15「舞踏会(1)」
遅くなって申し訳ありません。。
馬車が小気味の良い音をたてながら道を走っていた。
いよいよ今日は舞踏会当日である。
義母やシェリーにバレないように前日に家を出たのだが、怪しまれるのを出来るだけ防ぐため連れてきたメイドはサラだけだった。
なのでただでさえ準備は大変なのに一人だったため、夜遅くまで準備を続けていたので二人とも重度の寝不足であった。
「…寝れない。」
この眠れなさは緊張からでもあったが、何故かさっきからサラが此方を凝視したままなのだ。
何か付いているのかと聞くのだが「いえいえ
、何も付いておりませんよ。ただ癒されてるだけですよ。」とニコニコしながら言われた。
何故私をガン見することが癒しに繋がるのか一切理解できない。
「ねえ、サラ。…寝れないわ。」
「緊張なさっているのでしょう。大丈夫です、セレナ様なら立っているだけで今日の舞踏会の花になれますから。」
「いや、なんか…うん…そうじゃないのよ…。」
この中では準備をしてくれていたサラが今一番疲れているだろうから、…私を凝視してそれが癒やしになるのなら別に更に強くは言えなかった。
眠るのは諦めて視線を移し、窓の外から見える景色をぼんやりと眺める。
空には今にも雨が降りそうなどんよりとした分厚い雲が掛かっており、なんとも言えない不吉さを感じたが友人のことを思い出して気持ちを盛り立てた。
出発した時はぼんやりと見えるくらいだったが、だいぶ王城の近くまで着ていた。もうあと1時間くらいで着くだろう。
(早く二人に会いたいわ。)
ダイアナは最初私と一緒に行くことになっていたのだが、偶然ダイアナの婚約者の予定が空いたのでその方がダイアナをエスコートすることになったのだ。
まぁ、ダイアナとは同じ会場内にいるわけだし直ぐに会えるだろう。なので今日待ち合わせしているのはヒアナとだけだ。
それから暫く経つと、ガタンという音と共に馬車が停止した。サラは急いで立ち上がり、扉を開けて先に降りた。差し伸ばされた手にそっと手を重ねながらゆっくりと馬車から降りる。
その瞬間、ここは馬車の停留所的なところだったのだろう、来る時間帯が同じだった人達が一斉に此方に視線を向けた。
舞踏会に参加するのは初めてだから知らない人がいる、と注目されただけだろう。ざわざわとする中を特に気にせずサラと会場へと向かうことにした。
目の前の城は聳え立つように高く、物語の世界の中から抜け出てきたような美しさだった。丁度日暮れだからか徐々に部屋の灯りが目立ってきていて、夕焼けの色と重なりそれもまた美しく感じた。
あわよくばサラとそのまま中に入れればと思ったのだが、舞踏会会場となっているダンスホールの入り口で止められた。どうやらメイドは入っちゃダメらしい。
渋々サラの応援を背に入り口の扉へと向かった。
扉の両脇に立っている衛兵が扉を開いて一斉にお辞儀をする。頭を下げられることに慣れていないので気後したが、気にしないことにして会場へ一歩足を踏み入れた。
そこから先は、まるで別世界のようであった。豪華なシャンデリアと様々な香水の香りそして煌びやかな雰囲気に包まれており、女性達がそれぞれ自慢のドレスと装飾品を付けながら談笑している。
入ってから30分しか経っていないのにすっかり疲れてしまい、柱の影になっている壁に寄りかかって待ち合わせの時間まで待つことにした。
(ヒアナは何処かな…。)
待ち始めてから40分経ち、ヒアナとの約束の時間が近くなってきた。しかし周りを見渡すがまだ来ていないようで再び視線を指先に落とす。
「どなたかしらあの方。暗くてはっきりとは見えませんが、初めて見る方ですわね。」
「今頃社交界デビューなんて、きっと田舎の出なのよ。」
「それに見て!あのドレスの色の地味なことと言ったら。」
不穏な空気を感じたので視線を上げ、少し向こうでちらちらと此方を見ながら陰口を叩く女性陣を眺めた。残念ながら聞こえている。
確かに周りを見渡す限りみんな明るい色のドレスを着ているのに対し、私は紺色のドレスだ。
このドレスは流行のものではないけれど美しいデザインだし、素敵なドレスだと思っているんだけどなぁ…。
ふぅ…と大きく息を吐き出す。壁にもたれかかったまままたもやぼんやりとしていると、ふと見覚えのある水色の髪が視界に映った。
(あ、いた!)
丁度入り口から入ってきた所だったのか、羽織っていた上着を脱いでメイドに渡しているところだった。
今いる場所は周りから見えにくいから、入り口まで迎えに行こうか。
友人に会えた喜びでさっきまでの気だるさは何処へやら、軽やかな足取りで一歩踏み出した。
*******
見ない顔であった彼女に注目していた人々は、大きく息を飲んだ。柱の影から姿を現した少女は田舎の匂いを一切感じさせない気品を漂わせていたからだ。
月を編み込んだような美しい銀髪は、照明の光を受けてキラキラと輝き、湖面色の青い瞳を髪と同じ銀色の長い睫毛が縁取っていた。
彼女が纏う紺色のドレスには微細にカッティングされたほんのり淡く光る魔石が散りばめられており、歩くたびに光を受けてキラキラと光った。
そして地味な色だと蔑すまれていたこの紺色は、彼女の雪のように白い肌と首から下がる紅のネックレスをより際立てており、誰よりも彼女に似合う色であった。
気品溢れる表情で背筋を真っ直ぐ伸ばして真っ直ぐに歩いている。
誰もがこの美しい少女に魅入り、まるで女神のようだとため息を漏らした。
まだ彼女が友人らしき少女と話している姿に魅入っている者もいるが、冷静な人々は謎の少女の素性を調べようと聞き込みを始めていた。
それにより先程まで気付いていなかった人々も彼女の存在を知り、本人の気付かずうちにあっという間にその少女は注目の的となっていった。
*******
「…ふぁぁ……、セレナ様!今日はいつにも増してお美しいです!」
「は、恥ずかしいわヒアナ。私なんていつも通りよ。それにしてもヒアナはとっても可愛らしいわね。」
ふわふわした若草色のドレスには所々レースでできた花が縫い付けられており、ヒアナの水色の髪ともよく合っていた。
うわぁ…赤面目逸らし頂きましたぁぁ!と悶えながらも表情を崩さず「ありがとうございます!」と言ったヒアナは、そういうところだけは同系統のサラより凄いかもしれない。
暫くはそこで話していたのだが、舞踏会開始が近づくにつれどんどんと人が増えてきたので、壁際で話そうということになり壁側に移動しようとしたその時だった。
「ひゃ!?」
ドンッという音とともに隣から何かがぶつかってきて、少しよろめいた。その後に聞こえたのは、尻餅の音とパシャ…という何かがかかった音。
嫌な予感と共に視線を下げると、案の定相手が持っていたグラスの中身が彼女自身のスカートにかかり、シミがどんどんと広がっていった。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
私の不注意で誰にぶつかってしまったのかと視線を顔に移すと、見覚えのありすぎる少女が口を押さえて泣きそうな顔をしていた。
「…シェリー…。」
私が小さく名前を呟くと、口元を少し緩め歪んだ笑みを浮かべたが、瞬きをする間にその表情は悲劇のヒロインへと変わっていた。
「…ふっ…うぅ…。」
ようやく離れつつもあった視線は、彼女の登場により再び此方に集中してしまった。
泣き声に何事かと振り向く人々は、まず立っている私とヒアナに、次に地面に座り込み涙を流すシェリーに、そしてシェリーの真っ白なドレスに作られた大きなシミへと視線を移していった。
シェリーの本性をよく知らない人々は鋭い視線を此方に投げかける。突如向けられた非難の眼差しに、ヒアナが竦みあがり怯えたように震えていた。その肩をそっと抱くと、静かに目で合図をする。
小さくコクリと頷いたヒアナは、近くにいた彼女の友人のもとへゆっくりと歩いていった。
人々の視線はヒアナを追いかけたが、事の中心に再び視線を戻す。取り敢えずヒアナの安全は確保できただろう。
悪者は、私一人で十分だ。
その後続々と彼女の「攻略対象」達が集まってきた。彼らはシェリーの周りに集まり、一通り事情を聞いたり慰めたりすると此方をみんなで仲良く睨んできた。
「お前、見ない顔だな。私のシェリーを泣かせるなんて何様だ。名を申せ!」
「ふふ、名を申せですって?あら皆様、私のことは嫌と言うほどご存知だと思っておりましたが。可哀想に、人の顔も認識できないのですか。」
扇をサッと開いて口元にあてて優雅に笑って見せると、明らかに向こうが怒りたっている気配を感じた。…ちょろい。
「何処かでお会いしていたなら申し訳ないが、もう一度名を教えてくれないか?」
冷静沈着な眼鏡を掛けた青年が一歩前に踏み出し、丁寧に問いかけてきた。そう、この方のように女性に話しかけるときは敬意を持って丁寧に、と習わなかったのか…。
呆れを含んだ溜息を吐くと、姿勢を正して周りを見渡した。
「皆様ご機嫌よう。セレナ・クラシスでございますわ。」
にっこり微笑むとスカートを摘み、完璧な淑女の礼をした。誰も私だと気づいていなかったらしく、周りの人々だけでなく攻略対象方もまた騒然としていた。
すると突然、そのざわめきの中で息を飲む音と衣擦れの音が聞こえた。誰もが慌てて道を開け、頭を深く下げる。先程の煩さが嘘のように静寂が訪れた。
そうして人々によって作られた道を歩いてきたのは、私の婚約者であり親友であった少年。
突然のこの国の第一王子の登場に、人々は困惑した表情を浮かべていた。
「…お前、本当にセレナ嬢なのか?まるで別人だが。」
ジンは眉を潜めながら訝しげに此方を睨んできた。
「あら、このネックレスは貴方がくれたものでしょう?」
扇をパチンと音を鳴らして閉じると、首を差した。ジンは視線を首元に移しネックレスを視界に収めると、不快そうに眉間のシワを濃くした。
「そんなもの、あげた記憶はないぞ。」
「……そうですの。」
本人に言われるとなんだか来るものがある。
少しの間重い沈黙が続いていたが、先ほども声を荒げていた気性の激しい青年が耐えきれなかったのか口を開いた。
「お前がわざとシェリーにぶつかったのか!せっかくのドレスが台無しだぞ!どう責任とってくれるんだ!」
「…落ち着け。」
青年は、ジンに静止をかけられると不満そうに口を閉じた。流石に第一王子の言葉に逆らおうとはしないらしい。
「皆のもの、まず本日の舞踏会の主目的を招待状に記入しなかったことを詫びよう。」
ジンは周りの人々に向き直ると、大きく声を張り上げた。
「実は一つ素晴らしい報告があるのだ。」
そう言いながら立ち上がっていたシェリーの手を引きながら壇上に上がり、肩を抱き寄せ彼女にうっとりとした眼差しを送った。
「この度セレナ・クラシス嬢との婚約を破棄し、その妹であるシェリー・クラシスと婚約を結ぶ。」
驚愕した声が所々で上がり、会場はまた騒めき始めた。一部の人達は嘲るような視線を私に送るが、一部の人はまた哀れみの視線を送った。
他の攻略対象方の皆様もこのことをご存知ではなかったらしく、憤ってジンに掴みかかろうとして周りの人に引き戻されていた。
「…婚約破棄の条件を満たしていないのならば、破棄出来ないことはお分かりでしょう?」
まさかの出来事に気が動転したが、一瞬で持ち直すとゆっくりと問いかける。
「婚約破棄の条件は、両者ともが婚約を解消する事に同意した、もしくは相手が何か罪を犯した場合のみ婚約破棄が認められる、だったな。」
「ええ。」
「君は、相手が何か罪を犯した場合、に当てはまる。心当たりはあるだろう?」
にこりと黒い笑みを深めると、何もかも知っているような目で此方を見てきた。
「いいえ、心当たりなど全くありませんわ。」
そう、後ろめたいことなど何もないのだ。なんの法も破った記憶がない。そもそもシェリーを虐めていた、とか言っても実際やっていないのだから証拠が見つかるわけがないのだ。
なのにジンは楽しそうに笑い、口を開いた。
「お前の父親が昨日、国家反逆罪て隣国で捕らえられた。私にはそんな奴の娘がまともな人間だとは到底思えないな。お前は、未来の王妃に相応しくない。」
私の「更新頑張ります」は信用できませんね…(汗)
結局前回の投稿より二週間ほど経ってしまいました…。
更新頻度はゆっくりですが、暖かく見守って頂けると嬉しいです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
追記
以前言っていたように、編集いたしました。
果たして編集前より良くなったのかと聞かれれば自信を持って肯定できないという悲しさ…。
2020/2/23




