七
「大丈夫だった?!」
『白兵戦』が終了し、ミヤは気づくと長屋にいた。
その事を認識した直後、ヒデヨシからの声。
ミヤが隣を見ると、そこには血相を変えたヒデヨシ。
「あ、大丈夫だよ」
ミヤはヒデヨシを落ち着かせるように、柔らかく話す。
「ほんと?!
このゲーム死ぬ時ほんと無慈悲だから……ほんと……」
ヒデヨシがブツブツと呟きながら、ミヤの周りをウロウロする。
ミヤは心配性だな、とは口にはせず、
「楽しかったよ!」
ヒデヨシと目を合わせてそう伝える。
ヒデヨシは面食らったような顔をしてミヤを見つめたあと、大きく息を吐いて、
「はぁっ……」
色々と思うところがある、と言わんばかりの声を出した。
「うん、楽しそうだし本格的にやってみようかな、このゲーム」
「えっ?!
いや、本格的にやらなくてもいいんじゃない?」
ヒデヨシは、ミヤの言葉に焦ったように話す。
「……だってさ、ヒデヨシの戦ってるところ見て、楽しそうにしてるのを見て、私も、同じところに立ちたいって思ったの」
真剣な眼差し。
だが、その表情は楽しそうで、
「私は、頑張るよ」
嬉しそうだった。
☆☆☆☆☆
「っふぅ」
飾りっけの少ない部屋。
部屋のものは、女の子らしいパステルカラーのものが多く、無駄なものは無い。
特徴をあげるとするならば、学習机の隣のカラーボックスの上に置かれた、楽しそうなツーショット写真の数々だろう。
そこに響く生々しい声は、どこか妖艶さを交えていた。
「疲れたー」
少し無骨なゴーグルを外した女子……宮本美沙は、ベッドに寝転がる。
飾りっけのない部屋は、天井は真っ白で、見るべきものは無い。
だが、見える。
美沙は目を閉じて、あの十五秒を思い出す。
あの森での攻防。
ヒデヨシ……秀のあんな姿は見たことがない。
気迫に満ち溢れ、一瞬一瞬を健気に、真剣に、真面目にプレイし、勝ち取ろうとするあの姿。
「ほんっと、初めてだよ」
美沙は、自分の胸に手を当てて、瞑目する。
高鳴る鼓動。
締め付けられる。
「ふふふ」
ミヤは跳ねるようにベッドから飛び出した。
☆☆☆☆☆
「聞いたよ秀、大失敗だって?」
朝。
教室。
席に着くなり話しかけてきた漣に、秀はため息をつきながら、
「ごめん……」
「えっ? ちょっ、いきなり謝んないでよ……」
秀の謎の謝罪に、漣は狼狽する。
一方の秀というと、漣の狼狽っぷりを眺めるわけでも楽しむわけでもなく、俯く。
「お、秀、どした?」
そこで現れる若葉。
今日はいつもより早い登校だね、と漣が話しかけようとしたが、
「きいてくぅれよ若葉ぁぁぁぁ!!!」
今にも泣きだしそうな様子で秀は若葉に抱きついた。
「おうおういぇいいぇい。
落ち着くんだマイブラザー。
まずは深呼吸してとりあえず罵ってご覧」
「無理、大切な友達だから……」
「んんんんんん、嬉しい言葉だけどすごい複雑な気持ち……」
若葉の複雑そうな顔は何時ぶりだろうか、と漣は若葉の方に視線を向けると、若葉もちょうど漣を見ていたようで、視線がかち合う。
「Hey!」
何がHey! なのだろうかと漣は冷たい目で見下ろしていると、若葉の頬が赤く染まる。
「いいっ!
その視線、いいっ!」
前々から思っていたがこいつは本格的にやばいという意味での苦笑いを浮かべる漣。
そこで本題に戻ろうと、漣は未だに落ち込んでいる秀に目を向ける。
秀の様子からして、おそらく原因は昨日のゲーム。
美沙とは別に話題に上がらなかったため、情報を知りえない漣は、今日の朝に適当に鎌をかけてやろうと思ったらこのザマだ。
「あの、何があったか教えて、ね」
漣は年下の子供に声をかけるつもりで優しく言うと、秀は静かに頷いて、
「美沙を、殺されちまった……」
「あぁ……。
もしかして『馬小屋』行ったの?」
「仕方がなかったんだ……。
ゴリさんに目をつけられて……そのままなし崩し的に……。
ゴリさんを避ければ大丈夫だろうと思ってたけど、あの人ここ最近になって気配を消すことを覚えたらしくて……」
「ま、待って待って、話がわかんない、私に!」
「えっと、省略すると、ゴリさんってゲーム仲間に見つかって、チュートリアル受けずにゲームプレイさせられた。
その結果、フレンドがココ最近覚えた技で奇襲してきた、OK?」
「あー、はいはい」
若葉の噛み砕いた説明に、ギリギリ理解できる範囲までは来た漣。
「それで、俺が油断してたせいで、美沙はゴリさんに一キルさせられて……」
「あちゃぁ……。
もしかして庇われた感じ?」
「……多分避けれた感じだからなおさら……」
漣からしたら訳の分からない話だが、簡単に聞いていると、
「美沙があんたのせいで倒されちゃったってこと?」
口から血反吐を吐くようなアクションをした秀。
その様子を見た若葉は、
「こら漣!
いくらなんでも事実だからって言っちゃダメだよ!」
漣を窘めるかと思いきや、
「確かに、話を聞く限り、秀は油断していた。
それもかなり。
だって本来なら気づくべきはずのことに気づかなかったもんね。
それで避けれたはずの攻撃を庇われて死なれるって……。
普段の行いが悪かったのかな?」
矛先を秀に向けた。
秀は机にヘッドバットを御見舞し、綺麗に撃沈した。
流石の漣も、秀の言われようには苦笑いするしかなかったが、
「昨日の美沙との連絡だと、別にそんな秀に関して言ってなかったよ」
「……ほんと?」
「うん、寧ろ楽しそうだったのかな? って思うくらいだったよ」
秀は漣の言葉で机とキスする距離から、拳一つ分離れるようになった。
若葉はそんな秀の様子を見て、
「大丈夫、これから秀が美沙の盾になればいいから」
「…………そうか!」
肩に手を置きながらそう言った。
対する秀も、その言葉に目を見開き、納得する。
ふぁーあ。
そこで、欠伸をしながら教室にはいる影が一つ。
漣は気づいて顔を上げなり、
「どうしたの美沙?」
駆け寄って行った。
秀はなんだか気まずそうに顔を伏せている。
そんな様子を見てから美沙のことを見た若葉は、秀の方を揺する。
「え? 本当にどうしたの?」
と真面目なトーンで秀に訪ねた。
秀も、いきなり真面目な口調になった若葉に不思議に思ったのか、美沙の方を見ると、
「あ、おはよー、しゅーふぁ」
目の下にくっきりと隈を作り、名前を言い終わる前に欠伸をしている美沙が、そこにいた。
「どうしたの?!」
秀は立ち上がり、美沙に近寄る。
昨日のことなど忘れてしまい、なにかあったのではないかと心配する。
が、そんな秀の焦りように対して、美沙は微笑みながら、
「昨日サライの武器とか攻略サイトとか見てたら徹夜しちゃって……ふぁ」
予想だにしない返しに、秀は阿呆な顔を美沙に向けていた。
秀達が通う学校について。
県内では上から二番目に入る偏差値。
地元の子達は五つの高校のうちから選んでいる。
校風(文字面だけだが)は『慈愛、研鑽、精進』という在校生からしたら三つ中二つ被ってるんじゃね?というツッコミが伝統である。
特に特別なことはしないが、学校の校庭が県内では一番大きい。
特にスポーツや文化系の部活が有名なわけじゃないため、これ以上特筆するべき所はない。