11「冒険者ギルド⑴」
急に秋をふっとばして冬が来たかのような気温ですね…。
皆さま、体調管理には十分お気をつけください。
流石は大国というべきか、王都ではないのに結構栄えている商店街を上から見下ろしながら移動する。
何故上からという形になっているのかというと、単純に時間短縮のためだ。各家々の皆様にご迷惑をおかけしないため、音がしないように気配を消して屋根の上を走っている。
「この調子だったら、あと1時間せずに着きそうね。」
「ああ。そろそろ飯の時間だしな。」
そう言ってジラがチラリと目をやった時計塔は王都をぐるりと囲う壁よりも高く聳え立ち、世界でも指折りの有名な時計塔の一つだ。
私は集中して目をよく凝らさないと見えないが、ジラは元々の視力が良いので時計の針まで見えるらしい。
(ジラって食べ物のことしか考えてなかったりして。)
「お前今、何か失礼なこと考えなかったか?」
「気のせいだよ。」
ジラの非難がましい視線を無視して走り続けると、予想通り1時間せずに王都の入口である門の前に着いた。お昼時の門の前には、各地から来た馬車が列を作っていた。
自分の番が来て身分証がないことを伝えると、忙しい時間帯だったからだろう。
門番は終始面倒くさそうな面持ちで通行証を取り出し、走り書きで日付と時間を書いて私の手に押し付けると、次の瞬間には後ろにいた商人の相手をしていた。
「ま、ラッキーだったかな。詳細を聞かれたりフードを取れとも言われなかったし。」
「俺は気に食わなかった。」
顰めっ面をするジラにクスリと笑うと視線を周りに移した。やはり王都は外とは比べ物にならないほどの人口密度だ。また屋根伝いに移動しようかと思っていたのだが、空腹が勝ったジラが通りを歩けと催促してきたのでやめることにした。
案の定人混みで押し潰されて文句を言いはじめるジラに、ほら言っただろうと視線を送ると不服そうにしていたが、肉を焼く匂いが漂うと瞬時に復活した。
ジラのそういう単純なところが可愛いと思うのだが、口に出すと機嫌が悪くなるので黙っておくことにしよう。
「あっちだセレナ、左の並びだ。」
「はいはい。」
ぎゅうぎゅうと人を押し退けてジラがお求めの肉屋にたどり着く。
「あれ食いたい。あの…バラキアス?のモモ肉。」
「え、結構高い。あれ買ったらもうお金が残り少なくなるよ。」
バラキアスというのは牛に似た獰猛な魔獣だが、その肉は柔らかく美味で、貴族の食卓にもよく出る。仕留めるのが難しく、あまり市場に出ないのが高値の理由である…と本に書いてあった気がする。
「値段なんか気にするな。冒険者とやらになればすぐに大金持ちさ。」
「どうだか。」
結局ジラに根負けし、自分の昼ごはん分しか残っていない麻袋の中身を悲しい瞳で見つめる。
昼食を仕入れたのでもう街道には用はないらしく、地面につけないように器用に肉を頬張るジラを横目に再び屋根の上を歩いていた。
ちなみに私はまたもやパン屋に行き、ソースのたっぷりかかったカツサンドを買った。けれどまだお腹は空いていなかったので、登録を済ませてから食べる予定だ。
「そろそろ着くけど、ジラはどうする?従獣登録ってやつをしちゃえば2人で任務に参加できるらしいけど。」
「じゃあする。」
「了解。でもフェンリルだって言ったら良くも悪くも注目されちゃうから、シルバーウルフ辺りで押し通すね。あれならサンタン森にも沢山いたし、不自然ではない気がするから。」
「ふむ…あんな低俗な獣などと同じにされるのは不服だが、セレナが目立ちたくないのからしょうがないな。」
残念ながらこの場には、シルバーウルフの危険度が高いとされるA 級に分類されているため初心者が従えることは普通ありえないということをツッコめる者は居なかった。
ジラに中型犬くらいの大きさになってもらうとひょいと屋根から飛び降りて、冒険者ギルドと書かれた看板が掛かっている建物の木製の扉を開く。ギィィと鳴る扉の音と共に入ると、ギルド内はガヤガヤと沢山の人で賑わっていた。店内は思ったより広く、離れないようにジラとぴたりとくっついてカウンターらしきところに移動する。
「やあお兄さん。注文はなんだい?」
カウンターの女性が私の全身にさっと視線を滑らせてそう口にする。
「すまない、注文ではなく登録の方なのだが。」
「あ、そっちか!ちょっと奥の机の方で待っててくれ。ーーーミリ、ミリ!今空いてる?」
女性の言う通りに奥の方へ進み空いている席を探すが、どこも席が埋まっている。どうしようかと思っていたところに後ろから声をかけられた。
「着いてきてください、ここは人が多いから。」
そう言って案内してくれたのは、可愛らしい顔立ちに背丈の小さい女の子だった。彼女の後について奥の扉に入ると、こじんまりとした応接間があった。通路でカウンターや受付嬢達の控え室と繋がっているようだ。
ソファに腰をかけると、少女は奥からお茶と茶菓子をトレーに乗せて持ってきて、机を挟んだ反対側のソファに座った。ジラは私と同じソファに飛び乗り丸まっている。
「初めまして、冒険者ギルド ミル王国支店の受付嬢をしているミリです。」
「私は…セナだ。田舎出身なもので身分証明書が無いから冒険者登録をしに来たのだが…。」
「セナさんですね、わかりました。それでは早速冒険者登録の説明をさせていただきます。取り敢えずこの紙に、ギルドカードに表示する登録名と、魔法か武器かどちらを主に使っているかを書いてください。私は奥から測定器を持ってきますので。」
彼女がパタパタと通路の奥に消えた後、ジラが鼻先でツンツンと私の膝を突いた。
「なんで違う名前なんか名乗るんだ?」
「もし私が生きていることが知られたときに、出来る限り足が付かないようにするためよ。」
「ふうん。だからあの爺さんと婆さんのところではマリって名乗ってたのか。でも、それならここでもマリにしとけば良くないか?コロコロ変えるのは面倒くさいと思うが。」
「冒険者になった時の私は本来の私に近い人物像にするつもりだから、"マリ"じゃ駄目なの。色々解決すれば、ちゃんとセレナに登録し直すつもりよ。」
サラサラと紙に記入しながらそう返事をすると、セレナの考えていることはよく分からん、と呟いてジラは再び丸まった。2、3分で戻ってきたミリさんは机の上に、はかりのようなものを置いた。
「お待たせしました。こちらの石の部分に触れて魔力を流していただくと、針が右に振れます。」
「剣を扱う者でも魔力量を測る必要が?」
「そうですね。剣士でも身体に強化魔法をかけて戦うのが基本ですから、魔力がある程度ないと冒険者登録もできないんですよ。ギルドとしても、生存が難しそうな人をわざわざ死地に向かわせるようなことはしたくないんです。」
「なるほど。因みに冒険者の平均魔力量はどれくらいなんだ?」
「え?…大体3000くらいですかね。」
仕組みがよくわからないため魔力を少しずつ流すことにした。ひとまず人差し指を石に乗せて魔力を少しだけ流す。すると勢いよく針がギュンと右に…
「あ。」
やりすぎたようだ。ジラが声を押し殺し笑っているのを無視して急いで魔力を流すのをやめると、次は針の穴に魔力を通すような細さで魔力を通すように心掛けた。すると思惑通り、右に少しずつ動いていく。そうして3000あたりの目盛りまできた時の魔力量を固定して流し続けると、針が静止した。
これでいいだろうかと尋ねようと顔を上げた時、ミリさんは何故かこちらを睨むようにしていた。
「…貴方は、私が小さいからと馬鹿にしているんですか?」
「……?」
あまりにも話の展開が急で、何か怒られるようなことをした覚えのない私は何故彼女が突然そう言い出したか理解できなかった。ジラも何事かと伏せていた頭をもち上げる。
「知らんぷりをしても無駄ですよ!貴方もご存知の通りですが、最初に針が右振り切れて、その後すぐに0に戻ってから動いたでしょう?ふん、幼く見えるからってなめられては困ります。」
え、なんで怒っているのだろう。手を抜いたから?
今のところ分かっているのは彼女が己の容姿が幼く見えることを気にしている、ということくらいだ。
「その魔道具の使用は犯罪です。知らなかったなんて通用しませんからね。」
さっぱりな私達を取り残して彼女は席を立ち、壁にかけてあるベルのようなものを強く押した。
「ミリさん、ちょっと落ち着いて。一旦話を…」
「必要ありません。逃げたりしないことをお勧めしますよ。無駄な抵抗ですからね。」
え、なに。それ押すと警備隊とか来るの?
「セレナ、よくわからんがこれ大丈夫なのか?」
「わからないけど、無実を証明する方法ならいくらでもあるから大丈夫だよ。もし本当にまずい状況になったら、逃げればいい。」
コソコソとジラと会話をしていると、奥から焦ったような足音がして、先程カウンターにいた女性が現れた。
「どうしたミリ、何か……あ、さっきの強そうなお兄さんじゃないか。」
「聞いてくださいアリアナさん。この人、回路干渉器具を使ったんですよ。」
ソファに座っていた私を見つけてニカッと笑うアリアナと呼ばれた女性の笑顔が、ミリさんの言葉で次第に眉間に皺が寄っていく。
「…本当か?最近は大方取り締まったはずだろう。」
「そうなんですけど、あの魔道具が使われるときと同じ針の動きだったんですよ。」
それを聞いたアリアナさんは、腑に落ちない顔で私の方をもう一度見て、微妙な表情を浮かべた。
「一応聞くが、針はどこをさしてた。」
「たしか3000くらいだった気がします。」
それを聞くと、アリアナさんは眉を顰めながら再び私の全身を上から下までじっくりと眺めて、やはりまた腑に落ちないような顔をした。
「…この人なら針が振り切れててもおかしくないな。ここの魔力測定器は予算削減のために最高測定値が20000までのやつしか置いてないから。そして、そのくらい魔力を持ってるやつなら針の一応くらい調節できてもおかしくないだろう。」
「うーん。アリアナさんが言うのなら正しいのだとは思いますけど…だったらどうしてわざわざ低い値にしたのでしょう。」
「それは…聞くしかないな。お兄さん、君は一体何者だ?」
受付嬢だからと油断しすぎていたか。少々面倒なことになりそうな予感がして、思わず溜息をついた。
ミリちゃん、割とちゃんと見てましたね( ̄▽ ̄;)




