5「入学試験(1)」
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馬車に揺られて三十分。
大きな門がだんだんと近づいてきた。
「いよいよですね、セレナ様。」
「そうね。」
門の前で停まると、サラが手を差し伸べてくれたので、その手を握り馬車を降りる。
今日、父は重要な取引があってついて来られなかった。私としては来なくて構わなかったけれど。母上とシェリーは誰かのお茶会に行っている。だから今日はサラと、何故かもう2台背後からついて来た召使達だけだった。
高くそびえ立つ大きな城のような建物。
ここが、歴史あるサラマニカ学園だ。
そう!いよいよ今日は入学試験の日なのである。
実技試験もあるから出来るだけすっきりとしたドレスで行きたかったのに、母が前日にこれを着て行けと唐突に渡して来たドレスは、リボンフリフリ、レースだらけのショッキングピンクのドレスだった。あまりの趣味の悪さに驚く。
それだけで済んだらまだ良かったのだが、その後、部屋に似たようなケバケバしいドレスが更に数着届いた。もし学園に入れば、今回のように表に出る機会が増えるので、その際はそれらの中から選んで来ていかなければならないようだ。約束を違えると私の1番嫌いなお仕置きが待っているので、諦めなければいけない。まぁ、学園に行くとしても普段は制服だからまだマシなのだけれど。
今朝母のお付きのメイド達に叩き起こされたと思ったらそのまま連行され、セットアップされた。ようやく解放されたと思いきや、鏡に映るは派手で明らかに気の強そうな縦巻きロールの女だった。本人から見てもこれが自分だなんて信じられない。それにこの見事なまでの縦ロール。固められてカチコチだ。これで人を殴れそうなくらい。
サラは何度も着替えさせようとしてくれたけど、メイド達御一行の阻止によってそれも叶わず、そのままここまで来てしまったのだ。
門の前で馬車から降りると、両端にメイド達がズラリと並び、一斉にお辞儀をする。なるほど背後に続く馬車が多いと思ったらメイド達を乗っけて来たらしい。
今まで私に頭下げたことなかったくせに、意味のわからないことをする奴らである。
すると、門の近くに居た人々が此方をみてヒソヒソと話し始める。耳を傾けてみると、聞こえて来たのはこんな話だった。
「あらまぁ。あれをご覧になって?噂通りの見た目ですわ。」
「こんなにたくさんの召使いを連れてくるなんて、なんて自己顕示欲の強い人なのでしょう。」
なるほど、どうやら母は自分の吹聴した噂通りに私のイメージを操作するため、こんな格好をさせ、メイド達を寄こしたらしい。馬鹿馬鹿しい。
サラも含むメイド達と別れた後、校舎に入って、筆記試験の会場内に入ってもなおこのコソコソ話は続いた。
指定された席に座ると思わず溜息をついてしまう。そんな話している暇があるなら少しでも勉強すればいいのに。
ここの試験は難易度が高いらしい。一応過去問は問題なく解けたけれど本番なにが出るかはわからないから気は抜けない。
いや、それともあれか?みんな余裕なのだろうか。やっぱりもっと勉強しておけばよかった。前世での高校受験を思い出す、独特の緊張感が身を包んだ。
ーーーーーーーーー
結論から言うと――余裕だった。
そりゃみんなあれだけリラックスするわけだ。
試験後溜息が彼方此方から聞こえた。みんな簡単過ぎて拍子抜けしているのだろう。
午後はいよいよ実技試験だ。
試験は外で行われるらしいから、早めに外に出た。学校の校庭みたいだ。大きく二つに仕切られている。片方は円状のコートが三つ描いてあり、もう片方は丸い的が五本立っていた。
的がある方が魔法の試験で、コートがある方が武術の試験だろうか。
しばらく待っていると、先生と思われる人達が歩いてきた。
「よし、午後は実技試験だ。先にこちらの三つあるコートのうち一つに並んでもらって、それぞれ試験官と模擬戦をしてもらう。そこで今日は特別ゲストが来てくださっている。ナタリー様、どうぞ此方に。」
厳つい男の人が礼をして後ろに下がった。するとその奥から背の高い女性が現れて、少し頭を下げると高く結ばれた赤いポニーテールがゆらりと揺れた。
「よろしく。」
受験生達が色めきたち、ざわざわと話し出すのをそれをさっきの男の人がなだめながら口を開いた。
「みんな知っていると思うが、この方はSランク冒険者のナタリー様だ。今日は特別にこの中の一つのコートで試験官の一人として参加してくれることになった。皆さん、失礼のないように。」
またもや騒ぎが大きくなる。
Sランク冒険者。なるほど、みんなも騒ぐわけだ。
この大陸に五人しかいないSランクの冒険者と出会える機会は極めて少ない。さらになんと、手合わせまでしてもらえるのだ。自信のある人達は率先してこの人のコートに並ぶことだろう。こんな滅多にない経験、しないと損だ。
丁寧に手入れされている鎧や、背中に背負われている年季を感じさせる剣。そして何より動きに隙がない。
ナタリーさんは師匠と同じくらい……いや、もっと強いかもしれない。
けれど。。他の試験官達よりは倒せる可能性が遥かに低い。合格するためならばナタリーさんよりは倒せそうな他の試験官の列に並ぶのが最善だろう。せっかくだから対戦してみたかったが、合格できなかったら父が悲しむ。
結局は他の試験官の列に並びながらナタリーさんのコートを覗き見するまでにとどめた。自信のある人が数人並んでいるようだった。
凄い、ナタリーさんから一本取れる自信のある人があんなにいるなんて…。
でも今のところ受験生達は次々とナタリーさんにいなされている。ナタリーさんはものすごく手加減しているというのに、だ。
あっさりと負けた男の子がコートを去っていくと、後ろから次の子が現れた。
「お願いします。」
一歩前に出た少女をじっくり眺める。真っ直ぐな黒髪を肩あたりで切り落としており、黒曜石のような目が輝いていた。彼女の腰には腰に短剣が五本ほど差さっている。短剣使いか。
二本の剣を取り出して素早く構えた。
そして次の瞬間、少女の空気が一変した。抑えられてはいたが、濃密な殺気を感じた。9歳にしてこのような殺気を放つなんて、大分異常である。
隣のコートの人達はみんな、二人に注目していた。先ほどの騒めきが消え、辺りは水を打ったような静けさになった。
見つめ合いの末先に動いたのは少女の方だった。
脚に身体強化をかけたのか地面が抉れるほど強く踏み込むと、今までの受験者達とは段違いのスピードで切り掛かる。
それをナタリーさんは剣を捻り受け止め、興味深そうに少女を見つめた。そして笑みを浮かべ、ナタリーさんの方から切り掛かった。これまでより手加減がない。
そんな攻防が何回も続き、最後はナタリーさんが少女の首元に剣を突きつけて試合は終了した。
「貴女、なかなかやるわね。受験生レベルでここまで強いなんて。Bランク冒険者くらいの強さは持っていそう。将来が楽しみだわ。」
息を整えていた少女は、嬉しそうに微笑んだ。しかし彼女のその微笑には、他より優秀なのは当たり前だという自信が奥底に含まれていた。それほど鍛錬を積んでいるに違いない。
試合が終わると、見物客と化していた試験官や子供達は再びガヤガヤとし始めた。
「全く剣筋が見えなかったよ。あれはレベルが高すぎる。」
「流石ランカー家の娘だな。」
背後に並ぶ男子2人の会話に耳を傾ける。ランカー家…。クラシス家と同じ、公爵家だ。確かに同い年の子がいると聞いたことがある。会ったことはなかったが。名前は確か…ダイアナだったかな。黒目黒髪なのが日本人っぽいからか、なんだか少し懐かしい気がしてくる。
というかようやく気付いたのだが、試験官は倒さなくてもいいようだ。誰も一本も取っていないからどうしたことかと思ったけど、試合中にどんな戦い方、身体の使い方をしているか、などを見ているというのだ。なるほどな。
そこで同時に、もう一つ気がついた。
試験官を倒してしまったらいけない説浮上していないか…と。
試験官達の剣速があんなに遅いのは手を抜いている証拠だ。
それなのにこちらが全力なんか出したら、試験官の方々にの失礼じゃないか。こんなことにすぐ気が付けなかった自分の考えの無さに恥ずかしくなる。前世での受験みたいに、自分の力を最大限発揮しよう、とか考えていた。危ない。
ならいっそ身体強化も魔法も使わないようにして、武器は剣だけにしよう。これなら大丈夫だ。
自分の番が回ってきた。すると視線が一気に此方の方に集中する。なんでだと思ったが、自分の服を見下ろして納得した。そうか、こんな服着てたら嫌でも目立つ。
昼食の後模擬戦の為の服に着替えたのだが、何故だかいつもの練習中に使ってる服がなくなっていて、代わりに赤色のレースフリフリのドレスが鞄から出てきた。母の子分達は随分と徹底しているようだった。
こんな動きにくい服を着て剣など振るったことがないが、お陰でわざわざ剣速を落としたりなどしなくても大丈夫だろうと思い、少しだけ気楽になる。
緊張が少し緩むと、私のドレスなどに対する批判的な言葉が聞こえてきた。
いやまぁ、わからんでもない。
試験中にこんなドレス着たやつが現れたら私も正気を疑うと思う。
実際私も今、母上の正気を疑っているところだ。
やっぱりTPOって大事だよね…と思いながら、試験用の武器を選ぶ為にコート隣にある小屋に入る。
中に入ると、外見よりだいぶ広いことに気付いた。魔力が歪んでいるところがあるから、空間拡張の魔法がかけられているのだろう。
魔法を使うのに杖が必要な人の為に同じ種類の杖が立ち並び、さっきの少女が持っていた短剣や、様々な長さの剣が大量に壁に掛けられていた。弓使いの為に弓矢も用意されている。弓を使う人の試験ってどうやるんだろう。近接戦ってわけにはいかないだろうに。
普段使っている物に近い重さ、長さをした剣を一本選んで部屋を出る。
コートに入ると、一人の男の子が試験官とナタリーさんも加えて三人で何か話していたので、黙って端のほうで待っていた。
話が終わったと思ったら、なんと男の子が私のコートに入ってきた。何をしているのだろう。
「このコートには模擬戦をする相手しか入らないはずですよ。」
「そう、私が貴女の対戦相手です。」
間違いを優しく教えてあげると、男の子は飄々とした態度でそう答えた。ちょっとなに言ってるんですかね、とは言わずに、試験官達の方に視線を送る。なんと、あろうことかナタリーさん含めて2人とも面白そうにニヤニヤしている。いやなんで?
「セレナ嬢にはジン・アンティローク様と試合をしていただきたいと思います。私達はここからお二人の戦い方を見ているので、それで点数をつけるつもりです。」
ちょっとなに言ってるんですかね。part2
そもそもなぜ選択肢がはいしかないのか。普通に試験官と戦ってうまく実力を示せば、割と高い点数が貰えるはずである。実際に手を合わせて点数をつけるのと、外から見るのでは採点基準が変わりそうじゃないか。というかそもそも、戦う相手は試験官だと決まっているのではないか。
……そういえば混乱して気づくのに遅れたけれど、ジン・アンティロークって王太子だよね。確か私の婚約者の。こんなことを許可するなんて、試験官たちは権力に屈したのか?あの小僧を権力濫用で訴えてやりたい。
あまり意識せずにぼんやりと見ていたので、次はしっかりと男の子の顔を見た。
「…ん?」
思わず小さく声が出てしまう。
なんと、そこには森で一緒に鍛錬を重ねたあの少年が立っているではないか。
まさかあの少年が、一度も会っていないと思っていた婚約者だったなんて、あまりにも予想外である。
でも…だとしたら少し奇妙だ。向こうは私だと気付いていないように見える。彼はいつもの優しげの瞳ではなく、憎いものを見る目でこちらを睨んでいた。まあ、メイクや服装で原型を留めていないからかもしれないけれど。
「セレナ・クラシス。私が勝てば、お前と婚約破棄することを父上が認めてくださると仰った。婚約者だからと手加減はしない。この試合、勝たせてもらおう。」
騒めきが大きくなる。そう、なんとここで私が負ければ婚約破棄らしい。初耳〜。それに周りの声を聞く限り、少年はこの歳で国の武術大会で大人を出し抜き五位という成績を収めたようだ。それどんだけ子供に優しい大会なの。王子様だからって大人が手抜いてくれただけだと思うけれど。だって私に一度だって勝ったことないんだよこの子。
無関係な皆様は、面白そうな余興だと思っているのだろう。興味津々に見つめてくる受験生と試験官達を眺める。傲慢で我儘と噂の公爵令嬢が、婚約者に婚約破棄される。さぞ痛快なストーリーでしょうよ。
本来なら婚約破棄をするにしても、もっと相手に失礼のないようにするべきなのに、まるで見せ物にするかのように人に囲まれたところで、加えてか弱い(?)令嬢に武術で対決しようとしているのだ。
やっぱり中身は天使じゃないな、と相変わらずの性格の悪さに苦笑する。いつの日か、婚約者を人を噂でしか判断できない愚か者だと罵ったっけ。少年はどこか他の人とは違うと勝手に思っていたけれど、私が間違っていたな。今度練習場で会ったら精神から鍛え直してやろうと心に誓った。
セレナの剣バカは常時発動中( ̄∇ ̄)
誤字修正しました。
「ジオン・アンティローク」→「ジン・アンティローク」




