3「春祭り(2)」
今回短いです。
途中で居なくなった私に怒っていると思ったが、朗らかに笑いながらそういうカーナさんに、みんながそうだそうだと叫んで手拍子を始めた。
バンスさんの腰に挿してあった剣を手渡してくれたのでそれを持って炎の前に出て行く。
久しぶりに剣が持てる。いつの間にか心が弾んでいた。
とはいえ剣と言っても、剣舞のようなものができるわけではない。誰か相手をしてくれる人がいると良いのだが。
「相手になってくれる方は居ませんか?」
辺りを見渡して呼びかけると、観客の後ろの方から周りに押されて一人の男性が出てきた。
「こんな可憐な女の子に僕は剣など抜けないんだけど。」
その男性が困ったように溜息を吐くのを見て、此方も溜息を吐きたいくらいだと思った。
彼は着ている服を見る限り、この国の騎士団の一人であることがわかった。所謂騎士とは、町にいる衛兵とは異なる並外れた技能を持つとされるのだ。普段彼等は王都にいるのだが、何しろ沢山の人が集まるこの祭りで人手不足だったので、ここ数日この町にやってきていた。
そしてなぜ私が溜息を吐きたいかというと、その強いとされる騎士様を、彼の言う言葉を借りると「可憐な女の子」が倒してしまうかもしれないからだ。
どうせなら多少腕に自信があるくらいの村人が良かったのだが。
「問題ないです。」
初めは善戦しておいて、後半に疲れてきたように見せかけて負けることにするか。
私が闘う意思を曲げるつもりはないことが分かったのだろう。最後に大きな溜息を一つ吐いた男は、一礼して口を開いた。
「僕は王国騎士団の団員の一人である、ロバートと申します。手を抜くのは失礼に値するので本気で行きますが、怪我はさせないと誓いましょう。」
怪我はさせないなんて、手を抜きますと言っているのと同義である。
「はじめましてロバートさん。マリと申します。騎士団の方と手合わせができるなんて光栄でございます。」
初手は譲ってくれるようだった。群衆によって円形に形作られたスペースに向かい合って立つ。
まずは少しだけ油断させるために弱めに合わせるか。
地面を踏んで前に駆け出すと、ロバートさんの剣と交差して音が鳴った。
眉尻を下げて申し訳なさそうに私の剣を振り払い、早めに決着をつけようとしたのか首に向かって斬ってきた。
せっかちなことだ。まだまだ付き合ってもらうつもりなのに。
弾かれた剣ごと背後に飛び退いて再び斬りかかる。これで終わりかと思っていたロバートさんは意表を突かれたように目を大きく見開き、私の攻撃を防いだ。
観客が長続きしそうな戦いに歓声を上げた。
力をうまく受け流して剣を滑らせると、再び斬りかかる。
「…楽しい。」
流石騎士様と言うべきか、ギリギリではあるが全部防いでくれるロバートさんに胸が高鳴った。
どれくらいなら受け止めてくれるだろうか。
心の中で呟いたつもりだったが声に出ていたらしい。若干引いている気もするロバートさんの表情に気づかないふりをして、さらに剣速を速めて斬りかかる。
だんだんついていけなくなり背後に飛び退いたロバートさんが体制を整えるまで待っていると、ふと負ける予定だったことを思い出した。危ない、忘れるところだった。
改めて斬りかかってきた剣を受け止めると、私の後ろの地面に土魔法を発動させる。これで10センチくらいの土塊を作って、転けたことにしよう。
「…っ!うわ!」
剣で押されたように見せかけて脚を背後に出し、石に引っかかったように転んだ。
我ながら名演技である。
私が負けることにはなったが、みんなは温かい拍手を送ってくれた。
「驚いた、騎士相手に善戦するなんてな!よくやったマリちゃん!」
「凄いねマリちゃん、とてもカッコいいわ!」
対峙した本人だからこそ分かったのだろう。恐らく彼だけが、試合中に私が手を抜いていたのに気づいていた。
しかしそのことは面に出さず、少しだけ曖昧な笑顔で転んだ私を助け起こし、服についた砂を払ってくれたのだ。紳士である。
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そうして、その後も色々な出し物が順調に進んでいき、みんな飲んで騒いで踊りまくった。
「子供たちはもう寝る時間だよ!」
カンナさんがそう言うと、子供たちは嫌だ嫌だと逃げ回った。しばらく親子の追いかけっこが続き、子供たちの姿が見えなくなった頃、それを他人事のように見ていた私はバンスさんに声をかけられた。
「…覚えているかい?マリも子供だ。」
「私はもう十七ですよ。」
「それでも今の見た目だと10歳くらいだ。同じくらいの歳の子達はみんな寝てるのに、マリだけ残るわけにもいかないだろう?」
渋々バンスさんに差し出された大きな手を握ると、帰路を辿った。お店で買ったクッキーを二人で頬張りながら、ここを出ていくことをいつ二人に話すかと迷っていた。カーナさんは明日まで帰ってこないだろうし、バンスさんだって私を送ってくれたら祭りに戻るだろう。
だったらきっと、明日しかない。
歯を磨いて風呂に入り、ベッドに座って本を読んでいると、部屋がノックされた。
「どうぞ」
「…僕は祭りに戻るから、知らない人が来てもドアは開けていけないよ。」
「ふふ、分かってます。楽しんできてくださいね。」
「ありがとう。おやすみ、マリ。」
小さくガチャリと音がして、扉が閉まった。本をテーブルの上に置いて、ベッドの横にある灯りを吹き消し布団に潜り込むと、静けさが辺りを包み込んだ。
静かな夜だった。たまにどこかでフクロウが鳴いたり、風が木の葉と戯れる音が聞こえるくらいだった。窓から見える月は満月で、眩しいくらいに輝いていた。
なのに突然、ふと部屋に影が差した。何事かと起き上がって窓の外を見ると、神々しいほどの白銀の毛皮を纏った美しい動物が、外に鎮座しているのが見えた。もしかして、あれは…。
ベッドから飛び降りて階段を駆け下り、裏口の扉を勢いよく開ける。そこには首を傾げて訝しげに此方を見つめる、見慣れたウルフがいた。
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