12「招待状」
以前数話で旅に出るみたいなことを言った気がしますが、まだ数話続きそうです。話の変わり目で章を変えようと思います。よろしくお願いします!!
「え、舞踏会?」
驚いて手にした泡立て器を床に落としてしまったので慌てて拾い、後ろを振り返った。
広い厨房の入り口には息を切らしたサラが立っていた。その右手に掴まれている手紙らしきものには大きな紋章が描かれていた。その模様は…。
「…お、王家の紋章じゃない。何かの間違えではない?私に招待状を送る人などいないわ。シェリー宛じゃないの?」
「い、いえ、ゼェゼェ…きちんとセレナ・クラシス様と…ハァハァ、書いてありまハァハァハァ…」
「まずは息を整えてちょうだい?」
どれほど猛ダッシュをしてきたのか分からないが、とにかく息が乱れているサラを落ち着かせる。
「ジン様からです。」
「は?」
「ですから、ジン様からセレナ様に届いているのでございます。」
「へ?」
ようやく息を整えたサラが結構な問題発言をした。ちょっと何言ってるのかヨクワカラナイ。
「現実逃避しないでくださいセレナ様。はぁ、やっと私のセレナ様が社交界デビューできるのですね!やっとお義母様に邪魔されないチャンスが!」
「行かないわよ?」
今度はサラが間抜けな声を出す番だった。
「な、何を言ってるのですかセレナ様。冗談はよし…」
「行かないから。」
「えぇーーーー!」
悲痛な叫び声が、私達以外には誰もいないキッチンに響き渡った。
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「どうしてですかセレナ様。これは二度とないチャンスです。お義母様を通していないので内緒で行けるんですよ?」
「私なんかが舞踏会に行っても何の意味もないわ。もしダイアナが居なかったらぼっちだし。」
私はお菓子作りを一旦切り上げ、厨房と繋がっている食堂に場所を変えて二人で向かい合いサラから熱心な説得を受けていた。
「いいえ、もっちろん自分から誘ったのですからジン様がエスコートをなさるはずです!」
「でも、最近ではジンとシェリーの仲がとてもいいって噂じゃない。
「ただ単に生徒会で同じになって少し話すようになっただけですよ!」
そう。シェリーはとても魔力量が多かったし、珍しい称号持ちだったからか通常四年からしか入れない生徒会に、二年生という若さで抜擢されたのだ。ちなみにジンは私と同じ16歳、シェリーは12歳だから4歳差だ。うん、普通にいける年齢差だ。
「普通にあり得r…」
「ないです。」
「あり…」
「ないです。」
「…。」
「ないです。」
「何も言ってないじゃん!」
ほっぺを膨らませているサラの頬を人差し指で押すと、プゥ〜と可愛らしい音が鳴った。
うん、可愛い。
「それにしてもシェリー様の行動は目に余りますよ。何がお姉さまに虐められたんですぅ〜ですか!あんなのただの自作自演の痛い女じゃないですか!それに男性といっても婚約者がいる男性にまでベタベタベタベタと…。」
「うふふふ」
「笑い事じゃないですよ!」
シェリーの声真似がとても似ていてついつい笑ってしまうとサラに怒られた。
「でも、行くとしても舞踏会に来て行くような豪華なドレスなどないわ。お父様に頼んだとしても採寸の時にお義母様とシェリーにバレちゃうし。」
「セレナ様。今こそ奥様のドレスを着るタイミングです!」
「え、でもお義母様のドレスはサイズが合わないわ?」
サラも残酷なことを言うものだ。あの溢れんばかりの豊満な胸を思い浮かべながら、成長期に身長と共に比例して成長してくれなかった自分の胸を見下ろし溜息を吐いた。残念、B…ないかな…。
「セレナ様、お義母様の方ではありませんよ。シエナ様のことを言っているのでございます。」
「え、お母様の…?」
決してシェリーに見つからないように部屋の隅にある鍵付きの戸棚に仕舞い込んでいたあの紙包のことだろうか。でも…。
「あれは、お母様のですもの。私が勝手に着て良いものではないと思うの。」
「もしかしてご存知ないのですか?」
「へ?」
何を今更、と言う表情でこちらを見てきたサラを首を傾げながら見つめ返すと、サラはゔぅっと呻き声を上げてふらついた。どうしよう。体調でも悪くなったのだろうか。
「サラ、大丈夫?体調が悪いなら少しお休みしたら?」
「…っいいえ、大丈夫です。その顔は絶対に舞踏会でしないでくださいね。ほんと自分の表情にどれだけ破壊力があるかわかってないのですね…私のセレナ様に変な男がまとわり付いたら困るわ…。」
最後は何を言っているのかわからなかったが、とにかく相当変な顔をしていたようだ。まぁ今どんなに酷い顔をしていようと表情筋が緩む相手なんてごく僅かだから心配無いと思う。
「では、お話を戻しますね。シエナ様がお亡くなりになったあと、部屋の整理をしているとセレナ様の宛名が書いた紙包が発見されました。それこそが今セレナ様のお部屋にある紙包でございます。」
「………えーーーーーーーーーっ!」
すると私の叫び声を聞きつけたメイドや執事達がダッシュで厨房に走り込んできた。すいません!静かにします!
ーーーーーーーー
ーそれから一時間後ー
セレナは姿見に映った自分の姿を呆然と見つめていた。いや、正確に言うとドレスをだ。
夕闇のような深い紺色と白色の生地が重なり合っているドレスで、身体のラインの真ん中は白、他は紺色になっている。白色のドレスの上から紺色を真ん中以外に被せた感じだ。白い生地の方はオーガンジーなどから出来ているが、紺色の艶のあるサテン生地には刺繍などは一切なく、生地そのままの美しさを感じさせられる。そして腰には紺色の絹のリボンが巻かれていた。
お母様の趣味は大人っぽいデザインだったのかな?私には似合わない美しいドレスに気後がした。しかしサイズは少し大きかったが調整すればピッタリだった。
「……こんなに綺麗なドレス私には着れないわ。衣装負けしちゃう。」
「絶対に大丈夫ですよセレナ様。大変お似合いです。流石奥様がセレナ様のために作ったドレスですね。」
「…素敵だけど…私なんかが着たらドレスに申し訳なくなってきちゃうわ。」
「うふふ、これで今回の舞踏会の花はセレナ様に決定ですね。私のセレナ様の晴れ舞台!ああ、今こそお母さんのツテを頼る時だわ。早速連絡しなくちゃ!」
サラは頬を上気させながら聞き取れないほどの早口で何かを呟いたあと颯爽と部屋から飛び出していった。
私は誰もいなくなった部屋でぼんやりと鏡を見つめていた。美しく輝いているドレスを着ているといつもより更に目立つ、手入れが行き届いていない乾燥した肌や腕に残る傷跡、そして醜いと言われる顔。
「どうやったら隠せるかしら。」
怪我を隠すならいつものように手袋でも付けようかな…。さっきまでドレスが入っていた紙包を片付けようと持ち上げると、パサリと音を立てて一つの白い便箋が床に落ちた。
心臓は口から飛び出るかというほどバクバクと音を立てていて、震える指先でそっと便箋を拾った。机の引き出しからペーパーナイフを取り出し、丁寧に封を開ける。そして中から出てきたのは、丁寧な美しい字で書かれた手紙だった。
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愛しい娘へ
私は凶悪な魔物の大量発生が起きたから、明日にでも戦場に向かうことになりました。
子供が幼いからと止められたけれど、私は始めからこの国の騎士団長としての務めを果たすつもりでした。この国のために命を掛けられるのならそれほどの名誉はないと。
けれど私は今、後悔しています。日に日に可愛く愛おしくなっていく我が子の成長をずっとそばで見守り続けたいと願ってしまいました。弱気な自分に喝を入れるためにこの手紙を書いているといっても過言ではありません。
約束しますね。私は必ず貴女とお父さんのところに帰ってきます。その時は2人とも元気な姿を見せてください。必ず、必ず帰ってくるから。
あのね、本当はもしものことなんて考えたくはないんだけど、今回の討伐は今まで経験したことがないほどの難易度になりそうです。私は無事に貴女達のもとに戻って、この手紙をこの袋から取り出せることを願っているんだけど、この手紙を貴女が見てると言うことは、私は呆気なく死んでしまったようです。ごめんね、2人を置いていってしまって。
今も貴女達は元気にしていますか?どうか私の分まで長生きしてください。
そういえばドレス、ピッタリだったかしら。私もマルティンも背が高いから、私と同じくらいの体型になるかなって思って作ってもらったの。デザインは私の姉がやってくれました。綺麗でしょう?
今そのドレスを着ている姿を隣で見られていないことに悲しみを覚えます。
セレナ。貴女は強い子だわ。もしかしたら貴女は私と同じように、この先沢山の問題に巻き込まれてしまうかもしれない。けれど、決して自分を見失わないで。頼ってもいいの。泣いたっていいの。私はもう居ないけれど、貴女にはマルティンがいるから。一人じゃないの。もし今何か抱え込んでいることがあるのなら、一人で閉じ込めずに誰かを頼りなさい。
そして最後に、セレナに贈り物があります。屋敷の三階の一番奥にある、左側の部屋に隠しておきます。貴女ならきっと見つけ出せるわ。その贈り物は私から貴女への愛の証です。私の時と同じように、それが貴女の相棒になることを願っているわ。
心から貴女を愛してる。
母より
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「お母様…」
頬を伝った滴がぽたりと下に落ちた。ふと足元を見ると、一枚の葉書のような物が落ちていた。多分気づかずに拾い損ねたのだろう。
手を伸ばし拾って裏返すと、そこには三人の家族が写っていた。
「お父様と…お母様…?」
そこには若き日の父と、母であろう美しい女性が花に囲まれて幸せそうに笑っていた。そしてその真ん中にいたのは。
「私…。」
お父様にそっくりの銀髪と、お母様と同じストレートと碧眼。
写真の中の私はどんな表情をしていたのだろうか。でもそれを見ようとしても目の前が霞んでよく見えなかった。
「ふぅ…ぁ…っ」
膝の力が抜けて座り込んだ。そして手紙を抱きしめながら、止まらない涙を押し殺そうと嗚咽を噛んだ。
目が泣きすぎて赤く腫れていたのをサラに発見され、冷たいタオルと温かいタオルを交互に渡され目に当てた。するとだんだん腫れが引いていき、心も落ち着いていった。
流石サラだ。深い理由も追求せずにただ微笑んで背中を撫で続けてくれた。それでまた涙が出そうになったのだが、なんとか意地で持ち堪えた。
ーー 誰かを頼りなさい ーー
手紙にあったお母様の言葉にずっと考えさせられていた。
「お父様に、きちんとお話しようかしら。」
暫く背中を撫でられながら不意に呟いた私の言葉にサラが目を大きく見開いた。
「…よく、決めましたねセレナ様。頑張ってください。」
そっと手を広げると、抱きしめてくれた。その暖かい腕の中で泣いてしまったのはしょうがないことだと思う。私に姉がいたならこんな感じなのかなと思ったなんてことは秘密だ。
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これからもよろしくお願いします。




