14「出会い」
最近、昼は暑いのに夜は冷えます。外出時に上着を持っていくのを忘れると、夜には痛い目を見ますね…。皆さん風邪をひかないように気をつけてお過ごしください。
どうにかその場は落ち着き、アリアナさんは受付に戻っていった。取り敢えず疑いが晴れた私に、冒険者ギルドの制度や決まり、利用方法などを説明しながらミリさんがライセンスを発行してくれる。
無事ライセンスを手に入れたセレナは薄いプレート上に記された文面ににんまりと満足げに笑った。
文字は銀色で、名はセナと綴られている。属性は火と土。ランクの表示だけ左上に、字体の違う太い字でEと記されていた。
なんとも無難で、素晴らしいステータスだ。
「ーー初任務だけはパーティーを組んでもらわないといけませんが、それ以降はソロでの活動をするもよし、パーティーに入るもよしです。春は新しく冒険者になる方が増える時期なのでパーティー募集のチラシがたくさん出ていると思いますよ。どれも加入試験を設けているはずなので、その試験に応募するならそれも初任務としてカウントできます。」
「それはどうやって応募するんだ?」
「依頼を受ける時とパーティー募集の応募とでは方法が違います。まず、依頼を受けるときですが、大人数募集の依頼でない限りは貼ってある依頼用紙を剥がして受付まで持って来ていただければ大丈夫です。大人数募集の場合は緊急性の高いものが多いので、掲示板の1番目立つところに大きめの紙に依頼が出されます。そのような場合は受付にきて、そこで依頼内容を伝えていただければこちらも把握しておりますのでその都度対応いたします。続いてパーティー募集の方ですね…。」
そこでミリさんは一度部屋を出て、何かを手に持って戻ってきた。
「こちらの申請用の紙のとおりに、入りたいパーティー名とリーダーの名前、ご自身の名前と戦闘方法などを記入してください。ではこちら、一枚差し上げます。」
「ありがとう。」
受け取った用紙をポケットに入れておく。
「それでは続けますね。基本は自分のランクまでの依頼しか受注できませんが、それ以上の依頼を受けたい場合は上のランクのパーティーに参加すると受けることもできます。
また、一定数の依頼を達成するか、魔物を規定数討伐するとランクを上げることができます。一部の例ではありますが、大きな功績を残すとランクを上げてもらえる場合もありましたね…ではこれで説明は終わります。他にもわからないことがありましたら、お気軽にフロントへお声掛けください。」
もう一度礼を言うと、部屋から出て店側に戻る。まだまだ昼時で混んでいる中、人混みをかき分けて依頼が壁一面に貼ってある場所に移動した。
「最初の任務はパーティー組まないとなんて、面倒だなあ。」
「まあ、一回だけだしこれも経験だろ。あ、あっちにパーティー募集のチラシが貼ってあるぞ。」
小脇に抱えていたジラが、前足で左のボードを指した。そこには30枚ほどのチラシが貼ってあり、どれも冒険者になったばかりのルーキーを狙って募集している。チラシの前にはまだ装備も真新しく、これからの未来に瞳を輝かす若者たちが群がっていた。
大体どのチラシにも、加入試験としてDランクの依頼を共に受けること、と書かれている。そこでの動きや判断能力などを見て加入させるか考えるようだ。
どうせ一度だけの関わりなので特に考えて決める必要はないだろうが、倍率が高い方が弾かれる数も多いからその中に混じって抜ければ悪目立ちもしないな。取り敢えず人気があって合格人数が少ないところを探そう。
まあ、その前に邪魔が入りそうなんだけど。
先程からこちらを伺い見ていた若い男が、人をかき分けて私の肩を叩いた。
「やあ、こんにちはお兄さん。パーティー決めに悩んでるなら、僕のパーティーに入らない?」
「すまない、私はパーティーで活動するつもりはないんだ。でも初任務はパーティーを組まないとーーー」
「え、嘘でしょ!お兄さんEランクなの!?」
「はぁ!!??」
男が驚いて声を張り上げると、向こうの机でこちらを伺っていた女性が怒声を響かせた。
どうしよう、この人達のせいで周辺の視線を集めてしまっている。
「あ、すまんすまん、気にするな!」
注目が集まっているのに気づいた男が周りにそう声をかけると、段々と視線が外れていく。
「ごめんね、ちょっとこっちきてくれない?」
有無を言わせず腕を引っ張っていく男に仕方なくついていくと、先程声を上げた女性がいる机まで連れてこられた。その机には女性が2人と男性1人が腰掛けている。
その中で先程の女性が明らかに不機嫌そうに、私の手を引きやって来た若い男を睨んだ。
「あんた、Eランク誘うなんて目が腐ってるんじゃない?」
「そんな!酷いぞ、お前も賛成してたじゃないか!」
「まあまあ、落ち着いてよ2人とも。お兄さん?突然連れてきちゃってごめんね。ボク達新しいパーティーメンバー探してて、君がすっごく強そうだからつい誘っちゃったんだ。」
2人の間に割って入るように、フードを被った小さな女の子が無邪気に話し出す。
「ボク達、今度指名されてある任務に出向かなきゃいけないんだけど、優秀な冒険者を最低でも10人は集めろって言うんだ。仲がいい他のA級の冒険者も誘ったんだけど、ボク達あまり友達多くないから人数足りなくて…。新人の中に強そうなのいないかなあって2週間前くらいからここに居座って品定めしてたんだよ。君がEランクだとしてもランクが実力に直結するわけじゃないから、ボクは君が入ってくれたらすごく嬉しいんだけど…どうかな?ボクは魔法使うの苦手だから魔力見るのあんまり得意じゃないんどけど、取り敢えずあの中だったら君が1番なのはボクでも分かるから。」
それを横に座って聞いていた男性の1人が腕を組みながら深く頷いた。
「ターニャに同意する。彼が良いならメンバーに入ってほしい。」
「うわあ、ガズが一単語以上喋ってる!俺がお前の槍をバキバキにしたとき以来だ!」
手を引っ張ってきた男がそう言うと、ガズと呼ばれた熊のような男がジロリと彼を睨んだ。
慣れたものなのか、男は「あー、怖い怖い。」とヘラヘラ笑いながら言って、私に向き直った。
「自己紹介がまだだったよね。俺の名前はヴィルブレード。ヴィルって呼んでね。このちっこいのはターニャで、あの大熊はガズ。そんでこの騒がしいのがカミラだよ。」
「な、騒がしいのってなんだ!失礼だぞ!」
「そういうところだよ!少しは黙っとけ!」
お互い様では…。
「で、君はなんて名前なの?」
呆れたように2人を見やると、諦めたようにターニャと呼ばれた女の子が声をかけてきた。
「セナだ。よろしく。」
互いに握手を交わすと、早速本題に入る。
「EランクがA級が任されるような任務に同行できるのか?あまりにも差が開きすぎていると思うが。」
「行けるんじゃないかな?今回はなんといっても特例なんだし、この依頼は明確にランク分けされてないんだ。優秀な冒険者って枠に当てはまるならたとえそれがEランクでも大丈夫だよ。それに、そこのわんこちゃんも同行可能だよ。」
隠すようにローブで覆っていたジラが早速発見された。それもわんこちゃん呼ばわりだ。プライド高めのジラは予想通り不機嫌そうにグルグルと唸っている。
「従獣登録はした?」
「ああ、冒険者登録した時についでにミリさんがやってくれた。」
「じゃあセナ君はそのわんこちゃんと一緒に戦うの?」
「いや…。」
チラリとジラに視線を向けると、一緒に戦うなど真っ平ごめんだと言う顔で頭をフリフリした。
「…戦うときは別行動だ。」
「え、それ大丈夫?目の届く範囲にいないと危なくないかな。」
「大丈夫だ。意思疎通はできるし、勝手に他の人を噛むなど有り得ないから心配はするな。それにほっといても死ぬことはないし。」
「へぇ、従順な上に割と強いんだね。」
従順ではないな。酷いいわれように、ジラが怒りでプルプルと震えている。急いで話を逸らさないとだ。
「それで、依頼ってどんな内容なんだ?」
「あー、そうだなあ。極秘だから、こんなとこで話すことじゃないんだ。みんなついておいで。」
スクッと立ち上がったターニャはトコトコと受付まで行って小声でミリさんと話すと、満足する回答が得られたらしいターニャが手招きをした。
「部屋貸してもらえるから、こっちきて。」
先導するターニャについていくと、先程ミリさんに通された部屋にたどり着いた。どうやらここはミーティングルームみたいな役割もあるらしい。
最後に入ってきたガズが後ろ手にガチャリとドアを閉めると、ターニャに頼まれたカミラが防音用の障壁を部屋全体にはった。
「で、依頼の内容なんだけど…実はナタリーさんからのご指名なんだよね。S級冒険者のナタリーさんって知ってる?」
「ああ、有名だからな。」
ここでナタリーさんの名前が出るとは思っていなかったから少し驚いたが、知り合いなのはバレないほうがいいだろうと無難に返す。
「彼女がサンタン森のある区域の魔物の駆除を依頼してきたの。そして、出来ればその区域には魔物を入れないようにって…。あ、魔物の侵入防止の結界をはる魔道具はナタリーさんが用意してくれるらしくて、それを張った結界内の魔物をなるべく全て倒してほしいみたい。」
「サンタン森って…サラマニカ王国の領土内だよな。あそこって戦争中じゃなかったか?」
「そうなんだよ。ナタリーさんが大量に冒険者を集めてるらしいから、多分それも戦争関連だと思う。恐らくナタリーさんは前国王側の勢力に加勢するつもりじゃないかなってボク達は考えてる。つまりこの依頼を受けるってことは前国王側の手助けをすることになるんだ。」
「そんな重要な依頼の内容を、パーティーに入るかもわからない人間に話してもいいものなのか?」
「あ、それは大丈夫だよ。断るつもりならセナ君の記憶を消して、ヴィルが話しかける前に戻すだけだから。」
おお、割と力技だった。
「どう?私たちのパーティーに入って依頼を受けてくれないかな?」
この依頼を受ければ、ナタリーさんに会えるかもしれないし、ナタリーさんを通して陛下にお会いすることができるかもしれない。初任務をこなしたら彼の居場所を探すつもりだったから、この任務を受けるだけで二つとも解決するな。
「ナタリーさんに会うことはできるのか?」
「ふふん、なーるほど。もしかして君はナタリーさんの熱烈なファンだな!」
…そう言うことにしておくか。
「ああ、昔から憧れててな。彼女に会えるのなら任務を受けよう。でも、その依頼を達成したらこのパーティーからは抜けるつもりだ。それでもいいか?」
「勿論構わないよ!じゃあ、これからよろしくねセナ君。」
「じゃあ、ナタリーさんに会わせる件はあたしが引き受けよう。」
1番仲良いからね、とカミラがパチリとウインクをした。
その後、ミリさんから貰っていた申請用紙にパーティー名、リーダーのターニャ(1番小さいが1番しっかりしてて1番おっかないらしい)の名を記入し、その他諸々を書き終わると受付に出しに行った。
「わあ、セナ様が只者ではないっていうのは本当なんですね。まさかルビーファングのパーティーに誘われるなんて、凄いことです!」
「はは、ありがとう。」
申請は問題なく受理され、実感はないがターニャ達のパーティーの臨時新メンバーとなった。
「じゃあ今日はセナ君の歓迎パーティーだね!会計はボクが持つけど、みんなボクの財布に気を遣ってーー」
「よしみんな!今日はターニャの奢りだ!死ぬ気で飲めー!!!」
うおぉぉぉぉ!!!!!!
ヴィルの大声を聞き、ギルド内が歓声に包まれた。
ターニャは、奢るのはパーティー内だけのつもりだったのに…と苦笑いしたが、今更訂正できる空気でもない。
「仕方ないなぁ。今日はボクの奢りだ!みんなボクの財布に気を遣って節度を保ってーーって、誰も聞いてないんだけど!」
みんな、ボクの奢りだ!あたりから我先にと酒を注文していて、既にわいわいと酒を注いでいる席もある。
ガズは会計の値段を考えて項垂れるターニャの頭をぽんぽんと叩くと、酒を両腕に抱えたヴィルとカミラに呼ばれて席を離れていった。
「みんなぁぁ!セナ君の歓迎パーティーにご参加くださいましてありがとう!じゃあ早速、期待の新人、セナ君に乾杯!」
「「「かんぱーーーい!」」」
みんなそれぞれ飲んで大はしゃぎしている中、遠い目をしているターニャの横で、ジラと小声で喋りながら昼ごはん用のパンを食べ、その後はちょくちょく串焼きやステーキを頼んでジラと分けあっていた。そこに、千鳥足のカミラが両手に瓶酒を持って席までやってきた。
「2人ともぉー!じぇーんじぇん飲んでないじゃんかー!ほら、飲め飲めー!」
すっかり出来上がってるカミラがおもむろにカップに酒を注ぎ(溢れてる)、ターニャと私に押し付ける。ターニャはそれを睨みつけながらも憂さ晴らしのようにそれを一気に飲み干した。
…え、貴女未成年じゃなかったの?
「仕方がない、今日はボクも飲むぞ!」
「そうこなくっちゃぁ!」
私の分まで注いだことも忘れ、カミラがターニャを肩車して席を離れていった。
残った酒入りのカップを揺らしながら17の誕生日が1週間後に迫っていることに気づく。
これは…セーフなのか?
良心と葛藤しながらも最終的には隣の席の男にカップを渡し、ジラを小脇にキルドを出た。
もう空も暗くなりかけていて、暖かい風は通りを抜けながら戯れるようにローブの裾に触れて、何処か遠いところへ流れていく。
名前や家族のしがらみも何もかも捨てて、優しい人に囲まれたこの世界で生きていけたらいいのに、なんて。母国を離れてからそんなことばかり考えている。どうやら思っていたより私は罪深く、欲深い人間だったようだ。
忘れたい記憶も全て残る残酷なほど優秀なこの脳も、思い出と共に壊してしまえたらどれほどか。
いや、私は忘れてはいけないのだ。己の罪をこの身に刻みつけて一生背負って生きていくことは、私のできる罪滅ぼしのたった一つに過ぎない。今、母国に戻ろうとしているのも、父を含めた外交官達や騎士の2人、姉のように愛を込めて接してくれたサラや、剣を教えてくれた師匠など、世話になった多くの人たちのためだ。
宿に入り、部屋を一部屋取る。なんの連絡もせずにギルドを出てしまったが…明日の朝早くにギルドに行って、皆と合流すればいいか。
楽な服に着替えてベッドに横たわるが眠気はやって来ず、寝息をたてるジラの隣で空が明るくなるまで物思いに耽った。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
ブックマークや評価ポイント、励みになっております。
ちなみにセレナは顔を隠すために黒い布で口元を覆っているので、そとからはちらりと目が見えるくらいです。他のメンツはセレナの睫毛の色がフードの陰のせいで黒っぽく見えているので黒髪だと思っていますが、セレナと大きく身長差のあるターニャだけは、じっくり下から見れるお陰でなんとなく白っぽいなと思ってます。




