9「初めての友人」
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突然殺気を感じて首を少し横にずらすと、さっきまで首があったその位置を1ミリも違えず壁に短剣が突き刺さった。
おいおい、殺したいと思われるほど憎まれるようなことした覚えないけどな。
視線を剣が飛んできた方に向けると、そこにいたのは黒目黒髪の美少女だった。
「…初めまして、ダイアナ様…ですわよね。ご機嫌よう。」
一瞬思考停止していたが、淑女としてきちんと挨拶をする。
「初めまして、セレナ様。ダイアナ・ランカーでございます。」
彼方もニッコリと笑みを浮かべながら挨拶を返してきた。そこだけ見れば、ただ初めて会うクラスメイトと挨拶を交わす令嬢達である。しかし事実私の横には短剣が突き刺さっている。
「あの、ダイアナ様。挨拶代わりに短剣を投げつけるというのはいかがな物かと思うのですが…。」
「安心してください、それはゴム製です。」
澄まし顔でそう言い切る少女に、ゴム製なのに壁に刺さるってどゆこと?と心の中で呟く。当たったら絶対に怪我するぞ。
「入学試験の時に見させていただいた限りではダイアナ様は短剣使いだったと記憶しておりますが、魔法科を取られていたのですか?」
「いいえ、父の仕事の都合で隣国にいたのです。ですから転入生みたいなものですね。」
どうやら父の仕事先に家族でついて行っていて、ようやく今年帰ってきたのだそうだ。学年の単位は隣国の学校で取っていたので、普通に四年から転入できるらしい。
「で、ダイアナ様は何のご用事があって私にお声をかけたのでしょうか?」
「私の友達になってほしいのです。」
「…は?」
爆弾発言にしばらく呆然としてしまった。友達?ともだち?私の噂を知らないのだろうか。
「お噂はかねがね。なんてったって傲慢で我儘なお嬢様だとか。でも今話していて別にそんなことは思わなかったんですの。人は噂で判断しちゃいけませんしね。」
何を当たり前のことを?というふうに首を傾げた少女に、つい嬉しくなって笑ってしまった。
学園で今まで本当の私を見ようとしてくれた人なんていなかった。だから、友達なんてこれから先卒業してもできないだろうと思っていたのだ。
「ふふ、じゃあよろしくお願いしますわダイアナ様。私でよろしければお友達になってくださいませ。」
私が突然笑い始めたことで何故か固まっていた少女ににっこり笑い返答する。
「友達になるんですもの。様付けも敬語も結構です。…これからよろしくね、セレナ。」
再起動したダイアナの言葉に、今度は此方が固まる番であった。
呼び捨て、タメ口って…
めっちゃ友達みたいー!
それは人生で初めて女友達が出来た瞬間であった。
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無事対戦相手をボコボコにした後、初めて友達と屋敷まで帰るという前世を含めて今までにない経験をした私の気分は絶好調であった。
「ねえ聞いてサラ!私ね、友達が出来たのよ。明日から楽しみだわ。」
自室で拳を振り上げ小躍りしていると、サラが苦笑しながら紅茶を持ってきてくれた。
「それはいいことですね、セレナ様。しかし小躍りするのはここだけにしてくださいませ。」
「ええ、気をつけるわ。」
紅茶を一口飲むとニヤつく頰を抑えることなく息を吐き出す。やっぱりサラの淹れてくれる紅茶は世界一美味しい。
「そういえばセレナ様、明日はシェリー様の入学式ですので学園はお休みですよね?」
紅茶のおかわりを注いでくれていたサラが思い出したように問い掛けてきた。
うわぁ…そうだ、完璧忘れていた。明日からシェリーも学園に通うようになるのだ。さっきまで幸福メーターが100だったのが一気に50あたりまで下がった。私がお義母様と妹を虐めているという噂は昔からある。もしかしたらまた陰口が酷くなるのだろうかと気落ちしていると、サラが慰めてくれた。
夕飯を食べに下に降りると、食堂の開いた扉からは暖かい灯りと笑い声が漏れていた。そっと隙間から中を覗くとお父様とシェリーとお義母様が、楽しそうに何かを話していた。どうして誰もお父様が帰ってきたと知らせてくれなかったのだろう。
慣れている光景のはずなのに、お父様がその中にいるからなのか胸が締め付けられるような感覚に落ち入り立ち尽くしていると、いつの間にか背後にいたサラがそっと背中を押してくれた。
扉を開けるとお義母様とシェリーの視線が突き刺さるが、お父様はにっこり微笑んで手を広げてただいまという。
そこに駆け込んでお父様を抱きしめると、お義母様が年頃の娘が無闇に男性に抱きつくべきではないとかなんとか言ってきたが、それを聞いたお父様が今日くらいいいだろうと宥めてくれたので、存分に抱きつくことができた。
「お父様、お久しぶりです。出迎えに行かれなくて申し訳ありませんでした。何も病気はありませんか?」
「ああ、元気満々さ!それより、会いたかったぞセレナ。」
頭をわしゃわしゃと撫でられて幸せな気分になっていると、お父様に見えないようにお義母様に足を踏まれた。
大人しく場所をシェリーに譲ると、お父様の膝に乗っけてもらっていた。昔はよくやってもらったなと考えていると、食事が運ばれてきたのでみんな席に座り食べ始めた。
夕食後はリビングに行き、お父様の旅の話を聞かせてもらった。何しろ二年間も屋敷に帰れていなかったのだ。話すことは余るほどある。
久しぶりの暖かい空間に心が安らぎ、身体の傷の痛みすら感じる暇もない程楽しい時間が過ぎていた。またお父様が出かけてしまうまで3日間しかないが、こうやって夕食後はたくさん話せたらいいのに。
「明日はセレナの話を聞かせてくれ。」
気づけば時計は9時を回っており、あっという間に終わってしまったことを悲しんでいると明日も話す約束をしてくれた。頭を撫でてもらい、おやすみなさいと言うと部屋を出た。
幸せだ。
今だけは何も考えずに、束の間の幸せを堪能したい。
しかし早速廊下を歩いていると、お義母様に呼び止められてしまった。
「…貴女、まさかとは思うけどあの人に、あの…躾の話はしてないわよね?」
なんとなくソワソワしていると思ったら、自分の躾と称した虐待行動が父にバレるのを恐れているようだ。そんな風に気にするなら最初から何もしなければいいのに。
彼女の愚かさに呆れていた私は、お父様が帰ってきていて気が抜けてたのか、普段は絶対にしないようなことをしてしまった。
彼女に向かって侮蔑の表情を向けたわけだ。
「へぇ、まだ貴女は自分の立場を理解していないようね。また今度しっかりと教えてあげないと。」
反省しても後の祭り。目に見えて機嫌が悪くなった彼女は腕組みをしながら、嘲るような目で私を見下ろした。いつもならもう蹴られている頃だが、お父様がこの屋敷内に居るからか多少我慢しているようだ。しかし次の瞬間耳元で囁かれた言葉に全身の毛が逆立った。
「楽しみにしていてね。」
そう言ってにこりと笑うお義母様は、側から見たら優しげなお母さんに見えるのだろうか。そんなどうでもいいことをぼんやりと考えていると、気付けばお義母様の姿はなかった。
打たれるのも蹴られるのも食事を抜かれるのも慣れているのだが、唯一慣れないお仕置きは、熱した火かき棒を背中に押し当てられるあれだ。罪人は焼印を押されるが、それを模倣しているらしい。あれはとんでもなく痛いし、向こうも慣れてきて私が気を失わない程度にやってくるから、まさに地獄だ。
部屋に戻るとベッドに倒れ込むようにして横になり、途端に意識が遠のいていくのを感じた。
元々疲れていたのか、それとも先ほどの事で疲れたのか。まだ湯浴みをしてないなと思ったのを最後に意識がプツリと切れた。
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朝、目を開き窓の外を見るとすっかり太陽が昇っていた。慌てて飛び起きると今日は休みの日だったことを思い出す。ほっと息を吐いてベッドから降り、顔を洗っているとメイドが部屋をノックして入ってきた。
「お目覚めですかお嬢様。お支度が終わりましたら降りてきて下さい。昼食の準備が出来ております。」
もうそんな時間かと時計に目をやると、11時を回っていた。寝坊しすぎたか。ありがとうと言うと一礼して部屋を出て行った。
今日はサラは休みを取っている。どうやら実家のお店のリューアルの手伝いに駆り出されたようだ。
サラも大変だなぁと思いながら練習着を着て髪を解かすと下に降りる。
お父様は書斎で食べるしお義母様とシェリーは入学式に行っているので机には私一人だけだ。普段は使用人が食べている食事より酷い食事しか与えられないが、父が家に滞在中の時は普通に食事が出てくる。使用人たちも父の怒りを買わぬように気をつけているようだ。急いで、けれどしっかり味わいながら食べると、剣を片手に屋敷を飛び出した。
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いつもの練習場への道を走っていると、遠くから馬車が見えたので木の上に登り通り過ぎるまで待つことにした。
だんだんと近づいてきた馬車に描かれている紋章にどこか見覚えがあったのだが、なかなか思い出せない。
しかし丁度真下を馬車が通り過ぎた時に小窓から聞こえてきた声でピンと閃いた。
「あれ、ダイアナの声…ってことはランカー家の紋章か?」
遠ざかっていく馬車が向かっている方向は、我が家のある場所だ。ん?約束なんてしてたっけ…。
こっそりと近寄り馬車の背後に付けて耳を澄ますと、楽しそうなダイアナの声と困ったような男性の声が聞こえてきた。
「ふふふ、セレナ驚くかしら。」
「なんの前置きもなく突然屋敷を訪ねるなど迷惑ではないかと思うが。」
「大丈夫、お茶会がないのは確認済みだもの。貴族なんてみんな用がなきゃ屋敷に居ると思うし。それに貴方が付いていきたいって言ったんじゃない。」
「いや、そうだとしても…良くないと思うけどなぁ…。」
自由なダイアナに振り回されている男性に同情していたが、ハッと我に返った。え、今から屋敷に来るってことよね。初の友人が訪ねてきてくれるんだから、絶対に行かなくてはならない。だったら急がないといつものメイクが間に合わない!
死ぬ気で猛ダッシュをして屋敷に雪崩れ込むと、メイドが不思議そうな顔をして此方を見ていたが、気にせず自室へ走る。
五分後…私は鏡を見ながら出来栄えを確認していた。
派手な服装よし。派手な髪飾りよし。派手な扇子よし。
…ぜんっぜん良くない!
顔が…メイクが…巻き髪がぁ…。
よし、お義母様の実家から寄越されたメイドを呼ぼう。
しかし探せる範囲にいるお義母様直属のメイドは、全て入学式について行ってしまっておりいなかった。どうでもいい時にはいるのにこんな時に限っていないなんて、使えない。
仕方が無いのでクラシス家の元々いるメイドの中で化粧が得意な人を2、3人見つけて引っ張って来た。そして出来る限り派手にしてくれた頼んだのだが…。
いや、うん、綺麗な感じで収まってるのよ。もっとやり過ぎってくらい派手でいい。普段の学園行くくらいのやつ!
なんだか後ろでハイタッチしてるから確信犯なのかもしれない。でもせっかくやってもらったのに落とすのもなんだし…。
髪をコテで頑張ってくるくる巻いて、元々ストレートの為すぐに戻ってしまう髪にワックスをベタベタと付ける。今思うとあのメイド達は髪を巻く天才だったに違いない。
適当に瞼に紫のアイシャドウを付けると普段通りとはいかないが多少は派手になった。
「あ、もうすぐ友人のダイアナが来るからお茶の用意をしてもらってもいいかしら。」
メイド達は無念という感じの表情でわかりましたと言うと、部屋を出て行った。すると入れ替わりのようにノックが響いた。急いでドレスの裾を整えると、どうぞと声をかける。
「ダイアナ様がいらっしゃいました。客間に通しております。」
「あら、もう着いたの。わかったわ、すぐ参りますとお伝えしてもらえる?」
「わかりました。」
予想より早めの到着で慌てて髪留めを留めて部屋を飛び出すと、廊下を突っ走り客間の前に行くと呼吸を整える。
コンコン、失礼します、クラシス家長女のセレナ・クラシスで御座います。おけ。
コンコン、
「失礼しましゅ。クラシュシュ…。」
バタン。
テイク2
「失礼します!クラシス家ちゅうじょの…。」
バタン。
テイク3
「もういい、もういいから入ってきて。」
「……あら、ご機嫌ようダイアナ様。お久しぶりです。クラシス家にようこそ。」
「それで誤魔化せたと思ってるの貴女。あと昨日も会ったから久しぶりでもないし。」
「オ、オホホホホ。」
流石に3回目はダメだったらしい。日本では3度目の正直って言葉があるんだぞ。
「ふ、ふふふふ。」
お腹を抱えて笑い始めたダイアナにパカんと口を開けていると、ダイアナ様の背後に立っていた従者らしき男性も横を向いて肩を震わせていた。
どこに笑うところがあったのかしら?
しばらく笑い続けてようやく収まったあと、ダイアナは目の端に出た涙を拭っていた。
「本当に噂と全然違うわね。貴女とはいい友達になれそうよ。だから言ったでしょ、兄様。」
「ああ、心配していたがこの子なら問題なさそうだ。」
「え!?し、失礼しました。私、セレナ•クラシスと申します。」
従者だと思っていたが、声を聞けばなるほど、馬車で聞いた男性のものだ。ビックリして挨拶をすると、ニコニコしながら気にしないでと言ってくれた。
「あ、あの。どうしてダイアナのお兄様もご一緒なのでしょう。」
「大切な妹の友人を見定めるのは兄の役目だろう?」
ダイアナの頭を撫でながら蕩けるような笑みを浮かべる黒髪黒目の美少年を眺める。こうゆう人を前世ではなんて言ったんだっけ…シスターコンサルタント?ああ、そうそうシスコン。ダイアナの兄はシスコンだった。
「それにしてもセレナ、突然来ちゃってごめんね。メイクも急いでしたみたいだし…。」
言葉をオブラートに包み込んでくれたが、私は知っている。口紅がはみ出てることも髪の毛がバサバサになっていることも。
「…だって初めて自分でメイクしたんだもの。難しかったわ。」
「ふふふ、こっちにいらっしゃい。メイク直してあげる。私普段のメイクも自分でやっているから結構自信あるの。」
お言葉に甘えて隣に座ると、まずはメイクを落とさないと…と言われたので顔を洗いに来ようとすると、慌てたように止められた。
「洗浄魔法かかれば良いじゃない。」
「あー、そうね…。」
魔法が使えないことはダイアナに話していないので、この場をどうやって切り抜けようか。
「そう、私午前中に魔法を使いすぎて魔力切れになっちゃったのよ。」
必殺「魔力無くなっちゃいました!」の効果は抜群だったようでダイアナが洗浄魔法をかけてくれることになった。
再び隣に腰を下ろすと魔法が唱えられ、自分の顔がスッキリして髪の毛がストンと背中に落ちるのを感じた。
あれ?そう言えばすっぴん見せたくなかったから化粧したのにあっさり取られてるし!私の悪役令嬢としての威厳が…。
痛いほどの静寂が訪れ、目を瞑る。私の醜いと言われ続けた顔を見て、失望してしまったのかもしれない。ダイアナが友人を辞めると言ってしまうかもしれない。ビクビクしながらダイアナの次の言葉を待っていても、一向に話す気配もない。
「あ、あの…。大丈夫?ごめんね、こんな血の気のない肌で気味が悪いほど青い目で…。こんな顔、人が不快に思うだけなのに。」
「いやいやいやいや、めっちゃ美人だなぁって思ってただけだから!言葉も出ないほど輝いてるなぁって思ってただけだから!」
「心にもない言葉は人を傷つけるよ。」
「なんでそんなに自虐してんの!」
ダイアナにお世辞を言わせてしまった申し訳なさに居た堪れなかなっていると、ダイアナのお兄様が何故か顔を横に向けながら声をかけてきた。
「ダイアナの次に美しいと認めてあげよう。」
「…オホメノコトバアリガトウゴザイマス。」
「なんでそんなに片言なのよ!それに兄様!絶対にセレナの方が可愛いと保証いたします!」
何故か兄妹で口論が始まってしまい、私は椅子の端っこで遠くを眺めていた。
「お待たせしましたわセレナ。決着がつきました。」
何故かダイアナの背後では顔を真っ赤にしたお兄様が立っていた。彼女は一体何をしたんだろう。
その後は平和に三人でお茶を飲みながらお喋りをして夕暮れ前に帰っていった。馬車を見送りに行き、帰ってくるとお父様が立っていた。
「あら、お父様。お仕事は終わったのですか?」
「うん、今さっき区切りがついたところだよ。できればセレナの初めてのお友達を見たかったのだが一歩遅れたようだね。」
「また会えますよ、近いうちに遊ぶと約束しましたし。」
「そうか。だったら次会う時は知らせてくれ。」
「わかりましたわ。」
自室に戻り窓際の椅子に座る。空はピンクとオレンジが混ざり合ったような色になっていて、とても美しかった。幸せな一日を祝うように夕日が美しく輝いていた。
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