御山の胆試し
「オレはこないだおまえが言った言葉が恐くて」
義弟が坊主らしからぬ言葉を吐いた。
「言葉が恐い?」
左近は話の内容に想像がつきながら、問い返した。
「御山というか、古文書の呪いなんじゃないかって。隆一も勝実も吉弥までいなくなってしまった」
「困ったことに私も口にすべきではなかったと思っている」
「あの時、言ったよな、『御山の呪い』か『先祖の黒い企み』だって」
「ああ、言ってしまったな」
「どういう企みなんだ。何でこんなことが起こってるんだよ?」
左近は少し躊躇ってから言葉を紡いだ。
「隆一がいなくなって、行商の狩人が商売に来るようになった。勝実がいなくなって隣村の鍛冶屋が来るようになった。吉弥は他の山で生きていく。『嫁取り』だなんて言って実のところ、体のいい口減らしなんじゃないか。余った男に嫁を探すより、その男がいなくなればいいのだろう。御山全体で男と女の数が釣り合っていれば、御山は安泰なんだろう」
「そんなバカな」
「嫁にあぶれたものは、子孫を残さずに死ぬ。いい男の子孫が残る。生存競争なんじゃないか?」
「左近より嫁のいるオレのほうがいい男だというのか?」
「選んでくれる女がいたんだからな」
「やめてくれよ、オレに妹がいたら絶対おまえに嫁がせてる」
「地主でさえ嫁に逃げられたわけだろう? 男は消耗品なんだ、余れば殺せばいい」
住職は、冷たく見えるが頭のいい、実は優しい級友を見つめ返した。
「おかしいだろう? 寺も要るなら薬屋も要るじゃないか。おまえがいなくなったら身体がもっと悪くなって苦しむ村人もいるんだぞ?」
「嫁を欲しがらなけりゃ、この村で生きていていいんだろう。池に行かなきゃいい。私の薬が手に入らなくなって人死にが出れば、余っている男か女が結婚できる」
「極端すぎる」
「嫌なら御山を離れ、都会で力を試せってことだろう」
しばし沈黙が続いた。
「勝実の死因について、教えてくれてない。男は余れば殺されると思った経緯がそこにあるのだろう?」
「まあな」
「言わないのか?」
「池に近付くな、それだけだ」
「小太郎がいうように、浴衣に虫か病気がついてるのか?」
「浴衣に? 小太郎はそんなことをふれまわってるのか?」
「村の女たちはそう信じてるぞ? 月末近くの庚申さまに凄い人数が集まりそうだ。虫だろうが疫病だろうが、他村が寄越した浴衣から護っていただきたいそうだ」
「庚申講なんてもう何年もやってなかっただろうに。それに元は自分の体内に居る虫が体外に出ないようにするのが目的だ」
「何にでも縋りたいほど動揺してるんだ。真実に行きついてるなら情報開示したほうがよくないか?」
「真実は自分でやってみなきゃわからない……」
「やるって池に行くのか?」
「ああ」
「じゃあいい。行くな。やるな。おまえまでいなくなったら堪えられない。うちのがどれ程嘆くか……」
「勝実が死んだのは、浴衣を乾かさなかったからだ。濡れたままを胸に抱えてけものみちを上がった。忍耐力の点で御山の胆試しに合格しなかったんだ」
「何だ、その『御山の胆試し』ってのは?」
「小太郎にも説明しといたんだが、村内に嫁のきてがないような男は、家庭を持つ価値があるかどうか試されるんだ。決断力、直感力、実行力、忍耐力、思考力、純粋に体力もだな」
「それが浴衣の謎なのか?」
「謎というほどでもない。小太郎が言っていたじゃないか、池の水には触るなと」
「池の水に虫か病気が潜んでいるのか?」
「何も潜んじゃいない、いないが、そう言っておいたほうがいいか……」
「だって、勝実のあれ、見ただろう? まるでハモグリバエが皮膚のすぐ下を這いずりまわったような、海月の触手が鞭打ったような……」
左近はふっと笑った。
「あれは単なる浴衣の唐草模様だ。染料の関係だろう」