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孤独な少女は、生きる意味を探す。  作者: インコりん
二章「ローダンセ」
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10「拝啓」

一方その頃を書いた、その1です。何話かおきに、他の登場人物がどうしているかを少しずつ書く予定です。

よろしくお願いします!!

貴女は今、どう過ごしていますか?


書き始めの一行でやっぱりやめようと便箋を蝋燭の火にかざす。

テラテラと灰になっていく紙を眺めながらふと溜息をついた。





あの森で貴女と別れてから、3ヶ月ほど経ちました。


1か月前、身内だけの静かな結婚式を終え、ほぼ初対面の男性と籍を入れたの。

私も、きっと彼も、未だに実感が湧いていないのだけれど私達は夫婦になったの。



初対面の印象は9割が顔だと言うけれど、確かにそうなのかもしれないわね。面食いだと言われるかもしれないけれど、彼の顔はタイプだった。きっと彼もそうなのだと思う。私を初めて見た時、耳がほんのり赤くなっていたもの。


面白いのよ、彼。例えば、顔に考えてることが全部出てしまうところとか。可愛いでしょう?彼とは上手くやっているわよ。


この屋敷の召使い達は、私の全ての行動を彼の両親に伝えてるみたい。私たちの家の噂が、遠く離れた他国まで届いているなんて光栄だわ。それでも冷遇されていないのは、彼が手を回してくれているお陰だと思う。



ここ数日、私はこんなに幸せでいいのかと思っているの。衣食住も充分に行き届いていて、召使いからの虐めを受けることも無く、在り来りな嫁姑問題だけが悩みの種だなんて。


私は、親友だった貴女みたいな善人ではない。そんなこと自分が一番よくわかっているから、今平和に過ごしていることが恐ろしくて仕方がないの。私が犯した罪の代償は一体いつ払われるのか、と今この瞬間も怯えているのよ。


貴女にこの話をしたら、らしくないわねなんて言って、こっちまで元気になってしまうような笑顔で笑うのでしょう?


ねえ、セレナ。貴女と親友でいたかったなんて、贅沢なことは言えないし、許しを乞うつもりもない。

でもね、私が暗殺者になった理由を全て話したら、優しすぎる貴女はきっと許してしまうでしょうね。汚くて罪深い私は、それを心のどこかで望んでいるの。


だからこそ私は、二度と貴女に会いたくない。次に会ったら、ぽろりと全てを話してしまう。そんな気がするの。私はね、貴女が思うよりずっと情けなくて、弱い人間なのよ。


私の人生最大の失敗は、この家に生まれたことなんだと思う。嗚呼、せめて男だったら、この家を継いで跡形もなく潰してやるのに。


「…っふふ、馬鹿みたい。」




頬杖をつき眺めた窓から見えるのは、日差しを受けて眩しいほどキラキラと輝く広い海だ。ここは、サラマニカ王国にはなかった海に浮かぶ島国で、季節は夏と雨季しかないらしい。


昔から、海に憧れていた。

母がまだ心を病む前に、よく海の話をしてくれたのだ。彼女は広い海のある南国の出身で、村のみんなと海に行くのが好きだったらしい。


けれどここにきてから早速向かった海は、随分と呆気なく感じたものだ。あまりにも海を美化し過ぎたようで、喉が痛くなるほどの塩辛さとベタつきに不快感すら覚えた。どうやら、私はあまり海が好きではないようだった。



セレナ、貴女は海を見たことがありますか?

サラマニカ王国からはあまり出たことがないと言っていたから、ないのかしら。


あのね、二度と会わないことを祈っていたというのに、また貴女に会うことになりそうなの。いいえ、貴女から会いに来るわ。次は私を、私たちを殺しにくるの。


これから起こる戦争のために、お父様はここの領土から侵略していって、最終的にはこの島国全体を支配下に入れるつもりらしいわ。兵士や食糧、武器の調達のためにね。それにこの国は作戦にちょうど良い位置にあるらしくて、軍の拠点をここにも置くみたいなの。


その手引きを、私がするのよ。私の可愛い旦那様は、一目惚れした愛しい妻に裏切られるの。


ねえ、セレナ。貴女を殺すという任務と同じくらい嫌な仕事だわ。

それでも父に抗えないのは、なんでなのかしらね。あんなのでも父なのだから情が湧いているのかしら。それとも、いつか愛してもらえるかもしれないだなんて、心のどこかで思っているのかしら。



花瓶に生けたばかりの花を指でなぞる。昨日プレゼントしてくれた、彼曰く拾っただけだという薔薇だ。


赤くて美しい花の茎には怪我をするほどの鋭い棘がついているはずだが、綺麗に取り除かれている。

きっとわざわざ花屋で棘を削らせてから花束にしてくれたのだ。


私が薔薇に似ていると彼は言っていたが、気をつけないといずれ私の棘も取り除かれてしまう。そんな気が、確かにするのだ。



コンコン、と扉が叩かれて、現実に引き戻された。

どうぞと声をかけるとメイドが一人入ってくる。


「そろそろ旦那様がお帰りです。」


「…そう。」


この国では妻が夫を出迎えるのが貴族の間では一般的らしく、私もそれに倣うことを求められていた。


正直言うと、毎日夫を出迎えるためにある程度着飾らないといけないというのは面倒だ。普段着でもいいではないかと思うのだが、仕事に疲れた夫を癒すのが妻の仕事なんですって。

まあ、侍女が勝手に準備してくれるからいいけど。


あっという間に彼の好きな深い青のドレスに着替えさせられ、伸ばし途中の短めの髪を綺麗に纏めてくれる。


海のように深い青は貴女の瞳を思い出すから、私は好きではないのだけれど。



「おかえりなさい、ルディ。」


「…ああ。」


短くそう答えて辺りを見渡した後、大股で近づいてきた彼の大きな腕に抱きしめられる。


「..あらまぁ。ふふ、どういたしましたの?」


今は誰もいないから、と呟きながら私の肩に顔をうずめる彼の頭を撫でる。彼がこうして甘えてくるのは、2人きりの時だけだ。彼曰く、長い間作ってきた俺のイメージに傷が…ということらしい。


「…かわいいひと。」


「ん?なんだ。」


「ふふ、なんでもありませんわ。」


ああ嫌だ。本当に嫌な任務だ。全て全て、なくなってしまえばいいのに...なんて。


( 私は馬鹿だな。)


今日も何も出来ないまま、ゆっくり、しかし確実にまた1歩、あの日に近付いていくのだ。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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