17「逃走」
本当にお待たせしてしまい申し訳ありませんでした!ようやく病気が完治いたしましたのでやっと投稿できました…。
シリアス回につきご注意ください。
時間がないので近道をしようというゴルマスさんの提案により、馬車はどんどんと暗い森の奥深くへと入って行った。
ーーーーーー
「あの…失礼かもしれませんが、道はこれであっているのでしょうか?」
「標識通りに進んでいるのであっていると思うのです
が…。確かに道もだいぶ舗装されていないので少し怪しいですね。一応確認をとりましょうか。」
早足で馬車が走り続けて既に1時間半。日はすっかり落ちて、馬車は暗い森の奥深くまで来ていた。
ゴルマスさんが小窓から首を出して前の人と話している間、必死で指先の震えを抑えようと、膝の上で拳を握りしめた。お父様は無事なのか。他の人たちは大丈夫なのか。今までで感じたことがないほどの恐怖と危機感に身体が震える。
ぐるぐると思考が頭の中を駆け巡り、感情の荒波の中を必死に泳いでいるようだった。
「…様、…レナ様、セレナ様!」
「も、申し訳ありません。もう一度言ってもらってもよろしいですか?」
「標識が間違っていなければ道はあっているそうです。あと3時間ほどで仮住まいに着く予定です。」
「わかりました。ありがとうございます。」
駄目だ。此処で不安に負けて仕舞えば、人を救うなんてこと出来るわけがない。連れて行ってくれる2人には申し訳ないが、仮住まいに着いたらこっそり抜け出そう。自分の撒いた種は自分で解決しないといけない。
これ以上、関係のない人達を巻き込むわけにはいかないのだから。
そう思った次の瞬間、微かに素早く風を切る音がすると突然馬車が急停車し、勢いよく前に飛ばされそうになったのをゴルマスさんが支えてくれた。
「す、すみません。」
「大丈夫です。それより何かあったのでしょうか。」
困惑した表情で、外にいる騎士さんに声を掛けながら馬車を出ていくゴルマスさんの後ろに続いて私も外に出た。
「え……。」
頭の処理が追いつかなかった。
視界に映るのは赤黒い血の海に沈む一頭の馬と騎士団服を着た一人の男性。辺りは濃い血の匂いと、妙な静けさに包まれていた。
殺された。殺されたのだ。誰に?
「っゴルマスさん、後ろ!」
ゴルマスさんは困惑した表情で立ち尽くし、私もその隣で固まっていた。しかしふと不穏な気配がして我にかえり声を張り上げた。
次の瞬間短剣が風を切り裂き、ゴルマスさんの首に短剣が突き刺さった。
「ぐぁっ……。」
首から吹き上がる血飛沫が身体にかかり、生暖かい血が頬を伝う。コト切れた身体は血溜まりに背中から倒れ、バシャリと跳ねた血が再び私の服を濡らした。驚愕で見開かれたその目は、虚に空を見上げるだけで何も映してはいない。
ほんの、一瞬の出来事だった。なのに何故だかスローモーションのように時間がゆっくり進んでいる気がした。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
初めて人の死を目の前にして呼吸が荒くなり、頭が混乱する。
誰が、何のために?私は国外追放になったはず。いや、それは嘘なのかもしれない。本当は殺すつもりだった…。でも殺すつもりだったのなら、何故あの場で処刑が決定されなかったのだろうか。
「…っ」
背後から飛んできた短剣を身体を捻り避ける。的を見失い地面に突き刺さった短剣を引き抜き、素早く飛んできた方向に投げ付けた。
が、次の瞬間再び背後から短剣が飛んできた。急いで横に飛び退き避ける。短剣が先程まで右腕があった場所を通り過ぎ、再び地面に突き刺さる。
二人いるのか?しかし気配は一人分だ。もし相手が一人なら、相当な手馴れの暗殺者だろう。素早い移動に速い速度で投げつけられる短剣を見て、背中を嫌な汗が伝う。
「手強いな…。」
舞踏会に剣など持っていっていない。私の唯一の武器と呼べるものは、護身用に持っていた短剣一本だ。
今度は同時に飛んできた5本の短剣を避け、体勢を整える。
何処にいる?速く動くものだから場所が一定に定まらない。短剣を投げ返しても相手の持ち手を増やすだけだ。取り敢えず避け続けて相手の短剣がなくなるまで待つか。
しかし、間髪入れずに飛んでくる短剣を暫く避けるが、一向に短剣の数が減らない。それどころか一度に投げ付けられる短剣の本数が増えていっているような気もする。
あんなに速く動くためには身軽でないといけないだろうに、あまりに多すぎる短剣の数。
何故だ。あの短剣には、どんな仕組みがあるのだろう。
焦りと動揺で頭がうまく回らない。
実物を見れば分かるだろうか。続いて7本同時に飛んできた短剣を避け、近くの木に突き刺さった一本を抜き取る。
ナイフの柄の部分まで銀で出来たその短剣は、ツタが絡み付いたような模様がついている。そして刃の部分には、小さな鳥の模様が刻まれていた。
そしてその短剣からは微かな魔力の気配を感じた。
暫く経つと手の中の短剣が溶けるように消えていったのを確認し、その短剣の仕組みの大体の予想ができた。
恐らくこれらの短剣は暗殺者の魔法によって作り出されたのだろう。そして手の中にあった短剣が消えたのは、これが投げつけられた大体10秒後だ。つまり存在出来るのは作られてから約10秒間だと考えれる。
また、投げつけられる最短の間隔は今のところ2秒だ。つまり、相手は最後に投げた短剣が消えるまでの間に最大5回短剣を投げることができる。そして私は相手が短剣を作る2秒の間に相手を倒す必要がある。
そのためには相手の短剣を避けながら素早く動き、一瞬で決着をつけなければならない。
しかし私が持っているのは大して切れ味も良くない短剣一本だ。集中しろ、考えるんだ。相手を倒す方法を。
それにしても、何故だろうか。短剣とは違う新たな疑問が湧いて出てきた。何故だか相手は急所を当ててこない。脚や腕などの動きを止めるための箇所ばかり狙われており、首や心臓あたりを意識して軌道を逸らしている気がするのだ。
殺すのが目的だったらあの場で処刑は決定されていたし、もし生かす意味がないなら急所を狙えばいいだけ。けれど今は殺すつもりはないのだ。だからあの場で処刑を決定されなかった。何か話したいことがあるのか、欲しいものがあるのか。目的はなんだ?
(どれにしても嫌だな。)
こんな何人も人を殺してきたような暗殺者なんかと口もききたくない。
急いで思考を巡らせながら短剣を避け続ける。
長年人に負の感情を向け続けられただけあって、人の暗い感情にはとても敏感だった。感情は気配をより強く、はっきりとさせる。
だから相手の殺気が駄々漏れだったら位置もより把握しやすい。
けれども相手からはなんの殺気も感じなかった。それどころかどんな感情も感じ取れない。心に蓋をしているようで、一切漏れ出ない。
不思議だ。まるで機械のように何もない人間だった。
「ねぇ、いつまで逃げてるの?早く反撃してきなよ。つまらないなぁ。」
眉を潜めて顔を顰めると突如として攻撃が止み、感情のない声が上から降ってきた。辺りを見渡し暗闇の中目を凝らすと、前の木の枝に腰掛けて気だるげに此方を見てくる人間と目があった。
全身真っ黒な服に身を包んでおり、暗闇に見事に溶け込んでいる。顔もマスクのようなもので覆い隠され、見えるのは光のない二つの目だけだった。
声を聞いても女が男が区別がつかない。魔道具か何かで声を変えているようで、機械が喋っているような声は、少年のような声でもあり、少女のような声でもあった。
「あなたね…。」
「あーあ、そんな殺意で満ちた目でこっち見ないでよ。化け物かと思ったじゃん。」
笑いながらひらひらと手を上げて降参のポーズをとる相手を睨みつける。一切怖いなどと思っていないだろうに。先程二人と一頭を殺したくせにへらへらと笑っているお前が一番化け物だと言ってやりたくなったが、唇を噛みしめ抑えた。
「ねえ、いつになったら短剣が当たるのかな?避け続けてるばっかりだからさ。逃げてないで戦いなよ。このままぐずぐずしてるとお父さんまで死んじゃうかもね。」
素早く地面に刺さった短剣を抜き投げつけると、相手は軽く目を見開き身体を少し横にずらして避けた。
「うわぁ、やっぱり早いな。てゆーか!こらこら、喋ってる間の攻撃はダメでしょ〜反則だよ〜。」
人差し指を立てて幼い子供に注意するように横にふる。
話している口調に幼さを感じる故にさらに性別をわかりにくくしていた。
「あなたは誰なの?」
「言うわけないじゃん。あ、でも少しなら教えてあげられるかな?誰かさんに頼まれたから来たのさ。ふふふ、これ以上言うことはないかな〜。」
「……名前は?性別は?」
「だーかーらー、言わないに決まってるじゃん。わからないように色々工夫してるんだからさ。そんな簡単に見抜かれちゃ困るでしょ?」
元々教えてくれないことくらいはわかっていた。しかし私は暗殺者の正体を知りたいから聞いていたわけではない。私が欲しかったのは、時間だ。
「…っ!?」
相手が慌てて木から飛び降りると、その場所を短剣が通り過ぎた。そして微かに相手の腕を擦り、服が破けた。
「おかしいな。上からの情報だと君は魔法が使えないことになってるんだけど?」
そう小声で呟くと、相手は初めて動揺した空気を見せた。そう、私は魔法が使えない。けれどそれは、痛みに耐えられないから使えないだけであって、それは逆に痛みに耐えれば使える、ということなのだ。
しかし、耐えると言っても今のところ何回か連続で使えるのは初級魔法だけで、もっと上級の魔法を使おうとすると痛みの限界がきてしまう。だから魔法は最大限使いたくなかったのだ。
今使った浮遊操作魔法は中級魔法。今ので仕留めなければならなかったのに、やはり万全の状態よりも操作がうまく出来ずに当たらなかった。さらに、痛みの強い中級魔法を使ったので私の精神疲労状態は大分限界に近いところまで来ていた。
(使えるのはあと一回ってとこか…)
今度こそ当てなければ次はない。
「あら、そんな誤情報を教えられていたなんてお気の毒に。残念ながら私は魔法が使えますのよ?」
自信満々に聞こえるように声を出しながら、仁王立ちをする。魔法があと一回しか使えないことがバレたらそれを妨げさえすれば相手が勝てることに気づいてしまう。だからあえて使えるかのように言えば、相手も無駄だと思う攻撃を減らしてくるはずだ。そうすれば、先程よりも動きやすくなる。
ここからはどれだけうまく相手の目を誤魔化せるか。攻撃しても魔法で応戦しなければ、相手も疑問に思ってバレてしまうだろう。出来るだけ急いで蹴りをつけなければならない。演技はもはや時間稼ぎだ。
「ごめんなさいゴルマスさん。これを少しの間貸していただきます。必ず返しますから。」
剣の柄を握ったままだった手をそっと外して手を合わせ、腰から剣を取り出し血塗れの刀身を振り血を落とすとゆっくりと握った。赤黒い血が柄を濡らしており、少し滑る剣をもう一度強く握り直す。
深く深く深呼吸をすると、覚悟を決めて腕を痛そうにさする暗殺者に向かって強く一歩踏み込んだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
皆さま、最近コロナウイルスの感染者が増えてきております。体調にはしっかり気をつけて身体を冷やさないようにしてくださいね。
次回もシリアスが続きます。




