたくさん可愛がってくれる。
このように、最近家族の形が変わってきていた。
「…ねぇシェリー、お母様にあんな態度とられて悲しくなったりしないの?」
母を怒らせないように声を顰めて聞いてみると、シェリーは首を傾げた。
「どうして?だって、わたしがわるい子なのがいけないんだもん。たしかに少しさびしいけど…でも母さまはきっと、わたしたちのこと愛してくれてるもの。」
うわ、中身まで天使だ…。背中に羽が見える。
妹は優しくて慈悲深い。あんな母親に少しも悪意を抱いていないのだ。こんな純粋な子はそうそういない。
そうだ、こんな優しくて真っ直ぐな子に、剣ほど似合うものはないだろう!
今までで何度目かの質問を投げかける。
「ねえシェリー?剣習わない?」
「習わない!」
即答だった。
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「まず基本のおさらいですが、我が国の名前はサラマニカ王国、私達が住んでいるここが王都です。そしてサラマニカ王国の王族はアンティローク家。現国王はジオン・アンティローク殿下、第一王子はジン・アンティローク殿下です。第一王子はセレナ様の婚約者様であるお方ですね。この2人は絶対に試験に出ると思うので覚えておいてください。」
「わかりました。」
机に広げられた地図を指でトントンしているのは私の家庭教師であるカナ先生だ。
日本人の名前に似ているが、容姿は全く似ていない。桃色フワフワヘアで、丸メガネの奥では明るいピンクの瞳が輝いている。極めつけはボンキュッボン。
自分の目線を下げてもなんの妨げもなく脚まで見える。
泣く。ほんと泣く。
「ーーーーというわけです。わかりましたか。ちょっとセレナ様、きちんと話を聞いておられますか?もう…じゃあ問題です。4代目の国王の御名前は?」
「サラスティード・アンティローク」
「…正解です。」
そんな見るからにつまらなそうな顔をしないでほしい。
小さい頃から本ばかり読んできたからか、授業で習う内容は知っていることばかりだ。数学は前世の世界より発展してないから簡単だし。
「カナ先生。サラマニカ学園の入学試験に魔法の実技試験もありますよね。練習しなくて大丈夫なのですか?」
「うーん、セレナ様は8歳の時に魔力測定をしたじゃないですか。それであんまり魔力が多くなかったので、まず筆記試験の方を完璧にしてから練習をしていこうという方針になったんですよ。それにセレナ様は剣術を嗜んでいらっしゃるとお聞きしましたので、実技で魔術と剣術の両方が課せられると言っても魔術の方は特にできなくても大丈夫なんです。」
「…そうですか。」
魔力測定の時に初めて自分のステータスという、水色の透明な板みたいなものを見ることができるのだが、基本自分にしか見えない。それを鑑定士さんの魔道具で一時的にみんなに見えるようにするのだ。その儀式が8歳に行われる。
最初に自分のステータスをぱっと見た時になんとなく、これは数値がおかしいことになっている、と思った。
因みに参考としていっておくが、成人した人達の平均魔力数(MP)は大体2000で、その中でも5000から7000の魔力を持っている人は魔法使い、10000ほどが賢者、50000ほどで大賢者という称号を女神から与えられる可能性が高い。
また、受けている加護の種類や魔法適性などでも貰える称号が変わってくる。
平民の間では特に顕著であるが、社会的地位もほぼ加護と称号で決まってくる。まぁ、貴族社会の中では家の地位が重要になってくるが。
それでは件のステータスを見てもらおう。
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セレナ・クラシス 9歳
種族:人間
性別:女
職業:?
MP :78500 /78500
称号:?
魔法適性
火属性 練度Lv 72
風属性 練度Lv 68
土属性 練度Lv 69
水魔法 練度Lv 75
雷属性 練度Lv 76
光属性 練度Lv 72
闇属性 練度Lv 55
無属性 練度Lv 81
耐性
苦痛耐性Lv 9/10
毒耐性 Lv 8/10
逆境耐性Lv 9/10
ー加護ー
風の大精霊ミーナの加護
土の大精霊タンクの加護
水の大精霊ナナの加護
火の大精霊ファントの加護
雷の大精霊パークの加護
光の大精霊ラナの加護
闇の大精霊ダナの加護
精霊王の加護
武神の加護
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どうだね。みるからにヤバそうだろう。…あんまり伝わらないかもしれないけど。
この世界には女神様とか神様がいる。らしい。私は前世が無宗教者だったのもあり信仰心が薄いが、目に見える神の恩恵とやらがあるからだ。称号もその一つ。
10歳になると教会で儀式を受けて、神様から称号を与えられる。それが学園での分野わけや将来の就職先に影響してくるのだ。
まぁ細かい説明は面倒だから省こう。しつこいかもしれんが、やはりこのステータスは異常なのである。なんでこの子供の時点で大賢者より魔力量が多いのか。それに加護も適性とありすぎる。普通二つあれば優秀なのに。
これこそ、神のみぞ知るってか…?
このままでは魔塔か、光属性の適性があるため教会に連行されてしまいそうだった。普通に家族と暮らしていたい私にとって、このステータスは非常に都合が悪かったのである。前にどこかの本で読んだステータス隠蔽魔法を即かけて、成人の平均値の半分ほどに調整した。まだ子供だから、こんなくらいだろうと思ったのだ。加護は武神の加護というやつを一つだけ残して全部隠した。
よって無事に、武神の加護が付いていること以外は普通と認定されたのだ。誤算だったのは、子供でも魔力が1500くらいはあるということだった。当時はまあいいかと軽く考えていたけれど、今になって魔法を習うことを阻害する原因になるとは…。ちょっと後悔、いやだいぶ後悔。
「けれどもセレナ様は優秀ですので、急いでカリキュラムを終わらせて来月には魔法の練習に入れるように調整しましょうか?」
「ありがとうございます。」
融通がきく先生でよかった。
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午前の勉強が終わり、昼食を挟んだら師匠による剣の指導を受ける。その後夕食まで一時がほど自由時間がある。
こっそり屋敷を抜け出し練習場に行くと、少年が剣を振るっていた。
「珍しいな。今日は遅くまで居られるのか?」
「ああ。」
少年は普段はあまりこの時間帯にはいない。15時くらいで帰らないと親が心配するんだとか。箱入り娘ならぬ箱入り息子か。
結局お互い名前は教えないまま、私は彼をお前とか君とか少年とか、気分で呼びわけていた。家名とかが分かってしまうとなんとなく壁が出来るような気がして、自然と避けていた。向こうも同じなのだろう。
持ってきた魔導書を開くと、少年が汗を拭きながら隣に座った。
「今日は雷属性の魔法の練習をしようと思ってるんだけど、一緒にやるか?」
「俺には火、水、風の属性しかないからね。君みたいに沢山の属性が使えたらいいんだけど。まぁ、本を見ただけで発動できるという異様な練習風景を見るだけでも楽しいから今日は見学だけさせてもらうよ。」
「そう。じゃあ明日は火属性の魔導書持ってくるよ。」
授業で魔法の勉強はまだしないが、学園に入るまでにある程度全属性を使えるようになりたいと思って練習を始めた。
今は上級魔法まで使える。でも入試では属性関係なしに魔力があれば誰でも使える、生活魔法が使えたら充分いい成績が取れる。低級魔法でも使えたら、合格者の中でも割と上の方に入るだろう。
この少年は火属性の魔法だったら上級が使える。多分学園に入ったら余裕でトップクラスに入るだろう。能力的に私は規格外だと言えるかもしれないが、少年も他から見れば規格外の内なのである。
因みに話していてわかったのだが、少年とは同い年らしい。きっと10歳になれば私と同じようにサラマニカ学園に行くはずだ。明らかに貴族のお坊ちゃんだし。
つまり、長らくお互い隠してきたというのに、学園で会ってしまえば名前も家柄も全て明らかになるということだ。
貴族社会では家格で上下関係が決まってくるから、学園がたとえ平等性を掲げていても、これまで通りの接し方ではいられなくなるのだ。
気軽に接しられなくなるのだろうか。
急に胸が苦しくなって少年の方を見ると、ふと目があった。
ああ、同じことを考えていたらいいのに。
この関係が変わってしまったらどうしよう。
少年は私をたった一人の親友だと言ってくれた。
彼の親友でいられるのはいつまでだろう。
「大丈夫。君とはずっと一緒さ。」
少年が立ち上がってくるりとこちらを振り向いた。夕日が、少年の髪をより一層金色に染め上げる。
綻ぶ口元。輝く緑色の瞳。
まるで何か魔法にかかったかのように、異常に美しく見えた。
「なに、格好つけてんだよ。」
背中をバシッと叩くと少年が少しよろめく。
そして大声で笑い始めた。なんだか私も笑いたくなって、声を上げて笑う。少し驚いた顔をしていたけど、すぐにまた笑い始めた。
夕日が辺りを優しく包み込んでいた。
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