八
『なんか宮本さんの様子おかしくない?』
『知らん』
『いや、知らんて明らかにお前が原因だろ?』
『知らん』
『ならなんであんなに宮本さんは幸せそうに寝てるの?』
『そういう時期なんだろう』
『どういう時期なの?
え? 冬眠期?』
授業中。
先生の話し声に紛れるようにする咳……の様な笑い声。
席が前後ろな若葉と秀は、二人してノートの切れ端を投げあっていた。
若葉は普段真面目で徹夜なんてしない美沙が、スヤスヤと授業中に寝ている姿に対しての言及と、なんだか自分の予想とは別方向なリアクションをしていてもう何が何だか分からなくなっている秀のやり取りは、困難を極めていた。
挙句の果てに話が通じなさすぎてボケた若葉。
それに普通に笑ってしまう秀ということで、二人の話は全然前に進まない。
秀の席は、六列あるうちの左から三番目、一番後ろという、意外に教師に注目されるポジションである。
だが、その前の若葉が秀よりも背丈が大きいため、その姿を隠してしまっている。
『お前、後で、シメル』
もはやなんの話しをしていたのか当人達にもわからなくなったところで、授業終了のチャイムが鳴る。
「えー、じゃあ後でこれ提出してねー」
プリントをヒラヒラと振りながら教室を去る世界史の先生を見届けた若葉は振り返り、
「飯を食べよう、ね」
と割と本気で秀の頭をアイアンクローした。
☆☆☆☆☆
「で、どうすんのよ」
「で、って言われても……」
魂が抜けたようにしている秀を屋上に連れ出し、並んで飯を食べる。
二人とも高校生、しかも実家から通っているため、弁当である。
「まず、朝に聞いた、宮本さんが秀を庇ったって話、ほんとなんだよね?」
「うん、あの後ゴリさんに対してブチ切れて叩きのめされた」
「……ん?
叩きのめした、じゃなくて、叩きのめされた?」
「そうだよ、その時は美沙に刀の特殊能力について実演しようとして、『憂』で行ったから……」
「あっ、そりゃ相性悪いな」
秀の悲しそうな顔に若葉は納得した表情をする。
「結局、勝ったの?」
「あ、うん、勝ったんだけど、それ以上に美沙が心配で……」
秀が美沙に関しては極度の心配性だということは、既にわかっていることなので、若葉は弁当を口に詰めながら話を聞く。
「ふぉへへ、んぐっ……それで、その時宮本さんはなんて言ってたの?」
「大丈夫って」
「……なら、別にいいんじゃない?」
「…………うーん……」
目の前の男があの魑魅魍魎が住み着いているゲームとまで言われた『サライ』の【羽柴】だとは誰も思わんだろうなぁ、と若葉は苦笑いしていると、
「ここにいた!」
屋上に繋がる扉がガンと開かれた。
「ったく、普通は使用禁止なのよ?」
そのまま我が物顔で入ってくるのは、漣。
漣のその様子に、若葉は笑いながらポケットから鍵を取り出す。
「伊達に優等生じゃないもんで」
「……厳島先生ね」
漣の言葉に、知らないなー、と明後日の方向を向く若葉に、漣はため息をつく。
その後、漣は若葉をスルーし、秀の目の前に立ち、
「あんた!」
「は、はいっ?!」
秀は俯いていたので、自分に話しかけられるとは思っていなかったのか、顔を思い切りあげ、背後のフェンスに頭をぶつけた。
「あんた、すごいんだってね。
美沙がずーっと話してたよ。
秀の事知れた、楽しそうだった、私も一緒にあの世界で楽しんでみたい、って」
秀の顔は、それはもう頭が悪そうな顔になる。
「つまりだよ。
秀が思っていることなんて一切なかったの。
宮本さんは秀を嫌ってなんかないし、一緒にゲームをやった事を後悔してるわけじゃないって」
若葉の補足に、秀はしばらく硬直してから、
屋上の床に倒れ込んだ。
☆☆☆☆☆
「あー」
まるでゾンビになったかのような声を出しながら、秀は自宅にてパソコンと向き合う。
インターネットサイトを見ているようで、その内容は、
『侍侍侍攻略』
特にひねりもない名前のサイトを閲覧しながら、秀は携帯に視線を移した。
『今日夜にちょっとゲームしよう!』
『でもその前に徹夜のあれでちょっと寝たいから、始めるの九時でもいい?』
いいよ、とその後に秀が送ったものに既読がつき、そこから返信はない。
久しぶりに見るサライの攻略サイトに、特に感慨があるわけでもなく、秀はとりあえず無になりながら見ている。
あの屋上で倒れた時はもうよく分からなかった。
美沙は本当に本震からそんなことを思っているのだろうか、とか考えたものだが、今となっては遅い、と秀は次のページへ、というボタンを押す。
「絶対美沙のことだからめっちゃ調べてると思うんだよなぁ……」
美沙は少し凝り性で、ハマると一日をそれに費やすとかはザラなのだが、ここまで自分の体を酷使してまで。っていうのを秀は見たことがない。
そこまでのものがサライにあるのか?
美沙にサライの話をしていない俺も悪いが、自分の彼女がこんな物騒なゲーム(秀自身が言えることではない)にハマるとは思えない。
その時ちょうど開いていたのは、サライに関してのQandA……つまり質問ページだ。
サライの質問ページは、実にサライらしいプレイヤーに溢れた質問に富んでいる。
秀はそのいつもの風景をぼけっと見ていると、普通の質問より少し多めにコメントがついている質問を見かける。
「『強くなりたいです』か」
その質問の内容は至って簡単。
このゲームを友達に誘われてプレイしたところ、楽しそうなので始めたいんですが、友達とやりたいため、強くなりたいです。
どうしたらいいですか?
という内容である。
「ふーん」
サライプレイヤーは、基本的に四種類ある。
先ずは、ステ先行プレイヤー。
強い武器を使えば強い、弱い武器は弱い、という実に単純な人達だ。
しかし、侮ることは出来ない。
サライでは、毎日少しずつではあるが、武器の更新が行われている。
流石ステ先行プレイヤーというか、強いものには敏感で、たまに戦って舐めていると足元を見られることがある。
次に、PL先行プレイヤー。
武器は自分に合ったもの、あとは知識と実力。
剣の速度を、剣の正確さといい、剣の技術を深めることを第一にしていて、今現在の【四天王】はだいたいここのヤツらだったりする。
ステ先行プレイヤーとは犬猿の仲で、お互いに研鑽し合っている。
今は【四天王】があいつらだからこっちの方が優勢だが、初期の頃はステ先行プレイヤーの波はほんとすごかった。
三つ目が、上記の複合型プレイヤー。
強い武器と、それにあった立ち回り、戦い方をモットーとしている。
基本的に上の二つ以外はここに属していると言ってもいい。
だが、上記の二つには、いつも化け物がいるため、決定打にかける、というのが印象深い。
ちなみにゴリさんはここに所属していたりする。
本人は名言はしていないが。
最後に、その他先行プレイヤーと言われる者達だ。
そのプレイヤー達は、オリジナルでユニークなものを使い、他のついづいを許さない、と言われている。
一応だが、秀はここに所属している、と言われている。
その他先行プレイヤーのいい所といえば、他のやつらと比べてここに所属しているヤツらは結構顔見知りで、斬り合いを良くする仲であるという点。
だからこそ秀は知っている。
ここにはすごいヤツらがいるんじゃない。
変態しかいないのだ。
ここに所属しているのは、大体がデメリットのきつい能力をひた隠しにしながら戦う変態共だ。
と、コメントを読みながら、誰がどの所属なのかを考えていく秀。
「それで、荒れてるねぇ……」
そうは言っても、ネットの炎上ほどではないが、と秀は心の中で付け足す。
コメントの内容としては、とりあえず他よりいいですよ! というのの詰め合わせだった。
しかし、偶にいるその他先行プレイヤーが……とそこで秀は苦笑いをうかべる。
「全部ダテちゃんかい」
もはや覚えたダテの複垢を見ながら、秀は読んでいく。
「仕方がない。
ダテちゃんがそういうことするなら……」
秀はパソコンのキーボードをカタカタと叩き、投稿する。
「ふぅ……」
ある程度パソコンを見終わったあと、時計を見ると、そろそろ九時になりそうな時間であった。
秀は急いでゲームをする準備をする。
そうしてゲームを起動する瞬間、思い出す。
「確か今日ダテちゃんいるよな……?」
厳島先生について。
前島と遠縁の親戚にあたる先生。
生物の先生で、秀達とは教えている学年が違うため、接点がない。
割と若葉は親しいので、頼っている人である。
ちなみに、この先生は多分今後出てこない可能性が高いので、ここで厳島先生の出番は割と終わらりそうな感じてはある。
可哀想なので身体、精神的特徴を開示。
名前……厳島一菜
性別……女
容姿……年齢に合わず常にポニーテールをしていて、ちょいとキツめな目つきのせいで男がいないように見えるが、実はもう結婚している。
身長……150cmだが、いつもヒールを履いているため、155cm
性格……酒に滅法強いという自慢がとりあえず話の初めにするくらいに酒好き。生物の先生になった理由は、とりあえず安定している職に就くため。旦那は研究職であり、大学からの付き合いだという。基本的に料理以外の家事を得意とし、旦那を尻に敷いている。
結婚のプロポーズ……旦那から指輪を差し出され、「結婚してき!」という謎のプロポーズを受けたあと、爆笑した厳島が指輪を受け取り、自分の指に嵌め、承諾。
さすがに後書きが長いかと考え始める今日この頃