木こりの吉弥
次の問題は吉弥だった。失踪したのだ。木こりひとりなら木でも切っているか、炭でも焼いているか誰も心配しないが、地主の妻が同行している。喰いつめて逃散したわけではないから、いわゆる駆け落ちなのだろう。
左近は寺を訪れていた。
妹が独り者の兄を心配するんで、週に三度は寺で夕食を共にしている。食事の席での義弟の顔つきが気になった。自分が口にした「御山の呪い」という言葉が、入れ過ぎた調味料のように妹の料理を損なっている。
「どうした、勝実のことか、吉弥のことが気になっているのか?」
古文書のせいだと言ってしまった自責の念から、住職に話を促した。
「吉弥の駆け落ちはオレのせいだ」
妻が台所の片付けや床の準備に忙しくしているのを確かめてから、坊主は言葉にした。
「そそのかしたのか?」
「いや、香織、ご新造さまのほうを焚きつけてしまった。鍛冶屋の手配のことで地主に呼ばれて、帰り際に別室で相談されて」
「何て言ってた?」
「吉弥が会いに来たというんだ。『明日、御山に上がって、池に浴衣があったらしきたり通り嫁にする。この村にはもう帰って来ない』と言ったらしい。ぐずぐず泣いてるんで苛々して、『好きなら行かせなきゃいい。好きでもなく若くもない地主さまと結婚したのが間違いだろう』と言ってしまった」
「住職の言葉とは思えないが、吉弥の友人としてはそのくらい言いたいのはわかる。香織の婚約からこっち、アイツは見ていられなかった」
左近はいつになく優しい微笑を見せた。
「木こりなら山があれば食べていける。心配ない。ふたり一緒なら本望だろう」
「ああ、それはいいんだ、アイツならあちこちの山に詳しいし、地主の追手に捕まることもないだろう」