8「今後」
最近は蒸し暑くなってきましたね。体調に気をつけてお過ごしください。
十分にお腹を満たして店を出た頃にはもうすっかり日も落ちて空は暗くなっていたが、店からこぼれる明かりと談笑する声で通りは和やかな雰囲気が漂っていた。
「ここは平和だな。」
母国の悲惨さに溜息をつきながら、教えてもらった宿へと向かう。おじさんが言っていたように、小さくなったジラのサイズだったら同室で泊まることが許されていた。
部屋に案内され、そこで宿の娘が運んできてくれた桶に入った湯にタオルを浸して身体を拭う。
平民の家に風呂などない。カーナさん達の家に風呂があったのは、レアケースだったのだ。
娘さんに言われたように使った水を窓から捨て、桶を扉の外に置いておいた。
「…ねえジラ。私って男に見える?」
寝る準備を整えてベッドに寝転がり天井の木目を眺めながら、隣に座っているジンに問いかけた。
結局あの居酒屋を出るまで誰にも気付かれなかったし、この宿でも受付の紙に男1人、小型の従獣1匹と書かれたのである。
「うーん、元々セレナは声が低いしフード被ってて顔が見えなかっただろ?あと、人間の女の特徴としては胸があることだと思うが、お前は絶壁…うぐっ!」
「一言多いのよ!」
お腹に肘鉄を喰らわせると、ジラが呻いてベッドの上で転がった。
「それに私、Aはあるわ!」
日本では身体の起伏が少ない人の方が多かった気がするが、この国ではみんな比較的大きいのである。でも私は絶壁ではない。辛うじてある。Aくらいある。
ほんとに落ち込んでいることに気付いたのか、ジラが申し訳なさそうに謝った。
「でもほら、中性的なんじゃねえか?どっちにも取れるけど、喋り方とか背の高さとかで男だと思ったんだろ。気にしてるなら見た目変えればいいじゃんか。」
確かに見た目を変えることは可能だ。私が「マリ」だった時も魔道具で見た目を変えていたように、変えることはできる。
しかし、姿を変える魔道具が王族などのお忍びであっても使われるのが稀なのだ。
なぜなら、付けている間ずっと結構な量の魔力を流しておかないといけないという、超燃費の悪い魔道具だからだ。
一般人ならもって1時間である。なぜ私が四六時中付けていられたかというと、単純に魔力の量が異常なほどあるということと、魔力の扱いが上手いからだ。
一般的に流した魔力を全て魔道具に移すことは難しい。魔力が魔道具への移動の際に必ず外に漏れてしまうからだ。普通の人だと流した魔力の6割ほどが外に漏れてしまい、実際に流れるのは4割ほど。
しかし私は、それをほぼロスが0で流すことが出来る。ステータスに表示される魔法の練度というのは主に魔力がどれだけ上手く扱えるかを表しているため、高ければ高いほど変換効率が上がるのだ。
私の本当のステータスって今どれくらいなんだろ。
ふと気になってステータスを開くと、まず設定した偽造ステータスが表示される。そして隠蔽魔法を解除すると、現在の私のステータスが表示された。
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セレナ 16歳
種族:人間
性別:女
職業:?
HP :12600/8030
MP :53920 /108040 ※
称号:剣神・大賢者・学問の天才・体力の化物・世渡り人 ・禁呪に抗う者
魔法適性
火属性 練度Lv 99
風属性 練度Lv 99
土属性 練度Lv 96
水魔法 練度Lv 97
雷属性 練度Lv 93
光属性 練度Lv 81 ※
闇属性 練度Lv 93
無属性 練度Lv 99
耐性
苦痛耐性 Lv 14/10
毒耐性 Lv 10/10
逆境耐性 Lv 12/10
呪い耐性 Lv20/10
ー加護ー
風の大精霊ミーナの加護
土の大精霊タンクの加護
水の大精霊ナナの加護
火の大精霊ファントの加護
雷の大精霊パークの加護
光の大精霊ラナの加護
闇の大精霊ダナの加護
精霊王の加護
武神の加護
※ 禁呪 「鎖の塒」をかけた術師が、1日に1度貴女の総魔力の50%を吸収しています。
呪いの効果により、魔法使用時に苦痛による制限がかけられます。
呪いの効果により、光属性が封印されます。
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取り敢えず色々とぶっ飛んでいた。
成人した人達の平均魔力数(MP)は大体2000から3000であり、50000ほどで、魔法関連では最高とも言われる大賢者という称号を神から授かることが多い。
前に開いた時MPはたしか5万から6万ほどだった気がするが、暫く見ていなかった数年でまさかの2倍になっていた。またMPのよこには※がついており、ステータスの一番下に注意書きが書かれていた。
「ふうん、鎖の塒っていうのかこの呪い。」
「は?呪い?」
イマイチ納得がいっていなかった私より、ジラの方が過敏に反応した。
「それ何の話だ。」
「なんかだいぶ前に誰かに呪いをかけられたんだけど、今見たらその内容がステータスに載ってたんだよね。多分長い間偽装ステータスしか表示させてなかったから、気がつかなかったんだ。」
「呪いをかけられたのはいつだ。」
「10歳くらいの時かな?」
チラリとジラの方を見ると、酷く心配そうな顔をして此方を見ていた。
心配してくれる人がいることを少し嬉しく思い、安心させようと笑ったが、ジラは相変わらず顔を顰めたままだ。
「早くその呪い解かないとだろ。あてはあるのか?」
「当てがあったらとっくに解いてもらってるよ。光属性の上級魔法だったら解けそうだけど、この呪い、光属性だけはどう頑張っても使えないんだ。」
「他の属性は…使ってたな。相変わらず非凡でいらっしゃるようでなにより。」
あはは…と乾いた笑いをこぼすと、ジラが昔キラキラした目でセレナに憧れていたのが嘘のように、もはや呆れがみえる目でこちらをジロリと見た。
「魔法を使えなくする制限って痛みだけだったの。だから慣れたら少しは使えるようになったってだけだよ。」
「苦痛耐性とかどうなってるんだよ。」
「…まぁ、レベル10ちょっと超えてるくらい?」
「ほんとお前おかしいって。普通レベル10までしか上がらないのに。」
上限を超えてる理由はさっぱりなので肩をすくめると、ジラが諦めたように溜息をついた。
「まあいいや…もう何があっても驚かない。お前に普通は通用しないしな。とにかく当分は呪いを解いてくれる人を探すのが目標だ。」
「いや、まだするべきことがあるから後回しで。ミーナから話を聞けたからにはまず陛下と彼の仲間達に会いに行かないと。それに騎士の遺品もご家族に返したいし。」
恐らく陛下と共に逃げた騎士の中に、あの時ダイアナに殺された騎士2人の知り合いがいるだろう。
鞄にしまった、彼らが身につけていたペンダントと騎士団バッチに触れる。出来るだけ早く家族に返してあげたいのだ。
また、ジラ達のことも止めなければならない。彼等とは他人事とは到底思えないほどに関わりがあったのだから。
「あんな国放っておけばいい。」
あり得ないと首を横に振るジラを説得しようと口を開く。
「思ったんだけどあてがあったわ。シェリーよ。あの子は聖女だから上級魔法も使えるでしょ。」
「シェリーってお前の妹だよな。あんな奴がセレナの呪いをわざわざ解いてくれるのか?」
シェリーの悪評を聞いていたジラが訝しげに眉間に皺を寄せる。
「まあ…その時はその時よ。運が良ければ本当のシェリーに戻ってくれるかもだし。」
本当ってどう言うことだと聞いてくるジラに曖昧に微笑むと、寝ようと言って灯りを消した。
少し不満げだが、問い詰めるのは良くないと判断したらしい。薄い掛け布団に一緒に潜り込んできたジラのふわふわとした毛を掻き撫でる。
涼しく心地よい夜風がカーテンを揺らし、頬を掠めた。
ゆっくりと瞳を閉じると、疲れていたのかあっという間に眠りについた。
一部内容変更しました。6/19




