2「騎士団長」
しばらく忙しいので投稿しないと思います。
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次の日、サラに後押しされて勇気付けられた私は、さっそく父の書斎に向かった。
「お父様、少し頼みたいことがあるのですがお時間よろしいでしょうか。」
「おや、セレナからの頼み事など珍しいな。なんだい、言ってごらん。」
「剣を習いたいのです。」
「剣…だと!?公爵家の令嬢が剣を習うだと!?」
「いや、出過ぎたことを言いました、申し訳ありませーー」
「やはり血は受け継がれるのだな。シエナは素晴らしい騎士だったんだよ。さすがシエナの子だなあ、素晴らしい!是非とも最高の師匠をつけたいな…そうだ、この期に彼を田舎から引っ張り出すか…よし、お父さん張り切っちゃうぞ。」
「……え?」
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断られると思っていたのにノリノリな父上により、最高の師匠とやらを父上自ら1ヶ月かけて説得してくれた。そして対面する日取りが決まり、今に至る。
「それで、お前が剣を習いたいだとか言う小娘か。あいつがしつこいから来てはみたが…。」
裏庭で師匠(予定)が来るのを待っていたら、目の前に筋骨隆々のコワモテなおじさんがやってきた。歩くときに少し左に重心が寄っている。けがでもしたのかな。少し心配したが、初対面から無遠慮に探るような目でジロジロと見てくるからやめにした。
「なんの気の迷いが知らないが、生半可な気持ちで剣は握らせない。戦場では弱いものから死ぬんだ。…大体はな。実力を測るために今から少し手合わせをしよう。私が不合格とみなしたらお前の師匠などやらない。他に当たるようあいつに言うといい。」
そう言いながら私に試験用の剣を投げ渡してきた。彼曰く、私が持ってきた剣に小細工などしてあったら困るから、だそうだ。
くだらん。ケッ。50歳後半くらいのおじさんが7歳の女児に対して木剣を使わないところから随分大人気がないというか配慮が足りないというか…まあ、取り敢えず気にしないことにした。
ゆっくりと剣を握る。いつものより軽いために慣れない重さに顔をしかめた。こんなに軽い剣を渡すなんて、此方がハンデをやっているようなものだ。
…いや、もしかしてこれはおじさんなりの7歳児への配慮なのかもしれない。本物の剣だけど、一応軽いよ、みたいな。私が大人用の剣を使ってただけで、普通の子供達は軽い剣で鍛錬を積むのかな。すると何を思ったかおじさんがニヤニヤと笑って口を開いた。
「ふん、それくらいの鉄剣でも公爵家のお嬢様にとっては重いだろう?持ちあげられたことだけでも褒めてやろう。まあ、それもいつまで続くかわからぬがな。」
は?逆だがこの× × ×
コホン、失礼。とても軽いですよ。軽すぎて振り回しやすいからつい貴方に突き刺してしまいそうですわ。
「先手はお前に譲ってやろう。」
剣を緩く構える姿は随分油断しているように見えたが、空気が変わったのを感じた。どう攻めよう。対人戦は初めてだからな。
剣を構えながら少しでも効果的な手を探す。
そういえばさっきから右足を庇っているように見えたから、取り敢えずそこを狙うか。卑怯かな。まあ相手は大人だし許してくれるよね。
地面を蹴って剣を振ると、キンッと高い音が鳴って剣が交差する。
「ほう、なかなかやるじゃないか。」
余裕で防がれた。剣の勢いを使って起動を逸らして再び斬りかかる。
斬っては防がれ斬っては防がれを繰り返す。
少しずつ速度を上げてみるがやはり隙が出ない。ならば最大限まで上げてみるか。
全力の5割ほどで抑えていた剣の速度を一気に上げる。するとジジイが一瞬たじろぎ、右脚を踏ん張ろうとしたが、やはり痛めていたらしい。後ろに下がった足の踏み込みが弱い。
やっぱり右脚を崩せばいけるかな。
全速力で斬りかかり、交わる剣からキィーンと甲高い音が響く。
(…まあそりゃ防ぐか。)
今のは結構いい手だと思ったんだけど。多分これ以上やっても勝てないだろうと思いゆっくりと剣を下ろすと、彼を尊敬の念から、心の中での呼び方をジジイからおじさんに戻してあげた。
「手合わせをしていただきありがとうございました、やはり父上が選んだ人ですね。一本も取れませんでした。」
ふぅ、と息を整える。おそらくこんなんでは合格は難しいだろう。私は少し息が乱れているが、全く息の乱れのないように見えるおじさんに体力の差を身に染みて感じた。
鍛錬不足だ。まだまだ足りない。おじさんには防がれてばかりで攻撃してもらえなかった。ということは、攻撃すらする価値なしと判断されたのだ。自分が未熟なせいだとはいえ、おじさんの剣技を見れなかったのは残念だ。せっかくの機会だったのに。
「対人戦は初めてだったので、いい経験になりました。今日はわざわざありがとうございました。いつか貴方に認めて頂けるようにこれからも精進します。」
再び一礼し、剣を返すと午後にでも今日見たおじさんの剣の動かし方を真似して相手の剣の防ぎ方を練習しようと思い、動きを頭の中で反芻しながら部屋に戻った。
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部屋にはサラがお風呂の用意をして待っていてくれた。
「お嬢様どうでしたか?あいつに一泡吹かせてやりました?」
ワクワクと目を輝かせながら聞いてくるサラをみて自分の力不足になんだか申し訳なくなってくる。
「いや、ダメだった。全く敵わなかったよ。」
「そうですか…。でも落ち込まないでください。あの人、ああ見えても一応この国の騎士団長ですからね。今はくたびれた老人みたいになってますけど。でもお嬢様くらいの実力があったら合格にするだろうと思っていたんですけど。おかしいな…もしやあいつ、見る目ないわね。」
一応ってどうゆうことだ?それにおじさんをあいつとか呼んでいる。知り合いなのだろうか。というか本当にいつから私の練習を見てたんだ。疑問がありすぎて困る。
サラは私の質問を全てスルーし、おじさんに全く敵わなかったことで少し黙りがちな私を引っ張って風呂に入れた。
湯に浸かるとため息が出た。少し今日の疲れが出てきたらしい。
「騎士団長か…。」
強かった。この間領内にある、サンタンの森の主人とも呼ばれる魔物に勝つことができたから、ある程度の力が付いているのではないかと過信していたようだ。
自分の剣の腕なんてまだまだと思い知らされる。見よう見まねだから大まかな形はできても細かいところまではできないのだ。
それにしても悔しい。案外自分は負けず嫌いだったようだ。あのおじさん…師匠と呼ばせていただこう。早速明日父上に師匠以外の先生をみつけていただけるようにお願いしようと思う。そしていつか、師匠に認めてもらえるように頑張ろう。
風呂から出ると、いつも剣の練習をするときに着ている動きやすい裾が広がるワンピースを着て昼食を食べに下に降りた。
昼食は大体みんなバラバラに食べる。一緒に食べるのは夕食だけだ。
たまに家族の誰かがいたりするが今日はいないようだった。
父は最近仕事が忙しいとか言ってたし、シェリーと義母は今日、公爵家のうちの1つであるサリタール家で奥様方のお茶会に行っている。可愛い可愛いシェリーのお披露目会らしい。
私は人混みが苦手なので全然構わないが、母が来るなと言ってくるのでそもそも行けないのだ。だから今までお茶会の出席数はゼロなのである。
確かもう1つの公爵家であるランカー家には私と同い年の子供がいるらしい。10歳になってサラマニカ学園に入るまでに友達の1人や2人必要かもしれないし、せめて一回くらいはお茶会に出席したいけど…母がいる限り無理そうだな。
軽くスープとパンを食べると倉庫に行っていつも使っている剣を持って裏庭に出た。庭の柵を跳び越えてサンタン森へ向かう。家から森までは30分ほどなのでいつも体力づくりのために走っている。
森に着いていつもの道を通っていくと、倒れた木に腰掛け、鳥たちに囲まれた美しい女性と出会う。鈴のなるような、何とも人を魅了する声で歌っていたので聞き惚れていたら向こうがこちらに気付いた。
「あら、セレナじゃない。今日も来たのね。」
「うん。ミーナは本当に歌が上手いね。大陸1の歌姫になれるよ。」
私の褒め言葉に対してコロコロと鈴を転がすように笑っているのは、8体いる大精霊のうちの1体、風の大精霊のミーナだ。身体は半透明で、柔らかい新芽を思い起こさせる若草色の髪は、いつも風に吹かれてたなびいている。
「あらまぁ。私が歌ったって他の精霊達と貴女くらいしか聞こえないじゃない。」
ひょいと浮き上がったミーナと、いつも練習場として使っている森の開けた場所まで一緒に行くことにした。最近森で起きたことを話してもらいながら歩いていると、少し向こうで男の子の声が聞こえた。
「ミーナ。あの声は聞いたことないんだけど、誰か森に招いている客でもいるのか?」
「いや、あの子はさっき森に迷い込んできた子よ。でもどうすることもできないし、放っておいてるの。」
この森は魔物が多い。私には襲ってこないが他の人は別だ。さっき叫んでるように聞こえたし、黙って見過ごして死んだりしたら、目覚めがよくない。
「ちょっと行ってくる。」
声が聞こえた方に駆け出すとミーナが
「よくそんな面倒くさいことやるわね。相変わらずお人好しなんだから。」
とか言いながらついてきた。別に面倒くさいならついてこなくていいんだが。
声はいつもの練習場のところから聞こえてきたので、そちらへと走る。練習場は森が開けたところにあるので、周りを囲む木からこっそりと内側を覗く。やはり声の通り子供だった。というか幼児?思ったより幼い。
金色のサラサラした髪に水色の目をした、天使ですよと言われても納得しそうな容姿をした男の子がしゃがみこんでいた。服には枝や葉がたくさんついていて肩で息をしているので、おそらく魔物から逃げてきたのだろうと推測できる。
すると後ろからツンツンされ、
「ほら、早く行ってあげなさいよ。」
と言われた。本当に助けが必要なら行くけどそうでもないなら行くつもりはない。このまま何もなければ何もしないつもりだ。すると近くで鳴き声が聞こえてブラックウルフ飛び出してきた。天使が震え上がっている。多分こいつが天使を追いかけ回してた犯人だ。
木を避けながら天使のところに向かう。ブラックウルフは私を見つけた途端、尻尾を足の間に挟んで一目散に走り去って行った。ふん、意気地なしが。弱いものいじめしやがって。
「おい、大丈夫か?」
涙でベタベタの顔をした天使にハンカチを渡してあげる。でもなかなか受け取ろうとしない。なぜだ。早く受け取ってもらって何処かに行ってもらわないとここで練習が出来ないではないか。天使は受け取らないばかりか涙を袖で拭きながら眉をひそめてこちらを睨んできた。
「お前は誰だ?」
質問を質問で返すとは。見たところいいところの坊ちゃんってところだ。この状況でもちゃんと人を警戒している。まぁ、いいことではあるが私としては早く何処かに行って欲しい。
「私はここでよく鍛錬を積んでいる者だ。君はどこからきた。ここから帰る道は知っているか?」
「知るわけないだろ。」
天使が唇を尖らせながら言った。この年頃は人に頼りたくない時期なのだろうか。
「仕方がない、案内してやる。場所を教えてくれ。」
「…サリタール家の庭だ。」
あれ?そこって今日お茶会を開いてる場所ではないだろうか。遊んでたら迷ったってところか。
「ん。付いて来い。」
天使は訝しげな顔をしながら立ち上がった。こいつ顔は天使でも中身はそうでもなさそうだ。呼び名を天使から少年に変更しよう。
あ、そーいえば忘れてた。
「ミーナ、お前もくるか?」
「ねえ、絶対今私のこと忘れてたでしょ。」
目を細めてこちらを睨んでくる。
いきなり砂の音がして何事かと後ろを振り返ると少年が尻餅をついて何かにビビっていた。
「?」
視線を追ってもミーナ以外誰もいない。なんだこいつ。
「ふふふ、私レベルの精霊に睨まれたら本当はセレナもこうなるはずなのよ?ちょっと貴女がおかしいだけよ。普通の人はああやって、威圧を感じるのよ。」
「威圧…?ふうん。まぁいいけど、来るか?」
「いいえ、今日はこの後用事があるから遠慮しとくわ。」
「わかった。」
少年を引っ張り起こしてサリタール家の近くまでしばらく歩いていると、奥の方から子供たちの声が聞こえた。もういいだろう。
「庭まではここから真っ直ぐ行って左に曲がると着く。」
何故か顔を背けている少年に声をかける。
「ありがとう。」
なんか少年の顔が赤い気がする。森の中とはいえ夏だから暑いのだろうか。
「ん、暑いならこれやるよ。」
さっきのハンカチを近くの小川で濡らして投げ渡す。熱中症になられても困るしな。
はぁ、やっとこれで練習できる。早く戻ろう。 近くにいたウルフを適当に呼んで飛び乗ると、最大スピードで走ってもらった。
そういえば、あの子の名前を聞くのを忘れてた。…こっちも何故か誤魔化しちゃったけど。まぁいい。同じ学園に通うのだろうからいずれ会うだろう。
よし、ひと頑張りするか。
泥団子合戦をしていた土の精霊に頼んで小さな砂の塊をみんなに投げてもらい、それを剣で弾く練習を日が暮れるまで繰り返した。