五
「まず、大前提として、このゲームの人達は変態ばっかだから」
「はい?」
ヒデヨシの唐突な発言に、ミヤは聞き返す。
「ごめん、疑問を挟むと、『それがこのゲームだから』ってしか返せないから、まずは一旦全部の疑問を飲み込んで……」
「う、うん」
ヒデヨシは、ミヤの肩をがっしりとつかみ、重い口振りで話すのに、ミヤは頷くしかできなかった。
「ほかのルールはさておき、まずはこの『白兵戦』から説明するね」
ヒデヨシは、まるで当然かの様にミヤを抱き抱える。
気を抜いていたミヤは、あっさりとヒデヨシの胸に顔を埋める。
「キャ「かはっ……」……え?」
思わず女の子らしい声を出してしまったが、それは汚らしい嗚咽に遮られる。
ミヤが後ろを振り向くと、そこにあったのは、ポリゴン状の光の粒子。
「このゲームのルールは単純、いっぱい斬る」
「いっぱい斬る?」
少し物騒な言葉を使うヒデヨシだが、ミヤはそれがこのゲームなんだと受け入れて話を聞く。
「一人を殺すためには三回斬ればいい。
もしくは、人間が物理的に生きていけない傷を負わせること」
相変わらず抱き抱えられていることには疑問を抱いていないミヤは、
「それで、いっぱい殺した方が勝ち?」
「そ、死んでも……」
とヒデヨシは横を見る。
つられてミヤも、同じ方向を見ると、
「ヒャッハー!
今行くぜ相棒!!!」
今しがた出てきた"戸"が現れ、そこから先程まで話していたモヒカン頭の男が出てくる。
「再出現する」
そして、とヒデヨシは続け、
「このゲームの刀の分類は、実は大きさとかそういう単純なものではなく……」
モヒカン頭の男は抜刀し、その抜き身の刃を、
「"相棒"!」
握った。
ミヤは驚いてそのままモヒカン頭の男を見ていると、
ドロン!
煙と共に姿を消した。
「特殊能力の差異でも決まっている」
そう言って、ヒデヨシはミヤの腰に指している刀を指さす。
そこには先程まで見つけていた刀とは違い、普通の刀を持っている。
「それは誰もが一番最初に持つ刀……『憂』。
初心者には一番分かりやすくて、一番使いにくい刀だね。
能力は単純。
傷を癒す。
一回の裂傷を癒すんだよ」
ミヤは、抱き抱えられている状態から出て、自分の刀を抜き、見る。
「ってことは、実質三回で死んじゃうのが、四回になるってこと?」
「お、飲み込み早いようで助かるね」
ヒデヨシは、ミヤの言葉にうんうんと頷く。
「発動方法は、単純明快」
その瞬間、横の森から人影が飛び出す。
ミヤは見ていた。
けど、動かない。
相手は、青色の袴を来ていて、髷を結っている。
刀は、ミヤの持っているものより少し長い。
相手の刀が薄く光った。
切られる。
明確に、はっきりと、しっかりと、ミヤは認識した。
が、
「斬れば発動する」
影。
低く、低く、低く。
地面に着くのではなかろうかと言うくらいに低い姿勢のヒデヨシが、襲いかかるものの首を、
下から掬いあげた。
首に赤く光が走った襲撃者は、その刀をミヤに振るが、その刀はミヤに触れる前に、ポリゴン状の光の粒子と還っていった。
「ま、傷を負っていないと発動しないけどね。
それと、今のは首を断ち切ったから、一撃死の判定によって相手は死んじゃう、と」
その瞬間、顔を上げてミヤの方を見るヒデヨシの顔に、
「すごい」
ミヤはときめいていた。
☆☆☆☆☆
「それじゃあ、まずは敵を探して避ける練習からしてみようか」
ミヤの視線に気づかないヒデヨシは、納刀し、歩み始める。
「一試合は三分。
天に昇る太陽が沈むまで、って覚えとくといいよ」
秀吉の指差す先を見ると、太陽が有り得ない速度で進んでいる。
「今はちょうど真上だから、1分半経ったってことだね。
多分、ここら辺であの人は動き出すよ」
「あの人?」
「ゴリさんだよ。
さっきの人」
「そう言えば、あの人ってすごい人なの?」
ミヤは先程まで一緒にいた大男に関して何も知らないため、ヒデヨシに質問すると、
「あの人は……すごい人だよ」
苦笑いしながら答える。
「あの人の渾名は、【剛腕ゴリラ】。
今まで数々のイベントで入賞した人だよ」
「ふーん……そんなすごい人と友達なんだ……」
とりあえず凄いことがわかったミヤは、ヒデヨシに尊敬の眼差しを向ける。
「あー、俺はただの一プレイヤーだ「ほほう」……おいおい」
ヒデヨシは謙虚に断ろうとしたが、その言葉虚しく、目の前に現れた人物に遮られる。
巨大な体躯に、禿頭。
青色の袴と茶色の上をパツパツに着て、その体躯に勝るとも劣らない大剣……いや、大刀を持っている。
その男は、乱雑に剃られた髭を撫でながら、
「現プレイヤーの中で一番このゲームらしくない戦い方。
更にはその経歴から、【羽柴】の渾名を持ち、一対一の対戦ならば、出し惜しみしなければ絶対勝てる、そんな男にそう言われるとは……」
ゴリは、現れた。
「いやいや、【羽柴】の名は俺には重すぎますよ」
「だからこその【羽柴】だろうに。
お主は儂の顔に泥を塗るつもりか?」
ミヤは状況についていけない。
いきなり出てきたゴリは、先程までの豪快で快活な人物とは程遠い、存在感と威圧感の塊のような立ち居振る舞い。
それに動じないヒデヨシは、飄々としている。
「そこの女子」
ゴリは、ゆっくりとその大刀を上段に構え、ミヤに語りかける。
「こやつは、強いぞ」
ミヤは捉える。
その巨躯から考えられないスピードでヒデヨシに向かい、振るわれる刀。
ヒデヨシの対応は早かった。
前に倒れ込むように走り出し、抜刀。
狙う先は、ゴリの大刀。
狙うは鎬……刀の刃と棟の間。
直撃。
ゴリの刀は僅かにブレ、地面に当たる。
その瞬間、地面にヒビが走り、
「は?」
ミヤは即座に後ろに身を引く。
ミヤの元いた場所には、草が生えていた。
それはよくある触ると切れるあの葉っぱであり、
今、二人のいた場所は草で囲まれていた。
その中心にいるヒデヨシは、よく見ると足元に赤い光の線が幾つか見える。
だが、ヒデヨシは刀を振り抜いていた。
それが意味するところは即ち、
「久しいな、【猿】」
「うるさい【剛腕】」
ゴリの腕にはしっかりと輝く赤い光の線が走っている。
「では……」
「そうだな」
呼吸を忘れるほどの緊張感。
見ているミヤがその世界に呑まれ、直立する。
「行くぞ!」
「やだ!」
ゴリの威勢のいい声と張り合うようにヒデヨシはゴリから逃げ出す。
そうしてヒデヨシはミヤの方に近寄り、
「森の中に逃げろ!」
大声で撤退宣言をした。
☆☆☆☆☆
「……なんで逃げてんの?」
ミヤはヒデヨシの言葉に従い、逃げてきたが、その顔は不満そうだった。
「いや、勝つためだよ」
「勝つため?」
逃げる、ということはそれは負けるってことなのでは? と少々男らしいことを考えたミヤを見て、ヒデヨシは、
「覚えてる?
死んだら再出現する、って話」
「あぁ、確かあのモヒカンの人が出てきてたね」
「そ、モヒカンの人は、一回しか出てきてない(・・・・・・・・・・)。
つまり?」
「一回しか死んでない?」
「そ。
この白兵戦は、チーム戦」
袴の色見て、とヒデヨシの指示により、ヒデヨシの袴を見ると、その袴は、先程の青色ではなく、
「あ、赤だ」
赤色に変化していた。
「そう、ミヤは最初から赤だったから気づかなかっただろうけど、この『白兵戦』だけじゃなく、他のゲームも基本的に団体戦で、袴の色でチームが分けられる。
で、相手のプレイヤーを、俺は二人倒したよね?」
「あっ、確かに」
ということは、とヒデヨシがミヤの方を見る。
「ってことは分かっている範囲では、あっちが最低二回殺されてて、こっちはまだ一回しか死んでない?」
「そ、だから勝つためには、ゴリさんと戦って、俺が死んで巻き添えでミヤも死ぬのが一番もったいない」
それに、とヒデヨシは足元をミヤに見せる。
そこには先程も見た赤い傷が幾つかある。
「ゴリさんの刀の能力『森の守護者』。
地面に刀が触れると、その衝撃の大きさに応じて草が生える。
その草それぞれに攻撃判定が存在して、相手を襲う」
「えっ?!」
ミヤが急いでヒデヨシを見ると、ヒデヨシは既に五本もの傷を受けていた。
「実は、このゲーム、斬った傷……裂傷と、かすり傷……擦過傷があって、五回擦過傷で、裂傷一回分」
説明してなくてごめん、と付け加えたヒデヨシに、ミヤは胸を撫で下ろす。
確かに、擦過傷がなければかすっただけでも死んでしまうということが起こるな、とミヤは考えていると、
「ちなみに、今俺はミヤと同じ刀持ってて、さっき斬ったから回復してるはずなんだよね」
「えっ、じゃあ一回斬られてたの?」
「それがこの刀の悪いところ。
刀の能力は『傷を一回分直す』
つまり擦過傷も一回分に含まれる」
ミヤはその説明に苦い顔をする。
「それに、この刀の能力、三分に一回しか使えない……」
「つまり……」
「これもうただの刀になっちったんだよなぁ……」
ミヤは、ヒデヨシが最初に言った『初心者には一番分かりやすくて、一番使いにくい刀だね。』という言葉を思い出していた。
ゴリについて
【剛腕ゴリラ】という渾名を持ち、『森の守護者』と共に歩む生粋のSAMURAI。
過去イベントでの活躍は極端で、『篭城戦』、『合戦』にてその実力を遺憾無く発揮する。
ヒデヨシとは長い付き合いで、ヒデヨシはゴリとは相性がいいから勝ててるだけ、と言っているが、ゴリはそれを否定。
実はヒデヨシ達近いところに住んでいる、という本人ですらも知らない設定がある。