13「国王の苦悩」
お久しぶりです。
「失礼致します。陛下、フクロウが手紙を。どうやら監視を逃れてここまで来たようです。」
入室の許可を出すとガチャリと扉が開かれ、子供の頃から世話になっている顔馴染みの執事が入ってきた。その左手には手紙らしきものが握られている。
「フクロウだと?ではあの家か。」
「ええ、サンタル家でございます。」
「はぁ…ご苦労。」
受け取った手紙に目を通すと、大まかに言えばこちら側につくという内容が綴られていた。
「彼等はずっと中立を主張していたではないか。」
「そうなのですが、どうやらサンタル家のご令嬢がセレナ様と友人関係だったようで…。」
「今更、それも私ではなくセレナ嬢へ義理か…。まあ、信用はできんな。どんな時でも中立を主張していた慎重な家だ。急にこちら側につくとは…大方他の理由があるに違いない。警戒を怠るな。」
「畏まりました。」
ガチャリと扉が閉まる音が聞こえると、彼は視線を窓に移した。その瞳にはどこまでも続く青々とした森が映っている。
もう夏だと言うのに少しばかり肌寒いこの国は、サラマニカ王国と友好関係にあるパラディン王国である。
彼がまだ学生時代にこの国に留学した時、ここの皇太子と知り合って意気投合したため、彼が国王となってからはこの国と友好同盟を結んでいた。
この美しい屋敷はパラディン国の現国王であるシャンディア・ダリアンが、古き友人のために手配した別邸であり、整備の行き届いた安全な場所である。
昔、精霊を迫害したサラマニカ王国は、精霊を大切にしている他国にとって嫌われ者だ。けれども無能な王と側近の貴族たち、腐敗した一族を粛清して、第5王子であるにもかかわらず王の座に着いた彼は初めこそ暴君と恐れられたが、憲法を制定し、経済的に安定した平和な国へと変えていく国王に、国民は次第に敬意を表するようになった。
冷え切った他国との交流に大きな役割を果たしたのは、彼の学生の頃からの友人であるマルティン・クラシスである。ずば抜けた知性と柔軟な思考力を持った彼は豊かな知識と幅広い視野を持ち、若くして外交官の職を手にするとサラマニカ王国を嫌厭する他国の外交官達の信頼を勝ち得てゆき、他国との貿易によってあらゆるものを国内に導入して国は豊かになっていった。
しかし、ランカー家とサリタール家を主犯とした反乱軍の手引きにより、彼も含めた外交使節団の大半が処刑され、彼らを気に入ってサラマニカ王国との国交を徐々に増やしてくれていた友好国は、この反逆に怒りを露わにした。
今サラマニカ王国の貴族達は3分の2があちら側についており、王族の次に力を持った公爵家が3つとも敵に回ったこの状況はこちらにとっては非常に不利であった。けれど友好国がこちらに着いてくれたおかげでどうにか勝機を見出せているのだ。
けれど、前々から戦争の準備を進めていた反逆軍に対し、平和協定を結んで軍備の縮小を目指していた我々は明らかに遅れをとっていた。
再び軽いノックの音が部屋に響く。許可を出すと、急いできたのだろう。肩で息をしながら顔を覗かせた。
「なんだ、今日はいつにも増して緊急の知らせが多いようだな。そんなに急くと血圧が上がるぞ?」
「私はまだまだ現役ですよ。それに血圧が心配なのは陛下の方です。」
「ははは、心配はいらん。私もまだまだ長生きせねばならぬからな。で、良い知らせか?悪い知らせか?」
「良い知らせです。冒険者を味方につけるのは少々不安がありますが…今はそうも言ってられません。ナタリーという冒険者をご存知でしょうか。」
「…ああ、S級冒険者の一人だったか?」
「ええ。彼女はこの国出身の者らしく、冒険者を集めて戦力とすることを要請してきました。勿論彼女自信も戦闘に参加すると。…あと、セレナ・クラシス嬢に合わせろと先程から外で騒いでおります。一応入り口で止めてありますが、どう致しましょう。」
次の瞬間バタンと大きな音が鳴ると、階下から焦る護衛騎士達の声が聞こえ、同時に女性の怒号が廊下に響いてここまで聞こえてきた。どちらも段々と大きくなり、うめき声と制止しようとする騎士達の声と共に扉が乱暴に開かれ、室内から焦って扉を押さえていた老人も呆気なく弾き飛ばされた。
そうして入ってきた高身長の赤髪の戦士は目が合うとニヤリと歯を見せて笑い、口を開いた。
「やあ、王様。ご機嫌麗しゅう。」
「ほう、君がナタリー殿か。ここの騎士は粒ぞろいを揃えていたつもりだが。」
彼女の背後に転がっている騎士達をチラリとみながからそういうと、手を振りながらケラケラと笑った。
「あはは、ご冗談を。あんな奴等が私を止められると思ったら大間違いさ。それにしても王様、肝が据わってんね。突然見知らぬ女が入ってきても驚かないなんて。」
「歳だというのにあそこに転がされた哀れな老人が、事前に貴女のことを伝えてくれていたからね。」
ドアから少々離れたところに尻餅をついていた執事を指さすと、女はまた笑いながら口先だけですまないと言った。
「取り敢えず話に入ろう。ここにきた理由はあいつから聞いたか?私はここ数ヶ月魔獣の巣窟に潜っててね。最近ようやく攻略して出てきたら、なんと母国が荒れてるって話を聞いて驚いたのなんの。まあ、ここ出身だからと言って特別この国が好きなわけではないけど、親友が嫁いだ国だし、彼女の娘との面識もあるからね。それでセレナは今どこにいる?」
「…聞いてないのか?彼女は…反逆軍の暗殺者に殺されたのだ。元から生かすつもりなどなかったのだろうが。はあ、本当にーーー」
「おいおい王様、何馬鹿なこと言ってるんだ?さっきから冗談はよしてくれよ。この国の王様は随分ユーモアのある男らしいな。」
「お、お前!陛下になんという口を!」
背後で彼女に剣を突きつけていた騎士達の一人がそう叫んで斬り掛かったが、彼が制止する前にナタリーはその騎士に蹴りを一発いれて壁に叩きつけ、何事もなかったかのようにまた口を開いた。
「あの子が他人に殺されるだって?馬鹿馬鹿しい。10歳の頃から化け物だったというのにさらに歳を重ねた彼女を殺せる人間などいるもんか。」
「…どういうことだ?」
「っは、肝が据わってると思ったがただのボケ老人だったみたいだな。それともまたあんたの好きなジョークかい?」
「無礼だぞ!」
学習した騎士達は彼女に襲いかかることはなく、とりあえず睨みつけるまでにとどめていた。
「…そういえば、ランスがナタリー殿と同じことを言っていたな。しかしあんなに細い身体で何ができるとーー」
「ランスって…あのクソ野郎か。まあいい、あいつも同じ意見なんだろ。まさかまともに取り合ってなかったのか。じゃあ彼女を探す手配も?ーーーハッ、お前本当にこの戦争に勝つ気があるのか?」
「しかし、彼女が生きていたとしても戦争に駆り出すつもりはないぞ。彼女を含め、あの家族は国のために犠牲になりすぎた。更にセレナ嬢まで戦争に参加させるなんて、そんなに残酷なことができると思うか?もうあの家族を巻き込むことはしたくない。」
先ほどまで威厳ある面持ちだったというのに、クラシス家の話になると彼は顔を青ざめたように見えた。彼女は肩をすくめると、首を振って否定する。
「私も彼女を戦場に行かせるつもりなんてさらさらないさ。彼女は頭もよく回る。学力関連の称号持ちだったと思うが。戦場に出なくても、彼女なら裏方で素晴らしい働きをしてくれるだろう。」
「…だが」
「取り敢えずこの話はセレナが見つかってからにしよう。向こう側に気付かれないように彼女に手紙でも送れたらいいのだが…。セレナも母国で起きてることくらい耳に入ってるだろう。必ず来てくれるさ。それとももう向かっているかも。…なんだい王様、黙りこくって。」
眉間に皺を寄せながら考え込む彼を、彼女は腕を組んで待っていた。丸々3分ほど経ち、痺れを切らした彼女がそろそろ何か言おうとすると彼は口を開いた。
「…分かった。セレナ嬢を捜索させ、接触したら手紙を渡すように手配する。ナタリー殿、貴女はこれからどちらへ?」
「参加してくれる冒険者を集める。安心しろ、信頼できる奴らを揃えるつもりだ。まあ、先鋭は集められたとしても多くて200くらいだと思うが、適度に腕が立つやつもある程度連れてくるから少しは貢献できるだろう。あ、報酬は弾めよ?」
ニヤリと笑って扉が閉められ、騎士達が慌てたようにまた彼女を追いかけて行った。
数人残った騎士がおどおどとしてこちらを見た。
「へ、陛下…何もできず申し訳ありませんでした。」
「かまわぬ。彼女はS級冒険者だ。止められる者など数えるほどしかおらぬに違いない。さっさと持ち場へ戻れ。おいニック、お前は少しここで待っておれ。」
「畏まりました。」
騎士達が失礼致しました、と扉を閉めると、残された老年の執事は顔を顰めながら腰を摩った。
「前言撤回です。私も歳をとりましたね。元武人だったので多少プライドはあったのですが…どうやら筋力も衰えてきているようです。」
「あれを止められる者などなかなかおらぬ。変に無理せず長生きしてくれ。昔ほど身体も丈夫ではあるまい。」
「分かっております。」
国王はサラサラとペンを滑らせ、便箋に入れて蝋を垂らした。
「ニック、これをランガリア商会に。できれば会長に直接届けるようにしてくれ。」
「承知しました。では失礼致します。」
扉が閉まって、部屋に静寂が訪れた。
セレナ嬢が本当に生きているとなると…サンタル家が割と使えるかもしれない。あそこの娘がどれだけセレナ嬢に心酔しているかだが…娘を通してあの家を監視することができるだろう。
彼女の学園での成績は確か10位以内には入っていたはずだから、頭はよく切れるだろう。うまく立ち回ってくれそうだ。それに…
机の上から3番目の引き出しを開けると、すぐ目につくところに置いておいたシンプルな茶色の封筒が目に入る。
(彼女に…渡せる日がくるかもしれないな。)
敵襲の危険を感じたマルティン含めた外交官らは、襲撃される2日前にそれぞれ手紙を書き速達で送ってきたのだ。それらが届いたのは丁度卒業パーティー当日の夜、そして彼らの処刑日の前日だった。
手紙の束を受け取り、1番上に乗せられた紙を読むと急いで騎士団員を救出に向かわせた。しかし、彼等が着いたのは処刑が終わったその翌日だった。死体を燃やそうとしていた管理人に金を握らせ遺品を回収し、彼等がこの国に帰ってくる頃には既に国中が混乱に包まれていた。
それぞれの家族に遺品と手紙を渡し、マルティンの手紙は妻宛と二人の娘宛に分けられていたので、3枚のうち2枚と結婚指輪をクラシス家に届けた。
けれど彼が身につけていたペンダントの中は亡くなった奥方とセレナ嬢が写った家族写真だったので、セレナ嬢宛の手紙と共にとっておいたのだ。
「どうか生きていておくれ。」
ぼそりと呟くと、彼は再び羽ペンを動かし始めた。
やむを得ず他国に亡命したジオン国王ですが、友好国に頼んで国外脱出を望む民間人を徐々に国内から逃がしています。
友好国がジオン国王についてくれたのも、他国との交流を大切にし、信頼関係を築いてきた彼と外交官達の努力の賜物です。




