那朗高校特殊放送部~百物語編~
筆者:紅葉黑音
真っ暗な部室。
太陽の光も、蛍光灯の光もありません。
あるのはロウソクの弱々しい光のみ。
「窓からちょっと光漏れてるけどね!」
「演劇部から暗幕借りてきただけマシだと思っててください…」
今は午後3時。
流石に真夜中は学校が解放されてない(先生にわざわざ許可を取らなきゃいけない)ので、
雰囲気だけでも夜らしく、と思って暗幕を借りてきました。
クーラーの設定温度を下げたりもしています。
…わずかに光が漏れてしまっているとはいえ、
机を囲む他の部員の顔は、エアコンの風で揺らめくロウソクでほんのりわかる程度。
雰囲気は十分出ていると思います。
こほん。
軽い咳払いをしながら、皆に告げます。
「…では、第一回、特殊放送部"百物語"を開始します」
百物語。
それは、何人かで行う昔ながらの怪談の手法で、
真っ暗な部屋に百本の蝋燭を立てて、一人が怪談を行い、蝋燭を一本消す。
それを百回行って、最後の蝋燭を消した時、妖怪が現れる、
…って感じの企画だったと思います。
当然、百本も蝋燭を立てたりなんてできないので、一本だけ。
火は消さないルールで行きます。
立てすぎると火災報知器が反応しちゃいますしね。
でも数は減っても雰囲気は変わりません。
「ほ、本当にやるんですか…?」
不安げな声をしながら与那嶺さんが聞いてきます。
表情は分かりませんが、多分、良い表情はしてないと思います。
与那嶺さん、ホラーは苦手ですしね。
…まぁ、一時のお話ですし、我慢してもらいましょう。
「所詮高校生の怪談よ。言うほど怖くはないだろうし、大丈夫よ」
倉井さんが勇気づけてあげて…いるんでしょうか?
確かに私とか全然怖い話とか知りませんけど…
「じゃあ、一番手は、白金君、お願いしますね」
あらかじめ決めておいた順番に則って、白金君にバトンを渡しました。
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筆者:白金春人
部長から渡されたバトンを受け取り、僕は怪談を始めました。
すぅ、と息を吸ってから、
「…これは、僕の従兄弟の、友達の話なんですけど」
「随分と遠い関係だね」
「普通そんなもんじゃないですか…?」
そんな近い所にホラー体験した人なんて普通見ないと思いますね。
気を取り直して話を続けます。
「確かー…一昨年くらいの話で、家族で旅行に行った時の話です」
前に又聞きしただけの話なので、正直うろ覚えだったりはします。
「車で目的地に向かう途中で、カーナビの指示を間違えて、一個手前で曲がってしまって、山奥の峠道みたいなところに入ってしまったんです」
「……っ」
峠道、というワードを出した途端、周りから息を飲む音が聞こえる…
流石にホラーの定番ですからね。
「でも、その峠道も、目的地にはたどり着けるとカーナビが言ってたのでそのまま進んだわけです」
一呼吸おいて、告げます。
「そして、その峠道の途中にあるトンネルで、おかしなことが起きたらしいです」
スッと、空気が緊張するのを感じます。
ホラーらしさが出てきましたね。
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筆者:夏輝海
ハル君意外と話すの上手いね
ホラーはそんなに苦手じゃないけど、結構ドキドキしちゃってるもん
「そのトンネルは、もう整備なんてされて無さそうで、大半の照明は切れてるし、なんかひび割れてたりもしていたらしいです」
やだなー、そんなトンネル通りたくないよー
そんなトンネルは絶対何か起こるよねーって思うけど、怖いもの見たさ、
…聞きたさ?で聞き続けちゃう
「なんか起こりそうだなーって感じで車を走らせてたんですけど、ついに起きちゃったんです」
ほらー、一発目からガチなやつじゃん!
声色もかなりガチっぽいしさー
「その車には、目の前に人が出てきた時に急停止する機能が付いてたんですけど、トンネルの中腹から出口に差し掛かるくらいの所で、突然その機能が動いて、車が急停止したんです」
ほうほう?
「もちろん目の前には何にもなくて、何にもないところで緊急停車機能が動いたんです。つまり…」
つまり…?
「そこには、"見えない何か"が居たのかもしれないですね…」
だよね!
うわぁぁ!やっぱりガチなやつじゃん!
所詮高校生の怪談とか言ってたけど、普通に怖い奴じゃん!
テレビでやってるような変なホラーしか見ない私にはレベル高いよ?
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筆者:白金春人
なんちゃって。
キレイに落ちが付いたところで、終わりを表す手を鳴らします。
「…まぁこの話さらにオチがあって、
後日調べたら、トンネル出口のカーブミラーに太陽の光が反射して誤作動起こしただけらしいんですよね」
隠すことでもないので、そのままネタばらしをしてします。
結局の所、ホラー物ってこういう勘違いとかが多いんですよね。
心霊写真とかもそんな感じらしいですし。
「なんだー、そういうことかー。ビックリしたよー」
こわばり気味の空気が一変、和やかなムードに戻りました。
こんな感じでいいんですよ。学生の怪談なんて。
「じゃあ、次は倉井先輩、お願いします!」
そのムードのまま、倉井先輩へとバトンを繋ぎました。
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筆者:倉井雪絵
…
太陽の反射なんかで緊急ブレーキなんてかかるかしら?
別に車のシステムに詳しい訳じゃないから口には出さないけど、
普通そんなので誤作動なんて起こさないんじゃないかしら…
ともかく、微妙な違和感を覚えたまま白金からバトンを受け取ったわけだし、
さて、私の怪談の十八番でも話してやろうかしら。
「私に霊感があるってのは皆知ってるわよね?」
何処かの自己紹介のタイミングとかで、言っていたはずね。
取るに足らないというか、全然役には立たない微弱なものだけれど。
「だから、これは私の実体験よ」
でも、今まで何にも起きなかった訳ではないのよ。
さっきまでの和やかムードが一気に引締まる。
「私の実家って、結構古い家具とかがあるのよね。その中でも、ひと際古い鏡台の話よ。
その鏡台、正直いつからあるのかもわからないけど、少なくとも祖父の代には既にあったものらしいわ」
物心ついたときにはもうあったし、生まれてからずっと場所を変えられてない鏡台があったのよね。
色々あった私の子供時代から、記憶を引っ張り出すように語る。
「その鏡台にはずっと布が被せられてて、見られないようになってたのよ。もう明らかに怪しい代物よね」
我ながら凄いありきたりな話だとは思っているわ。
だからこその恐怖って言うのもあるのかもしれないけどね。
実際部室は緊張で張りつめてるし。
「でも昔は怖いもの知らずだった私は、」
「今もじゃねぇか?」
「黙ってなさい。ともかく、その鏡台にかかってた布を外しちゃったのよ」
あの時の事は今でもハッキリと覚えてるわね。
邪魔が入ったけど。
「そこに映っていたのは…」
「映ってたのは…?」
「…くすんだ鏡に私の姿が映ってたわ。特におかしい物の無いものね」
ちょっと安心した空気を、上げて落とすようにトドメを刺す
「それと、鏡の下の方に血みたいのがこびりついてたわ」
ロウソクに顔を近寄せて、声色を低くして、思いっきりビビらせるつもりで言ってやったわ。
効果は覿面。
紅葉とか白金辺りはガチビビりしてるし、与那嶺に至っては机に突っ伏してる。
…まだ序盤だけど、気絶とかしてないわよね?
「ま、そん時は特に何も無くて、あ、ヤバいって思っただけで終わったのよ」
あんまり怪談に向いてない飄々とした喋りだけど、問題は無さそうね。
その時は霊感は持って無かったけど、あんまりいい気分はしなかったわね。
血が付いてたとか、そういう生理的嫌悪感とは別に。
「で、一か月後くらいにね、なんか体調が悪いなって感じて、とりあえず鏡台を見に行ったら…
前に見た時より血が広がってる気がしたのよね」
周囲から小さな悲鳴が上がる。
目を凝らして見れば、完全に硬直してるのとか、耳を塞ぎそうになってるのとか、聞く姿勢には色々とバリエーションがあるわね。
「映ってる私も目も充血してて体調悪そうだし、疲れてるだけだって判断して休むことにしたのよ」
で、本番はここから
「それで休むために自室のドレッサーを見たら、目の充血もないし、疲れてそうでも無い訳。
なんかおかしいと思ってさっきの鏡台を見に行くと、やっぱり充血してるし疲れてるの。それで、手鏡をチェックしたら普通なのよ」
「えっと…それってもしかして…」
紅葉の質問に丁寧に答えてあげる。
「あの鏡だけ、見えてる物が違うのよ」
ニヤリ、とドヤ顔に近い顔で告げる。
そうよ。私には、ガチのホラー話のネタがあるのよ。
「流石に私もちょっと不安になって家の人に言ったら、それはもう大騒ぎよ。鏡台のあった部屋は立ち入り禁止になるわ私自身も別の部屋に隔離になるわ、その上お祓いみたいなのを受けさせられるわで、大変だったのよ」
今思い返してみれば、この微妙な霊感はこの時に得たような気がするわね。
「そ、それ、大丈夫だったんですか…?」
「今こうして生きてるんだし、大丈夫なんじゃないかしら?あれ以降特に体調不良とかないし」
よくあるホラーと違って私自身の体験談だから、バッドエンドでもハッピーエンドでもなくて、なんかあっさり幕切れしてしまうのはまぁ、微妙なエピソードかも知れないわね。
「あれ以降鏡台がどうなったのかは知らないし、鏡台があった部屋も鏡台が撤去された以外に特に何かあったわけでもないし、この騒動の結末がどうなったのかは、正直私もよくわからないのよね」
騒ぎになった後は部屋に監禁状態だったし、一通り終わった後も誰も詳細を教えてくれなかったし。
「もしかしたら、鏡を覗いたせいで、霊に取りつかれたのかもしれないし、呪われたのかもしれないわね」
「で、でも、今は問題無いんですよね…?」
消え入りそうな声で与那嶺が聞いてくるけど、正直な事を言ってしまうと、
「後遺症とかはないけど、あれから霊感持つようになったから、全く何にもないって訳じゃ無いかもしれないわよ?」
「あ、えっと…え……?」
表情はあんまりわからないけど、明らかに動揺してる事だけはわかるわ。
多少怖がらせるような事を言ったのは悪いけど、そこまでビビる事じゃないわよ…
ちゃんとお祓いもしたし。
「ま、まぁ…倉井さんは小学生から変な事とかは特にありませんでしたから…」
「そうよ。憑りつかれて暴走とか、一回もしたこと無いから」
紅葉の言う通り。
っていうか、次の話者は与那嶺なのだけれど、大丈夫なのかしら…
「…次は与那嶺さんの番ですけど、大丈夫ですか?」
代わりに紅葉が聞いたけど、どうかしら?
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筆者:与那嶺瀬奈
「だ…大丈夫です…」
…とは言ったものの…
さっきの倉井先輩の話って本当なんでしょうか…?
怖くてさっきまで話そうとしてた話を忘れちゃいました…
えっと…何を話しましょう…
なんかホラーっぽい奴…えっと…
…
…あっ、一個ありました…
昔お母さんから聞いたお話…
「えっと、じゃぁ、話しますね…」
沖縄にいた頃の話です。
「このお話はお母さんから効いたお話なんですけど、"慰霊塔の逆吹き風"ってお話です…」
でも、沖縄でもあんまり有名じゃないかもしれません。
「沖縄には、大きい慰霊塔がたってるんですけど…先輩達は行ったんですよね?」
「そうですね、行きました。あの海のそばにある白いやつですよね」
紅葉部長が答えてくれます。
確か、修学旅行の日程に入ってるって言ってた気がします…
「です。あの塔って地形的に、海から風が吹き続けるんですけど、」
「確かに。ずっと海側から強い風が吹いてた気がする」
「あるタイミングの時だけ、逆向きの風が吹くときがあるらしいんです…」
もしかして私はあんまり怖い話とか出来ないと思われてるんでしょうか…?
わ、私だってそれっぽい話のレパートリー、無い訳じゃ無いです…
ホラー苦手なのは変わりませんけど…
「もし、その塔を見ているときに、逆向きに風が吹いたら…」
「吹いたら?」
一呼吸おいて告げます。
「ご先祖様が語りかけて来ている時、らしいですよ…?」
っていうお話をお母さんから聞いたことがあります。
でも、私も何度か慰霊塔に行ったことはありましたけど、逆向きの風は感じた事ありません…
このお話、本当なんでしょうか…小学生の時のお友達も、皆感じた事無いって言ってましたし…
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筆者:紅葉黑音
慰霊塔の坂吹き風…
修学旅行で慰霊塔そのものには行きましたが、そんな風は吹きませんでしたね。
いやまぁ、怪談話なので実際にはあり得ない話だったりは普通にするのでしょうけど。
と思っていたら、どうも与那嶺さんの話にはまだ続きがあるようです。
「で、ですね、このお話には続きがあって、その風が吹いたときどう感じたかで、ご先祖様がどんなメッセージを伝えているかが分かるらしいんです」
なんか心霊写真とかでも似たような話を聞いた事があります。
もしかして霊的なものってみんなそんな感じなんでしょうか…?
「もしそれが心地よく感じたら、ご先祖様は良いことを言っていて、特に何も感じなかったら、なんてことの無い雑談で…」
「ふむふむ」
「もし、風が冷たく感じたら……」
「感じたら?」
皆も興味津々のようです。
「ご先祖様はあなたを恨んでいるのかもしれません…」
姿が良く見えなくても、与那嶺さんの喋りはいつも柔らかいので、怪談、という雰囲気はあまり出ません。
でも、都市伝説的な話は案外似合っているのかもしれないですね。
「…って話なんですけど…どうでしょうか…」
終わった途端、急に自身無さげな与那嶺さん。
それに私はフォローを入れます。
「かなり雰囲気も出てて良かったと思いますよ?」
「よ、良かったです…」
安堵の与那嶺さん。
…だと思います。表情は見えないので…
「えっと、次は城嶋さんでしたっけ…?」
…
そんな感じで8人分。
各々、身内の体験談や、テレビでやってた本当にあった怖い話、
伝統的な怪談など、様々な話をしていきました。
「やっと一周したのね」
ここまで聞いて一切怖がっていない倉井さんが言います。
「あとどれだけ話すんだっけ?」
「えっと…今8つなので…あと92話ですね…」
今までの怪談以上に空気が凍り付きます。
「え、あと10回以上話さなきゃダメなんですか…」
次に話す番の白金君が、絶望の表情でこちらを見てきます。
「そんなにレパートリーなんてありませんよ!?」
「あ、あたしもだ…」
「俺も…」
「わっ、私もです…」
あ、あれ…?
確かに私もそんなに怖い話のレパートリーなんてありません。
えっと…どうしましょう?
「ど、どうします…1周してキリ良いですし、これで終わりにします…?」
(倉井)こんな終わりでいいの!?
(紅葉)実際あれから続けられる人居なくて終わっちゃったじゃないですか…
(夏輝)そう考えると100個の怪談って凄いよね。
(倉井)私達にはまだ早かったって事ね。




