一
『さぁさぁ始まりました!
侍侍侍、通称サライの引退イベ!!!
選ばれしプレイヤーにのみ与えられるイベント作成券を使い、今回行われるのは!!!』
宙にデカデカと浮かぶ投影映像には、成人式などで見られる丸髷に、使い込まれた着物に、前掛けをつけた女性。
しかし、そんな江戸時代風な装いの彼女の髪色は水色という、人ではありえない色。
『みんな大好きバトルロワイヤル!!!
みんなが毎日毎日クソクソ運営に言ってる、あの!バトルロワイヤルだよ!!!』
更にはマイクを持って話している様子から、時代錯誤が否めない。
空中に投影された映像の下は、城下町。
中心に堂々と鎮座しているのは、大きな城。
白の壁に、蒼の屋根。
日本人が『城といえば?』と聞かれれば真っ先に思い出すものだ。
『そして今回このクソバトルロワイヤルを開催した不届き者はァ?!
……なななんと!!!!
【剛腕ゴリラ】でお馴染みのゴリラ山ゴリ男さんだぁ!』
その瞬間、大きな歓声が城下町から上がる。
映像には、青髪の町人風の女性だけではなく、一人の男性が現れた。
その体躯は優に映像の画角を超え、頭が切れている。
『おい、聞いてるか?
今あのめんどくせぇ城でやってる【四天王戦】のせいでちょーっとウザイ野郎どもがいないが、俺の都合的にこのタイミングにさせてもらった』
ガヤガヤとしていた城下町も、一気に静かになる。
【四天王戦】
その言葉に皆が一様に、城を見た。
『まぁでも、それならそれで仕方がない。
……今回のバトルロワイヤルのルールは単純。
斬れ。
そして、俺を斬ってみろ』
殺気めく。
ゆらゆらと、城下町の空気は揺れている。
人の意思で。
『ということで、詳しくルールを説明するとぉ!!!
いつものバトルロワイヤルなんですが!
優勝者は単純なスコアではありません!!
優勝者は、一定のスコアを維持した状態で、【剛腕ゴリラ】さんを倒して頂くことです!!!』
ざわめいた。
この大きな城下町の人間が、一気にざわめいた。
『おいおい、手前らビビってんじゃないだろうな?
俺らの法度を忘れたか?』
青髪の女性の後ろにいる頭の見切れた男が、クツクツと笑う。
そうして、男の一言が、
『全部?』
斬る!!!!!!
開戦の合図だった。
☆☆☆☆☆
「相も変わらなっ…………いなっ!」
長屋の中から現れたのは、一人の男。
平均的な身長に、運動不足ではなさそうな体。
学生くらいの年齢だろう顔は、少しかっこいいが、モテるまでは行かないだろうという位の顔。
服装は、しっかりと着こなされた和服。
髪型はしっかりと髷である。
そんな男がでてきたこの長屋は、この城下町には幾つもある。
このゲーム……侍侍侍、通称サライでは、リスポーン地点となっている。
そのリスポーン地点は、ログインした時も、ここから出てくる。
「ったく、芋る……待ち伏せするなら練習しとけよ」
完全な死角からの襲撃。
普通のゲームなら、ログイン時に襲撃、なんてもの何らかのセーフティによって阻まれる。
しかし、このサライに、そんなものは存在しない。
「見ない顔だけど、気をつけろよー」
そんな完全な襲撃を、いとも容易く撃退し、返り討ちにした男は、ヒラヒラと手を振りながら、歩き始める。
後ろで、ポリゴンが弾け飛んだ。
☆☆☆☆☆
「お、ヒデヨシくん、どしたの?」
長屋を出た男は、迷うことなくとある場所へと向かう。
するとその最中に、後ろから声をかけられた。
後ろを振り返るとそこに居たのは、一人の男。
その男は、非常に小さかった。
下手をすれば女子の平均身長にも到達していないのではなかろうか、という位に小さい背丈。
それに反して装いは、ボサボサの頭に、敢えてブカブカの着物に眼帯という、実に目立つ格好。
「ダテちゃん、行かなかったんだ」
ヒデヨシと呼ばれた男は、小さな男……ダテに尋ねる。
「うーん、【四天王戦】はいいかなって感じ」
「……本音は?」
「ゴリさんを斬りたい」
ボサボサの頭を掻きながら話すダテ。
その瞬間、
「ほいさ」
ダテが頭を掻いた手を振り下ろした瞬間飛んできたのは、白塗りのクナイ。
色味からして主張の激しいクナイをしゃがんで避けたヒデヨシ。
「うーん、やっぱわかんないなぁ」
その瞬間、ダテはヒデヨシに突進する。
その流れるような攻撃にヒデヨシは対応出来ず、突進を受け、
「はいやっぱりー」
敢えて(・・・)後ろに飛んだヒデヨシと共に、元にいた場所に飛んできた何かを避けた。
「ガハハ!!!
やはり気づいておったかチビ助共!」
道端の団子屋から出てきたのは、図体のでかい男。
その男は正開戦を言い放った人物であり、
「チビ助はこいつだけですって」
「こいつっていうのは僕のことかぁ?!
あぁん?!」
「典型的なチビ切れキャラオッスオッス」
「こちとらガチのコンプレックスなんですけどぉ?!」
「…………」
「黙ってんじゃねぇよお前からぶった切ってやろうかあぁん?!」
今回のイベントの、優勝者を決めるための標的である。
日本語が少し不自由になってきたツッコミに、標的……【剛腕ゴリラ】こと、『ゴリラ山ゴリ男』は、
「ガハハ!!!
手前らはいつも愉快そうに喋るのぉ!」
愉快そうに笑う。
それはもう、楽しそうに。
見ている他者にすら"楽"を伝染させる程の存在感。
見ているだけで口の端が吊り上がってしまいそうな、そんな空気を放っている
「……ゴリラ山さん、いきなりなんですが、このイベどんくらいで終わらせるつもりですか?」
「…………今日は六時八時の間は休憩。
後十二時までは続ける。
明日は十時から七時に時までノンストップだ」
「うっわ、なっげ」
ヒデヨシの問いに、【剛腕ゴリラ】は答える。
その答えに頬を引き攣らせたダテは、ヒデヨシの顔を見る。
どうせヒデヨシも同じ表情をしているのだろうと。
だがその顔は、その表情は、
「えっ」
「すいません、ゴリさん」
無だった。
ダテはその顔に困惑する。
意味がわからない。
彼のこの顔は……と、思考の海に浸る。
そんな思考を他所に、ヒデヨシは言い放つ。
「このイベ、最速で終わらせます」
「……聞き捨てならんな」
【剛腕ゴリラ】……ゴリの様子が変わる。
「ちょいと私用で、このイベを終わらせなきゃならんのです」
ヒデヨシは、歩き始める。
何も持たず、
「それはそれは、いい心構えだの」
ゴリは、刀を構える。
いや、それは刀と言うには、あまりにも可笑しい物。
巨体のゴリを超えた刀身。
刀より大剣、といわれた方が納得出来る代物。
「貴方がバトルロワイヤルの、しかも条件付きのものにしてくれて良かった」
構えた巨大な刀に臆さないヒデヨシ。
未だに、武器を持たない。
「明日、めっちゃ用事あるんですよ」
「納得…………いかないのぉ!!!!」
振り下ろされる刀。
ヒデヨシは、心の中で、謝る。
明日の用事……それは……。
「ーーーー、ーーー」
ここで!
彼女と!
ゲームする用事です!
☆☆☆☆☆
ヒャッハー式侍クソオンラインゲームに魂を売ったこのヒデヨシなる男。
リアルでの名を吉 秀という。
ちょいとスペック高めの、高校二年生だ。
そんな彼には、彼女がいるという。
名を、宮本 美沙という。
その彼女は、この秀にお願いをした。
『秀君のやってる侍侍侍ってゲーム、一緒にやってみたいな』
もちろん秀は反対した。
野蛮人のサバト、弱肉強食の最期、世紀末、果てには人斬りジャンキーの溜まり場、なんて言われたサムライオンライン。
そんな場所に彼女を入れる訳には行かない。
だが、
『もっと、秀君のこと、知りたいな』
……その願い虚しく、秀は約束してしまった。
この一にも二にも斬ることしか考えてない愛すべき糞野郎どものいる、この世界に彼女を向かい入れることを。
そうして、彼と彼女は後に引き起こす。
『痴話喧嘩』と言われる、あの事件を。
侍侍侍とは、
VR全盛期に発売されたゲーム。
発売当初はありえない民度の低さに誰もが諦めたが、熱心なファンと幾度にも渡るアップデートのお陰で一年半続いたゲーム。
シンプルなゲームシステムと、爽快(?)なキルに引き込まれたものは少なくない。
尚、プレイヤーは少ないのに実況動画は人気がある。
よく着くコメントは、待ってたを誤字ったせいで流行った『斬ってた』。