狩人の隆一
「他の村に女が余ってなけりゃ、浴衣は浮いてないんだろう? 俺がちょっくら見てくるわ」
狩人が軽く請け負う。普段から山歩きに慣れているからだろう。
「もし浮いてたらどうすんだよ?」
小太郎が震え気味に訊いた。
「俺は紺地が好きだな。気に入れば乾かすよ」
隆一はこだわりもない。
「向こうの村へ行って、五体満足で言葉が通じたら嫁にするかな」
「おまえ、そんな気楽に」
一度でも本気の恋をしたことのある吉弥は、信じられないという顔をした。
「俺は向こうの村に住んでもいいんだよ。御山さえあれば暮らしていける。仕事はワナ仕掛け猟が主体だし、道具もまた作ればいい」
隆一の言葉に一同がうつむいた。
「そうだよな、別に作業場も店もため池も要らねぇもんな」
鍛冶屋が呟く。
「戻って来なかったら婿に行ったと思ってくれ」
「おい、それじゃ、俺たちには何もわからん」
「落ち着いたら狩りのついでに顔だすよ。まあ、そんなこと今から心配してどうする? 浴衣なんて浮いてるわけないだろう?」
「みんなで行ってみようよ? 気に入った人がひとり残ればいい」
「おまえなあ、遠足じゃないんだ。ひとりでそのくらいのことできなきゃ、まだ嫁取りは早いってことよ」
小太郎の弱気な言葉を隆一がからかった。他の男たちも内心、「様子見なら団体でもいいのでは」と思っていたから黙るしかなくなった。
丸二日たっても隆一は村に戻らなかった。日もとっぷり暮れてから、わざわざ住処を覗きにいった小太郎は背筋に冷たいものを感じて、その足で左近に会いに行った。
「隆が家を空けるのはいつものことじゃないか」
薬屋は若い小太郎をいなしている。
「浴衣が浮いてなくて狩りに精を出しているのかもしれんし、浴衣を手にどこかの村を目指しているのかもしれん。どちらでもいいだろう?」
「どうしてそんなに落ち着いていられるのさ? 冷たいよね、いつもながら」
うつむいた小太郎を眺めてから左近はゆっくりと答えた。
「おまえはどうしたいんだ? 追いかけて行って隆の邪魔をしたいのか?」
「いや、そんなつもりはないけど……」
「うまくいってることを祈るしかなかろう? アイツの言う通り、嫁取りなんて個人の経験だ。ひとりですることだよ。誰に報告する必要もない」
「そりゃ、普通なら僕だってそう思うけど、こんな胆試しみたいな……」
「だから胆試しなんだよ。直感力、決断力、行動力、そんなものを試されて合格すれば細君が貰えるってわけだ」
「僕には無理そうだよね」
「ま、別に今決めることでもない。浴衣が気に入らないって帰ってきてもいいんだから」
「あ、そうか、そうだよね。何か浴衣見たら自分の運命決まっちゃう気がしてた」
「おまえはまだ若い。おまえが今の私の齢になる前に、年頃になる娘もいる。焦るな」
「うん……」
小太郎は「やっぱり左近さんに会いに来て正解だった」と胸を撫で下ろして帰宅した。




