プロローグ1
異分子だった。
物心ついた時にはすでに父親はいなかった。
食事は大体一週間に一度ほど、夜遅くに帰ってくる母親が投げてよこす菓子パンだけだ。
それも小学校に上がれば、少しは変わるんじゃないかと思った。誰かが救ってくれると信じていた。
でも、何も変わらなかった。
二週間に一度ほどしか風呂に入れない生活をしていたから肌は垢だらけで匂うし、櫛も通さぬパサついた髪は絡まり、キッチンバサミで切っていたためか長さもバラバラだ。長い前髪で覆われていて、あまり顔も見えない状態だった。
普通ではなかった。
だからすぐに皆の憂さ晴らしの対象になった。
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誰も近づきはしなかったが、持ち物は破られ、壊され、捨てられ、1ヶ月経った頃には持ち物はあらかたなくなっていた。
今日も朝教室に入ると、机には落書きをされ、中には濡れた雑巾が押し込まれている。
目をぎゅっと瞑る。
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給食は誰も彼女の分を用意しない。
誰かが、彼女の机の上でスープの皿をひっくり返し、中身が膝にかかる。
熱いからなのだろうか、それとも食べ物がもったいないからだろうか。惨めだからだろうか。
目に涙がにじむ。
何が面白いのだろう?
みんなが反応を伺うように気味の悪い笑みを浮かべて、こちらを見ている。
強く強く、目を瞑る。
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授業中は何冊か残っていた教科書しかない。
教科書がなくなってしまっている教科の授業は、先生の言葉をその場で理解して覚えるしかなかった。
ノートがない。
机を漁って配布されるプリントの裏で板書をとる。
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先生達は虐めを咎めることはない。
庇ってくれた先生は生徒の反感を買い、耐えられずに学校を辞めてしまった。
しばらくすると彼らは、自らの保身の為に虐めに加担しはじめた。
小学3年生には到底解けないような問題を出し、私を黒板の前に呼ぶ。
前に出て少しでも戸惑うと、先生は黒板消しで私の頭を小突く。
辺りに白い粉が舞う。
髪が真っ白になり、粉が目に入りそうになるから、目をギュッと瞑る。
いや、もしかしたら違うのかもしれない。
自分に向けられる、醜い三日月に歪む化け物達の目を、口を、見たくなかっただけなのかもしれない。
ただ、それだけだったのかもしれない。
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苦しいのに。
悲しいのに。
泣きたいのに。
気づいたら全く表情が変わらなくなっていた。
人形のように動かなかった。
誰にも、愛されなかったからだろうか。
何も楽しいことなどなかったからだろうか。
昔は悲しいとと泣いていた気もする。
ああ、なくなったのだろうか。
感情が、なくなったのだろうか。
淡々とした、変化のない日々が過ぎていく。
救いのない1日がまた、始まる。