4「ジラ」
明けましておめでとうございます。
「もしかして、ジラなの?」
「え、お前セレナなのか?見ないうちに随分と見た目が変わっ「ジラぁぁぁー!!!」
感極まってジラに抱きつくと、首元にある襟巻きのようなふわふわとした毛皮に頭を擦り付けた。
彼はサンタン森の主人とも呼ばれるダイアモンドウルフである。その名の通り美しい輝きを纏う毛皮を持ち、その毛皮は触れた柔らかさからは想像できないほど丈夫で切れにくく、剣すら弾き返すとされる強度を持つ…らしい。ジラが言っていた。
彼に会ったのは、私が10の時である。
襲いかかってきたジラをあっという間に倒した私は、トドメを刺すのを躊躇った。負けたと分かった瞬間抵抗せずに横たわり、賢そうな瞳で私を見つめるだけだったからである。本来なら親がいるはずの幼体だったので、親を亡くしたのかもしれない。やるせないが、どこか諦めたような瞳は私によく似ていた。
近くにいたツノの生えたウサギに短剣を投げて捕らえ、彼の目の前に持ってきてやると、一瞬戸惑いを見せたが空腹が勝ったのだろう。美味しそうに平らげた。
彼が人の言葉を話せることを知り、詳細は話してくれなかったが、彼が一ヶ月ほど前に親を亡くしたことを聞いた。ならばと三ヶ月ほどかけて私なりの狩りの仕方をジラに伝授することにした。
その後、狩りの仕方を驚くほどの速さで習得したジラは、唐突に修行の旅に出ると言って長い間サンタン森から留守にしていたのである。
「セレナ、どうしてそんな見た目してるんだ?…ああ、魔道具か。」
ジラは首を傾げながら全身を見回し私の手首についた腕輪を目に留めると成る程と頷いた。
ジラの要望通りに久しぶりに腕輪を外すと、懐かしい銀色の髪がパサリと肩に落ちて、視界がぐんぐん高くなってゆく。寝巻きは大きめのものを買っていたので破れはしなかったが、丈が短くなってしまった。
「やっぱりセレナはこの姿が一番いい。それにしても大きくなったな。」
姿が元に戻った私を見てジラはそう言った。
「ふふ、そうかな。ジラも大きくなったよね。前はあんなに小さかったのに。」
7年前は中型犬くらいの大きさだったのに、もう4本足で立っていても私の頭の位置より彼の頭の方が高いくらいになっていた。
「それよりセレナ、久しぶりだから話したいことが山ほどあるんだが、取り敢えず大事なことを伝えたい。実は風の大精霊から伝言を預かってるんだ。」
「え、ミーナから?」
言われたようにジラの首にかけられたネックレスを彼の首から外すと、それには中心にエメラルド色の魔法石が付いていた。
「割って。」
それを地面に叩きつけると砕けた石から空中に映像が映し出された。たまにジジっと映像が揺らいだが、問題は無さそうだ。
「セレナ、一体どこに行ったの?精霊王のところから帰ってきたら貴女がいなかったから、精霊達を人間界に送ったの。そしたらセレナと貴女のお父様の噂を聞いたわ。大変だったわね。貴女のことだから生きてるとは思うけど、サンマルク国では馬車が山道で魔物に襲われて、死んだことになっているようなの。でも、ジュエリーみたいな名前の妹は、貴女が生きているって知ってるみたい。何か知る方法があったのかもしれないわ。」
「ジュエリーじゃなくてシェリーよ。何度言ったら覚えるのかしら…。」
昔から人の名前を覚えるのが苦手なミーナに苦笑する。しかしメッセージはここで終わりではなかった。
「ところで貴女はもう知っているかもしれないけど、国王が身の危険を感じたのか皇后と第二皇子と一緒に、数人の騎士を連れて夜逃げしたのよ。もし引きこもってるなら知ってた方がいいと思って。それで、急遽王座が空いたからせっせと即位の準備が始まってるの。それと並行して結婚式の準備も進んでいるわ。次の王も、この間議員を変更した議会も最悪よ。王と議会は平民への税を跳ね上げて、次期王妃は贅沢三昧で結婚式の為に巨額の支払いをしたらしいわ。」
全て初耳である。国民たちも心配だが、なにより陛下が無事だと良いのだけど…。
「そうそう、あの馬鹿な人間達がサンタン森を切り拓いて開拓する話を聞いたから急いで他の精霊達を集めてここを離れるつもりなのだけど、なんだか数が少ないのよね。でも…まあいいや。気が向いたら遊びに来てちょうだい。風の精霊に私の居場所を聞けば教えてくれると思うわ。辛いとは思うけど、いつまでも落ち込んでいたら駄目よ。思ったより長くなってごめんね。このフェンリルちゃんセレナのこと探してたから、丁度いいなと思ってこの魔法石を預けたの。多分信頼できるから頼っていいと思うわ。それではまた会いましょう。」
大精霊は、基本世界中の精霊達が住み着く国や森などを守っていて、管理を任されている。サラマニカ王国は元々精霊達に見放された土地だったが、唯一ミーナだけは大罪を犯した代々の国王とは違うようだとジン陛下を認め、サラマニカ王国の領土であるサンタン森を守ってきたのだ。
しかし国王が変わることになり、再び我が母国は精霊達に見放されたのである。
ぷつりと映像が切れて、砕けた魔法石がサラサラと空中に消えていった。
「最初から最後までちゃん付けで呼びやがって…。」
イライラと足踏みをして消えた空中を睨むジラを見て、ふと我に帰る。
「…それにしてもジラ、貴方フェンリルだったのね。言ってくれればよかったのに。」
「最初はあまり信用してなかったから隠してた。ごめん、嫌いになっても仕方がないよな。嫌だったら今言ってくれ。もうセレナの前には現れないと約束するよ。」
構わないだなんて余裕ぶっているがわかりやすい奴で、現にいつもピンと立っている耳がペタリと伏せられており、尻尾がしょんぼりと下に垂れている。
「っふふふ、嫌いなんかならないわよ。でも、気が抜けないわね。すぐに私より強くなっちゃうかも。最近サボってたから…。」
頭を撫でると気持ちよさそうに目を瞑るジラに目を細めると、暖かい風が頬をくすぐって通り過ぎて行った。
「そろそろ寝ないと。でも、ジラのその大きさだと私の部屋が埋まっちゃうわね。」
気づいたらもう1時間経っていた。夜が明けるまでどこに居てもらおうかと考えていると、ジラから素敵な提案があった。
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「…ほんと最高。もふもふだわ。」
私の隣には小さくなってよりふわふわ度の増したジラが寝転んでいた。
あまり小さい姿は好まないが、まあセレナが喜ぶならーーと、ジラは中型犬くらいの大きさになってくれた。どうやらそれくらいの調節はできるらしい。これならあまり他の人に威圧感は与えないだろう。
ジラに抱きつくと、柔らかい毛皮に急に眠気が襲ってきた。話したいことは沢山あったが、また明日話せばいいだろうか。おやすみと呟くと、ふわふわとした眠気に身を任せて目を閉じた。
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