「神の家」のお話
あるラジオ番組で語られたエピソードが衝撃的だったので、備忘録代わりにここに記す。
この前、「神の家」出身の統合失調症の人が自身の病気を観察・記録し、論文にして発表したそうだ。
前代未聞の事態に、精神医学会に激震が走った事は想像に難くない。
彼の論文によれば、病気からくる「爆発」にも種類があり、良性と悪性のものがあるとの事。
彼らは自身の病気にそれぞれオリジナルの名称をつけ、「病気とは『個性』なのではないか」と提言している。
幻聴も昔は「神の声」とされ、聞く事ができた中には救世主となった者だっている。
そういう考え方もアリなのかもしれない。
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彼らは頻繁に相談をする。「三度の飯よりミーティング」が合言葉だ。
患者同士で自由に恋愛だってする。もちろん感情の波が激しく、時には互いに爆発して大喧嘩し、数日間寝込む事だってある。
「先生」はそんな彼らを見て、咎めるどころか笑ってこう言った。
「いやあ、今回も順調に『無気力』してますねえ」
衝撃的な発言だった。
彼らにしてみれば、精神の不調も爆発も、定期的に来る「波」のひとつでしかなく、否定すべき要因ではないという事なのだろう。
私も失恋経験がある。その時はショックのあまり、何日も落ち込んだ。
あの時は自分の心の弱さを嘆いたものだったが……こんなエピソードを聞くと幾分、気が楽になる。
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ある時、彼らのうちの一人が、いつになく真剣な眼差しで皆を招集した。
「見たんだよ……UFOを!
オレはUFOに乗るべきか? 乗らざるべきか?」
こんな議題でも皆寄り集まって、真剣に議論を重ねるのが「神の家」の特徴だ。
集まったメンバーの一人が手を挙げ「かくいう自分も経験者でね」との事。さらに続けて言い放った言葉が凄まじかった。
「結論から言うとオススメできないな。
アンタは知らんだろうが、UFO乗りには『無免許』が多いんだよ。
だから乗る前に必ず聞け。『免許を持っていますか?』と。
もし無免のUFOなら、危険だから絶対に乗らない方がいい!」
何ともトンデモに聞こえる話だが、一応筋が通っているようにも聞こえるから不思議だ。
中には「幻聴じゃないの?」とミもフタもない事をのたまうメンバーもいる。
議論を重ねた結果、結局「先生」に相談しようという話に落ち着き。
事の顛末を「先生」に話した結果、彼は満面の笑みを浮かべてこう言った。
「おめでとう! この上なく素晴らしい『入院』です」
UFOを見たという彼は今、病院の一室で春が来るのを待っている。
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「先生」は実におおらかな人物だ。私が思い浮かべる精神科医のイメージとはかけ離れている。
「先生」がこんな性格になったのは、ある時患者に言われた次の言葉がきっかけだそうだ。
「『先生』。全部治そうだなんて考えちゃいけねえよ。
俺も幻聴や耳鳴りがヒドイけどよ。もし仮に治ったとして……
『コイツら』がいなくなっちまうんじゃ、俺だって寂しくなるから」
それを聞いた時「先生」は「完璧など目指さなくてもよい」と達観し、道が拓けたと述懐している。
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互いに「個性」を認め合う仲間がいる――そんな彼らはとても楽しそうに、幸せそうに私には思えた。
(了)




