14「学園騒動(2)」
年末病気になりまして入院しており、更新が大変遅れてしまいました。本当に申し訳ございません。
お待たせいたしました!ちょっとこれまでの分を取り返せるように更新頑張りたいです。
二人が言い合っているのを見ながら、なんだか違和感を感じた。普通愛する人がいたのならこんなに早く心変わりなんかするのだろうかと、疑問を持た
ずにはいられなかった。
何かがおかしいのだ。しかしその原因が一体なんなのかが分からない。
視線を二人の後ろに移すと、いつの間にかシェリーとベルセルク様の背後にはシェリーに恋をした、彼女のいうところの「攻略対象」と呼ばれる美男達5人が集結していた。残念ながらその中の3人が婚約者持ちだ。そしてその中には見慣れた一人の少年の姿もあった。
「…ジン…。」
あの絹のようにサラサラで柔らかい金髪と、他の美男子達の中でも一際輝く美貌、そしてその背の高さから、すぐに見つけることができた。
もしここでジンが正気に戻り、ヒアナ様を庇えば私は貴方を許せるのに。なんて、淡い希望を抱いてしまう。まさか他の男達と共にシェリーに味方をし、ヒアナ様のような被害者に鋭い視線を投げ掛るような人間になるはずがないと思っていたのだが、現実とは非情なものだと痛感した。
四年生になり、あっという間に生徒会に抜擢され副会長を務めたジン。近頃は悪役令嬢としての私にもだいぶ優しくなってきて、時には私を庇ってくれるようにもなった。
けれど、経験上シェリーと関わりを持ってしまえばもう二度とジンが帰ってこない気がして、出来るだけ学園で二人を出会わせないように気を付けていた。
まぁ、結果としてその予想は残念ながら見事に的中してしまったわけだが。どんなに遠ざけようとしても二人は運命か何かのようによく遭遇したし、同じ生徒会になってしまってはもう避けようがなかった。
私にはどうすることも出来ず、あっという間にシェリーに惹かれ、やがて練習場にも来なくなったかつての親友をただ黙って眺めていることしか出来なかった。
しかしいくら嫌われていても婚約破棄まではされていない。婚約とは、家同士の大事な約束事だ。貴族同士の結婚など政略結婚の場合が殆ど。だから、他の人を好きになったからという理由ではいそうですね、と簡単に取り消せるようなものではないのだ。
両者ともが婚約を解消する事に同意した、もしくは相手が何か罪を犯した場合のみ婚約破棄が認められる。
だがヒアナ様はどちらの条件も満たしていない。ベルセルク様の私情で一方的に婚約破棄を押し付けられただけだ。つまり二人が婚約破棄をすることなど出来ないのだ。そもそも両者の承諾の意が確認できなければ手続きの為の書類も出ないはず。
なのに視界に映るのはベルセルク様の手に握られた申請の書類。先程ヒアナ様に婚約破棄を宣言していたときに見せていたものだ。何故あれを彼が手に入れることが出来たのか、そして何故既にきちんと役所の承諾の欄にサインがされているのか。
役所の人間の弱みなどを握っていたのか、あるいは金でも積んだか。考えられる可能性は多々あるが、あの書類とサインをなにかしらの不正をして手に入れた事は確かだ。
「ではシェリーとベルセルク様。ヒアナ様がこの事件を起こした犯人という事でよろしいですか?」
「もちろんよ!」「ああ」
ようやく言い合いが終わったらしく、ベルセルク様の疑いが晴れたシェリーは、ベルセルク様と腕を絡ませながら二人で同時に頷いた。
私の質問でヒアナ様に真っ青な顔をさせてしまったから早く安心させてあげないといけないわね。
「そうですか。では、シェリーの証言以外に証拠はありますか。誰か他にヒアナ様が壊している現場を見た目撃者がいるとか、部屋にヒアナ様の物品が落ちていたとか?」
「そ、そんなの無いわよ!私が言ったんだからそれが真実なの!なんで…貴女だけ…貴女だけがシナリオ通りにいかないのよ!何?なんなの?貴女も転生者なの?」
この馬鹿はついにみんなの前で謎発言をしてしまった。今までは家で言わなかったのに。やはり長くは持たないだろうと思ってはいたが、まさかこのタイミングで言い出してしまうとは…。
案の定野次馬達がざわざわと騒ぎ出していた。
「…なにを言っているのかしら、シェリー。夢見がちな妄想はやめなさい。シナリオとかなんとか知らないけれど、この世界は貴女の思い描く世界とは違うのよ。」
確かに私はこの女の言う通り「転生者」なのだろう。けれどもそれが周りに知られれば、頭がおかしいと思われるくらいならまだいいほうだ。彼女はこの世界のことを知っているようだから、軍事利用の為に拐われてもおかしくない。
つまりシェリーに乗り移った女だけではなく、シェリーの身までにも危害が及ぶのだ。そんなこと私が許さない。
「で、でも貴女変よ。なんで私の魔法が効かないの……。」
シェリーが眉を潜めながら小さく呟いた。幸い私以外周りには聞こえていない。いや、私の位置で聞こえたからシェリーの隣にいるベルセルク様は聞こえてた筈だ。しかしなんの反応もないままヒアナ様を睨み付けている。
今ふと芽生えた疑惑をまさかとは思いながらも可能性はゼロではなかったので確かめるためにベルセルク様の目を注意深く見つめた。
すると、その疑惑の信憑性を高めるある一つの特徴が発見されたのだ。
…もしかしたら違和感の原因はこれだったのかもしれない。
「目が時々虚になっているわ…嘘でしょ、シェリー、貴女精神系の魔法を彼等にかけてたの?精神系の操作魔法はこの国の法律で禁止されているのよ?」
「…え?でも、上手くいかないんだからしょうがないでしょ。自分の思い通りにならなければ精神操作の魔法を使えば上手くいくんだって神様が言ってたもの。」
神様?神様と言ったら、昔称号をもらった時に会ったあの神達だろうか。けれどそんなこと、あの神達が言うわけがないか。
そうなると…あの三人以外に神様がいるか、あの神達に裏があるのか。一体シェリーはどのような経路でこの世界に来たのだろう。
大変気にはなるが…今はヒアナ様が優先だ。
「シェリー。それが壊されたのはいつなの?」
「え…、き、昨日の午前中に見つけたわ。」
「そう。」
これで言質は取った。
「シェリー。それが壊されたのが昨日なら、ヒアナ様は出来るはずがないわ。何故ならヒアナ様は昨日の午前中、お茶会に出席していらっしゃったもの。」
「…え?」
「昨日、貴女のお母様がサンタル家でお茶会があるって言ってたの。そして、ヒアナ様と仲良くする為に私をお茶会に連れて行ったの。その時にきちんとヒアナ様の姿を確認したわ。だからヒアナ様は昨日の午前中にその指輪を壊せるはずがないのよ。」
そう、昨日はせっかくの休みの日だったのに、お義母様の実家であるサディエス家が何かをやらかしてから仲が悪いサンタル家との仲立ちとして子供達を使おうと思ったらしい。つまり、私とヒアナ様が仲良くなれば自然と親も仲良くなるというなんとも雑な計画だ。
私は勿論あのケバい化粧がいつもより濃かったので、お茶会が始まる前に皆さんの気分を害さないように端っこに隠れてたんだけど。
お茶会の席にヒアナ様が座っていた事は私も知っているし、参加していた皆さんが証言してくれるはずだ。
「で、シェリー。他に何か証拠はあるの?流石に貴女だけの話ではヒアナ様を犯人にするには証拠が足りないわよ。」
「…っ。」
唇を噛み締めるシェリーの耳元にゆっくりと口を近づけた。
「ねえ、貴女は自分の詰めが甘いと思わない?」
怒っているのか恥ずかしがっているのか、顔を真っ赤にして逃げ出したシェリーの背後を慌てたように追いかける美男達に、野次馬達がわらわらと道を開けていた。
ふん、シェリーもおバカさんな事。昨日の午後の間違いだったとか、ヒアナ様が別の人にやらせたんだ、くらいのでっち上げをしてくるかと思いきや、結構簡単に逃げていったあの女の頭の弱さを哀れんであげた。
シェリーと美男達の集団が見えなると、地面に座り込んでいたヒアナ様を取り敢えず立たせようと手を差し出した。
「…ヒアナ様、大丈夫ですか?」
「え、ええ。ありがとう…ございました…っ。」
その後堰を切ったように泣き出してしまったヒアナ様にハンカチをポーチから差し出した後、野次馬の中に紛れて傍観していた先生を怒りを込めて睨みつけた。
それを受けた先生が何故だか顔色を真っ青にしながら野次馬達を教室に追い返してくれた。まぁここから退けてくれるなら別にいいけれど…なんで顔色が悪かったのだろう。
こうして誰も居なくなった中庭のベンチにヒアナ様を連れて行き、落ち着くまで隣で背中をさすっていた。
暫くしてようやく泣き止んだヒアナ様は、ゆっくりと顔を上げ、赤く腫らしてはいるがもう涙は見えない瞳で真っ直ぐ私を見た。
「…今まで勘違いをしていて申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました。」
深く頭を下げるヒアナ様に慌てて顔を上げさせた。
「いえ、私の身内がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでしたわ。」
謝るのはこちらの方だ。今回の出来事は圧倒的にこちらに非があるのだし。
「私…ベルセルク様と婚約を破棄しようと思うんです。実は、ちょっと期待していました。きちんと向き合って話せば、隣に戻って来てくれるんじゃないかと。でも無理でした。それどころか手を上げられて…ショックでした。もう、ベルセルク様を信じられなくなっていました。私、あんなに愛してたのに…どうしちゃったんでしょうね。」
そう言って悲しげな顔で笑うヒアナ様の手を優しく握った。
「誰だってあんなに恐ろしい目に遭ったら、相手を信じられなくなってもおかしくはありません。ヒアナ様はきちんとベルセルク様に向き合っていらっしゃいました。…ヒアナ様、ご自分を責めてはいけませんよ。よく、ここまで我慢して来ましたね。私は貴女の優しさに感服致します。ジンが私にあんなことをしたらその場で細切れですわ。」
「うふふ、そんな言葉セレナ様のようなご令嬢が使ってはいけませんよ。」
私の細切れ発言に少しは笑ってくれたようだ。だいぶ表情が柔らかくなったヒアナ様は、微笑みながら少しの間遠くを眺めていた。そして一筋ながれた涙をそっと拭うとこちらを向いて、にっこりと笑った。
「私、もうベルセルク様のこと泣くのはさっきので最後にします。自分の気持ちに区切りをつけられた気がします。えーと、実はですね…あの…本当に突然で申し訳ないのですが、とても優しくて強いセレナ様を尊敬したんです。宜しければお友達にさせて頂けませんか?」
「ふぇ…!?え、ええ、ヒアナ様が良ろしいのならば、ぜ、是非お友達になってあげてもよろしいですわよ!…あれ?なんか言葉がおかし…」
単純にセレナは突然過ぎて心構えが出来ておらず言語機能が暴走しただけなのだが、うわぁセレナ様ってツンデレなんだぁ〜とか彼女が思い込んでいることをセレナはその後本人から聞くことになった。それを否定するのにまるまる一週間もかかったのは、また別の話だ。
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長くなったが、こうして私には嬉しいことに二人目の友人が出来たのだ。けれどシェリーの精神操作のことはまだ解決していないから、以後考えていかなければならない最重要案件だろう。
そう今は私の友人の話なのだ。最近はヒアナを呼び捨てで呼ぶまでに仲が深まって来たのだが…ヒアナはなぜか私を人生を救ってくれた人とかなんとか思っているらしく、様付けが消えない。
ダイアナは「あら、いつの間にセレナ教作ったの?」とか揶揄ってくるし。まぁ、いつかヒアナと互いに呼び捨てで呼び合えるような関係を築けたらいいな、と様付けが消えるのを気長に待つことにした。
でも…二人のことを考えたら、来週の舞踏会も少しは楽しみに思えて来たかもしれない。
実は二人ともこの舞踏会に参加すると教えてくれたからだ。
さっきまであんなに嫌だったのに、友人がいるというだけでこんなにも心強いと思えるなんて、友人のもつ力は計り知れないなと一人苦笑した。
とにかく今は、家族がどうであろうと虐めがどうであろうと、二人がいるだけで世界が優しく思える。
だってほら、今悴んだ手に舞い降りた季節外れの雪の粒も、薄着の肌に針を突き刺す風も、こんなに暖かく感じられるのだから。
拗らせると結構大変なことになる可能性もありますので、皆さん風邪には充分お気をつけください。
セレナがツンデレっていうのもいいなぁ、とは思ったのですが、既に彼女は鈍感なちょっと天然キャラなので、さらにツンデレは足せないなぁと思いまして。いつかツンデレキャラが出したい!と思う今日この頃。
ところで、シェリー馬鹿すぎないか?と思った皆様。私も思いました。ヒアナがお茶会に居た、というだけではまだヒアナが無実だという証明にはなりませんよね。しかし無理があるとは思いますが、そこはシェリーが規格外の馬鹿だという認識で通して貰えると有り難いです。




