二
夜中の十二時。
常識的観点なら、人々は眠りにつき、夜を主とするものはここから働き始める。
そんな夜中の十二時に、一人の男子はベットから起き上がる。
「っだぁぁ……」
幾重にも重なった感情を、意味の無い言葉で吐き出した男子は、手に持った少し無骨なゴーグルを見る。
「……む」
その後、流れるように時計を見た男子……吉 秀は、その時計を見て絶望する。
「明日の宿題…………」
慌ててベットから飛び上がるも、焦ったせいで電気もつけていない。
ということは、詰まるところ、暗闇なわけで、
「あ"い"だっ!」
物の場所を把握している自分の部屋でさえも、ぶつかる時はぶつかる。
うっさい!
向かいの部屋から聞こえる姉の声にビクリと肩を跳ね上げた秀は、一旦落ち着き、部屋の電気をつける。
「ったく、ゴリさん……あんなに粘るなよっての」
ぶつかったのはタンスだったようで、部屋がちらかっている訳では無いことを確認した秀は、自分の携帯を探す。
携帯の通知を確認すると、そこには『美沙』の二文字と、それに続く文章。
「よかったぁ……」
その内容全てに目を通した秀は、ほっと胸をなでおろす。
そうして、しばらく安心していたと思ったら、
「宿題やらんきゃいけん……」
ため息をついた。
☆☆☆☆☆
「で、なんでそんなに眠そうにしているわけ?」
朝。
教室。
秀は自分の机に座り、突っ伏していると、隣から声をかけられる。
「おは、漣。
昨日宿題忘れてたんよ」
「ん?
珍しいじゃない」
「色々あるんですー」
突っ伏している秀に、女子……鳥本 漣は、ため息をつき、
「今日のためにゲームしてたとかだったら笑うわよー」
分かりやすく肩を跳ね上げてしまう秀。
その様子にニヤニヤとし始めた漣は、秀の顔をのぞき込む。
漣は、茶髪がかった髪の毛を、短いながらにポニーテールにしている。
ボブポニーテール、というのだが、それを秀は知るわけはなく、相変わらず短いポニーテールだな、と思いながら、
「覗くなヘンタイ」
「…………今、一瞬なんだけど男子の気持ちわかったわ……」
「誰に謝ってんだよ」
そのツッコミをすると同時に、秀の前の席に誰かが着席した。
その人物は荷物をしまった後に、後ろを振り向き、
「おはよ……って、何見てんの?」
秀と漣に凝視されていた。
「こいつの気持ち分かった?」
「ごめん、分かりたくない」
「いきなりのディスりだけど、そんな罵り、いいね!」
グッドサインを作る秀の前の席の男子……前島 若葉。
頭脳は普通、運動神経も普通、しかし顔はイケメン。
性根はドMで趣味はバイオリンという意味不明な人間。
「っところで、宮本さんは?」
若葉の言葉に、問いかけられた二人は首を振る。
その様子に、若葉は秀の席に身を乗り出し、
「…………で、本当にあのゲームするの?」
「残念ながら……」
「大丈夫?」
「とりあえずゴリさんの引退イベは終わった」
「えっ、あの人引退するの?」
「……二人してなんの話ししてるの?」
話をしていると、漣が仲間に入りたそうな目で会話に混ざる。
そう、若葉もまた、サライのプレイヤーだった。
だからこそ、秀の懸念がわかる。
そんな二人だけの会話についていけない漣が問いかけに、二人は漣の方を見て、
「「今日の夜の話だ」」
「一緒にゲームするってあの?」
「そ、まだ心配でな」
「秀の心配が分かるから、余計にこっちも気になっちゃってね……」
秀と若葉の話ぶりに、漣は唇に指を当てながら、
「そういえば、昨日から楽しみにしてたよ。
明日が楽しみって」
若葉と秀の表情が凍りつく。
二人とも知っているのだ。
あのゲームに楽しいことなんてない。
いや、それだとゲームとして成り立ってはいないし、現に楽しそうにゲームをやる人間はサライにいる。
ただ、その人達全員が常識的範囲の中での楽しみでゲームをしているかと問われると、ノーだ。
あのゲームは、
己を追い込んだ先にある己に快感を覚えるものや、
人を蹴落とすことに快感を覚えたり、
刀に惚れたり、
あの空気感に染まった変態、といった人間が楽しくやっているのだ。
かく言う若葉は、サライに対しては割と常識的なスタンスを取っている。
「あれはそんなキャハハ、って楽しむゲームじゃないんだけどなぁ……」
「確かに。
秀は異常だよ、あのゲームをあんなにやれるなんて。
僕はせいぜい暇つぶし程度にしかできないからさ」
「まー、美沙もそんな立ち位置にいてくれるのが一番かなー」
「何が一番なの?」
そこに現れた新たな人物。
それは会話の中心人物であり、秀の彼女でもある、
「あっ、みさち」
「おは、さーちゃん」
漣は美沙に元気に挨拶をする。
「今日のゲームのこと話してたんだよ」
「また辞めないかって話ー?」
若葉の発言に、むー、と頬をふくらませながら秀の方を見る美沙。
美沙は、大きい目が特徴的な、栗色のロングヘアーの女子。
背丈は普通で、少しスレンダー。
胸がちょいと大きいため、秀はいつも目のやり場に困っている。
「いや、別に辞めないか、ってのはもう言わないよ。
ただ、もし美沙がゲームにハマったら、なんて話してたの」
「……うーん、ゲームにハマったことないからわかんないなー」
美沙は少し困った笑顔で秀の問いに返す。
「あ、もうすぐホームルームじゃん」
「あ、ほんとだ」
漣の一言で自分の席へと行く美沙と漣。
……そうして今日、秀はほとんどの授業を寝て過ごした。
☆☆☆☆☆
時は過ぎ、放課後。
「じゃ、数時間後に」
「じゃあね、秀」
秀は、美沙を家まで送った後、自分の家に着く。
今日は姉が居ないらしく、少しホッとした秀。
「あ、秀おかえり」
母にただいまと返しながら、自分の部屋に行く。
ちなみに、家族には彼女とゲームをする旨は伝えてあり、間違っても途中で邪魔をする、といったことは家が燃えないでもしない限りありえない。
自分の部屋に入るなり、机の引き出しを開け、一冊の大学ノートを取り出す。
そこにはびっしりと書かれた文字の羅列。
「うーん、今日は特にいないはずだし、いたとしてもダテちゃんのみ……」
その内容は、ゲームの情報ばかり。
秀はここ一週間、美沙のためにゲームで張り込みを行い、危険がないかの調査をしていた。
万が一、VRセクハラが行われでもしたら……と考えた秀は、最後の確認作業を怠らない。
それと同時に、横目で宿題を処理していると、いつの間にか晩御飯の時間になる。
約束は、晩御飯の後。
食うか、と誰に言った訳でもない独り言を言い、秀はリビングに向かう。
☆☆☆☆☆
時刻は、八時半。
秀は、自室にて、無骨なゴーグルを触りながら、脳内でぐるぐると考える。
あぁしたら、こうしたらと、秀……いや、ヒデヨシとして美沙と会うのは初めてだし、ゲーム仲間もまかり間違ってリアル彼女を連れてきたとは思わないだろう。
大事なのは、予測と予防。
そして、携帯に連絡が来る。
『準備出来たよー』
秀は、事前に考えておいた文をペーストし、返信する。
『俺が最初にログインするから、ゲーム起動したら合流ボタン押して合流してくれー』
最後に必要なのは、
「ズバリ運」
元も子もないことを言いながら、秀は無骨なゴーグルを付け、ベッドに寝そべった。
「起動」
別の世界へと飛び立つ。
無骨なゴーグルについて
名前を『次世代型オールセンシティブマシン』。
よくある五感対応型のVRゲーム。
だけど用途は様々なため、名前はマシンとなっている。
標準内蔵されている【リアルトーク】という現実世界の様に会話出来るアプリがあるのだが、標準内蔵なのにソフトがポンコツで使い物にならないし、携帯でいいやん、というものにより、使用率は低い。
具体的な症例
・人が瞬間移動しがち。
・言葉と口の動きが会ってないからキモイ。
・バグを使うと関節が増える。
・部屋に内蔵されているものの下敷きにされると自分の服や肌の色が地面の色になる。