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孤独な少女は、生きる意味を探す。  作者: インコりん
二章「ローダンセ」
26/42

2「春祭り(1)」

お久しぶりです。だいぶ涼しくなってきましたね。季節の変わり目は風邪をひきやすいといいますし皆様体調に気をつけてお過ごし下さい。


「俺たちはずっと、親友だからな。」


短い、絹のような金髪が風に吹かれてサラサラと揺れる。少年から青年になった親友は、少し頬を染めて恥ずかしそうに微笑んでいた。

ああ、いつの間に私の背を超していたのだろう。昔から変わらないその柔らかな光を灯す緑色の瞳に、吸い込まれてしまいそうだった。



「お姉さま」


懐かしい少年の姿が、とある少女に切り替わる。彼女の蜂蜜のような金髪は彼のそれとよく似ていたが、彼とは少し違った明るい黄緑色の瞳が、柔らかくこちらを見つめている。

気付けば、どこまでも続く杜若の花畑の中に立っていた。


「お姉さま。この花の色は、お姉さまの瞳の色にそっくりなのね。」


(シェリー?)


恐る恐る話しかけるが、彼女は私の声が聞こえないようだった。八の字になった眉で私を見つめ、悲しそうに目蓋を伏せると、その少女はふんわりと笑った。


「お姉さまが目の前にいるのに、悲しいな。声が聞こえないんだもの。」


優しい声も言葉も、儚いその笑顔も。全てが、懐かしいあの頃のシェリーそのものだった。



(シェリーなのね。)


「ごめんね、お姉さま。「私」がお姉さまに酷いことを沢山しているのを見て、本当に苦しかったの。お姉さま、助けられなくてごめんなさい。許して。」


だんだんと霧がかかるようにぼやけていくシェリーを必死に掴もうとするが、幾度もその手は虚しく空を切るだけだった。


(待って、行かないで!)


「またいつか会えるから。私が「私」に勝った日には、一番にお姉さまに会いにいく。お願い、私を忘れないで。恨まないで欲しいの。今のシェリーは、私じゃないから。」




**********





「っ!?はぁ、はぁ、はぁ…」


慌てて飛び起きて時計を見ると、針は午前2時を指していた。背中にべったりと張り付いた寝巻きがひんやりと身体を冷やしていく。ぱたりと背後に倒れると、目を瞑り必死に見た夢を頭の中に思い浮かべた。


確か、ジンとシェリーが出てきたのだっけ。

優しく、懐かしい夢だった。ああ、彼女はなんと言っていたっけ…。思い出そうとするうちに沈むように再び眠りにつき、次に目覚めた朝6時。


見た夢のことは、すっかりと忘れてしまっていた。



ーーーーーー



祭りの準備のため、日が昇る前に目覚める習慣が今日はそんなに早く起きなくても良い。祭りが始まるのが朝の9時からだからだ。みんなゆっくりと目覚めて、家族と朝食を食べてから集合する。


「マリちゃん、これを持っていってくれないかい。」


準備を終わらせて部屋から出てきた私に、カーナさんが小物を入れるようなサイズの小さな籠を手渡した。


「これは?」


「教会の子供達に配る特別な花だよ。」


「ああ、神木様のところに行く子達の花ですか。それにしても籠が小さすぎませんか?」


「いいや、余るほど入っているはずじゃよ。中に手を入れてみてごらん。」


籠の蓋を開き手をゆっくり差し込むと、肘すら入らなそうな高さの籠に肩まで腕が入った。横にも大きく広がっているのがわかる。


「…これは空間を歪ませる魔法でしょうか。無属性の上級魔法ですね。」


「おや、知っていたのかい。せっかく驚かせようと思ったのにつまらないのう。高度な魔法じゃから使い手に限りがあって高価なんだ。大切にしてくれよ。」


私の背中をバシバシと叩きながらそう言うカーナさんに、疑問に思ったことを問いかけた。


「そんな貴重なものを私なんかに持たせてもいいのですか?」


「ああ。私達よりかは失くしにくいじゃろう。」


最近記憶力が衰えておるからのう、と言いながらからからと笑うカーナさんに続いて外に出ると、町へと続くいつもの小道を一列になってゆっくりと歩いた。




ーーーーー




暫くして着いた町は、所々に飾りが付けられており、家の戸には各自色々な花が飾られていた。どうやら春を呼ぶ祭りだから春を象徴するような花を飾るのが一般的なのだそうだ。


別の仕事があるバンスさんとそこで別れると、子供達が作った花飾りのついた雪だるまの列を横目に、カーナさんの後ろをトコトコと付いていく。


町の中心の噴水は、立派な氷像になっていた。


まず吹き上がった形で凍った噴水の氷を精霊の力を借りて透明にする。その後彫刻家達が丁寧に削って雪の精霊の姿…だと思うものを彫るのだ。美しいその氷像は、日の光を浴びても溶けることなくキラキラと水晶のように輝いていた。



「では、教会に行こうか。子供達が浮き足立って鳥になってしまっとるかもしれん。」


「…そうですね。」


「なんか虚しくなるから笑っておくれ。」


教会に着くと、カーナさんの姿を見つけた子供達がわっと外に飛び出してきた。笑顔で嬉しそうに話している子供達を遠目に見て、楽しそうで何よりだと思った。


残念ながら私は子供に好かれない。見た目こそ魔道具のおかげでカーナさんに似てはいるが、何にしろ愛想がない。無表情で、さらに無口な見ず知らずの女に誰が近づくかということだ。私ならやめておく。



カーナさんと子供達の後ろをついていき、教会内に入った。聖堂にはこの世を司る三体の神の像が並んでいる。

真っ白に掃除された聖堂内を感心しながら眺めていると、カーナさんに背中をツンツンとされた。そうだ、花を渡さなければいけないんだった。


持っていた籠を開けると、そこから優しい香りがふわりと立ち昇る。いつの間にか一列に並んでいた子供達に一人一本ずつ花を手渡すと、みんなきちんとお礼を言って受け取った。



ーーーーーーーーーー



二列になって森の中を進んでいた。

小さな男の子の隣になったが、特に何も話せなかった。しかし無言の時間も苦ではなく、無理矢理話さなくてもいいのでかえって気楽に周りを見渡しながら歩くことができた。



1時間半ほど歩き神木様のところに着くと、子供達の息を呑む音が聞こえた。耳に入ってくる話を聞く限り、神木様は眩い光で包まれており、美しい精霊達が木の周りを飛んでいるようだ。でも私の目に映るのはただの大きな大木で、光も精霊も見えはしない。


三ヶ月カーナさん達と暮らしていたが、神木様のところに行かせてもらえたことはなかった。

だから、この世のものとは思えないほどの美しさだと言う神木様を自分の目で見ることで、汚い感情が全部浄化される気がした。


でも、この木を目の前にして浮かんでくるのはやはりあの日のことだった。



高く伸びた木の幹は、悠に百メートルを超えている。そうだ、この木にぶつかったのだ。この木のせいで、お父様は…。そう思うと怒りが沸沸と湧き上がり、耳元でドクドクと血が流れる音が聞こえるような気がした。あの日が昨日のことのように思い出される。


全てが壊れた、吹雪の夜のことを。


自分では上手く感情を隠していたつもりだが、子供達は敏感だったようだ。彼等は怯えた表情を浮かべて小刻みに震え、此方を見つめている。



気がつけば、森の中へ走り出していた。



自分が、大嫌いだった。嫌な人間だと思った。みんなが神木様を愛していて、みんなが神木様を大切に思っている。

なのに私は恨んでいる。憎んでいるんだ。


お父様が死んでから三ヶ月。いつものように、人並みに生きていたつもりだった。


美味しいとみんなが言うものは美味しい。

みんなが美しいと言うものは美しい。

みんなが楽しいと言うことは楽しい。



ああ、私はなんてつまらない人間になってしまったのだろう。



恐らくあの日、私の中のなにかが父と共に死んだんだ。ふと力が抜けて、ぺたりと冷たい雪の上に座り込んだ。


身体が冷えていく。


頭が冷えていく。


心がーーー










いつの間にか森の奥深くに入っていたためか、辺りは針音が落ちる音すら聞こえるほどに静かだった。


何故か暖かい風が頬を撫でた。不思議に思って顔を上げた次の瞬間、足元の雪がふわりと空へ舞い上がった。驚いて周りを見渡すと、木に積もった雪もどんどんと空へ飛んでいっている。


その光景は、それはそれは美しいものだった。よく晴れた青い空に吸い込まれていく雪は太陽の光を受けキラキラと輝き、ゆっくりと空の真ん中で集まって、消えていった。


気づけば私は緑溢れる森の中に座っていた。地面に生える柔らかな草が肌をくすぐり、木が新しい黄緑色の葉を自慢し合うようにサラサラと揺れていた。


春が来たのだ。


冬の深い深い雪の下で、少しずつ春へ向けて準備をしてきたのだろう。植物達の力強い生命力と、自然の美しさに息を呑む。





「…潮時だ。」


みんな春に向かって準備を進めていたのに、私は何もせず、カーナさん達の優しさに甘え続けていた。みんなの隣は、どうも居心地が良かったのだ。


(一週間後、ここを出よう。)


何をするか、どこに行きたいとかは、明確に決まっていない。

でも、ここから抜け出したかった。抜け出さないといけない気がした。


これ以上弱くなってしまっては、もうこの生活にどっぷりと浸かってしまう。この優しく暖かい世界から、抜け出せなくなる。


私にはこの温もりの中で生きる権利なんてないのだから。




背後から人の気配がして振り向くと、肩で息をするバンスさんが立っていた。顰められた顔は一瞬怒っているようにも見える。けれど、一緒に過ごすうちにわかるようになったのだ。瞳を見れば、私を深く心配してくれていたことがよくわかった。



「…マリ、おいで。帰ろう。」


優しく差し出される大きな手を握り立ち上がると、ゆっくりと帰路を辿った。家に着いたら、きちんと伝えよう。だから今は何も考えないで、ただ幸せを感じていたい。


右手から伝わる温もりを、懐かしい感覚を、忘れないように。



ーーーーーー



町に戻り、盛り上がっている祭りに参加した。


いつもより人が多く、ごった返す町中で子供から大人までがわいわいと騒いでいた。日が暮れると松明が灯され、いつもは子供達の遊び場になっている広場にはキャンプファイヤーなるものが置かれていた。

その周りで各自出し物しているのをバンスさんと二人で拍手を送りながら楽しく見ていた。


火のついた棒で芸をする人もいれば、歌を歌う人、舞を踊る人、家族みんなでダンスをする人ーーみんなの出し物はどれも楽しくて、見ていて飽きなかった。




「ほらほら、次はバンスさんですよ!」


完全に観客気分だった私は、まさかと思いバンスさんを見上げた。しかしバンスさんは耳元で「この町の人は全員やらないといけないんだよ」と諦めたような声で囁いた。待っていておくれと言って、炎の前に出ていく。


先ほどの歓声が嘘のように静まりかえった観客に、思わず首を傾げて周りを見渡した。

歓声の代わりに、薪が手を叩く音だけがぱちぱちと鳴っていた。



「気高き精霊王よ、彼等に春の祝福を。」


突然低い声色で、バンスさんがそう呟いた。

すると空中に沢山の丸い球体が現れた。

透明なその球体に触れようと手を伸ばすと、指先が球に当たった瞬間パリンと音が鳴ってキラキラと破片が下に落ちていく。

広げた手のひらに上空からゆっくりと落ちてきたのは、星のような形をした美しい氷の花だった。温かい手の上に乗っているはずなのに溶ける様子のないこの花は、普段は滅多に見られず、山の奥深くの山頂付近だけに生息している希少な花だと言われている。


みんな、嬉しそうにバンスさんに歓声を送った。心なしか顔が赤いバンスさんが隣に戻ってくると、再び元の賑やかさが帰ってきた。自分が参加しなくて済んだことを喜べたのも束の間、不穏な言葉が聞こえてきた。


「おいおい!次はマリちゃんの番だよ!」


ガヤガヤと盛り上がる中で嫌にはっきりと耳に入ってくるその声は、食料品屋のおじさんのものだった。わいわいと賛同するような声が上がり、戸惑いながらバンスさんを見る。


「こうなったら諦めた方がいい。」と耳元で溜息混じりにそう告げられた私の心情はいかに。


いいよ、バンスさんはさ。ウケのいい出し物用意してたじゃん。

知ってる?事前に知ってて話をふられるのと、何も知らされずにふられるのとでは違うんだよ。


「…何を、すればいいのでしょう?」


「なんでもいいよ、なんでも!」


なんでもいいっていうのが一番困る。


火の魔法でなにか…うーん、他の人が既に火を使ってたから、あまり楽しんでもらえないかもしれない。水属性の使い手はここには結構いるし、土属性の魔法はなんかインパクトに欠けるというか…。


「マリの得意なことは?」


困っている私にバンスさんが優しく声をかけてくれた。でも、得意なこと…全体的に器用にこなせるので得意もなにもない。


ああでも、好きなことだったら。


「…剣、ですかね。小さい頃からやってきたので一般の方よりは強いと思いますけど、得意だと胸を張れるほどでは…。」


私がそういうと、周りはビックリした顔をした。


「マリちゃん、剣が出来るの!?腕が細いから、どちらかというとインドア系だと思ってた!」


リアが驚きの声を上げると、ガヤガヤと周りがそれに賛同した。


そんなに、イメージに沿わないなら、「マリちゃん」としての人物像が崩れてしまうなら、やめておいた方がいいのかもしれない。


やはり魔法で何かしようとしたその時、カーナさんの声が聞こえた。


「やっておくれマリちゃん。マリちゃんが剣を握るなんて、楽しそうじゃないか。」


途中で居なくなった私に怒っていると思ったが、朗らかに笑いながらそういうカーナさんに、みんながそうだそうだと叫んで手拍子を始めた。


バンスさんの腰に挿してあった剣を手渡してくれたのでそれを持って炎の前に出て行く。


久しぶりに剣が持てる。いつの間にか、心が弾んでいた。



もっと更新頑張りますね…


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