5「プレゼント」
そろそろメインの話に入りそうです。旅に出るまで長かったですね…。出発まであともう少し、お付き合いくださいませ。
ぱちりと目が覚め、窓の外に目をやると丁度日が上った頃だった。
私が起きるまで待っていたのだろう。窓の前で待機していたジラがこちらを向いた。
「おはようセレナ。腹減ったから、ちょっと飯食いに行ってくる。昼過ぎには戻ると思う。」
「わかった、気をつけてね。」
ジラはコクリと頷くと、静かに窓から外に飛び降りて颯爽と森の方へ駆けて行った。
ググッと伸びをすると、ベッドから降りる。いつもより高い視界から、昨日魔道具を外した後付け直すのを忘れていたことに気づいた。
鏡を見ると、ここに来た直後よりだいぶ肉付きの良い身体になったと思う。家では義母のせいで1日1食食べれれば良い方で、食事のない日もあったため酷く痩せていたし、筋肉もだいぶ落ちていた。でも今は、世の中で言うと痩せている部類には入るが昔の体型に戻ってきている。
寝巻き以外は「マリちゃん」サイズなので、魔道具を手にはめる。みるみると髪が短くなり赤く染まり、背も20センチくらい縮んだ。まだ半袖のワンピースは買っていなかったので、長袖のワンピースの袖をまくって部屋から出る。
「カーナさん、バンスさん、おはようございます。」
「おはようマリちゃん。」
「おはよう。」
いつも通り挨拶を交わすと、カーナさんが朝食を乗せたお盆を運んできてくれた。今日は黒パンとミネストローネである。
スープに硬いパンを浸して食べていると、カーナさんが眉を顰めながら目の前の椅子に座った。
「本当は朝っぱらから説教なんかしたくないけどねぇ。 マリちゃん、昨日は一人で居なくなっちゃって心配したんだよ。運良く爺が見つけてなかったら迷子になってたかもしれないだろう?春になると動物達も冬眠から目覚めるんだから、森は危ないんだ。」
「…ごめんなさい。」
真剣な顔から、かなり心配させてしまったことが伺えた。よほど強い魔物でない限り大怪我をすることはないが、カーナさんはそのことを知らないし。
「もう急に居なくなったりしてはいけないよ。」
「はい。本当にごめんなさい。」
カーナさんは笑ってよしよしと頭を撫でると、食器を洗うために席を立ってしまった。
急にここを離れると言ったらカーナさん達はどう思うだろうか。カーナさんの後ろ姿を見ながらふと考える。こう言う話はいつ言うのが正解なのだろうか。
「どうしたマリ。」
チャンスは思ったより早く訪れた。
いつも食事中はバンスさんとよく話すのだが、今日はだんまりとしていたのでバンスさんが心配に思ったのだろう。
「あの……。二人にお話があるんです。」
ーーーーーーー
皿洗いを終えたカーナさんは、向かい合った位置にあるバンスさんの席の隣に座ると、開口一番にこう言った。
「ここを離れるのかい。」
もはや心が読めるのかと思うほどの図星である。
「…はい、来週にはこの町から出ようかと思っています。あの、どうして分かったんですか?」
「爺が昨日、マリちゃんと暮らせる時間があと少しかもしれないとか言って泣いてたからだよ。私もそろそろだろうと思っていたしね。」
視線を向けると、バンスさんは真っ赤になった顔を隠そうと横を向きながら、カーナさんを小突いていた。
「昨日、爺さんと話し合ったんだよ。マリちゃんがここを出ると言ったら暖かく送り出してやろうって。でもまさか、昨日の今日だとは思わなかったけどね。」
「そう、なんですね…。すみません、ここまでお世話になっているというのに、まだなんの恩も返せていないですし。」
「いやいや、私たちはマリちゃんと過ごすことで元気をもらってるんだ。恩返しなんてそれで充分だよ。それよりマリちゃん、ここから出たら何をするつもりなんだい?」
「そうですね…。」
私にしては珍しく、特に計画はなかった。
そう言えば、気ままに旅をするのが昔からの夢だったっけ。歳をとって王座から退位したら、ジンと二人でのんびり世界中を旅したい、なんて思っていたこともあったものだ。今となってはもう過去の話だが。
「まだ何をするか考えてないんだったら、冒険者とかになるのはどうだい?基本的には自由な職業だしあまり詮索されないから、犯罪歴がなくて、ある程度戦う能力があるなら誰でもなれるんだ。マリちゃんの剣の腕前なら余裕で試験も受かるだろうし。」
「ありがとうございます。参考にさせていただきますね。」
冒険者か…悪くないアイデアだ。あまり冒険者のことは知らないが、確か倒した魔物や素材を買い取ってくれたりするんだっけ。一応登録だけして、素材を売りながら知り合いを訪ねながら一人旅でもしようか。ここ1年は王妃教育が忙しくなって鍛錬を疎かにしていたから、此処らで鍛え直すのもいいかもしれない。
食べ終わった食器を洗い、カーナさんに頼まれたお使いをするために町へ続く道を下って行く。
すっかり雪が消えて、鮮やかな黄緑色の芝生が広がる丘を越えれば町はすぐそこだ。
町に入るときに必ず通る、あの処刑場にはもうだいぶ慣れてきていた。はじめはそこを通るだけで吐き気を感じていたが、もう視界に映さないようにさえすれば気持ち悪くなることはない。
この時間は人通りが多い。朝の一仕事を終えた人々が、昼食の食材を買うために大通りに出るからである。この買い物が終われば、昼までまた働くのだ。
「おはようございます、ロンおじさん。今日のおすすめはなんですか?」
いつも笑顔でノリの良いこの食料品店のおじさんは、老若男女問わず人気を得ている。今日は朝一の野菜を売り捌いている彼に声をかけた。
「今日はキャベツがおすすめだよ!」
「あ、これ普通のキャベツより色が白っぽいんですね。」
「よくわかったな!このキャベツ達だけじゃなくて、他の野菜も昨日まで雪に埋まってたから、日に当たって育ったやつより色が薄いんだ。でも雪の中にいたほうが甘みが増して美味しいんだよ。キャベツ一つ1ギムでどうだい?」
「じゃあキャベツ一つとにんじん一本、玉ねぎ二ついただけますか?」
「まいどあり〜!」
手際良く私が持ってきたバックに詰めて、代金と引き換えに野菜を受け取る。
今日はロールキャベツでも…いや、春だし、野菜炒めくらいが丁度いいかな。今日の夕飯を考えながら肉屋へと足を進める。
肉屋で豚肉を買うと、カーナさんに頼まれたものを取りに服屋に行った。
扉を開くと、客が来たことを知らせる鈴がチリンと鳴った。
「おはようございますシルクさん。カーナさんが注文していたものを受け取りに来ました。」
「あらぁ、早かったのね。」
店の奥から軽やかな声が聞こえて、大きい袋を持った若い女性が出てきた。
「はいこれ。カーナ様ったら、こんな大きい服どうして頼んだのかしら。女性用のデザインなのに、この町に170センチを超えてる娘はいないし、マリちゃんには大きすぎるものねぇ。それも2週間で仕上げてくれだなんて言うのよ?大変だったんだから。マリちゃんは、カーナさんに誰への贈り物か聞いてる?」
「い、いいえ…。」
「まあいいわぁ。重いから気をつけてね。」
袋を受け取ると、シルクさんは鼻歌を歌いながら店の奥へと戻っていった。
扉を開けて、少し薄暗い店から出る。
帰路を辿りながら、なんだか少し嫌な予感がした。170センチを超えてる女物の服。そしてここ最近注文している。この予感が当たらないといいけど。
「ただいま戻りました。」
「おかえりマリちゃん。重かっただろう、悪かったね。」
玄関先で荷物を持とうとしてくれたカーナさんに首を横に振った。
「いえいえ、これくらい全く重くありません。ところであの…この服って…?」
「ああ、マリちゃんのために作ったんだよ。ここを離れる時に必要だと思ったからね。」
申し訳なさに下を向いてわざわざすみません、と呟くと、カーナさんは私の肩に手を置き屈んで こう言った。
「マリちゃん。こういう時は、ありがとうと言って受け取ればいいんだよ。あげる側からすれば、謝られるより笑顔が見たいからね。」
「あ、ごめんなさ…っ、お二人とも、本当にありがとうございます。」
それを聞くと、バンスさんは少し微笑み、カーナさんはうんうんと頷いて私の頭を撫でた後、包みを開けるよう促した。
袋を机に乗せて包みを開くと、黒いフード付きのローブと動きやすい服が一式入っていた。
「サプライズにしたかったから、マリちゃんの姿を変える前の採寸をしてないんだ。寝巻きを買う時に背丈と服のサイズを聞いただろう?あれを参考にしたから、ピッタリというわけではないんだが…。」
申し訳なさそうに頬をかくカーナさんに首を横に振り、
「いえ、とても嬉しいです。もしよければ今着てみてもいいですか?」
と言うとカーナさんは確かにと頷いた。
「そうだね。着てみてサイズが違いすぎたら直してもらえるだろうし。」
服を持って自分の部屋へと向かう。服を脱いで腕につけた魔道具を外すと、元の姿に戻った。袖に腕を通し、全て着終えたら、姿見の前に立った。大切な人から大事にしてもらえていることを全身で感じられる。
サイズはピッタリで、全体的に黒色の生地が使われているが、装飾は銀色だった。派手すぎない洗練されたデザインで、私の好みだ。
扉を開くと、二人ともこちらを向いて、カーナさんが笑顔で口を開いた。
「あ、マリちゃん。サイズはどうだ……。」
しかし、その言葉の途中で私の姿を視界に入れたカーナさんは笑顔のまま、バンスさんは目を見開いたままで固まってしまった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




